館内、と言うべきだろうか放送が流れてから。
力の入らない身体を文字通り陽炎さんに引きずられて向かった先。
「――陽炎、記憶に混乱が見られると聞いたが? 初戦闘後の一時的な混乱ではないのか?」
「はい。ゆきか……ううん、彼女は自分が艦娘であることを受け入れていないように見える。ロック装置の不具合かどうかはちょっと判断がつかないけれど……だからこそ」
視界の隅で敬礼を交わしあった二人が続けた会話はそんなの。
ロック装置の不具合?
何でも良い、何でも良いから家に帰らせて欲しい、ただそれだけ。
「しかし先の戦闘報告書。雪風は新人にそぐわない程の戦果を出して戦ったんだろう?」
「ええ……正直、雪風の奮戦がなければ私か、黒潮……不知火の誰かは確実に沈んでいたわ。あの海域に深海棲艦が現れるなんて思ってもなかった」
雪風が戦った? 私が戦った?
そんな覚えはまるでない。あぁ、でもそう言えばあの時、私を含めた全員以外の声を聞いたような気がする。
「深海棲艦が何故現れたのかは調査中だ、分かり次第改めて連絡する。しかし、そうか……やはりフォーナインは伊達ではない、ということか」
「それはわからない。けれど、まずは彼女を」
陽炎さんが一歩退いて、変わりに近づいてきたのは……好々爺然としているくせ、やけに厳しい雰囲気を纏った初老の軍人さん。
そっか、艦娘は軍人……ううん、少なくとも軍に属する存在だ。
そんな人が集まる場所なら、軍人がいたっておかしくはないもんね。
と言うかここ何処だろう? ……わからない、今の私にはわからないことが多すぎる。
「さて雪風、こうして言葉を交わすのは初めてだな? 私はここ、横須賀方面第一駆逐艦艦娘養成所の責任者だ。よろしく頼む」
「……はい」
怖い。
微笑みをここまで怖いと思ったのは初めて。
初めて軍人と話をするって言うのはもちろんなんだけれど……なんと言うか、有無を言わさないというか。妙な迫力がある。
「艦娘化が志願制から一部徴兵制になって久しい。そして雪風、貴様は確かに徴兵された人間だ、戦いを、艦娘化を望まぬ心があることは理解できる。だがこれも国のため、その身を役に立ててはくれないか?」
「……」
これは説得、じゃあないね。
なるほど、軍人は無駄を嫌うっていうのは本当らしい。
何故私が艦娘を嫌がっているのかとか、なら妥協案を一緒に探そうだとか。
そんな優しさを私は期待していたんだろう、それをまるっと無視して戦えと言っている。
「わかった、そんな目をするな。では何処まで事実を認識している? 陽炎が言ったことを考えるなら、何から話をするべきかわからない。ならば先ずは覚えていることを話してくれ」
そんなことを言われてもね。
正直普通の女の子を満喫していたと思ったら急に海へ放り出されていたとしか言いようがない。
一般人にとって艦娘が近しい存在だって言うのは知っている。
だけどその詳細は軍事機密だと世間一般に公表されてたわけじゃなかったはずだ。
私が知っていることなんて、艦娘になったら結構な額の契約金と給料を貰える位。
「……やれやれ、では最初から説明しよう。貴様には陽炎型駆逐艦八番艦、雪風の艦娘適性値が認められた。それもとびっきりの高い値だ」
「とびっきり?」
「
割り込むように陽炎さんが私に告げてくれた。
……何だそれ? というか適性値って何? 私の身体はほぼ艦娘で出来ているとでも言うの?
「貴様も知っているだろう一部徴兵の条件。適性値50%を超える人間は艦娘になる義務を負っている。それに従い貴様は雪風になった」
あぁそうだ、確かにそんな法が出来た。
けれど50%を上回る人なんてそうそういなかったはずだ。
「この数値は驚異的という言葉すら安いものだ。恐らく貴様は艦娘化……すなわちロック装置接続手術を受けないでも雪風の艤装を身に纏える可能性すらあったのだから」
「私で32%、一番高かった適性値が陽炎でこの値よ。まぁ他のも駆逐艦だったから……一番高い適性値を選んで陽炎になったけどね」
陽炎になった? ロック装置接続手術?
というか陽炎さん、32%ってことは艦娘志願者だったのね……。
あぁ、なんだつまり。
「私は……艦娘になったの、ね」
それも義務で。
あぁ思い出した、あの時私を見送ってくれた友達を。
どうにもこびりついて離れない、狂気的な表情を。
「艦娘になれば艤装に適した身体へと変質する。確かに貴様が人間だった頃は今の姿からは想像もつかない容姿の女だった。それが混乱の原因であるならばそういうことだ」
「私も貴女の写真を見たけれど……ええ、驚くのも無理はないって思う」
そう、か。そうなのね。
やっぱり私は、こうじゃなかったのか。
なんと言うか……ファンタジーやメルヘンもびっくりだ。
きっと私以上に驚いているでしょう……なんて、だめだね、自分の気持ちを誤魔化せられるほどじゃないや。
「駆逐艦の適性値を持つ人間は多い。だが、戦いを見込める程の適性値を持つ人間は少ない。この陽炎のように適性値そのもので全ての戦闘力が決まるわけではないが、それでも影響は大きい」
「今ではバイト艦娘なんて人もいる。適性値が低いけどお金のために半年、一年って期間契約をして艦娘になって後方任務に従事するって人」
バイトって……ん? そんな契約があるってことなら、もしかして。
「人間に、戻れる?」
「あぁそうだ、ロック装置解除手術……通称解体を受ければ人間に戻れる。無論、元の身体に戻れることも確認済みだ」
「だったら――」
「もっとも、貴様がそれを受けられることは
なんてことさ……いや、もうそれしか言葉が出ない。
わけがわからないままに海で戦って、自分なのに自分の姿を持っていなくて。
悪い夢だったら早く覚めて欲しい。
でも夢じゃないって、これは現実だって、この人の、陽炎さんの目が言っている。
突き刺さるんだ、心に。痛い痛いって泣いている。
「……当面、っていうのは?」
「義務によって艦娘の道を進んだ、いわば兵役ね。それは五年と期間が定められているわ」
「つまり五年生き残ることが出来れば人間に戻れる権利を得られるというわけだ……少しは希望が見えたか?」
五年。
それは長いのか短いのか。
今はよく、わからない。
「少しは落ち着いたか? いや、落ち込めたか? ……ともあれ、だ。アクシデントで戦闘となったが貴様はまだ言うなら訓練兵だ。陽炎指導の下、五年生きられるよう鍛錬を積むように」
「司令」
「わかっている、貴様までそんな目をするな。……すまんな、こういう言い方しか出来ん」
……言い方を気にしなかったのは、ううん、気にならなかったのはそんな余裕が無かったからだろう。
でも別に嫌ってわけじゃなかった。なんでだろう?
「……いえ、大丈夫、です」
「そうか。ならば今日は下がって休め。予定に変更はない、明日からまた訓練だ。陽炎」
「了解」
気持ちは落ち着いた。いや、言葉を借りるならようやく落ち込むことが出来た、かな? それとも無気力が過ぎて、何も感じられないのかも。
そんな私は、この部屋へ来た時と同じように、陽炎さんに手を取られてここを後にした。
「……頭、痛い」
――今日は難しいかも知れないけどゆっくり休んでね。
そんな陽炎さんの言葉で終わった一日。
もうなんて言うか、頭の中がぐちゃぐちゃだ。
驚異的な適性値? フォーナイン?
バカバカしい、義務だからってなんで戦わなければならないんだ。
昔の言葉を思い返すなら戦いなんて何も産まないんだ、失うばかりで何一つ良いことなんてない。
それに。
「……やっぱり、ない」
辛うじて覚えている、忘れたい傷。
右肩に奔った痛みを覚えている、そして今は何事も無かったかのようにきれいさっぱり。かつての私なら羨んだろうたまご肌。
怖い。
何時間も経っていないはずなのに、こんなに早く治っていい傷なんかじゃなかったのに。
自分の身がそうして言っている。
「私は、人間じゃ、ない」
そう告げている。
事実は震えとなって私を苛む。
だってそうでしょう? 私は、少なくとも私の記憶にある私は人間だったんだ。
気づけばこんな身体になっていて、雪風なんて呼ばれていて、艤装なんてよくわからない兵器を身に着けて海を走ることが出来る。
ありえない。
そんな人間、いるわけがないんだ、居てはならない。
「う……あぁ……」
嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ。
戦いたくなんかない、死にたくもない。
一体何のために戦うっていうんだ、戦わなければならないんだ。
国のため? そんな愛国心生憎と持ち合わせていない。戦えない友達のため? 嫌だよやめて、そんな重荷が戦う理由になんてなって欲しくない。
「……ごめんなさい」
「え?」
涙を枕で誤魔化そうとした時、そんな時。
「やっぱり、間違っているっていうのはわかっていたんです。でも、それでも」
目の前に現れたのはちみっこい何か。
ふよふよと浮きながら、沈痛な表情を浮かべている存在。
「あなた、は……?」
「はじめまして……っていうのは変な感じです。久しぶりという方が良いのかも知れません。私は……未来のあなたです」
未来の私? 何言ってるんだこの……ええっと?
「艦娘は妖精の姿が見えます。艤装に宿る妖精、工廠で作業する妖精……様々な妖精が居ますけど、私は、未来で終戦を迎えることが出来たあなたです」
「妖精」
いやもう何なんだ今日は。
嫌過ぎる現実に精神がやられてしまったんだろうか。豆腐メンタルを自覚してはいたけれど、こんなにも脆かったのか。
「あぁっ!? だ、だめですっ!?」
「やめて離して多分もう私壊れてる」
もうゴールしても良いんじゃないかな?
どうせこれから先に希望なんてない、だったら今――
「人間に! 戻りたくないのですか!?」
「――っ」
そんな言葉で壁へと打ち付けようとしていた頭が止まった。
「人間に、戻れる?」
「……私は、取引をするためにここへ帰ってきたんですよ、ユキさん」
ユキ。
あぁ、そうだ、それは私の名前だ。
どうにも他人の名前な感じがして、寒気がするけど確かに。
「話を聞いてもらえますか?」
「……うん」
だからだろう、少しだけ頭も冷えた。
少なくとも、目の前の私を名乗る妖精の話を聞く態勢を取る事ができるくらいには。
「単刀直入に言います。私はより良い未来を手にするため私を利用しに来ました」
「より良い未来? 利用する?」
単刀直入も過ぎる。
でも私のことをよくわかってる言い方だ。
「私は終戦まで生き残ることが出来ました。ですけど、そこに友達の姿はなく、人間にも戻れませんでした」
「……」
なんだそれは、最悪じゃないか。
というか人間に戻れない? だったらあの人は嘘を言っていたの?
「正確に言うなら、ですけど。私は人間に戻る機会を逃してしまったんです」
「逃してしまった……?」
目の前の私は続けて言う。
激しくなる戦争、兵役義務期間は延長され、義務となる適性値も30%へ引き下げられ……解体出来る余裕なんて無くなってしまったと。
「それでも戦いは終わりました。人類は勝ったんです、たくさんの犠牲の上に立って、暁の水平線へ勝利を刻めたんです」
私が雪風として戦った期間は十年、らしい。
そしてそれだけ艦娘として戦った結果。
「ロック装置は……完全に身体の一部となっていました。私は、人間に戻ることが出来なかったんです」
「そん、な……」
その時の私は、何を希望にして戦っていたんだろうか。
戻れないとわかった時、どれほど絶望したんだろうか。
「ですけど
……あぁ、やっぱり戦争は嫌だ。
やっぱり失ってばかりなんだ、誰かが死ぬことを、止められないんだ。
「そこで、取引です」
「……」
「五年。それはロック装置が身体と一体化するギリギリの期間。それまでに、全てを終わらせたいんです……誰一人として、沈めることなく」
そのために、私を利用したい、と。
「この世界、っていうのが正しいのかはわからないけど。おんなじ未来へ向かうって確証はないわよ?」
「はいわかってます。だって、もう既に変わっていますから」
「え?」
「先の長距離航海練習での深海棲艦との戦い。あそこで黒潮さんは、私が辿った道では沈んでいましたから」
……嘘?
待って、死が身近だなんてなんとなくでしかわかっていなかったけど。
本当に?
「あの時は……私が代わりに戦って何とかなりましたけど」
「……待って、だったら私をあげる。文句は言わないから代わりにずっと戦ってよ」
代わりに戦えるなら、それで良いじゃない。
終戦まで生き残った、いわば歴戦の勇士。そんなのが今から居てくれたら、人類勝利待ったなしじゃないか。
「あの時は私もあなたへ戻りたてで、自分との境界線があやふやだったから出来たことです。あなたの記憶が混乱しているのも、そのせいではありますが」
……そう都合いい話はないか。
でも。
「……未来の知識を、知っているのね?」
「はい、大きく道を違えなければですが、これから先何が起こるのかも知っています」
「生き残って……人間に、ちゃんと戻れるのね?」
「はい、私が来たのはそのためでもあります」
そっか……。
つまり私は、少しだけズルが許されているらしい。
「わかった」
どの道。
そうだ、どの道だ。
戦わなければならないなら、痛い思いをしなければならないのなら。
誰かが沈んだりすることを、予め知っているのなら。
「乗ってあげる、その取引」
「流石です! 私!」
あらまぁ表情豊かね。
いやいや、そんな所で自分を疑ってどうする。
縋れるものがあるなら縋ろう、利用できるものがあるなら利用しよう。
そうすれば、少しだけ私は痛まないで済む。
「五年、それまでにこの戦いを終わらせる」
「はいっ! 頑張りましょうね!」
ええ、もちろん。
私は人間なのだから。