おのれ
一言で言うならそんな感じの呉遠征だった。
呉へと死ぬ思いで到着してみれば速攻で私は入渠、皆はヘロヘロだの涙や何やらでぐちゃぐちゃだのでまぁ大変。
挙げ句一息ついたと思ったら、楽しみにしていた牡蠣は無かった。
冷静になって考えたら牡蠣なんて高級モノを食べられるはずもないんだけどね。
とは言え呉ではお好み焼きを用意してくれていたらしい。しかも使った豚肉は天然物だったとか。
お好み焼きには関西風と広島風があるなんて聞いていたけど、それを現地の人に言ったら戦争なんだとかよくわからない。
まぁ私は入渠で食べられなかったんだけどね! おのれ
あまりにも腹が立った上にお腹も空いたのでドックでカツ丼を二杯食べてやった、反省はしていない。
呉の雪風、なんて言われていたらしいこともあり、実は楽しみにしていた呉鎮守府見学も入渠作業の兼ね合いで私は見られずでまぁ散々な訓練だった。
散々だったけど、やっぱり良かったこともあるわけで。
もちろん良かったことって言うのは睦月ちゃんのこと。私には彼女が何を抱えていたのかとか難しいことはわからないけれど、呉へと辿り着いて入渠が終わって再び睦月ちゃんと顔を合わせた時に見た顔が随分とスッキリしていたもので。
痛い思いもしたけれど、友達が増えたこととそんな友達の悩み事が解決したことでチャラどころかお釣りが来るものだと喜べた。
そうして再び佐久島に帰ってきて。
「――あぁ、雪風は少し残っていてくれ」
「は、はい? えと、了解です」
完了の報告を皆でした後、私だけが執務室に残された。なんだろう?
「変なことしないでよね」
「お前に手を出さない俺だぞ? 少しは信用してくれって」
「ふん、提督がロリコンじゃないことを祈ってるわ」
うーわー険悪ったらないね、怖いです。
そんなやり取りを挟んで、皆が部屋を出ていった後。
「すまなかったな」
「はいっ!? え、えとその!? な、何か悪いことされましたっけ!?」
おもむろに頭を下げられた、それも帽子まで脱いで丁寧に。
と言うかほんとになんでよ、むしろ大破して呉に迷惑までかけた私の方こそ謝るべきなのでは? そうだ、謝ろう?
「あぁいや、雪風が謝る必要はないさ」
「うぇっ!?」
さ、先回りされた!? 何この人エスパーか何かですか?
あぁいやほら、黒潮教官……いや、黒潮さんも笑ってないでですね? ちょっと私を置いてけぼりにしすぎじゃないかな?
「色々想定外だったもんでな。想定を明かすことは出来ねぇけど、それで雪風が割を食ったのは事実でな。ほんとに悪かったよ」
「う、うーん?」
「わからん話やろうから深く考えやんといてや雪風。とりあえず、司令はんからしたら頭を下げる理由があるんやまぁ受け取っといて」
黒潮さんがそう言うなら、うん。よくわからないけど頷いておこう。
「ありがとさん。黒潮も言ったけど深く考えないでくれ、言ってしまえば自己満足でもあるから」
「えと……はい。ほんとによくわかりませんけど、わかりました」
そうしてようやく司令官は頭をあげてくれた。ほんと妙にすっきりした顔で。
帰って来てもまぁた置いてけぼりかー? もう勘弁してくださいよ……。
「じゃあ切り替えさせてもらうぞ。今後の予定について話す」
「え? それだったら陽炎教官とか一緒に聞くべきでは?」
「あぁ、心配せんでええよ。もう連絡済みやし、了承ももろてるから」
それだったら良い、のかな?
いまいち掴めないけどまぁた無茶振りとかされないよね? それだけは心配ですほんとにもう後はゆっくり訓練受けさせてください。
「知っての通り睦月が戦線、じゃねぇけど復帰した。ただまぁリハビリ期間は必要だろうからな、今後雪風と霞がここを出るまで一緒に訓練を受けてもらう事になった」
おっとそれは良いことを聞けたね。
何気に心配していたことでもあったのよ、戦えるようになったからすぐにどこかの鎮守府へ配属になるからバイバイとか。
良かった良かった、もう少しかはわからないけど一緒にいられる。
「身近な先任っちゅうのは得難い存在や、訓練期間中は尚更な。しっかり気張りぃや?」
「はい! ありがとうございます!」
うんうん、頑張っちゃう、頑張っちゃいますよ!
「次に訓練内容を一部変更する……黒潮?」
「ほいほい。こっからは陽炎から改めて詳しい説明があると思うんやけど、雪風と霞、それに睦月をつけての三隻編成で近海に出没するハグレ共を叩いてもらう予定や」
「ハグレ、ですか」
座学で学んだっけ、どれだけ制海権を確保してもハグレって言われる非組織的な深海棲艦の出没を完全には止められないって。
って言うことは哨戒……だっけ? 見回り任務みたいなものかな?
「もちろん睦月の状態を確認しながらだけどな。睦月が全盛期とまでは言わねぇけど、ある程度勘を取り戻した後にだ」
「了解です。えと、そしたら今やってるような輸送任務はどうするのですか?」
「そっちについては頻度を下げる。つーか雪風達が来てから輸送に関しては前倒しで進めていたものが結構あってな、任務そのものがないんだよ」
あぁなるほど。そりゃ資材がぱっと生まれるわけでもないもんね、言われて思い出したけど集積所大分と空きが目立ってたや。
私や霞さんの訓練に輸送任務を割り振っていたってことだろう先に予定されていた分も。
「わかりました」
「その他に関しては追って陽炎から伝えてもらう。こっちとしてもこれからの状況推移に予測が立てられなくてな、すまんがとりあえずこんなもんだ」
状況推移……? 何か私達以外にも変化があるのかな?
予測が立てられないってことは、何かしらは動きがあるって見越してるわけだよね。なんだろ。
「まぁその辺りにしといてくれ。こうして呼び止めたのは謝りたかったことが一番だ、予定についてはおまけなんだから」
「は、はい……お気遣い頂いて、申し訳ありません」
「あー……黒潮」
「はいはい。まぁ雪風、そんな固くならんといて。うちも慣れへんかったけど流石に慣れた。この司令はんはそういうんが苦手らしいわ」
そう言われてもなぁ……初っ端養成所の司令官さんが結構な軍人然とした人だったし、なんと言うかイメージがコロコロ変わって大変なのよね。
「とりあえずはそんなもんや。今日は疲れたやろうしゆっくり休んでな」
「はい、ありがとうございます。では、失礼します」
ともあれ予定が分かってちょっと嬉しかったり。
睦月ちゃんと一緒に訓練できるんだ、これで霞さんに虐げられるのは一人じゃない! 私一人じゃなくなるんだ!
あぁ、孤独じゃないって素晴らしい。
ね、雪風。アンタもそう思うでしょ?
とか思っていた時期が私にもありましたぁ!!
「な、中々……やる、じゃない……」
「にひひ、まだまだ後輩には負けないにゃしぃ! ……なんて言いたいけど、雪風ちゃーん?」
「ぜぇ……うぇ……バケ、バケツ、どこ? ここ?」
「……海に撒いて来なさい」
無理、無理ですこれ。
やっぱり犠牲者は私一人だったよおろろろろ……。
「はぁ……ふぅ……。にしても、流石って言うべきかしら? 教官の訓練以外で久しぶりに効いたわ」
「そっかな? でもでも霞ちゃんこそ流石だよ。結構本気、出してたんだけどにゃあ」
え? なにそれ怖い。結構ってことはまだ上があるってことよね?
うぷっ、想像したら……。
「また朝の自主トレで悲鳴上げることになった気持ちはどう?」
「みんな、敵です……私、やっぱり孤独だったよ……」
「お、おおさげだにゃぁ……」
呆れてますけどねぇ! 呆れられてますけどねぇ!
私から言えばあんたらバケモンだよ! 心臓とか二つついてんじゃない!? 何よ二往復を一往復分の時間でやるって! バカなの? 体力バカなの!? 死ぬの!?
おうちかえりたい。
「流石と言えば霞ちゃんも雪風ちゃんと同じ訓練日数なんだよね?」
「ええ、そうだけど」
「お世辞じゃなくすごいよ。これでも私、それなりに新人さんを見てきたけどピカイチだもん」
なぁにをおっしゃいますプチ鬼教官様。私から、ううん私達から見たら睦月ちゃんだってやべぇですよ。
そう、そうなのだこの睦月とか言う人やばいのだ。
「あんた程の艦娘に言われてもね……ううん、悪い意味じゃなくって」
「どっちの意味でもいいよ? ブランクあるし、まだまだ身体ちゃんと動けてないもん」
とか言いますけどねぇ! 言っちゃいますけどねぇ!
ご多分に漏れず戦闘演習をしたんだよ、しかも私と霞さんの二人組対睦月ちゃん一人って構図で。
そして手も足も出なかった。手も足も出なかったんだよぅ!
「正直、全盛期が想像つかないんだけど?」
「うーん。もうちょっと身体が軽かったかな? 後砲撃精度がダメダメかにゃあ……」
「あ、あれで、ダメダメ……?」
あなた百発百中でしたよ? 砲撃訓練。それでダメって、じゃあ私達はなんなのさ。
「私、というか睦月型って駆逐艦としての性能は低いんだよ。だから技術で勝負じゃないけどするしかないにゃし」
「技術、技術ね。確かに訓練でも構えてから異様に撃つまでが速いわね睦月。何かコツでもあるの?」
「うー、それ私も聞きたいれす……」
いい加減マシになってきたかな? ちょっとまだ気持ち悪いけど……。
雪風に聞いても教えてくれなかったしなぁ、睦月ちゃんなら何かいい感じのこと教えてくれるかな?
「そうだねぇ。霞ちゃんは構えるのが早すぎる、かな?」
「早すぎる?」
「うん。もう一呼吸置いてみたほうが良いかも。そうだね、状況をもう一度確認するイメージで」
「……わかった。意識してみる」
おお、あの霞さんが素直に!?
「わ、私は?」
「雪風ちゃんは、そうだにゃー……勘で撃ちすぎかも? 当たるから良いや、っていうか投げやりな感じがするにゃし」
うぐ。確かにそうかも知れない。
なんだろうなー、何となくあたるでしょみたいな感覚があるもんなー。ついつい仰る通りの勘で撃ってるのは否めない。
「確かにあたるから良いんだけどね。でもでも、何であたったのかを考えるともっと上手くなると思うよ」
「うん、わかった。頑張る」
いやほんとに睦月ちゃん凄い。これが先任というか先輩ってやつですか……ありがたいから拝んどこ。
「それにしても」
「にゃ?」
「あんたの地ってほんとにゃーにゃー言うのね。やっぱり男を手玉に取ってたの?」
「ちちちち、違うにゃしぃ!? こ、これは雪風ちゃんが好きだって言うから!?」
「あれ? じゃあ私を手玉に取ろうとしてました? いやん、睦月ちゃんってば大胆です」
「うにゃー!?」
よし、睦月ちゃん顔真っ赤。勝ったな、カツ丼食べてくる。
「そそそ、そんなこと言うならもう教えてあげないにゃし! 後で一杯いじめるもん!」
「性的な意味で? いやぁん、やっぱり睦月ちゃんってば大胆……へぶっ!?」
「ごめんなさい、雪風は黙らせるから勘弁して頂戴」
痛いよぅ、裏切り者の霞さんに頭叩かれたよう……おのれ霞許すまじ。
そしてやっぱり海上訓練でゲロ吐くのは霞さんなんだよなぁ……ククク。
「ふんだ! 反省の色が見えないよ! 陽炎教官と地獄のメニューを考えておくから覚悟するにゃし!」
「ああああ……お願い許して、雪風ならどうなってもいいから」
「同期を売りますか!? ええい吐くのは霞さん! あなただけ! 私は悠々自適の訓練ライフよ! お願い睦月ちゃん! 後で最中奢りますから!」
流石の訓練大好きっ子霞さんでも尻込みするほどの訓練なんか受けられるか! 私は許してもらうぞ! そのためには最中の一個や二個……ええいもってけドロボー三個でどうだいやしんぼめ!
「……ぷっ」
「な、何? 今度は何を思いついたの?」
「お願い許して! 最中五個までならいいですから!」
何だ何だその笑いは! やめてよ震える、ふふふ怖いです。
「あははははは!!」
「わ、私は最中七個出すわ!」
「待って!? ええいもう好きなだけ良いですから!?」
睦月ちゃん大爆笑なう。
え? これどうすればいいの? もう祈るしか残ってない?
「あはは、うん、うん。ごめんごめん。大丈夫、起こってないにゃし。ただ、とっても楽しいなって」
「ひ、人をいじめるのが楽しいの? わ、私には理解できないわ……」
「霞さんが言える台詞じゃないです」
あーあー涙まで浮かべちゃって睦月ちゃん。
でもまぁなんだ、そこまで笑ってくれると嬉しいね。
「睦月ちゃん」
「うん? 睦月は最中を十個所望するぞー?」
「これから一緒に頑張ろうね」
やっぱり一人じゃないって良いもんだ。
出来ることなら、これからも一緒に肩を並べて。
そんな気持ちが届いたのか。
「うんっ!」
睦月ちゃんはすごくいい笑顔を教えてくれた。