二周目雪風は人間に戻りたい   作:ベリーナイスメル/靴下香

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五十鈴な憂鬱 ①

 ――今をつまらないと感じているのは、キミが満たされているからだ。

 

 言ったのは誰だったかしら? いや、覚えている、かつて戦いを共にした提督の言葉だ。

 けれどもし本当に、私が今満たされているというのなら、どれほど下らないものが詰まっているのか。

 

 一度見てみたいものだわ、きっと鼻を摘んで眉根を顰めるだろうけど。

 

 死力を尽くして勝利する。

 尽くした力が、いと高きものであればあるほどそれは中毒性の高い麻薬となり得る。

 そうだ、忘れられないあの充足感。もう一度と願うのは決して間違いじゃないだろうと思いたい。

 

 だってそうでしょう?

 仕事の中に喜びを求めることは、言うならやり甲斐探しのようなもののはずよ。それすらを禁じられるというのなら、元であろうと人に対して下す命令じゃない。ぜひ機械か何かにどうぞというものよ。

 

 毎日毎日、燃料弾薬に鉄材ボーキサイトを運んで。

 わかってる、それを下らない任務だなんて思いたくはないのよ。

 かつて前線で戦っていたからこそ、補給線の重要性なんて痛いくらいに理解している。

 

 そうだ重要なんだ。

 だと言うのに、下らない。

 重要性を理解せず、適当にこなそうとする子達の指揮なんて。

 

 いや、適当じゃあないんだろう。

 もう何度そう自分を戒めたかわからないけど、生活のためにという気持ちはきっと尊いもの。

 そういった気持ちと逃れられない現状打破が噛み合って生まれたんだバイト艦娘って存在は。

 

 武士は食わねど高楊枝。

 そんな言葉を持って、受け入れなければならないのだ。

 適当に見える相手を守っている、ほぼ民間人という存在を守っているんだと納得しなければならない。

 

 そうやって日々を耐えていたのよ。

 

「雪風、か」

 

 でもそれも終わりだ。

 ここにもうすぐやってくる、私の希望。

 非常に優秀で、駆逐艦艦娘の切り札足り得る存在になるだろう一人と見なされている子。

 

 養成の続きというお題目はあるけれど、一緒に仕事ができる。

 なら私にもチャンスがあるでしょう、彼女を通じて再び前線に戻れるっていうチャンスが。

 

 それは私に詰まった退屈を押し出して、かつての喜びで満たしてくれる存在になり得るはずだ。

 雪風と共に戦果をあげることができれば、再び。

 

「あ、あの、五十鈴さん」

 

「ん……何かしら?」

 

 恐る恐る、でしょうそんなに怖い顔をしていたつもりはないけれど、話しかけてきたのは睦月型駆逐艦、ネームシップの睦月。

 

「えっと、ここにもうすぐ来る……雪風、ちゃん? ってどんな子なんでしょう?」

 

「もう、終わったとはいえまだ帰投中よ。帰ったら教えてあげるから気を抜かないで」

 

 そう言ってみればちょっとしょげながらも小さく返事をして艦列に戻っていった睦月。

 我ながら見事に自分のことを棚に上げてしまったわ、まさにそのことを考えていたっていうのに。

 

 気を引き締めなおそう。

 今率いている子達は睦月を除いていずれも適性値が10%を超えていないどころか、使い方すら教わってない主砲を装備して、一生懸命ドラム缶を担いでいるバイト達だ。

 万が一深海棲艦と会敵してしまえば、私が一人で守らなければならないのだから。

 

「ふぅ……」

 

 気が重くないと言えば嘘になる。

 彼女たちを守らなければならないことがではなく、共に戦える人がいないという事実に。

 バイト艦娘は言うなら限りなく一般人に近い何か。だというのなら私が守護しなくてはならない存在でもある。

 そうよ、一緒に戦えないのではなく、戦ってはいけない子達なのよ。同じ舞台に立っていない、立たせてはならないの。

 

 ……だから、いい加減切り替えなさい私。

 

 もうすぐじゃないか。

 肩を並べて戦えるだろう存在がやってくるのは。

 雪風が万が一それに足らない存在であっても、陽炎や黒潮、不知火だってやってくる。

 単純に会うことが楽しみと思えるのは久しぶり。かつて一緒した戦いの話に花を咲かせたいなんても思うし、海の上を走りたいとも思う。

 

「よし」

 

 大きく息を吸って、吐いて。頭上にある太陽へ一つ睨みをいれて。

 

「各員、警戒を緩めず行くわよ。帰ったら甘味でも奢ってあげるから、気を抜かないようにね」

 

「わっ! ありがとうございます!」

 

「返事が先よ」

 

「了解っ!」

 

 見えてきた三河湾に浮かぶ孤島にも睨みを入れた。

 

 

 

「はいはい、お疲れ様っと」

 

「ねぇねぇ提督! これから甘味食べに行くから一緒に行こう?」

 

「お! いいねぇ、それじゃ今から――あー、うん。先に行っといて後から間に合えば行くよ」

 

「はぁい!」

 

 きゃっきゃと笑いながら出ていくバイト達を背中で見送って、視線を提督へと固定する。

 

「提督、しゃっきりしなさい。もうすぐ陽炎達が来るんだから情けない姿を見せるのは止めて頂戴」

 

「説教なら後で頼むって……っつかなんでここに来るかなぁったく」

 

 ぽりぽりと頭を掻く姿に苛立ちが増してしまう。

 この人は私がここへ着任すると同時期にやってきたやる気なしの雇われ提督。

 初対面から今の今まで、そしてこれから先もずっとわかりあえないだろう人。

 

「五十鈴の知り合いなんだろ? だったら俺が挨拶するよりさ、お前一人で会ってくれよ」

 

「本気で言ってるの?」

 

 ヘラヘラとそんなことを平気で言わないで。

 本当に、苛立ちが止まらなくなるから。

 

「相手だって嫌だろう? 形だけだけど、正規の軍人でもないやつの下につくなんて。いやまぁそれはお前もそうだろうけどさ」

 

「否定しないどころか肯定するけどね、そういうわけにもいかないの。せめて第一印象だけでも良くして頂戴、後は全部五十鈴にお任せ」

 

 私だって会わせたくないのよ。こんな人の下についているなんて思われたくない。

 まるで、落ちぶれてここに追いやられたみたいに思われちゃうじゃない。

 

「はぁ……いやマジでさ、どうしてここなんだよ? 確かにここは安全さ、俺みたいな名ばかりの提督がいてやっていけるくらいには」

 

「だからそれは――!」

 

 もう何度も説明してるじゃない! わざわざ一緒に指令書まで読んであげたじゃない!

 

「わかった、わかったって。まぁそうだよな、別に俺から直接命令をするようなことはねぇんだし。最初くらいしっかりするさ」

 

「……ほんと、頼むわよ」

 

 へいへい、なんて軽く返事をしながら執務室から出ていく提督。きっと甘味を食べに行った子達と合流しに行ったんだろう。

 

 ……手が痛い。

 知らないうちに強く握りしめすぎた。

 

 確かにここは軍属、入軍していない民間人の提督でもやっていけるような所。

 第三駆逐艦養成所なんて名称もあるけどその実、近畿、中部の内陸で作られた資材を集めて各鎮守府、泊地へ届けることを目的とされた場所で……言うなら、佐久島集積所のほうが正確だ。

 そんなものだから軍で取得している敷地面積だけは大きくて、バイト艦娘が受ける簡易訓練もここで行われているからそれなりの設備だってある。訓練に使えるならもってこいと言える場所。

 

 提督なんて言っても大本営から戦闘に関する命令なんて受けない、ただただ資材の確認と間違いのないよう各地へ輸送するためだけの場所だから、正確に言うなら現場監督なんて言ったほうが良いのかも知れない。

 着任してから、深海棲艦と会敵した数なんてきっと片手の指で足りる程だし私自身、彼の指揮なんて受けたことがない。

 

 実際、提督は自分のことをそう呼ばれるのはあまり好きじゃないみたい。

 それでも徹底して提督呼びするのは一種の意地のようなもの。

 

 ……本当に、私は満たされているの?

 一人空回りしてるなんてわかってる。それでも何とかやってるつもり。

 その何とかやってる自分が、本当にくだらなくて情けない。こんなものに、満たされているなんて思いたくない。

 

 戦えない艦娘を率いて、戦うことのない自分を諌めて。

 毎度毎度安全な輸送任務に気を緩めるなと指示をだして、バカみたい。

 

 水雷戦隊の指揮はお任せ。

 そうよ、実績と信頼で積み重ねた自信がある。今すぐ何処かの戦場で、水雷戦隊の旗艦を任されても十分以上にこなしてみせる。

 砲弾魚雷に艦載機、あらゆる危険が飛び交う中で、華々しく雄々しく戦い勝利を刻んでみせる。

 どんな無茶でも、どんな困難でも乗り越えてみせる。やってあげる。

 

 だからお願い、どうかお願いします。

 私を、私を――

 

「あ、あの!」

 

「っ……うん? 睦月? どうしたの? 甘味、食べに行かないの?」

 

 振り返ってみればやっぱり恐る恐るというか、遠慮しているような睦月の顔。

 いけない、こんな顔を見せるものじゃないわよね。

 

「ごめん、追い出したいわけじゃないの。ええっと、五十鈴に何か御用?」

 

「えと、その……雪風、ちゃん? の話をしてくれる約束にゃ……いえ、約束でしたから」

 

 気を使われて、いるわよねうん。

 はぁ……自己嫌悪は、もうお腹いっぱいだ。

 

「そうだったわね……うん、そこに座って。甘味の代わりに今紅茶でも淹れるわ」

 

「えっ!? い、良いんですか? その、勝手に提督の私物を使っても」

 

「良いのよ。どうせ私しか使わないんだから」

 

 ティーカップを久しぶりに二つ出す。

 あぁ、久しぶりねほんと。もう一つを使うことも、誰かに振る舞うことも。

 腕は落ちていないと思いたいな、教えてくれた人に笑われちゃう。

 

 ……うん、大丈夫。

 これなら金剛さんの口から噴水は出ないはず。

 

「お待たせ」

 

「あ、ありがとうございます! いただきます!」

 

「あ!? ま、まだ熱――」

 

「にゃっ!? 熱いにゃしぃ!?」

 

 にゃしいって。

 いやそうじゃない、睦月の口から噴水させてどうする。

 ええと、ハンカチ、ハンカチ……。

 

「もう、慌てなくても良いから」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

 やれやれ。

 いやまぁある意味私の自業自得か、ティータイムは大事に、だ。

 

「ねぇ、睦月」

 

「は、はい?」

 

 そうね、まだ会ってもいないけれど雪風に感謝しよう。

 

「ちょっとゆっくりお話しましょうか。今ならお菓子もつけるから」

 

「あ……は、はい!」

 

 初めて、だろう。ここでバイト以外の艦娘と話をするのは。

 そんなことに今更気がついた。

 

 そして思い出した。

 

 そう、ここは佐久島泊地。

 戦えるのに戦えない艦娘が、二人だけの寂しい場所。

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