二周目雪風は人間に戻りたい   作:ベリーナイスメル/靴下香

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一章 閑話
霞さんは求めたい ①


 もう少し肩の力を抜いたら?

 

 私の普通が、他人にとって息苦しいものであると気づいたのはそんな言葉。

 それも特になんでもない場面で言われたものだから尚更だった。

 

 どうにも私は自分に厳しすぎるらしい。

 でもそうでしょう? 誰かに物を言うのなら、それ相応の器や実力を持っていなければならない。

 自分より遥かに劣る誰かから指示や命令をされたい? 私はごめんだわ。

 

 だからといって、そんな考えを誰かに押し付けたり求めたつもりはない。

 ただ、興味っていう範疇から外してしまうだけだ。

 

 エリートと言う言葉が、華々しい経歴を持っていたり、有能であるということの代名詞であるというのなら、私はノンキャリアというか雑草なのだろう。

 特別優秀な両親の下に生まれたわけでもなければ、家柄が良いというわけでもない。

 そんなものだから護国の志だとか、お国のためにって言葉が家族からでたことはなかった。

 

 それでも艦娘を志した理由は、やっぱり自分の普通を普通と思える場所が欲しかったんだろうと思う。

 恥ずかしくて誰にも言えないけれど、所謂自分の居場所探しって奴よ。

 

 変に気を回して愛想笑いなんかする必要もなく、自分らしくいられる場所。

 

 誰と話していても、愛想笑いばかりする私だったから。最後にお腹を抱えて笑えたのは、心の底から笑えたのが何時だったか忘れてしまった私だから。

 

 だから私は艦娘を志した。

 思わず自分と同じ名前の艦娘適性があった時には少しだけ愉快な気持ちになりもした。

 あいにく残念と、適性値は30%と低い値で。居場所探しのためには難しい試験をパスしなくちゃならなかったけど。

 

 ううん、それで良かった。それが良かった。

 

 少なくとも周りに公言することで、頑張ってるんだなって温かい視線を送ってもらえたし、煩わしい人間関係をシャットアウトできた。

 愛想笑いを浮かべる必要もなくなって、ただ艦娘試験勉強へ一生懸命になれたのだから。

 

 目指すは第一駆逐艦養成所。

 高適性値の人はわからないけど、50%を超えない適性値であっても艦娘を志す人は、必死に勉強を重ねて目指す場所。

 性格的にやるからには最高の結果をっていうのはもちろん。どうやら自他共に厳しいらしい私だから、そんなところでもなければ居場所と思えないだろうって理由もある。

 

「ふふ、ガンガンいってやるんだから」

 

 ただそうして先を見据えた時、不思議と毎日が楽しくなった。

 目標に向かって邁進するというのは心地が良いものだったし、やっぱり煩わしさから開放されたからだろう。

 

 予感もある。

 

 きっと、試験をパスできて、そこへたどり着けたのなら、私は最高に自分らしく過ごすことが出来るって。

 

 

 

 そんな期待は、半分叶ったと言えた。

 目を見て理解した、この人達は自分に自信をもってやってきたと。

 自信とは裏打ちされた努力がなければ生まれない。ならばこの人達も私のように努力を積み重ねてここまでやってきたんだろう。

 唯一不満なのは。

 

 ――あの子が、フォーナイン……

 

 話を聞いた時は何の冗談かと。99.99%なんてあり得るのかと。

 まぁそれはいいのよ問題ない、問題なのは。

 

 ――あんな子が……!

 

 合格した喜びを一緒に噛み締めていた人が、今度は奥歯を噛み締めた。

 私も、同じ思いだった。

 

 見るからにやる気がない、この世の不幸を一身に受けたなんてヒロインのオーラを纏わりつかせている、雪風という駆逐艦娘。

 

 当然癪に障った、当たり前だ。

 聞けばバカみたいな適性値のおかげで、何の障害もなくここにたどり着いたというんだ、私達の努力を踏み躙られた気分だった。

 ここは選ばれた存在(・・・・・・)が来る場所だ、あんたみたいなヤツが来て良いところじゃない。

 

 入軍宣誓をして、訓練が始まって。

 皆と一緒にやるはずのそれが、一人だけ勉強する中何度も名前が出てきた人からマンツーマンで教導されている光景を見て。

 まるで私達はおまけ扱い。

 腹立たしい気持ちはとどまることを知らなくて。

 

 自分の信条とは別に、村八分状態になっていく彼女へざまぁみろなんて思ってしまった。

 

 思えばクズどころじゃない、ゲスと言って良かった私。

 遠征で深海棲艦と会敵したって話を聞いて、無事に帰ってこれた雪風の姿を見た時、教官達へ迷惑をかけて何してるんだだけじゃなく。

 

 ――なんで生きて帰ってきたのよ、沈めばよかったのに。

 

 なんてすら思ってしまった。

 

 だから雪風と不知火教官の単艦演習を、雪風の顔を見て私はそう思った少し前の自分を殺したくなったんだ。

 

 外から見てるだけで心底本気加減が伝わってくる不知火教官。

 きっと雪風の場所に私が立っていたのなら、足が竦んで動けなくなるって確信がある。

 

 それでも、雪風は動いた。

 涙で顔をくしゃくしゃにしながら、手を、足を震わせながら。

 決して後退しなかった。

 

 そうしてようやく気づいたんだ。

 雪風は確かに適性値が理由でここに来たけれど、適性値を理由にただの一度も逃げてなかったことに。

 私達から村八分にされようと、長距離航海練習で深海棲艦に襲われようと。

 

 決して。

 決してあの子は逃げず、立ち向かっていた。

 

 それに比べて私はどうだ。

 自分に厳しい? バカを言っちゃいけない、ゲロ甘も良いところ。

 黒潮教官が言ったレッテルを雪風に貼り付けて、勝手に色眼鏡越しに雪風を決めつけた。

 そうして自分を守った、無意識にマイノリティから逃げた。

 

 バカだ、クズだ、ゲスという言葉すら生ぬるい。

 

 謝ろう。許されるかはわからない、でも今の自分を自分で許せないから。

 

 

 

 友達って存在がわからない私が、友達と言って良いのかわからないけど。

 少なくとも最低を脱却しただろう私から見て、雪風は不思議な子だった。

 

 実年齢は、同じくらいだろうか。

 人のことは言えないけれど、小さな身体で大きなどんぶりを抱え食べる姿は子供そのもの。

 いや、食べ方の話をしたいわけじゃない。

 

 なんと言うか、やっぱり最初に思った通り雪風は適性値以外、軍人としてはダメダメな子だった。

 小さなお尻を蹴り上げたくなった回数は片手どころか両手じゃ足りないし、怒りを通り越して呆れすらした。

 だって言うのに目が離せない。

 艤装さえ纏ってしまえば本当に別人かと錯覚してしまう。

 陸上であんなに情けないのに、海上ではまったく違う顔を見せつけられる。

 

 雪風は適性値が高いからだなんて言っていたけれど。

 それだけじゃないだろう、言うならば自然体だった。私達が艤装を異物だと感じる中、雪風だけが艤装をあって当然のものだと思っている。

 まるで合羽かなにかを着込んだ程度の気楽さで海を走り、傘を差すくらいあっけなく砲撃、雷撃をする。

 初めてちゃんと見た時には思わず見とれてしまったほど。もちろん後で見惚れた自分が情けなくて自分の頬を引っ叩いた。

 

 学ぶべきことは、多かった。

 

 自分のことを棚に上げて、かつて同類だと思っていた人達を哀れにすら思った。

 バカみたいなプライドはさっさと投げ捨てて、自分を高めることへと執心するべきだ。

 確かに教官達のような洗練された動きではない、あれは言うならば一つの完成形。対して雪風は発展途上でありながら最高の途上を歩んでいる。

 それが、私達のようなルーキーにとってどれほどありがたい手本になるのか、きっと私しか分かっていない。

 

 まぁそれでも。

 

「おろろろろ……」

 

「バケツ、ちゃんと後でキレイにしなさいよ」

 

 こんな姿を見ると、尊敬は出来ないのだけれど。

 

 

 

 出来上がった遺書は簡素なものだった、私という存在はなんて身軽なのだろうかと感心するほどに。

 だから気になっていたのは雪風が書いた内容。書いてないかもしれないけれど、どんな文面なんだろうと。

 

 まぁ、案の定書いていなかったのだけど。

 

 やっぱり甘ちゃんなのかな、出来ればそうあってほしくはないけど。

 第二警戒態勢で自室に待機している間、そんなことを考えた。

 そして気づいた、ようやく私は他人に対して求めることが出来るようになっていた事に。

 

「……バカ、よね」

 

 膝を抱えながら、テレビに流れている戦闘光景を見るけど、少しも頭の中に入ってこない。

 きっと雪風は、私みたいなヤツは嫌いだろう。人から好かれる性格じゃないなんてとっくに知っている。

 私自身、雪風のことを絶対好きになれないだろう相手だって思ってもいる。

 

 けどそんな相手に求めている。

 

 矛盾に過ぎるこの感情。

 認めたいし、認められたい。

 受け入れて欲しいけど受け入れたくない。

 

 幸いというべきか、時間はまだある。

 警戒態勢が解かれて、再びここで過ごす時間の中ゆっくり相互理解に努めることが出来たなら。

 

 彼女を友達と言えるのだろうか、胸を張って。

 彼女に友達と言ってもらえるのだろうか、誇らしげに。

 

 まだまだ彼女に追いつけない未熟な私だけれど、それでも。

 

「っ!?」

 

 そんな時だった。深海棲艦がここに向かっているという報が流れたのは。

 

 指示通り護送船に乗り込む中、さっき考えていたことが難しくなりそうだと残念に思いながら。

 

「雪風?」

 

「――私は……」

 

 一緒に乗り込んだ雪風は俯いたままで。

 臆病者なんだななんて的外れなことを考えて、柄にもなく、心にもない慰めの言葉をかけようとした瞬間。

 

「ちょっ!? 雪風っ!? 何処に行くの!? 雪風っ!!」

 

 私達に背を向けて、一心不乱に駆けていった。

 そんな雪風を、私は止められなくて。去り際に見せた涙で、足を止められて。

 

「何、あの子……バカ?」

 

「命令違反しちゃってまぁ」

 

 続いて聞こえる揶揄の声。

 

「何しにいったんだろうね」

 

「さぁ? ……まさか戦場に?」

 

 そうに、決まってる。

 あの目は、何かを覚悟した目だった。

 

「まさか。でも万が一そうだったのなら……教官達の足を引っ張らなきゃいいけど」

 

「ムリムリ。ていうかそれまでに死んじゃうんじゃない?」

 

「あーその方が良いかもね? そうなってくれたら――」

 

 

「うるさいっ! こぉんのクズっ!!」

 

 

 我慢が、出来なかった。

 

「あの子が何のために行ったのかわかんないの!? あの子が何を守りに行ったのかわかんないの!?」

 

 それが戦いに向かった人へ言う言葉なの? それが私達を守るために出た人へ向ける声なの?

 

「アンタ」

 

「え、わ、わたし?」

 

「そうよクズ。そこまで言うならアンタが行ってきなさいな、ほら、早く」

 

「そ、そんな!? 出来ないよ! め、命令違反になっちゃうよ!」

 

 はっ! 随分な言い訳ね? でもそうね、命令違反だわ。

 

「なんだ、クズじゃなくてただの臆病者だったのね。ごめんなさい、そうとは気づかなかった」

 

「なっ!?」

 

 命令違反上等で出ていったあの子以下ね。

 バカバカしい、私はかつてこんな子たちを同類と思っていたのか。

 

「妬ましがるのもいい加減にして! 自分の弱さをあの子に擦り付けないで! 悪いこと何もかもあの子のせいにして自分の足を止めるなっ!! いい加減に目を覚ましなさい! 私達は、守られるためにここへ来たんじゃない!! 戦うために来たのよ!」

 

「こ、の……あなた何様のつもり!? 黙って聞いていれば! あなただって一緒じゃない! ちょっと私達より優秀だからって見下さないで頂戴!」

 

 一緒? 

 あぁそうだ! その通りよ!!

 

「そうよ! 私が一番のクズよ! アンタ達の気持ちも理解していて! 雪風の気持ちも少しだけ理解できて! なのに何もしないでただ自分の求めるものだけを追っていたわ! そうよその通り! 見下す資格なんて私にない! それでも!!」

 

「うるさいうるさい!! だったらあなたも行けばいいじゃない! それで沈んじゃえば良いんだ! 自分の無力を噛み締めて! 私達が正しかったって! 後悔しながら沈んでしまえ!!」

 

 随分、随分と拗らせちゃってまぁ情けない。

 ううん……これがきっと、何もしなかった私の罪でもあるんだろう。

 

「わかった」

 

「――え?」

 

 だったら償おう、購おう。

 愛想笑いを止めた私は、自分の居場所を求めてここに来た。

 だと言うのに精一杯努力しなかった私に、こいつらを責める権利もない。

 

「ちょ、ちょっと! 本気!? あなたあの子よりも――」

 

「そうよ? 弱いわ。弱いどころか何も出来ない、犬死が関の山だしそうとすらならないでしょうね」

 

 示そう。

 ただ権利を得ただけで満足している場合じゃないと。

 

「第一駆逐艦養成所! 入所宣誓!!」

 

「っ!?」

 

「私達は仲間を見捨てず、勝利する可能性を最後まで信じ、死力を尽くして海に挑むことを誓う!!」

 

 そうだ、雪風は仲間だ。

 そうと思ってもらえていなくても、関係ない。

 

 私の、大事な仲間だ。

 

「さよなら、仲間だった人たち」

 

「ま――」

 

 そうして私は決別して、雪風(居場所)を求めてようやく一歩踏み出した。

 

 

 

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