二周目雪風は人間に戻りたい   作:ベリーナイスメル/靴下香

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一年目・旗艦先頭

 慌てた心を無理やり抑えつけたような雪風の報告は簡単に睦月の心を揺るがせた。

 

「む、睦月さん、会敵って……!」

 

「大丈夫です! 雪風さんが言ってくれた方角へ進路を取ります! 私達が、皆を守りますから!」

 

 それでも考えるより先に言葉が出たことへ安堵する。大丈夫だ、まだ私は冷静だと言い聞かせながら思考を巡らせる睦月。

 

 出せるのであれば全速を指示するべきだろう、しかし全速での艦隊行動なんてバイト艦娘はしたことがない。

 ましてや遠征も後半で全員の疲労が大きく見えている、その指示は無茶としか言いようがなかった。

 

「――艦隊半速! 警戒態勢をとってるだろう第二艦隊からあまり離れないようするよ!」

 

「りょ、了解!」

 

 手で取るようにわかるバイト達の動揺。

 一刻も早くここから離れるべきだなんて思っているだろうことは睦月にもわかる、自分でもそう思っているのだから。

 だが駄目なのだ、五十鈴達護衛艦隊と離れてしまえば両艦隊孤立状態となってしまう。

 

 第二艦隊はそれでも大丈夫かもしれない、戦える人達が集った艦隊だしあの五十鈴の指揮。

 問題は第一艦隊。戦える力を持つのは睦月しか居ない。護衛艦隊から離れて呉への航路を急いだとしても、万が一その途中に深海棲艦が出現してしまえばどうなるか。

 五十鈴なら問題ないのかも知れない、一人であっても日本列島近海に出現する深海棲艦如き容易く蹴散らしてしまうだろう。

 しかし、しかしだ。今の旗艦は睦月だ、五十鈴ではない。

 

「いざと、なったら……」

 

 主砲も、魚雷も装備している。抵抗出来るだけの力を手にしている。

 当たり前のことなのだ、民間人を守ることなんて軍人にしてみても、睦月にしても。

 真実なのだ、守りたいと願う想いは。

 

「……」

 

 もどかしさを感じる半速進軍。

 手にある主砲の冷たさを感じ、何かを確認するようにそっと空いている手で触れた時。

 

「――ぅ」

 

 過る光景(フラッシュバック)

 目の前で砲撃を浴びる味方、向けられる視線、艦隊に奔る動揺。

 

「は――ぐ……」

 

 嘔気を堪えた。もしも一人であったなら吐瀉物を撒き散らしていただろう睦月の傷。

 かたかたと震えだした足を止められない、そんな自分へと気にする余裕もないバイト達へと気が回せない。

 

 ――無理だよ、戦えない。

 

 そうして自覚した。

 私はまだ戦えないと、傷は癒えていないと。

 自業自得、いや自傷とも言える傷ではあるが、爪痕は深くまだ睦月の心に刻まれている。

 

「睦月、さん?」

 

「――っは! 大丈夫! 大丈夫だからね!」

 

 反射的に出た言葉。それは誰に向けたものなのかわからない。

 現実へと無理やり思考を戻した睦月の目にまだ呉は見えない。

 

 時刻は夕方、後二時間もすれば海を照らす光は落ちてしまう。

 夜間航海練習なんてバイト艦娘は行っていない、完全な暗闇の中戦闘の恐怖に晒されながら動けるわけがない。

 睦月の頭にあったタイムスケジュールから考えれば、あと一時間もあれば呉へと到着出来ただろう、つまりタイムリミットはあと一時間。

 

 あと一時間でこの状況から脱しなければならない。

 

「難しい……かな?」

 

 手が足りていない。

 敵艦隊がどれほどの規模だろうかはわからないが、どれだけ優秀であっても三人だけですぐ敵を撃滅するなんて不可能だろう。

 よしんば会敵を回避出来たとしても警戒態勢をとったまま、半速では日が昇っているうちに呉へ到着するのも難しい。

 

「三人……? 私は、本当に……!」

 

 難しいと分かっている、手が足りないのも理解している。

 それでも尚自分を戦力として数えていない自分へと嫌気がさす。

 

 どうしてこんな状況になって尚、強い心を持てないのか。

 

 ――待ってますから。

 

 雪風は睦月にそう言った。

 その言葉を嬉しいとも情けないとも睦月は思う。

 

 雪風は新人だ、自分より遥かに戦闘経験がないのは当然。だと言うのに羨んでしまうほど強い心を持っている。

 本来ならばそんな言葉は自分こそが新人へ向けて言わなければならないのに、どうして頼りになるなんて思ってしまったのか。

 

 どうしてハリボテとしてしか、その言葉を使えないのか。

 

「お願い、します……」

 

 最早睦月には祈るしか出来ない。

 どうか、どうか会敵せずにこのままで。

 夜間航海程度なら出来るから、バイト艦娘を引き連れてでもこなすからと。

 

 だがその願いは。

 

「睦月さん! 敵艦隊こちらに突っ込んできます! 私は最後尾について敵艦の頭を抑えます! バイト艦娘さんたちの指揮、よろしくおねがいします!!」

 

「……了解!」

 

 届かず海に消え去った。

 

 

 

「艦隊を、お守りしますっ!」

 

 第一艦隊の最後尾で雪風は電探を頼りに主砲を放つ。

 感じる敵艦反応は四つ、座学で知った法則をそのまま当てはめるのなら残り二隻は潜水艦。

 

 ――艦隊人数は六人まで。

 

 今までに蓄積された情報から、深海棲艦隊がそれ以上の数を一艦隊で率いることはないと教わった。

 ならば何とかなるだろう、雪風はそう考える。

 五十鈴と霞が潜水艦の相手をすぐに終わらせてこちらへ合流、そのまま殲滅戦へと移行すればいい。

 

 ただ気にかかるのは。

 

「っくぅ! めちゃくちゃな動きしてっ! 狙いにくい!」

 

 まるで雪風達の姿が見えていないかのようにただ突っ込んできているだけの敵艦。

 一体どうしたというのだろうかと考える余裕はない、雪風は必死で相手の足を鈍らせようと砲撃を重ねる。

 魚雷があればまだもう少し余裕はあったのだろうが今の装備は主砲と電探、駆逐艦の砲撃程度では効果がいまいち。

 

 手が足りない。

 

 流石に自分の情けなさや未熟さの問題ではないだろう思いたい雪風ではあるが、一人で出来る限界を思い知る。

 先の戦いのように、自分一人しかおらず周りは敵だらけといった状況のほうがまだましと言えた。

 

「あわ……わわ」

 

「大丈夫! 絶対、大丈夫です! 雪風が、お守りします!」

 

 背後にいる、バイト艦娘達。

 恐慌状態に陥っていないだけまだ根性が据わってると思えた。自分なら、かつての自分ならもう既に取り乱してどうにかしているだろうと。

 

 ――これが、護衛戦。

 

 難しさを強く実感する。

 フォーナインなんて異名とも言える名前があろうとも、実力が世に轟いたわけではない。

 これが五十鈴や陽炎のように誰もが知るレベルの艦娘だったらまだましだったのだろうか。

 

 そんな益体もないことを頭へ掠めながら、砲撃を続けるが。

 

「……睦月ちゃん! もうちょっとスピード出せない!?」

 

「無理、です! これ以上のスピードは、艦隊を維持出来ません!」

 

 距離がどんどん縮まっていく。

 電探で感じる五十鈴たちの反応はまだ第一艦隊へ向かって来てはいない、潜水艦の処理に手間取っているのだろうか。

 何にしてもこのままじゃまずい、せめて後一人牽制砲撃に加わってもらえたら。

 

「だったら……睦月ちゃん! ごめん! 一緒に牽制手伝ってもらえますか!? 私一人じゃ抑えきれないです!」

 

「そ、それも無理です! こ、この位置からじゃ――!」

 

 まじで?

 なんて思わず睦月の方を振り向いてしまう。そこにはどうしてだろう怯えの色を瞳に混じらせた睦月の姿。

 

 確かに、確かに今の陣形は単縦陣で、睦月は旗艦故先頭にいる。

 最後尾で牽制砲撃をしている自分とは少しばかりの距離がある、だがそれはほんの誤差程度でしかない。

 

 何故そんな目をしているのか。

 何故先輩である睦月が出来ないなんて言うのか。

 

「くっ! わかりました! なんとか……なんとかします!」

 

 これだったのかと雪風に理解が広がった。

 

 どうやら睦月は戦えない艦娘らしい。

 理由はわからないがそれだけは理解した雪風。

 

「……どうする?」

 

 ならば待とう、待つと言った言葉を嘘にしてはならない。

 状況は少なからず絶望的、こんな場面で打開策を考えられる程今の雪風は成長していない。

 

 だから静かに口を動かした。

 自分の中にある何かへと問いかける。

 

 だが返ってきた言葉もまた厳しく。

 

「囮は非効果的、か……」

 

 敵艦隊の目的は不明。

 以前のように雪風を狙っているわけでもなさそうだという結論。

 ならば自身を囮にしたところで釣れる保証は薄い。護衛技術が慣熟されているのなら庇いながらの戦闘も可能かもしれないが、これが初めての護衛戦。

 

 刻々と迫ってくる判断への制限時間、ついに敵艦隊は視認出来る位置まで辿り着いた。

 

「――ひっ」

 

 バイトの誰かが小さく悲鳴をあげた。

 その声を聞いて雪風は多少の被害が出てもという案を却下した。

 

 守らなければならない存在がいる、守る事ができる存在は自分しかいない。

 

 ならば。

 

「やるしかないってね!!」

 

 それが自分の言い訳だと認め、覚悟を一つ決めた。

 

 

 

「雪風さんっ!!」

 

「し、至近弾ですっ! 大丈夫!!」

 

 大丈夫なものかと睦月は戦慄する。

 至近弾などではない、間違いなく今のは直撃だ。

 事実雪風からは中破とも言える損傷が確認できた。

 

 不幸中の幸いと言って良いのだろうか、それは敵艦隊の砲撃精度が著しく悪いことだろう。

 視認距離に入って尚深海棲艦の攻撃は鈍かった、まるでそれどころじゃないと言ったように。

 

 そんな中、雪風が取った手段。

 

「大丈夫っ! 雪風は……沈みませんからっ!!」

 

 それは自分を艦隊の盾にするというもの。

 

「もう、もう止めて! 雪風さん! 雪風さん!」

 

「いや、いやだよ! なんで!? なんでこんな!?」

 

 今ので雪風は一体何度身を砲撃に晒したのだろうか、少なくとも数える余裕は無かった。

 身を盾にしながらも、お返しと言わんばかりに砲撃を返して。敵艦の砲撃を察知すればその先を予測して身を挺する。

 

 その姿にバイト艦娘達は涙を流した。

 自分たちがバイトだから、戦う力を持っていないから。

 不足を補うために雪風はその身を捧げているんだと理解できたから。

 

「睦月さんっ! 睦月さんっ! 雪風さんを……雪風さんを助けてあげてください!」

 

「私は、私達はどうなってもいいからっ! お願い! お願いします!!」

 

 縋るように睦月へ懇願するものもいる。だと言うのに睦月は指揮することも忘れて、呆然と雪風が損傷を重ねている光景を眺めるしか出来ない。

 

「いや、いや……!」

 

「どうして!? 睦月さんは! 睦月さんは軍人でしょう!? 私達とは違う! 戦える人じゃないですか!」

 

 バイト艦娘の声は睦月に届かない。

 この場にいる誰よりも顔を青ざめて、目から届く光景とは別のモノを瞳に映している。

 

 ――同じだ。

 

 かつての光景と、今繰り広げられている光景は全く同じ。

 

 ――お前が、お前のせいでっ!!

 

 言われた言葉を覚えている、ついた傷が自分を責め立てている。

 

「私が、失敗、したから……出来ないから」

 

 誤射。

 

 当たり前にわざとではない、ただただ自分が未熟だった結果だ。

 そしてそれは艦隊に危機を齎した、それも当然だろうその場にいた誰よりも睦月は優秀と見られていた。

 

 適性値は高かった、訓練でも良い成績を出していた。

 それだけに、期待を裏切った……いや、予想すらしていなかっただろう睦月の失敗。

 

「睦月さん! お願いです! 雪風さんを!!」

 

「出来ないよっ!」

 

 また失敗してしまったらどうする? 今度は、今度こそは自分のせいで轟沈者を出してしまうかも知れない。

 ましてや雪風は既に中破している、そのトドメの一撃を自分がしてしまったら。

 

「なんで!? 睦月さんは主砲も魚雷もあるんだよっ!? それでどうして戦えないの!?」

 

「無理だよ無理! 私には、私なんかじゃ出来ない! そ、そうだ、そうだよ! 皆だって主砲を持ってるよ!? わ、私が教えてあげるから! いい? よく、よくねら――」

 

 自分で言っている言葉が理解できない、明らかに混乱しているだろう睦月の言葉を遮ったのは一つの乾いた音。

 

「――わかりました」

 

「……え?」

 

 頬へ奔った衝撃に、放心させた睦月。

 

「皆! く、訓練通りだから! 大丈夫! 私達が……私達が雪風さんを助けるよ!」

 

「りょ、了解!」

 

 全然なってない構えで、足を震わせて。

 そんなんじゃ、撃てない、撃てても非ぬ方向に行くどころか雪風にあたってしまうし、足を止めるなんて格好の的。

 

「だ、だめだよ! そんなんじゃ!」

 

「出来ます! 私達だって……! 私達だって守りたいものを守ることくらい、出来ますから!!」

 

 ――主砲、よく狙って――。

 

 全員が揃って構えたその瞬間。

 

「危ないですっ!!」

 

「――っ!?」

 

 再び雪風によって庇われた、突き飛ばされた一人の艦娘。

 

「ぐ、ぅ……!」

 

「雪風さん!!」

 

 雪風、大破。

 誰の目から見ても、虫の息に近い。

 

「怪我は……ない、ですか?」

 

「はい、はいっ……ごめんなさい、ごめんなさいぃ……!」

 

 それでも雪風は笑って見せた。

 言い訳を言い訳で終わらせたくないが故に強がった。

 

「睦月、ちゃん」

 

「……ゆき、かぜさん……?」

 

 ――待ってますから。

 

 そう一つ口から零して雪風は。

 

「う……あぁあああああああ!!」

 

「だめ、だめぇええええええ!!」

 

 力を振り絞って海を蹴り出した。

 

 足を止めてはいけないのに、雪風の意志を継ぐというのなら早くこの場を離れなければならないのに。

 

「う、あ、うあああ……」

 

 誰も動けなかった。

 海の上へと座り込んだ、涙の露を海に落とした。

 

 ――待ってますから。

 

 雪風の言葉が睦月の頭で繰り返される。

 もしも、もしもここで何も出来なかったのなら、待ち合わせ場所にきっと向かえない。

 

 雪風は天国で、私は地獄。

 

「それで……いいの……?」

 

 あんな子を、待ち人来たらずにさせてしまって。

 真っ先に沈めばよかった自分より先に沈めてしまって。

 

「良いわけ、ない……!」

 

 目を上げればボロボロの身体で尚立ち向かう姿。

 

 待たせてはいけない。こんな自分を信じてくれている人を、待たせるなんてあってはならない。

 

「主砲も……魚雷も……ある」

 

 放てなくなったこの兵装。放てていたはずのこの兵器。

 

「そうだ、私は……私だって! 主砲も魚雷もある(戦える人な)んだよ!!」

 

 気持ちは破れかぶれ、かつての鋭さ手応えは欠片もない。

 そうして放った一撃は。

 

「――っ!!」

 

 雪風の背中に迫り。

 

「雪風さんっ!!」

 

 ――待ってました。

 

 スルリと抜け、目前の深海棲艦を叩いた。

 

「――っ!! 良いですか!? 私以外の皆は走って! すぐに追いつくから安心してね! 大丈夫……もう! 大丈夫だから!!」

 

「りょ、了解っ!!」

 

 責任放棄も甚だしい、睦月は旗艦であることも忘れて雪風の下へと一直線。

 

「雪風さんっ! ごめん、ごめんなさい! 大丈夫ですか!?」

 

「え、へへ。だいじょーぶじゃ、ないかも」

 

「ごめんなさい、ごめんなさい! もう、もう大丈夫です! 私が……私にまかせてください!」

 

「あは、はー……そうじゃないです、睦月ちゃん全然そうじゃない」

 

 こんな状況で何をと睦月は思うがそれも一瞬。

 

「私、猫、好きですから……ちょぉっとだけでも聞かせてくれたら、元気でるかなー?」

 

「――もうっ! 後でたっくさん言ってあげるにゃしぃ! だから戦闘準備は! いい……かにゃあん!?」

 

「あはっ。うん、ありがと睦月ちゃん。戦闘準備ばっちりおっけーです」

 

 なんてバカなんだろうこのやり取りは。

 そう思いながらも、ようやく戦える人で一緒に戦いたい人へと肩を並べられた喜びを噛み締めて。

 

「旗艦、先頭! 睦月の艦隊、いざ参ります!」

 

 大きく一歩、踏み出した。

 

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