二周目雪風は人間に戻りたい   作:ベリーナイスメル/靴下香

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一年目・快刀乱麻

「これで良かったのか?」

 

「はい。ご協力、感謝致します」

 

 佐久島司令部。

 手に持つ成功と記された報告書へ目を走らせながら、電話口から返ってくる言葉に一抹の苦みを感じ自分の笑みへと混ぜてしまう。

 

「何か言いたげですね?」

 

「いや……本来であれば我々が行うべき分野だったのだろう、文句を言うのは筋違いだと思ってな。こちらこそ、協力感謝する」

 

 確かに今回の作戦は軍というよりは軍人が立案し決行するべきものだったのかもしれない。

 軍人ではなく軍属、民間人である彼が執るべき手段でも作戦でもなかった。

 

「過分というものです。これが俺の仕事でもありますから」

 

「……わかった、ならばこれ以上何も言うまい。それとは別件だが――」

 

 別件の先が聞こえそうになった時、執務室のドアが開かれる。

 

「お待ちを、どうやら仕事のようです。後ほどこちらから」

 

「了解した」

 

 電話を切ると共に大きく息を吐く。

 さて、どう説明したものやらと思考を巡らせながら。

 

「その目ぇ見るにうちが何言いたいんかわかっとるみたいやね」

 

「少なくとも愛の告白じゃねぇくらいはわかるさ」

 

 入ってきた黒潮は怒気を孕んでいた。

 そのことを少し残念に思ったりもするが、やはりそれでも黒潮は優秀なのだろう。

 

 呉遠征で、雪風達が会敵した深海棲艦。いや、会敵させられた深海棲艦について。

 

「ほな、ええです」

 

「おっとー……そう来るとは思わなかった。ってか一番クる方法わかってんなー……流石」

 

 露骨に提督へ見せつけた怒り、その雰囲気を一瞬で簡単に霧散させた黒潮。

 既に顔へは笑みさえ浮かべて、いつも通りの体を取り書類の束を提督へと渡す。

 

「何の事かわかりませんわ。まぁとりあえず、損傷は雪風以外にあらへんみたいです。修復作業に丸一日必要やっちゅう話なもんで、帰ってくるのはもうちょい後になりますわ」

 

「おっけー了解」

 

 先に読んでいた呉遠征の報告書。

 追加で今黒潮より渡された子細な報告書を合わせて読む。

 

 睦月による護衛戦(・・・・・・・・)

 

 流石の睦月と言うべきなのだろう、大破した雪風を守りつつバイト艦娘艦隊にも被害を及ばせない。

 それはかつて出撃し、味方艦隊の旗艦を誤射してしまう事件があるまでの活躍を思い出させるもので。

 トラウマを完全に乗り越えたとはまだ言えないかもしれないが、これからは回復していくだけだろう大きな一歩を踏み出せたと提督は確信した。

 

 雪風には貧乏くじを引かせてしまったなと反省する気持ちはあるが、些事である。

 

「死ななきゃ安いってな」

 

「何か言いました?」

 

「いんや」

 

 どのみち艦娘という存在は、海へ沈まなければ、死にさえしなければ修復できるのだ。身体の傷は時間により回復する、ならば問題は修復できない傷のほうで。

 戦えないのに戦いの場へと立たせるコストは無駄でしかない。早急な回復をと言われても心の傷なんていつ治るかわからない。結局荒療治しか無理なのだ期限付きと言うのならばなおさらに。

 

 非道だ冷酷だなんて誹りを受けたい等誰も思わない。

 それは軍人であれどそうなのだ。むしろ軍人で艦娘の指揮を執らなければならない人間が艦娘との関係を悪くしてしまう事等出来るはずもない。

 

 だから、彼がいる。

 憎まれる事こそ役目だと言われた提督がここにいた。

 

「なぁ黒潮」

 

「ん? なんやろか司令はん」

 

 もうまるっきり普段通りだ。恐らく黒潮とて今回の作戦に含まれていた目的はただの遠征練習だけではないと理解しているだろう。

 もしかしたらあの深海棲艦の出現さえ提督が呉の協力を得て仕組んだという事さえ気づいているのかもしれない。

 

 黒潮は優秀だ。

 それは何も仕事ぶりからそう断じたわけではない。

 

「今の司令部を甘いと思ったことは?」

 

「いきなりやな……そうやな、うちにそれを言う権利はないやろし、そんな立場でもないわ。言えるとしたら気分よぅ仕事させてもらってる、くらいやね」

 

 同時にやはり提督も優秀なのだろう言葉の裏をちゃんと理解できるほどに。

 

「はぁ……黒潮さ、俺の代わりにならねぇ?」

 

「何言いますのん。アホ言うてやんと不知火あたりにする言い訳でも考えといて下さいや」

 

 そう呆れたように笑う黒潮を見て、提督は一つ決意を固めた。

 

「ここは艦娘療養所だ」

 

「……はぁ、なるほど。再教育施設ですか、合点が付きましたわ」

 

 色々なことに納得できたと黒潮は手を叩く。

 

 佐久島第三駆逐養成所。

 そこはバイト艦娘を使った輸送任務や資材の集積、管理を目的とした場所に違いはないがそれよりも大きい目的を持っている場所だった。

 

「睦月はある戦いで味方旗艦を誤射し、艦隊を危機に晒してしまった。以来主砲や魚雷の発射が出来なくなった」

 

「トラウマ、言うやつですわな。ほんで? その艦隊はやっぱ沈んでしもたん?」

 

「いや、ある程度の損傷はしたけど全員生還したよ」

 

「……あー、わかりましたわ。そら……お互い災難ですわな」

 

 全員生還した。その事実は喜ばしいものだろう少なくとも軍にとっては。

 しかしそれは睦月を責めることが出来る人間が全員揃っているということでもある。

 

「睦月は優秀、だったからな。期待も当然背負っていたし、同じくらい嫉妬も向けられていた。規模は違うが今の雪風みたいなもんだ」

 

「その雪風を犠牲にしようとした人が言う事ちゃいますで? せやけど、まぁわかります」

 

 仮にその時の艦隊が睦月のミスで沈んでいたとしてもある意味結果は一緒だったのかもしれない。

 いや、沈んだ者の代わりに自分がと奮起していたかもしれない可能性を考えれば、どちらが良いというものではない。

 

 ただ少なくとも睦月は悪意に晒されて、自責と自罰の念からそれを受け入れた。

 

「悪かったよ、雪風に頑張ってもらったのは。それは置いておいて、だ。そのままにしておくわけにもいかないからな、睦月も色々限界だったし。それでここに来たんだよ睦月は」

 

「ちょおまって……あぁ、それで司令部が甘いっちゅう話ですか。なるほど、そこの司令はんは睦月になんも出来へんかったんやね」

 

 小さく頷く提督。

 そう、睦月が元いた鎮守府の責任者は誤射事件があった後、何もできなかった。

 正確に言うならわだかまりを解消できなかった。働きかけたことはもちろんあるし何度も試みた、しかし毎回被害者(・・・)を主張する者たちを止められなかった。

 結局数の暴力に負けたといえばこれもまた被害者然としているが、睦月は一人孤立してしまい、すべての罪を背負った。

 

「そう。今時分の民間人は軽いなんて言われているが。そりゃ軍人もそうだ、甘い。他のとこや、昔の人間がちゃんとしていたかどうかは分からんが、少なくとも睦月のいた鎮守府の提督は甘っちょろい優柔不断野郎だ」

 

「そこまで言わんでも……せやけど、切るにせよ関係修復するにせよ出来へんのは甘い言われてもしゃあないか」

 

 十年近く戦ってきた今の黒潮だからこそわかる事がある。

 艦娘として未成熟だったころにそういった場面に遭遇していたとしたら、自分とて睦月を責めただろうし、提督が睦月を庇ったとすればどうしてだと詰め寄っただろう。

 

「艦娘システムが構築されるまでに多くの軍人が死んだ。残ったのは無能とまでは言わないが情けない連中ばかりだ。自分たちのケツを拭かせるためだけに俺みてぇな奴を雇うくらいなんだからな」

 

「全員がそうやとは思わんけど?」

 

「わかってる、第一駆逐艦養成所の提督さんとかな。けどあんな人が少数だってのは黒潮だってわかってるだろ?」

 

 喉を詰まらせ、反論できない黒潮。

 それもそうだ、今のは第一駆逐艦養成所の司令は違うと気持ちだけで言った言葉で、それをフォローまでしてくれた者に言えることは無い。

 

「民間人の気持ちは民間人にしか分からない。そんなお題目さ、ここを俺が運営しているのは。そう、それが俺がここに居る意味なんだよ黒潮」

 

「……」

 

 黒潮は続いて何も言えなかった。

 酸いも甘いも知ってきたはずだった、綺麗なものに触れた分だけ汚いものにも触れた。

 それでも目の前にいる民間人でいながら軍人が出来ない判断を下せる一人の男に対して何を言えばいいのかわからなかった。

 

 その判断で、睦月は間違いなく戦える艦娘になっただろう、いや再びそうなる為の一歩を踏み出した。

 結果からみればまさにこの場所が行う仕事を全うしたと言える。過程にどれほど非情な決断があったとしても。

 そしてその決断は今いる多くの軍人が出来ないことであるとも黒潮は理解している。こうして秘書艦として働き知った。

 

 久しぶりに触れた民間人の心に、軍人としての自分は何も言えなかった。

 

「まぁ、だから俺の代わりにならねぇ? って話なんだよ」

 

「それ本気やったんです? そらわかりませんでしたわ……って」

 

 曖昧な笑顔を返そうとした時に向けられたのは、ここで初めて見た真剣な顔。

 

「黒潮」

 

「は、はいな」

 

「俺が言う事でもねぇけど、あんたにゃ才能があるよ。黒炎なんて呼ばれた駆逐艦としてもそうだけどよ、何より指揮官、司令官としての才能がある」

 

 そうして告げられた言葉に驚きを隠せない。

 その言葉は陽炎にこそ似合うと思っていたし、実際に現場で陽炎の指揮へ不満を抱いたこともなかった。

 

 あえていうのならば――

 

「今回の呉遠征。内容を知って最大効率で効果だと納得しただろうあんたは、どちらかと言えば俺と同類さ。そしてそんな存在がすくねぇから、この戦争はまだ終わってないんだって気づいてるんだろ?」

 

「そんな、こと」

 

 ――もっとうちを使ってくれてええのに。

 

 わかっている、黒潮は。

 思いとは裏腹に、陽炎が自分を使わなかったからこそ、ここまで生き延びているのだと。

 感謝こそすれ、不満など覚えられるわけでもない、憧れとした陽炎だからこそ余計に。

 

「戦える人で戦いを命じられる人。俺はそんな存在が必要だと思っているし、黒潮ならそんな存在になれるとも思ってる」

 

「……」

 

「……まぁ、軍人でもない俺が言ったところで何の意味もねぇし、決定も出来ねぇがな」

 

 黙る黒潮の姿を見て、肩を竦めた後再び報告書へ目を落とす。

 

「そんなん言うなら……まずは自分がそうするべきちゃいますの?」

 

「あはは、そうだなごもっとも。だけどまぁ……今はそれどころでもないもんでな」

 

 その中から一枚の紙を黒潮の机に置いて。

 

「先に伝えておくけどさ、実は五十鈴ってなんの問題もねぇんだわ」

 

「……うん? それってどういう意味や?」

 

「今すぐにでも前線へ戻してもオッケーなんだわ。だけどあえてここに引き留めている。はっきり言って博打だ、それこそ佐久島の存続に響いてくるようなレベルのな」

 

 聞こえる声をそのままに、置かれた紙を黒潮は手に取って読み始める。

 

「ちょおっ!? まってや、これってほんまなんか!?」

 

「おっと読んじまったな? それは最高機密だぜ? 秘書艦だろうがなんだろうが上層部クラスしか読んじゃいけねぇやつだぜ?」

 

「はぁっ!? いやこれ司令はんが読めって――」

 

「言ってねぇよ?」

 

「――ほんまや!? うあぁ……うちのアホ……はめられてもうた……」

 

 子供のような笑顔をする提督だが、含まれたものは黒も黒。

 頭を抱える黒潮に対して腹を抱えたい提督ではあるが、それをやっちゃあ本気で殴られると我慢して。

 

「知るべきことを知ればいい。こりゃ、軍人サマの原則だったな?」

 

「……やらしいやっちゃな自分。っちゅうかこれこそまさに司令はんも知らんでええことやろうに、何考えてるんやほんま」

 

 知らされてしまった以上黒潮はこれを無視出来ない。よしんば無視できるにしても内容がそれを許さない。

 

「さて黒潮? 五十鈴が狂信者へ繋がるだろうキーパーソンだと知った気持ちはどうだ?」

 

「……最悪、やな。正直信じられへんし信じたくないわ、五十鈴さんだけやのぅて、まさか、なぁ」

 

 どうやら性に合わない事へと本格的に身を投じるのは、今かららしいと肩を落とす黒潮。

 

「ってかほんまに自分何者なんや? 色々、おかしいやろ」

 

 最早何を信じていいのか分からない黒潮。内心では陽炎へと何度SOSを送ったか。

 

「敵ってのは味方の振りをするもんだ。かといって味方は敵の振りをするとは限らねぇけどな。まぁ……知ってしまった以上、付き合ってもらうぜ? 黒潮、さん」

 

「やめぇや……はぁ、胃が痛いわほんま、堪忍して……」

 

 胃を擦り出した黒潮へ向けて笑顔を一つ。

 送った後に窓から外を眺めて提督は思う。

 

「退屈だと思えるのは、満たされているから、か。ったく、兄貴も何考えてこんな言葉五十鈴に言ったのやら……勘弁してくれよほんとにさ」

 

 今はもう伝えられない愚痴を小さく零して、打ち合わせし損ねた別件を話すべく再び電話に手を掛けた。

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