一年目・新規着任
雪風と一つ約束をした。
言うには一度目の時もこうして佐久島へと向かうことになったらしく大筋は同じ。
違う中身は陽炎さん……いや、陽炎教官たちが生きていることと、他の皆とは別枠として扱われているって部分。
別枠なのは私だけじゃなく霞さんもだけど、やっぱり今の所私は前の時と同じ道を進んでいるらしい。
これは泣き言というか言い訳だけど、やっぱり最初から素直に前の時はこんなことがありましたよと全貌を話してもらえていたら、もう少し良い結果というかそういうのになっていたんじゃないかなと思ってしまった。
いや、色々棚に上げているのは自覚してるの。
話されていたとしても素直に信じてなかっただろうし、あの戦いの内容をより良く出来たなんていう、自惚れに近い過信があるわけでもない。全てが私なりに精一杯やった結果なのだから。
つまりなんだ、嫌なのだ。
苦労しているのがどちらかだけという状態が気に食わない。
折角のズルなんだ、三人はいないけど文殊の知恵。そこで過去起こった出来事を今に照らし合わせてどう動いていけば良いのかを相談して模索していきたい。
そういった私に雪風はとても嬉しそうな顔をしてくれた。その上で自分がそこで経験したことを隠さず教えてくれると約束してくれたんだ。
尤も、聞かなきゃ良かったかななんて後悔を今しているのだけれど。
「雪風? 何難しい顔してるのよ」
「え、あ、はい霞さん。いや、佐久島泊地ってどんなとこだろうなって考えてて」
佐久島泊地。
三河湾に浮かぶ孤島、その役割は主に資材集積と輸送の出発点。
「そうねぇ、私も陽炎教官から教えてもらったこと以上のことはあまりわからないけど。そう重要な場所でもなく、安全性も確保された場所って話よね」
「ええ、それだけにバイト艦娘が配属される場所で、私達正規の艦娘が訓練するにはうってつけの場所。でしたっけ」
そう、雪風も佐久島で危険なことは起きなかったとは言っていた。
でもそれは今この時においての話。
戦争末期というか、終結間際。
いつの間にか佐久島は陥落していたらしく、詳しい話は雪風も知らないみたい。
ただ、太平洋側で大きな戦いがあって、その時佐久島が機能していればとその戦いに参加していた艦娘を含めた軍人の多くが嘆いたって話。
でも佐久島だ。海というより湾だ。行ったことは無いからイメージはつかないけど、地図上で見たらかなり内陸に近い。
そんな場所が陥落するって、相当戦線が押し込まれないとありえないどころか、少なくとも近畿南部と中部の太平洋側へ確実に被害が出ているレベル。
だって言うのに、詳しい話は知らないなんてことはありえるのか。
そう問い詰めても本当に知らない様子の雪風だったものだから、なんともスッキリしないまま終わってしまったのだけど。
「そう言えば五十鈴さんがいるって話よ」
「えっと、対潜水艦の鬼って言われてた?」
「……なんで教官たちのことは知らないのに五十鈴さんのことは知ってるのよ、わけわからないったら。まぁいいわ、そう。その五十鈴さんよ」
はいすいません、ぶっちゃけ雪風に教えてもらわないと知りませんでした。
主に商船護衛でその存在が広まって、先にあったらしい対馬防衛戦で名を挙げた人で、その戦いでは教官たちとも一緒に肩を並べて戦ったらしい。
けど、まぁその五十鈴さんなのだ問題は。
理由はわからない、詳しい話もわからない。
そんな雪風がそれでもただ一つだけ分かっていたことは、何度も見直した佐久島陥落の報告書、その何処にも五十鈴という名前はなかったということ。
だからきっと、彼女がいなかったから佐久島は陥落したんだろうなんて考えたということ。
それだけしかわからない。
それだけのことで何をすれば良いのかなんてわからない。
けれど出来ることがあるとするならば、きっと五十鈴さんが姿を消す理由になる何かを知り、食い止めることなんだろう。
まったく――聞いてしまった自分が嫌になる。
同時に、第一駆逐艦養成所に居た時、雪風はこんな難しいことを一人で考えていたんだと気づけて……やっぱり自分が嫌になる。
確かに私は苦労したさ、死ぬ思いだってした。
だけど辛うじて生き抜けた、生き抜くと心に決めるための下地作りは雪風が一人でやっていたのだから。
「私――あいたっ!?」
「ったく、あんたはすぐ悲劇のヒロインになろうとする!」
ごちんって! ごちんっていった! 星も出た!?
っていうかひ、ヒロイン? い、いやそんなこと考えてませんけど!? むしろめんどくさいかったるいのダメダメガールですけど!?
「だらしないったら! いい!? 佐久島に着いたらその根性叩き直してあげるんだから! 覚悟しなさいよね!」
「うー……ふん、だ。まだ砲撃した後尻もちついちゃうくせに」
「な、なんですって!?」
「良いですよーだ。根性叩き直してあげるのはこっちのセリフですー。いやってほど海の上で教えてあげますー」
ふんだふんだ。
いいもん、陸上での性能が必ずしも海で活かせるわけではないってこと教えてあげちゃいますよーだ。
「こ、この――」
「はいはい、いい加減にしなさいったく……ほら、見えてきたわよ」
うぅ……だって霞さんが……あ、はい、すいません。
陽炎さんの呆れた目から逃れて見れば。
「あれが佐久島……」
何処と無く寂しげな孤島が浮かんでいる光景が見えた。
「よく来てくれた、俺が――」
「こほん」
「――私が、この佐久島泊地の管理を任されている者だ。キミ……貴様たちがここにいる間何か困ったことがあればなんでも……五十鈴に言ってくれ」
練習した、いや練習させられた敬礼はどうやら失礼の無いものだったらしい。知ってました? 海軍式の敬礼は掌を相手に見せないようにするんですよ、私は知りませんでした。
まぁそれはともかく、なんでか所々つまりながらも目の前の司令官は答礼を返してくれた。
「貴様達以外、他の同期は訓練施設に併設している艦娘寮で過ごしてもらっているが、ここにいる者達はこの司令部施設にある部屋を使用してもらう手筈になっている。そういったことを含めて質問は後で五十鈴に頼む」
「了解しました」
な、なにこの五十鈴さんへ丸投げっぷりは……。
あ、あの人が五十鈴さんよね? 眉が、眉が……ふふふ、怖いです。
「確か陽炎さ……いや、陽炎は五十鈴と知古らしいな。基本的に私から教導に関する指示をするつもりも予定もない。施設の使用に関しても二人で打ち合わせを行い、自由にしてくれて構わない」
「え……? よろしいのですか? 私は雪風と霞の養成担当で、他の子達の養成は請け負っておりません。不都合がうまれるのでは?」
「その艦娘の養成担当が五十鈴なんだ、問題ない。私はバイト艦娘の管理を担当しているものでね、正規軍とバイト艦娘の間にという話なら安心してくれ」
う、うーん。貴重な陽炎教官のうろたえっぷりがこちらです。
いやまぁ何ていうのかな、ほんと何ていうんだこれ。
「了解しました。では五十鈴さんと打ち合わせで進めさせてもらいます」
「あぁそうしてくれ。輸送任務体験……いや、輸送任務へ従事する時のみ教えてくれ。都合をつけるようにしよう」
こういうものなのかな? 私が重く考えすぎな――あ、違うね、霞さんめちゃくちゃプルプルしてる。噴火まで秒読みだこれ。
霞さんがお怒りってことは、やっぱりちょっと変な司令官なんだろう、どちらかと言えば私よりなのかもしれない。
「あ、忘れてた。すまない、楽にしてくれって……もう遅いか」
「……」
あ、あはは……陽炎教官、私、霞さんをなんとかする自信ないのでよろしくおねがいしますね?
それか五十鈴さん? 気づいて、むしろ助けて下さいへるぷみー。
「はぁ……ごめんなさい。とりあえず会議室へ行きましょう。そこで今後の予定とか話すわ。良いわよね? 提督」
「あぁ、構わない」
うえぇ、あっちはあっちでピリピリしてるよぅ怖いよぅ。
何だかなぁ、軍っぽい緊張感には多少慣れたはずなんだけど、こういうギスギス感は勘弁してほしいよ。
と言うか皆大人でしょうに、そういう部分もうちょっと上手くやって欲しいと思うのだけど?
「じゃ、着いてきて」
一刻も早くここから離れたい、なんて感じだろうか五十鈴さんの背中は。霞さんも似たような感じだし、似た者同士なのかな?
陽炎教官に目配せしてみれば肩を竦められちゃったし、うーん。
「……」
怖い背中から逃れようと振り返ってみれば、困ったような顔をした司令官。
私の視線に気づいたようで、片手でごめんなとジェスチャーをくれた。
少なくとも、悪い人じゃないんだろうな。気にしないで下さいと似たようなジェスチャーを返してみても困ったような顔のまま。
それは扉が閉じられるまで続いていた。
何だかなぁ、あんまり嫌いになれそうにないかな私は。
元々有能無能の話で態度を決めるなんてことは出来ない私だし、人の良さというか、多分仕事抜きなら結構いい付き合いができそうなタイプだもの。
「改めてごめんなさい。そしてお久しぶりです」
「はい、お久しぶりです五十鈴さん。お元気そうで何よりです、敬語はいりませんよ」
「だったらこっちこそ。ええ、そのほうが良いわ」
あぁやっぱり旧知の仲なんだろうな、ちょっと硬かった空気が柔らかくなった。
「そしてあなた達もはじめまして。私が長良型軽巡洋艦、二番艦の五十鈴です。よろしくね」
「は、はい! 陽炎型駆逐艦、八番艦の雪風です! よろしくおねがいします!」
「朝潮型駆逐艦九番艦、霞です。お会いできて光栄です、よろしくおねがいします」
こ、今度はちゃんと言えた……! どうだ霞さん! って、うわぁ憧れの瞳だー。
五十鈴さんも、やっぱりすごい人なんだなってはっきりわかっちゃうね……。
「そんなに硬くならないで頂戴。提督も言ってたけど、多分輸送任務で一緒する時以外はそこまで関わりになれないだろうし。でも、その時を楽しみに待ってるわ」
「はいっ!」
何となく残念そう、に見えるけど。
うん、すごいな出来る女って感じだ、あとおっぱいおっきい。
自信があるんだろうな、自分に。私も見習わないといけない。
そんな簡単にだけど挨拶を終えて、会議室でテーブルを囲んで。
「さて、それじゃあ陽炎」
「ええ。期間は引き続きになるけど残りの教習課程は三ヶ月分。輸送演習、実践を含めて三ヶ月の計半年を考えてる」
元々受けてたのが大体二ヶ月分。輸送に関する訓練はここだから受けるものだろうし、養成機関は元々半年くらいの予定だったのかな?
「……随分と短いわね。まだちゃんと他の子達を見ていないからわからないけど、こっちも合わせるってなると相当厳しい訓練になるわよ?」
「ううん、雪風と霞だからこの期間。五十鈴さんの方はみっちり一年お願いしたいわ」
はい違いました。一年が約半年にカットされてましたわぁい。
……大事に育てたいとは一体なんなのよ、辛い。
ほらほら五十鈴さんも驚いてますよ鬼教官、撤回するなら今のうちですよ?
「……なるほどね、この子達にとっても日本にとっても一年は毒、か」
「相変わらずのお察しで嬉しいわ。雪風は基礎体力、霞は海上行動。言ってしまえばそれだけなのよね、課題としては」
納得しないでください五十鈴さん! そこはこう異議申し立てのシーンです!
うあぁ……重いよ期待が重い。
「わかった、なら調整するわ。他に私が力になれることはあるかしら?」
「報告書で知っているかも知れないけれど……私と不知火、黒潮は艤装の老朽化が激しくて、ちょっと海上行動に不安があるの。先の話にはなるけど、演習関係や輸送任務は五十鈴さんに面倒見てもらいたいのだけれど」
「えっ!?」
陽炎さんがそう言うと五十鈴さんは今日一番の驚き顔。なんだろ、知らなかったのかな?
「そっか……わかった、ならそっちも調整するわ。……その、こういう時どう言ったら良いのかわからないけど、元気だしてね」
「ふふ、大丈夫。諸々計画は進行中だし、何よりちょっとだけ意識が変わったのよ。雪風のおかげでね」
ふぇえ!? 私!? 私何かしましたっけ!? 一杯やってる!? めちゃくちゃやらかしてるよ!
あぁ、五十鈴さん! 驚いた顔のままこっち見ないで!?
「ええっと……霞?」
「はい? あぁ、はい、そうですね。私も……教官の言葉を借りれば、少しだけ変われたと思います」
裏切り者ぉおおお!? 霞さんのおバカ! そういう時は同期の心を察してもっとどうぞ!
「そう……雪風?」
「ひゃ、ひゃいっ!?」
何でしょうか!? 雪風は大丈夫じゃありません! 手心を期待します!
「期待してるわ。色々、ね」
「は、はは……よろしく、おねがいしますぅ……」
ダメだった!
あーもう良いや! なんでもばっちこーい!