一生を語るに私はまだ若すぎるけれど、それでも人生山あり谷ありだ。
睦月ちゃんが私達と訓練を一緒するようになってからを言うなら順調の一言だった。
というのも睦月ちゃんが私と霞さんの実践的な面倒を見てくれる様になった最近。
陽炎教官としては自分が駆逐艦のお手本となれないことを悔しくだろうか、思っていたらしいから睦月ちゃんのような存在をとても喜んだ。
やっぱりちゃんと戦線に出て戦闘を経験した先達という存在は大きいらしく、気後れしながらも一生懸命睦月ちゃんは私達に教えてくれる。
ちなみにそんな睦月ちゃんは陽炎教官をして、十分過ぎるほどの逸材だと評されるほどの子だった。
友達が褒められるのは気分が良いと思っていたら霞さんにだらしないと頭を叩かれたのは心の閻魔帳に書き記しておく。
ともあれ睦月ちゃんはすごかった。
睦月型艦娘は性能が低いって話は聞いていたけれど、そんなことを一片も感じさせない動きというか練度というか。
私は天才だ何だと言われていたけれど、やっぱり紛い物で。本物っていうのはこういう人のことを言うんだろうなと感心しきりだった。
雪風からみてもそうだ、あの子が何かをする度に凄い凄いとはしゃぐだけならず、色々と睦月ちゃんを元にしたアドバイスを私にするようになってきたしそれほどの域に達しているのだろう。
そんな人に教えてもらえるものだから、私と霞さんも順調に腕を磨けた。
霞さんにも私にも足りなかった実戦経験は小規模ながらも哨戒任務で深海棲艦と会敵し、戦ったことで積めたと思う。
実際の話、始まった頃の霞さんは結構アレだった。変に気負って無茶な突撃をして大破するなんてことはざらにあったし、気質のせいというべきか睦月ちゃんの少し消極的な指示を上手く守れない事もあった。
私は私でもう少し自分の意見を持ったほうが良いなんて言われたけれど、なんと言うか出来る人がやればいいんじゃないか精神を見抜かれたんだろうとも思う。
そしてやっぱり睦月ちゃんに言われたんだ、自分で自分を窮地に立たせるだけなら笑うけど、味方を窮地に立たせる位なら居ないほうがマシだって。
思わず目を丸くしてしばらく言葉が出なかった。
すぐにごめんねとごまかすように笑われたけど、あれはマジな目だった。
その後陽炎教官から同じ台詞を言われて深く反省もしたんだ。居ないほうがマシどころか私なら後ろから撃って排除するとまで言われたし。
まぁ、なんだ。
少し天狗になっていたのは認めるところだったのよ。
「雪風さん雪風さん! 魚雷ってこう撃つんですか!?」
「えっ!? えっと、うんそうですね、そんな感じです」
「はいっ! ありがとうございます! よぉし!」
どうしてこうなったと頭を抱えたものだけど、それは現実逃避でしかなかったわけで。
呉遠征が終わって帰ってきて。
あの時一緒していたバイト艦娘さん達がまず変わった。
「雪風さん、えっと、主砲の撃ち方なんですけど……」
「あ、あははー……えとえと、睦月ちゃんに教わった方が――」
「雪風さんが良いんです!」
平たく言ってめちゃくちゃ慕われた、なんで?
いやまぁ気分は悪くないどころか良いのよほんとに。だからこそ慢心というか、天狗鼻を晒してしまったのだろうけど。
なんと言うかミーハーなんだろうかなんて思ったりもしたけれど、結構真面目にこの子達の意識が変わったみたい。
今ではここで訓練を積んでから、改めて正規の艦娘試験へ臨むなんて子もいるらしいし、だからこそ無碍に出来なくて。
「睦月? なんでそんな微妙な顔してるの?」
「霞ちゃんも似たような顔してるよきっと……なんだかにゃー」
こらそこ! 二人して変な顔してないで助けて!?
うあーなんでよ、なんでなのよ……どうして私がこんなことしてるのよ……!
でも気持ちはわかる、わかるのよほんと。
「あ! あたりました! あたりましたよ雪風さん!」
「おめでとうございます、その調子です!」
「はい!」
凄いいい笑顔ね、花丸です。
じゃなく、海上走行技術がしっかりしているからかな? スポンジが水を吸うじゃないけど、軽いアドバイスだけですぐに上達していく。
睦月ちゃんも霞さんも……ううん、霞さんは特にだろうね、結構苦労した技術をほいほいこなせられたらそんな顔にもなる。
いつくらいからだっただろう、不知火さんが陽炎教官に打診したらしいこの合同訓練。
物は試しとやってみた結果が今だ、ほんとこの子達すごいです。
真面目に考えれば五十鈴さんが施した基本的な訓練が良かったってことと、この子たちの根が真面目だったってことなんだろう。
思えばただ海上を走るだけなら恐らく私や霞さん以上に上手いわけで。
「あ、今日はここまでですね。皆さん、お疲れさまでした」
「え!? もう、ですか? あの、もうちょっとだけ――」
「はいはい、やりすぎも身体に毒だから、ちゃっちゃと帰って休みなさいな」
「……はぁい。ありがとうございましたー!」
やりすぎも身体に毒。よく分かってるじゃないですか霞さん? そうですよ? 毒なんですよ霞さん、わかってます?
「そんな目で見ないでよ人気者」
「そうにゃし。鼻の下伸ばしてだらしないよ雪風ちゃん」
「ちがっ!?」
妙なカウンターパンチ!? 止めてください天狗鼻はへし折られたんです勘弁してください。
まぁそうだ、順調、順調なんだこんな感じで。
だけど。
「……」
「ったく、良いから気にしないの雪風。ほら、行くわよ」
「あ、はい……」
「私はよくわからないけど、正直あんな目を仲間……ううん、同期に向けるものじゃないってことはわかるから。気にしないで良いよ」
睦月ちゃんまで言いますか。
でもなー、ほんとになー。
霞さんと睦月ちゃんの背中に続きながらもう一度だけ振り返って見た先。
第一駆逐艦養成所で同期として肩を並べた人達の、なんとも言えない目が痛かった。
「ねぇ雪風」
「はい?」
「あんたの時って……他の同期達、どうなっていったの?」
拭い去れない微妙な気持ち。
処理しきれない時、困った時の雪風頼みを敢行する私。
「うーん……私の時は、ここで一緒に訓練した後の配属がバラバラでしたからあまり詳しくないのですが」
「あ、そうなんだ。皆仲良くじゃないけど一緒じゃないのね」
それなら気持ちの上ではあまり気にしないでもいいのかも?
「ですけど、ユキの気持ちもわかります。私の時程ではありませんが、正直気になりますよね?」
「まぁ、ねぇ……なんだかこう、あぁいう目はちょっと、辛い」
雪風もまた私なら、きっとここにあの人達と来てからもぼっちだったんだろう、あの人達の中に霞さんも入っていたと思えば複雑な気分だけど。
そんな中で頑張っていた雪風に比べればなんとも甘い悩みなんだろうけど、それでも気になるのは確かで。
「きっとあの人達も複雑なんでしょう。やり場のない感情を抱えているんだと思います」
「わかってる。何ていうか、エリートのはずなのに完全におまけ扱いだし……プライドとかはズタズタなんだと思う」
第一駆逐艦養成所は実感ないけどそういう人が集まった場所だ。
多くを期待されていたはずだし、その自負もあったんだろう。だけど今こうなっている。
今の状態は彼女たちにしてみれば腹に据えかねるものだとも思うし、まぁまぁ理解も出来るのよ。
「けど……その割に進歩してないから、どうしようもないのよね」
「そう、ですね。多分、バイト艦娘の皆さんと同程度……いや、それ以下かもしれません。練度を見るに、ですけど」
あぁやっぱり雪風もそう見てるのね。私も同感だ、離れていたからちゃんと見たわけじゃないけれど多分そんな感じ。
五十鈴さんが彼女たちの訓練を担当してくれているけど、その五十鈴さんが零していた言葉を思い出す。
――これが第一の子……?
なんて。
言葉以上に表情が忘れられないわ、はっきり期待はずれって顔に書いていたし。
それでもきっちり訓練してるあたり五十鈴さんは面倒見が良いんだろうな。
「あの人達はきっとまだ踏み出せてないんでしょうね」
「踏み出せてない?」
「はい。自分ならこれくらいは出来るとかそういう理想。そうならない現実を、何かで言い訳して見てみない振りをしているんです」
なるほど、ね。
そういう意味では霞さんも似たようなものだったのかもしれない。
哨戒任務が始まったばかりの頃、霞さんにはそんな雰囲気があった。そして大破して、思いっきり落ち込んでた。
軍人っていうのは徹底的な現実主義。
夢物語をあてにした瞬間に破滅するってことをよく分かっているんだ、それは私にもわかる。
夢見る少女じゃやっていけないんだ、白馬の王子様なんてどこにも居ない。
あるのは認めたくない現実ばかり、その現実で足掻いて藻掻いて生きている。
だから私と霞さんは思いっきり落ち込んだ後思いっきり反省した。
少し周り厚遇を受けて、認められて。
慢心なんて許されない場所で慢心して。
まだまだ自分たちが新米で、思い知らなければならないことは沢山あるんだと。
そしてその気持ちがきっと、彼女たちには足りていない。
「その点バイト艦娘さん達は良かったんでしょう。見えていない……ううん、見なくて良かったはずの現実を見て、それでも一歩踏み出した」
「そうね。彼女たちにはきっとその場で辞める権利もあったのよね? 見て、実感して……その上で戦えるようになりたいと一歩歩み寄ってくれた」
詳しい理由はわからない。
けど、あの子たちの目は何となくかっこいいからとか、憧れたとかそういう色は見えなかった。
じゃないと、普段の輸送任務が終わってから私達の訓練に参加するなんて出来ないだろう。途中で折れるかも知れないけれど、確かに艦娘を志すって気持ちがそこにあった。
「少し楽しみでもありますねユキ。バイト艦娘さんの多くは燃費という視点から、少ない燃料で動ける艦娘になりますが、改めて皆さんが艦娘になったときどんな姿で再会できるのか」
「うーん、あんまり楽しみってわけでもない……かなぁ?」
「え? どうしてです? あれだけ慕われていたんです。よっぽど変なことしなければきっと覚えていてくれますよ?」
よっぽど変なことって……私、それなりに常識人のつもりだからね? 変なことしないしない。
「だってそれってさ、まだ戦いが終わってないってことでしょ? むしろ艦娘になるための準備なんて、無駄にしてあげるのが一番だよ」
「――」
何よその顔は。
でもそうでしょ? あの子達だってきっと戦いそのものに赴くために艦娘を志すってわけじゃないだろう。
重ねてなんでそう思ったのかなんて理由はわからない。
だけど、戦いたいから艦娘になるなんて選択をする人が多いとも思えない。
陽炎教官みたいに家族を養うためだとか、黒潮さんみたいに義務で仕方なしにとか。
不知火さんはわからないけど、それでも戦いを目的になったはずじゃないと思う。きっと護国の意志だとかそんな部分。
霞さんも睦月ちゃんもそうだ。
戦いたいからなんてただの戦闘狂だし、私は臆病者のひねくれ者だからきっと仲良くなるなんて無理。
仲良くなれたって言うことはそういうこと。
「ふふふ、なんだかユキが頼もしく思えました」
「やめて頂戴、私は今も戦いたくないってば。誰かさっさとこの戦争終わらせてよってめちゃくちゃ願ってるもん」
私はあくまでも戦える人。
どうしても仕方ないからって言い訳を必要とする面倒くさい人なんだ。
そんな私が出来ることなんてちっぽけに過ぎない、出来ることしか出来ないしやりたくもない。
恨むならフォーナインなんて適性値を叩き出した機械に言って欲しい。私はこんなにも不真面目なんだから。
「不真面目にしては随分と熱心ですけど?」
「そう言うんじゃないってば。憧れの人が実はダメダメでしたっていうのが嫌なだけよ」
「あはは、そういう物ですか? ううんそうなんでしょうね」
そうそう、そういうものよ。誰だって憧れの人はかっこいいままで居て欲しいもんなのよ。
「じゃあこれも頑張らないと、ですね?」
「うん? 何を頑張るって――えぇ……」
机の上に置かれていた書類。それを見た瞬間思わず白目を剥きかけた。
何よ合同艦隊演習って……なんで私が旗艦なんだ……やめてよ死んじゃう。
「頑張りましょうね!」
「……あははーもうどうにでもなーれ」