佐久島を出発した雪風達の航路は順調だった。
始めこそ緊張の色が強く顔に表れていたものの、三重を超える頃には限りなくいつもどおりに近い雰囲気の中進む。
そんな中第二艦隊が五十鈴指導の下、主にソナーと爆雷。電探の使い方を学んでいる。
「えぇと……パッシブソナー、アクティブソナー?」
「受動的に感知するか能動的に感知するかの違いよ。見てて頂戴」
普段よりも活き活きとしているように五十鈴が見えるのは気の所為では無いだろう。
こうして後進達への指導と言えば、バイト艦娘達への海上走行技術のみで戦闘に関わることを教えるのは随分久しぶりだったし、元々面倒見の良い五十鈴でもあったから本領発揮といった所。
バイト艦娘から見れば、専門的な知識をつける座学をほぼ受けていないためか五十鈴が言っている内容の殆どが理解できていない、戦うって言うことはやっぱり大変なんだなといった感想。
ただ教えている五十鈴の表情を見て、そんな顔も出来るんだなと少し寂しいような、悔しいような、いまいち整理のつけられない感情を抱く。
不知火が彼女たちに教えた、
大げさかも知れないが、その言葉は彼女たちにとって衝撃を与えた。
戦う人たちはなんて孤独なんだろうかと、同情にも似た感情を覚えてしまったのだ。
今で言えば雪風と霞、二人が真面目に戦闘訓練をしている光景もちゃんと見たのはこれが初めてで。その姿にそんな思いを重ねて掠めるように視線を送ってしまう。
「電探感度は装備自体の性能はもちろんだけど、艦娘によってある程度差が出るわ。霞、どんな感じ?」
「はい。異常は……無さそうです」
装備にしても、簡単な砲撃訓練を受けただけ。こうすれば砲撃出来るんですよ程度だったし、実際に砲撃した後海の上に立ち続けることなんて出来なかった。
魚雷という存在は知っていたが、手に触れたことすらなかった。代わりに触れたのはドラム缶なんて、もしかしたら人間として日常生活を送る上で触ったことがあるかも知れない物。
今五十鈴が雪風や霞に使い方を教えている装備など名前すら知らなかった。
それで良かった、良いはずだった。
砲撃して転けても、何をしても怒られることもなく仕方ないの一言で片付けられて。
自分たちはバイトだからと何かを放棄して。
そう思っていた自分に対して、複雑な気持ちが胸に産まれた。
「あの、睦月、さん」
「えっ!? えと、にゃ、何でしょう?」
ふと前を見れば自分達を率いている軍人。
ずっと顔を強張らせているのは何故だろう、だがそれよりも気になることがある。
「何で、バイトっているのかな?」
「ば、バイトさんがいる意味ですか? ……そう、ですね」
即答されるとまでは思っていなかったが、少し長いと思われる程度に睦月は考える。
単純に手が回らない部分を民間人に手助けしてもらうなんて、恐らく彼女たちがバイト艦娘になった時説明を受けただろうことをもう一度説明することは出来る。
だが、それをまた聞きたいというわけではないだろうと睦月は察した。
「戦えない人も、戦えるように、かな」
まさに今自分がその窮地に立たされているように。
彼女たちは民間人だ、艤装を纏って姿が変わっても違いない。自分とは違う、平和な日常を生きる人だ。
「戦えない人が、戦える……?」
「うん」
睦月は思う。
こんなやくたたずと成り果てた今も尚こうして海の上にいる理由。
それは間違いなく彼女たちのような人間たちがいるからこそだと。
「戦いが好きな人なんてどこにもいないんだよ、望んでも好んでもいない……それでも戦うのは、きっと戦えないのに一生懸命頑張っている人たちを守るって理由があるから」
言い訳なんだろう、許して欲しいんだろう。
未練がましくここにいることを、キレイなお題目で誤魔化そうとしている。
それでも。
「嘘じゃない……そう、嘘じゃないんだよ。だから、皆はそうしてて良いんだよ、居て欲しいんだよ」
「睦月、さん……?」
歯を食いしばる。
ここに来てからずっと、海に立つ時は自然に力が入った。
「そうだ、守らなきゃ……私は……!」
それだけは、紛れもない睦月の真実なのだから。
和歌山潮岬。
深海棲艦との会敵もなく順調に辿り着いた休息場所。
「わ、灯台ですかあれ!」
「へぇ……初めて見たわ」
「そうです、ねぇ」
そびえ立つと言えば物々しいが、海際に建つ灯台へと物言えぬ感動を抱く雪風と霞。
安心感とでも言うのだろうか、海で生きる者達が目指す場所であり拠り所。
かつて艦娘となる前には思わなかっただろう感想に浸りながら潮風を楽しめる。
「ねぇ睦月ちゃん」
「え、あ……なんですか?」
「大丈夫ですか?」
三人並んで灯台を見上げ、そのままの格好で雪風は睦月へ問う。
「えと、大丈夫ですよ? まだまだ睦月、頑張れるにゃ……頑張れます」
「どう見てもそう思えないから言ってるんだけど」
霞がジト目で睦月へ言い、雪風が苦笑いを浮かべた。
そうなのだ、睦月は誰が見ても疲労していた。憔悴と言っても良い。
緊張の色は出発時から見えていた、しかしそれだけでここまでなるとも思えない。
「念の為、五十鈴さんにここで休息時間の延長……ううん、一泊したほうがって言ってみましょうか?」
「だ、駄目です! わ、私は大丈夫ですから! 皆牡蠣楽しみにしてますし! むしろ早く出発しちゃいましょうー! 睦月、はりきっちゃいますよー!」
雪風の言葉に慌てて元気をみせる睦月ではあるが、それを空元気だと見抜くなんて誰にでも出来る。
「はぁ……私から五十鈴さんに言って――」
「駄目ですっ!!」
呆れつつも背を向けようとした霞の服をつまみ止める睦月。
顔には必死を浮かべていて、目には少し涙を溜めながら。
「わ、私のせいで何かが駄目になるなんて駄目です。絶対、絶対だめです」
「で、でも」
そんな様子の睦月をどうしたら良いかと、霞の視線は雪風と睦月を行き来する。
責めるつもりはなかった。
むしろバイト艦娘をここまで無事に率いるのは大変だっただろうと理解もあった。
疲労すること自体は悪いことでもないし、情けないとも思わない。むしろここで十分な休息を取ることこそ必要なことだとも思っている。
「ねぇ、睦月ちゃん」
「は、はい」
雪風にしても霞と同様の考えに至っている。
恐らく肉体面というよりは精神面の疲労が濃いということも。
「睦月ちゃんって絶対地の喋り方ってそうじゃないよね?」
「んにゃっ!?」
「……急に何言ってるのよ」
何処と無く睦月に自罰的な雰囲気があることを雪風は感じ取っていた。
私なんかが、なんてそういう思い。
「えーだって。霞さんもたまーに噛んだ振りして言い直してる睦月ちゃん知ってるでしょう?」
「ま、まぁ、そうね」
「絶対この子あざといって私思うんです!」
「あざとい!?」
目の前で突然始まった本人を前にしての悪口大会に目を白黒させてしまう睦月。
事実睦月は喋り方の矯正中でもあった、本来の口調はもう少し……雪風曰くのあざといもので。
「にゃーにゃー語尾ですよ? くっ、睦月ちゃん今までどれほどの男を手玉に取って来たんですか……怖くて震えちゃいます」
「てててて、手だまぁ!? そ、そんなこと出来ないにゃしぃ! ……あ」
「……睦月、語るに落ちる、ね」
恥ずかしさで小さくなり始めた睦月へ流し目を一つ。
内心かわいいなぁなんて思う雪風は小さくガッツポーズを決めながら。
「睦月ちゃん」
「うぅ、なんですかー?」
「私、そっちの睦月ちゃんのほうが好きかもしれません」
「……はぇ?」
睦月の実年齢は知らない。
ただそれでも雪風は思う。
「もし良かったら、ですけど。睦月ちゃんが私のことを友達だなんて思えた時、気兼ねなくにゃーにゃー言って貰えませんか? 私、猫好きなんですよ」
「別に、いつもにゃーにゃーなんて言ってないもん……」
「……急に子供っぽくなったわね。というか雪風、それってどうなのよ」
ニコニコしていた雪風は大きく身体を伸ばした後、深呼吸を一ついれて。
「仲良しこよしで戦おう。なんて言いません。けど、気の合う仲間と肩を並べたいじゃないですか。霞さんが隣に居てくれるように、私は睦月ちゃんとも肩を並べたいんです。そう、私はやる気に不具合があるものですから」
「あ……ぅ」
「あんた、ねぇ! もう、ほんとにあんたはねぇ!」
雪風にしてみればこれは孤独からの逃避でもある。
一瞬見た一人で戦い続けた自分の姿、それをどうにも認めたくないが故に手を伸ばしているに過ぎない。
だからといって今の気持ちが偽りであるというわけでもなく、言ってしまえば睦月のことが気になっているのだ、仲良くなりたい相手として。
「睦月ちゃん」
「は、はい」
「私には、睦月ちゃんが何を抱えているのかなんてわかりません。それが乗り越える必要があるものなのか、手放してはいけないものなのかすら。ですけど」
かつて自分がどうやっても戦いたいと思えなかったように。
今も尚戦いたいなんて思えず、心を振り絞って戦場へ挑もうとしているように。
「整理が着くまで、待ってます。逃げません。それまで私が睦月ちゃんを守ります。だから」
「……」
「大丈夫になった時、私を守ってくださいね!」
そう笑った雪風を、霞と睦月は温かい光に触れたような心で見たのだった。
「残りは少し。だけどここが出るとしたら一番会敵の可能性が高い場所。雪風、電探の使い方は大丈夫ね?」
「はい。索敵開始します」
「霞も潜水艦の出現に注意。ソナー反応を取り漏らすんじゃないわよ」
「了解です」
この遠征最後の山場。
ここさえ抜けてしまえば後は安全に辿り着けるそんな海域。
遠征参加者全員の疲労は濃い。特にバイト艦娘は喋る元気もなく肩で息をしながら海を走る。
率いる睦月は多少持ち直したのか顔色は良い、艦隊の状態を上手く保つ事ができていた。
艦隊全体をもう一度確認した五十鈴。
彼女の中にある判断はこのまま深海棲艦と会敵しなければ大丈夫だというもの。
驚くべきことだろう雪風、霞の状態は良好を保っている。これならばよしんば会敵したとしても上手く護衛は機能できるだろう。
「……もうすぐ、か」
そう思ってはいけないと自覚しつつも、物足りないと思ってしまう。
訓練の時に見た雪風、霞の動きは五十鈴の理解を超えていた。たかだか半年近くの訓練でここまで動けるようになるのかと。
同時に早く共に戦いたいとも思った。
自分の指揮で、彼女たちが持つ輝きで海をより明るく照らしたいと思ったのだ。
だが、今ではない。
いずれその時は来るだろうこんな護衛任務等ではなく、もっと大きな舞台で。
「ふぅ」
心に燃え上がり始めた炎を消化しようと息を吐く。
そんな時だった。
「この反応は……!? 五十鈴さん! 恐らく敵艦反応です」
「っ! 距離は!?」
「まだ……遠いです! 進路に被ってもいません! 会敵は恐らく回避可能です!」
雪風の報告が艦隊に伝わり、全員の目が五十鈴へと注がれる。
どうするのか?
理性では分かっている、会敵回避一択だ。
だが五十鈴の心で消化したはずの炎が蛇舌のようにチロチロと焔をたてる。
「わかった、回避する。雪風は反応のない方角を睦月に伝えて来て。その後また戻ってきなさい」
「了解です!」
「霞。私達は第一艦隊の後方に着いて、警戒態勢を維持したまま続くわ。ソナー反応には引き続き注意」
「了解です」
焔を抑えつけて指示を出せば、新人らしからぬ動きでその通りに動く雪風と霞。
当然だ、ここで自分の欲求を優先させるバカなんていない。
だからこそ五十鈴は多くの人に認められているのだ、その認知を揺るがしてはいけない。
ただそれでも残念に思う気持ちは加速する。
守りたい。だが、それでももし来るのなら。
あるまじき願いを秘めて、静かに警戒態勢を続けた五十鈴。
「睦月ちゃんに伝えてきました。私達が離されないように半速で進むそうです」
「そう、良い判断ね。流石睦月といった所かしら」
優秀で涙が出そうだ。
むしろ全速で突破、私達が孤立なんてしてくれたら……。
「バカね、皆を危険に巻き込みたいの?」
「はい? どうしました? 五十鈴さん」
「ううん、なんでもない。それより二人共、反応に注意なさいな」
じりじりと下がるように進んでいく輸送連合艦隊。
その中で唯一、五十鈴の気持ちだけが前に飛び出そうな進軍。
「っ!? 敵艦隊反応増速っ! 突っ込んできます!」
「ソナーにも感っ! 反応少数ですが潜水艦もいます!」
来た!
思わず喜んでしまいそうな心を隠して五十鈴は口を開ける。
「潜水艦から仕留めるわ! 霞は私に続いて! 雪風はこのまま第一艦隊の後ろに着いて! 海上艦の頭を抑えなさい!」
「了解っ!!」
こうして、五十鈴にとっては待ちに待った。誰かにすれば恐れていた海上戦が始まった。