怖い。
『ユキ! 右舷三時に魚雷発射っ!!』
「――つっ!」
痛い。
『次っ! そのまままっすぐ砲撃っ!!』
「ん――のぉっ!!」
わかってたよ。当たり前だ、戦うつもりどころかこんなところに来るつもりすら無かったんだから。
頭の中に響く雪風の声と、音もなく感覚で知らされる次発装填完了の合図。
ただただそれに従って、無我夢中でこの海を駆け抜ける。
「良いわよ雪風その調子っ! まずは不知火の救援に向かうっ!」
「りょう……かいっ!!」
そうだ、そうですよ陽炎さん。あなたこそその調子です。
すでに一歩も動けないんです、だから思う存分私を引っ張って下さい。
あなたに命令されているから仕方なく。
仕方なくでしか戦えないんだ。
私しかここで陽炎さん達を助けることが出来なくて、私しか動ける人がいなくて、先に知れるはずのない後悔を知ってしまったんだから……!
『安心して下さい、雪風は……雪風は沈みませんからっ!』
「あてにしてる、からねっ!」
カチリと装填完了の報せと共に再び砲撃を放つ。
まるっきり狙いをつけているつもりはない、不知火さんとの単艦演習、その時より遥かに適当に撃ってるって自覚がある。
だけど、あたる。
雪風の声に従って、感覚に導かれるままに。
そうして遠くに見える
雪風の言葉が、ここで沈むはずがないという確信からくる言葉なのか、それとも別の何かなのか。
それはわからない。
ただわかること、唯一わかることは。
「見えたっ! 雪風っ!」
「はいっ!」
今は必死に。命じられるがままに。
救えない、救えなかった人たちを救うために。
「――っ!?」
「不知火っ! お待たせっ!」
驚いてる、そりゃそうだよね。
でもそんな暇は無い。心臓があるのかなんて思ったこともあったけど、そんなくだらない疑問は疑う余地もなく自己主張してくれていて。
収めようと必死で夢中なんだもの。
「中破、か。久しぶりに見たわ不知火のそんなとこ」
「――何ですか? 不知火に何か落ち度でも?」
何だ何だその余裕は。くそう、かっこいいな、いい笑顔過ぎるよ。
「全っ然っ! ばっちり花丸合格よ! よし、さっさと黒潮も迎えに行くわよっ!」
「了解っ!」
……うっわ。
何が出来て私のフォローだけ、だ。
二人揃った瞬間動きがぜんぜん違うじゃない。あーもう――
『帰っちゃダメですよ?』
「……流石私、でも思考の先読みはやめて」
わかってるっての。
むしろここから一人で帰る方が怖いよ。
『まだまだこれからですっ! ユキっ! 左舷十時!』
「もうっ! どうにでもしてっ!」
まったく! 息をつく暇すら無いってね!
今の所敵艦隊の増援はない、か。
三人揃って単縦陣、先頭は私、所謂旗艦ポジションってやつになるのかな?
陽炎さんに前を走って欲しいけど、それだと私が置いていかれちゃうし仕方がない。
分かってる。
本当は私なんて捨て置いて早く黒潮さんのところに行きたいはずだ。
それでも陽炎さんたちに比べたらまだまだ未熟もすぎる私だから。
もしここで黒潮さんを、先なら不知火さんを失っても仕方ない。
そう思われてるなんて十分に分かってる。
けれど。
「そんなの、認めない」
嫌なんだ。
痛いのも、怖いのも、戦うことも嫌だ。
でもそれ以上に重いものを背負って立つことが何より嫌なんだ。
誰かの死の上に立って日々を生きていた。
それが日常なんだって、仕方のないことなんだって。
良いじゃないか、多少の我慢はしていたんだ。好きな食べ物を食べられなくなっても、一日三食が二食になっても我慢した。
買いたいと思っていた服がいつの間にか手の届かないものになっても我慢した。
友達が、私の背にお金の気配を見たことだって我慢した。
それこそが窮屈になりつつある生活だけど、普通に日々を生きる条件だって思って。
違った。
重荷じゃないものを重いと思っていた。
苦労しているんだって、我慢しているんだって。
そんなの、全然重くもなんとも無かった。
『ユキっ!!』
「わかってる――てのぉ!!」
魚雷を放つ。
確認するまでもなくあたるって、わけのわからない確信がある。
きっと海を渡るあの魚雷は深海棲艦と呼ばれる敵を穿ち沈め命を奪う。
そうだ、命だ。
ここには、あんまりにも重い命が多すぎる。
「何? 不知火。この程度でギブアップ?」
「やれやれ陽炎。冗談の質が落ちたわね」
こんな戦場で、命が簡単に失われる場所で。
後ろにいる二人はきっと笑っている。
戦うことが当たり前で、戦いの最中で命を落としても、誰かのために命を燃やしてもそれで良いって心底思っているんだろう。
そんな軽いようでバカみたいに重たい命。
背負ってなんか、いられない。
「あっ!?」
そんな時、不意に陽炎さんと不知火さんが飛び出した。
慌てて速度をあげようとするけれど……やっぱり流石の教官って言うべきなんだろうな追いつけない。っていうかついに我慢できなくなったの? え、私置いてけぼり?
なんて思っていたんだけど。
「……あっかんて陽炎」
「あによ」
「こういう時はちゃあんと白馬に乗っとかな」
「馬鹿」
黒潮さんを穿つはずの魚雷。
それから身を挺して陽炎さんが庇った、魚雷を発射したらしい敵艦は不知火さんによって沈められた。
「これで終わり……だったらいいんだけど」
「そらないわ。明らかに奴さんらは計画的にやろう動いとる、諦めるような局面やあらへんどころかまだまだ奇襲で得た有利を手放しとらんで。これで終いにはならんやろ」
周りに深海棲艦の反応はないらしい。
電探、って言うんだっけ? 私は今装備していないからわからないけど、装備しているらしい不知火さんが周囲警戒する中でのやり取り。
私以外、皆中破。
気持ちと体力以外は元気な私。損傷は至近弾によるかすり傷程度なもの。
荒い息を整えながら、陽炎さんと黒潮さんの会話を聞く。
「でしょうね、言ってみただけよ。八丈で戦ってる味方の一部が援軍に来てくれるらしいけど……一時間、か」
「あの司令はんが希望的観測で物を言うわけないやろうけど、まぁおまけに三十分つけて一時間半。今まで経過した時間や護送船退避、もろもろいれてもやっぱり後一時間やろな」
燃料はまだ大丈夫、だけど弾薬が足りない。
ここでまだ継戦能力を有しているのは私だけなんだろう、自分の装備を点検し終わったらしい黒潮さんの視線が私を掠めてきた。
「……沿岸砲の支援可能位置まで下がりますか?」
「それは背水の陣よ? かと言ってここで戦い続けられるわけでもない、か」
戻ってきた不知火さんの提案。陽炎さんは難しい顔をしながらもそれしか無いって感じだろうか。
「判断が難しいな、無線妨害が無ければね……指示を仰げるんだけど。流石に沿岸砲の支援が受けられるところまで下がれば通じるか」
「せやな。死力を尽くしてっちゅう話なら別やけど、そういうわけにもいかんやろ」
あーうーそんな目で見ないで下さい黒潮さん。怒ってる? 怒ってますか? うう、堪忍してぇ……雪風あとでシメル。
「そういう意味ちゃうて」
「うう、すみません……」
じゃあどういう意味ですかぁ……ほんとに。
「陽炎。敵艦反応アリよ」
「わかった、よし。なら時間稼ぎを最大目的として相手をしながらジリジリ後退していくわよ、牽制に使うのはもったいないけれど敵の頭を抑えながら」
「了解や」
それで、良いのだろうか。
いや、私は素人だし新人だし……何か言っても的外れになるんだろうけど。
どうにも、嫌な感じがする。
『……ユキさん』
「あー……聞きたくない」
今更ながらに理解した。こいつがこういう声をする時は絶対ろくなことを言わない。
絶対そうだ、嫌な予感がビンビンだ。
『陽炎さんたちが補給完了するまで囮に――』
「絶対無理だから」
はい却下。
こいつは私を何だと思ってるんだ、私はあんたじゃないんだぞ。
それをしたいなら歴戦の勇士であるあんたがこの前みたいに私の身体を乗っ取ってどうぞ。
……けれど。
雪風がそう言いたくなる気持ちもわかる。
いや、陽炎さんだって気づいているだろう。
深海棲艦の目的は私だと。
「来るわよ。陣形は複縦陣、私は雪風の直衛につくから二人共牽制頼んだ」
「了解」
だからこんな言葉が出る。
理由はわからない、けれどあいつらの目的は養成施設なんかじゃない、私なんだ。
何を馬鹿なことなんて思うし口から出したいけれど、黒潮さんと合流するまでにあった戦闘、いずれも敵の攻撃は私に集中していた。
教えてもらったセオリー、相手の弱点を狙えって言葉に深海棲艦が従っているにしてもなりふり構わず過ぎると感じる場面だらけだったし、間違いないだろう。
きっと陽炎さんは私が気づいていることに気づいていない。
気づかないように、余計な心配をかけないようにと気遣われながらもジリジリと下がっていく。
前で牽制している不知火さんや黒潮さんでさえ、やっぱり余裕は無いんだろうだからこそ私のことを気にかけてるってわかった。
新人で足手まといの私を疎ましく、じゃあないけれどそういった気遣いじゃないくらいわかるよ。
「大丈夫、大丈夫だからね雪風。あなたは私達が絶対に守ってみせる」
「……」
これじゃあ本末転倒だ。
陽炎さんは守るだろう私を、それこそ命をかけて。
それじゃあダメなんだ、私は陽炎さんはもちろん不知火さんや黒潮さんの命を背負うなんて出来ないししたくない。
私は、私だけで精一杯だから。
どうすればいい? どうすれば皆生き残る事ができる?
雪風の言うように囮となればいい? いや、絶対陽炎さんは許さないよね、無視して突撃しようものなら絶対についてくる。
かと言って沿岸砲の支援可能位置に辿り着けたとしてもそこで戦えるだけの弾薬があるかは怪しい所。
そんなことを考えている時、だった。
「っつあ!?」
「黒潮っ!?」
何の前触れもなく、黒潮さんの艤装から黒煙が吹き出した。
慌てて黒潮さんに近寄ろうとした不知火さんの艤装も。
「ぐっ!?」
「不知火!!」
同じく似たような黒煙が昇る。
「……メンテは、欠かして無かったんやけどなぁ」
「それでもタイミングってものがあるわ……っく、ここまで来て」
ブスンプスンと妙に情けない音を立てて。
わかりたくないけどわかってしまった。
これは、艤装の限界だ、寿命だ。
珍しいことなんだろう、目に見えて慌ててる陽炎さんに対して、二人は何かを悟った様子で。
そんな三人を見て、私の心は不思議と落ち着き始めた。
だから。
「こうなったらしゃあないわ、陽炎」
「ええ、今度こそ後を――」
「その必要は、ありません」
落ち着いた心で、静かに口にできた。
「私が、囮になります」
「な、何言ってるのよ雪風!! 私達は、あんたを――」
「嫌なんですよ、私」
そうだ、私は嫌だ。
誰かのために戦うとか、誰かのために犠牲となるとか。
だったら私が、とも思えない。
「ただ何も出来ず
そうさ、それが言い訳よ。
それしか出来ないから、イヤイヤだけどやるしかない。
言ったでしょう? 私はそうじゃないと動けないんだ。
「大丈夫です、陽炎さんが補給し終わってまた戻ってきてくれるって信じてます。それまで、それまでくらいだったら――」
――雪風は、沈みませんから。
私をあなた達が沈む理由にしないで、命を背負わせないで。
そんな悲壮な重荷はいらない、背負えない。
だったらどうする?
簡単だ、全員生き残られるように最大限のことをしろ。するんだ。
「雪風っ!?」
あぁ、でも急いで下さいね陽炎さん。
私は、根性なしですから。ここにバケツがあればなぁなんて馬鹿なこと考える軟弱者ですから。
「雪風、頼んだよ」
『はい……! 大丈夫っ! 私は、私達は死神なんかじゃないですっ!』
死神、か。
その言葉の意味はよくわからないけれど。
「雪風っ!! 抜錨しますっ!!」