「まぁ色々言いたいことはあるんだけど……正気?」
「随分なお言葉で。でもまぁ、そうね。色々考えた結果ですよ」
艦隊演習開始一時間前。
最後の作戦会議というか打ち合わせだろう、終えた二つの艦隊が海に立つ。
片や緊張を顔に貼り付けながらもどこか開き直りつつあるだろう気配を携えた旗艦。対して普段とそう変わらずリラックスした様子が伺える旗艦。
「陽炎のことだからそれはわかってるわ、間違いだってないのでしょうし必要なことなんでしょう」
「それはまた厚い信頼で」
「けどそうね、言うなら私にはあんまりにも実入りが少ないと思える演習だし、ある意味決別と言うかひび割れているなら粉砕してしまえみたいな企画だと思う」
観測場からその光景を眺める五十鈴と陽炎。
五十鈴はこの演習が予定されてから今まで陽炎へと目的を尋ねることが出来なかった。予定が噛み合わなかったこともあるが、やはり真面目な五十鈴でもあり、まずはギリギリまで自分で考えようと思ったからでもある。
そんな五十鈴をしてやはり結論はあまりにも得るものがないというものだった。それだけではない、これは隔絶というある種の損失さえ生みかねないとすら思っている。
「ええ、もちろんわかってる。これは私のミスよ、雪風っていう存在に傾倒しすぎた罪と言っても良い。最大を得るために小を切り捨てていたのだから」
陽炎は今の光景を重く受け止めている。
旗艦雪風が率いるはバイト艦娘。
旗艦睦月が率いるは第一駆逐艦養成所艦娘。
傾倒されたのが雪風なら、切り捨てられたのは養成所艦娘。
もっと上手いやり方は確実にあった。今思い返すだけでもその方法は幾らでも陽炎の頭に思い浮かぶ。その時であったとしも、普段と変わらない自分であったなら決して無碍にしていなかっただろうし、融和に努めていただろうという確信もある。
だがしなかった。出来なかったのだ、それほどまでに雪風が持つ素質と未来は輝いていた。
「わかってるならいいけれど。ただ私から言えば幼稚よね」
ふん、と小さく鼻を鳴らした五十鈴。
彼女から見ればこれは演習等ではなくただの喧嘩だ、互いを認められないくせ話すことも出来ないから殴り合ってお互いを知りましょうなんて、かつて見たかもしれない陳腐な青春友情漫画か何か。
名目上は雪風の指揮練習と第一駆逐艦養成所艦娘の艦隊行動練習。
ただ雪風に対して旗艦の為すべきことなんし指揮とはなんぞやなんて教導は座学で触り程度にしか行っていないし、養成所艦娘の練度は燻ったままで、まともな艦隊行動なんて取れるとは思われていない。
つまるところ、五十鈴が下らないと思った通りこれはお互いの感情へとケリをつけるための演習だった。
「そう言わないであげて欲しいわ。さっきも言ったけど、これは私が招いたことだから」
「それにしたって……と言いたいけれど、陽炎を責めたくはないわ。仕方ない、真面目に付き合ってあげる」
陽炎はごめんなさいと苦笑いを浮かべつつ口にして、改めて自身の教導力のなさを思う。
確かに一人の艦娘としては優秀なのだろう五十鈴が認めているように。しかし、こうも人間関係で頭を悩ませている自分はなんとも人間力が低いのかと。
第一駆逐艦養成所での自分に疑いは無かった。現役時代の戦果に陰りはなかったし、それから得た自信もあった。故に今まで養成所の門を潜った人間は陽炎を通して自分への疑いを持たず教練を受けて自信を持ち巣立っていった。
順調だった、飛び立った新人たちの活躍も含めて。これで良いんだと確信に近い何かを掴み始めた時だったのだフォーナインという特別が現れたのは。
上層部からの指示もあった、管理者というべきか司令の判断だってあった。そしてそれに異を唱えなかった。
言われるがままではないが納得して特別扱いをしたのだ、それが何を生むかを想像できなかったとは言わない、しかし自分たちなら上手く出来るだろうと慢心した。
その結果が、今。
日に日に輝きを増していく雪風の影は雪風自身と同じく大きくなっていった。
照らされるものが大きくなれば、当然影とて大きくなるなんて当たり前のことを実感した。
だからといって橋渡しをしようとは思わなかった。
五十鈴が言ったように幼稚に過ぎるというのはもちろん、何より自分で踏み出さなければならない一歩は存在するのだ。
それは覚悟であったり、かつての人間だった自分であったり。霞がそうであったように、決別と言えるものなのかも知れない。
だから、だからこそきっかけを与える。それだけは違えない。
それこそ陽炎が猛反省の末だした結論だった。
「で? 演習として見るのならまずは勝敗の予想でもする?」
「十中八九睦月の艦隊が勝つでしょう。艦隊戦、戦略的見地において判断するのであれば、だけど」
泣き顔で指揮について聞きに来た雪風の顔を思い出しながら言う陽炎に五十鈴は閉じていた両の瞼を片方あげた。
「戦略的見地、ね。詳しく聞きましょうか」
「はい。お察しの通りかも知れないけど雪風に指揮の経験はない、バイト艦娘の練度向上には驚いたけれどあと一歩養成所艦娘には及ばない」
同じ見立てだと頷く五十鈴。
陽炎が言うようにバイト艦娘達の練度向上には驚いた、まさかこれほどの短期間で多少の戦力として数えられるかも知れないと考えてしまったのは最近だが、まだ養成所艦娘ほどには及ばないだろう。
それでも十分驚異的だったし、追い抜かれてしまえばまさに養成所艦娘、ひいては養成所の存在価値が危ぶまれる所だが。
頷きを見た陽炎が続けて口を開く。
「さっき言ったように戦略的見地。要するに旗艦へどれほどダメージを集められるか、艦隊を行動不全に陥れるかといったことを考えた艦隊戦であるのなら睦月達が勝つ」
「睦月の指揮に、バイト達を上回る力量を持つ艦娘。当然よね」
「だけど……艦隊戦演習という前提を覆してしまうけれど。もしこれが雪風単艦に対して睦月があの子達を率いたのなら……雪風が勝つでしょうね」
強い確信を持って言う陽炎に思わず五十鈴は目を見開いて視線を向ける。
「……本気で言ってるの?」
「と、思うってだけよ、実際にはわからない。だからこの演習はそれを確かめるものでもある」
確かに実際の勝敗はわからない。だが陽炎には一つの確信があった。
「今の所、雪風と組める人間は霞しかいない。睦月でも……本当の意味ではまだ無理でしょうね。そう、あの子は相当に僚艦を選ぶ」
「厄介が過ぎるって言いたいけれど。……そっか、なるほどね」
五十鈴に理解が奔った。
雪風は言うならば逸脱していた。少し意味は違うが次元が違うと言っても良い。
天性の閃きとでも言うべきか、呼吸が違う。砲撃、雷撃から索敵に至るまで普通の艦娘とは違う何かでそれを行っている。
睦月が雪風へと指摘したことは半分しか正解していないのだ。
当たるから良いという投げやりな部分は確かにあった、それを諌めることは確かに正解だ。
しかし見るべきところは勘。
雪風はその行動の多くを運で処理している。
「あの子は確かに艦娘への適応力、適合性は高い。他に類を見ないほどにね。だけど、技術はまだまだ拙いのよ。睦月に聞いても同じことを言ってたし、五十鈴さんもそう思うでしょう?」
「ええ。まだまだ磨かなければならないものはたくさんある。けどそっか、何だか腑に落ちた。ううん、納得したらダメなんだろうけど」
一瞬背中に奔ったのは恐怖という感情だろう、それもそうだ雪風は常にギャンブルに勝ち続けているということだ。
培われた技術という確かなものが土台にない。不確かなものの上に成り立つ行動。それを怖いと思わない存在はいない。
だが逆に光明でもあった。
運だけであれほど動けるものが確かな力をつけていけば。
「――」
自覚なく五十鈴は生唾を飲み込んだ。
使いたい。
自身の指揮で雪風の力を存分に。
そんな五十鈴の気持ちは陽炎にも理解できる。
自分とて思うのだ、雪風を使ってみたいなんて。だからこそ雪風の教導役を名乗り出た面もあった。
だがそれは叶うことないだろうとも思っている、陽炎自身はもちろん……五十鈴とて。
黒潮から五十鈴の動向に注意しろというなんともあやふやな言葉をもらっている陽炎。
何を注意するのかとも思ったが、少なくともここでの生活から感じ取った五十鈴の印象は危ういの一言だった。
いつ爆発するかわからない爆弾を抱えている気分にもなる、事実呉遠征で一番肝を冷やした五十鈴の立ち回り。
ある意味正しい動き方だったとは思っている、しかしそれがそうしなければならないからしたというようには感じられなかったのだ。
そんな風に陽炎は感じた。
それはつまり重大な判断をしなければならない時、自分の感情を優先させるということで。
「……ふぅ」
小さく息を吐く陽炎。
複雑な気持ちと思考から逃れるように演習場へと目を移す。
開始時刻はもうすぐだ。
「何でこんなこと……」
「別にあの子が相手じゃなくても……」
睦月の肩は下がりっぱなし。率いる後ろから聞こえる正しく愚痴により気分までも。
開始目前にして未だに続く言葉の数々を耳に入らないよう努めてみたは良いが、どうにも無駄な努力であったと認めたのはたった今。
「皆さん、いい加減に切り替えてください。もうすぐ、始まりますよ」
「……はい」
振り返って言ってみれば渋々といった様子で頷かれる。
あぁ、これはダメだなとそれ以外に考えがつかない。
最早彼女たちは何に対しても不満しか口にできないのだろう、それが抗議になると思っている。
もちろんそれが相手に届くことはないし、ここは軍だ、そんな甘えとも取れる何かに対して肩を抱いてくれる存在なんていない。
それは睦月が重々承知していることでもありまた、自分がそうなろうとも思わなかった。
機会は睦月なりに設けたつもりだった。
この演習が決まってから雪風や霞の訓練よりも彼女たちとの交流を深めるために会話を試みたし、作戦会議とて最大限意思を尊重しようと色々な案を求めたりもした。
しかし悉くが無為に終わったのだ。
そこでも変わらず、演習を行う意味だとか、どうして相手が雪風なんだとか。自分たちはどうすれば勝てるのかといった前向きな議論は起こらなかった。
プライドというものが圧し折られた時、どうすれば再び立ち上がることが出来るのか。
睦月にも自負というものがあった、自信やあるいは責任感と言っても良いかも知れないが、膝を抱えていた時を除いて自分を如何に高めるかと努力していたからこそ力を持つものとしてどうすればいいかを常に模索していた。
だからこそ彼女たちは睦月の理解外に居た。
自分で何かを変えるとか得ようとするだとか、そういった姿勢がないまま互いを舐め合い馴れ合うことで慰めあって、お門違いの相手を敵として。ただただ自分たちを救うだろう何かを待っている。
間違いなく、この存在は味方を窮地に陥れる癌だ。
仮にこれが訓練兵で無かったなら、事故を装って海へと葬り去っていたかも知れない。
そうと考えてしまうほど、睦月は今期の第一駆逐艦養成所艦娘に対して失望していた。誤射という罪の意識に沈み藻掻いた睦月だからこそ、余計に。
バイト艦娘達は確かに力をつけた、さもすれば彼女たちを凌ぐかも知れないほどに。
だがそれは急激に力を伸ばしたわけではない、ただ単純に比較対象が停滞していただけのこと。
「最後に聞いて良いですか?」
「なん、でしょう」
うつろな瞳だ。
かつては輝きを持って養成所の門を潜ったのだろうそれはわかるし、陽炎より何があったのかは聞いた。
だが、それでもあまりに容易すぎる。
ただ否定されただけで、ただ自分たちより上回られただけで。
たかがそれだけで歩みを止めてしまうのは、簡単が過ぎる。
「勝ちたいですか?」
「――」
言葉通り、睦月にしてみればこれは最後の通告だった。
言外に含まれている何かを感じ取ったのだろう、即答はなかった。
「皆さんには、主砲も魚雷もあるんです。戦う力を持っているんです。その力を手にして……何をするのですか?」
誰がその鐘を鳴らすのか。
誰がためにその鐘は鳴り響くのか。
あまりにも簡単にして原初。その意志が揺らいでしまっているというのなら。
「私は……勝ちたい。相手が雪風ちゃんだからじゃない、私は誰が相手だとしても必勝を心に戦う。誰が相手であっても守り抜く。一度折れた膝だから、再び立ち上がらせてくれた人達のためにも、もう……負けたくないのです」
「わ、私達は――」
――開始、十秒前。
誰かが答えようとしたその時、鳴り響く開始の報せ。
「時間切れですね。ではただ見せて、教えて下さい。それでは――旗艦、先頭っ! 睦月の艦隊っ!! いざ、参りますっ!!」