二周目雪風は人間に戻りたい   作:ベリーナイスメル/靴下香

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一年目・面目躍如

 じっと演習光景を見ている霞は陽炎や五十鈴には感じ取れない物を感じていた。

 

「霞さん」

 

「不知火教官……」

 

「もう教官ではありませんよ。真剣に学ぼうとするのは素晴らしく思いますが、どうしましたか?」

 

 霞も聞いていた、不知火は真面目ちゃんの意味がわかり、少しだけ目から険が取れる。

 憧れの人が新人如きの自分にこうも丁寧に話されるというものは面映いどころか居心地悪いものではあるが、その軍人たらんという姿勢は霞にとってやはり尊敬してしまうもので。

 

「いえ、上手く言葉に出来ないのですが……私はまだまだ力不足なんだと実感してしまって」

 

 そんな言葉に不知火もまた演習へと目を向ける。

 

 始まってから少し。戦況にまだ変化は見られない。

 雪風率いる艦隊は非常に戦意が高く、また挙動だけなら睦月の艦隊を圧倒とまでは言わないものの上手くいなしている。

 雪風の指揮によってとは口が裂けても言えないが、雪風の脚を引っ張るものかという気迫が離れた観測場までも伝わってくるようだ。

 

 また、睦月の艦隊は真逆と言える。

 戦意は低く、何かへ迷っている雰囲気を纏っている。しかしながら睦月の指揮が巧みであった。

 自身が率いている存在が新人であると正しく認識もしているし、新人がこなせるだろう程度の範疇最大限の動きを指示している。

 

「何も考えずに見るのなら。きっとこれが素晴らしいと言っていました」

 

「今は何か考えてしまう、と?」

 

 上手くなった不知火の相槌。遠回しの話してみなさいという気遣いに甘えた霞はつらつらと口を開く。

 

「気づいてしまうんです。睦月の砲撃、さっきのも今のも手が震えていた。だって言うのに狙いは正確でした」

 

「ええ」

 

「それを回避の指示を飛ばした雪風。私があの子の僚艦であったなら、きっと違う指示だったんでしょうけど。その指示を私はこなせなかったでしょうし、指示すら私は出せなかった」

 

「なるほど」

 

 睦月がまだトラウマを完全に克服していないことなんて知っている。それであっても、戦いの中でそれを理由にボロは出さないどころか最大のパフォーマンスを発揮している。

 雪風が実際に指揮を執ることが初めてなんて知っている。それであっても、出来ることを最大限に発揮して、先任で適うはずのない相手へと立ち向かっている。

 

 霞は、それほど離れていない演習場で戦う戦友たちを、とても遠い存在に感じていた。

 

「もっと言えば。私はバイト艦娘のやる気も引き出せないでしょうし、同期達と一緒にあの場へ立てるとも思わない。……私は、自分が情けない」

 

「霞……」

 

 霞の視線は演習場へと注がれているままで。

 表情は一切変わっていないというのに、不知火には霞の目から、心から大粒の涙が溢れているように見えた。

 

「雪風も、睦月も……バイト艦娘も同期達も。戦っている。この中で、私だけが戦っていない」

 

 陽炎の霞だから雪風と一緒になったという言葉を前向きに受け入れたつもりはなかった。

 しかし慢心はした、増長もした。

 確かにあの同期達よりも優秀なのだろう艦娘としては。呉遠征で実戦を経験したし、同じく五十鈴からの教導だって受けたと。

 

「私は、同期達より一歩も二歩も先に行っているって思ってました。でも違った、ただただ中途半端な位置に居ただけだった」

 

「……」

 

 少なくとも陽炎や五十鈴の評価は雪風の僚艦候補として順調過ぎる程に育っているというものだったし、不知火も同じ所感だ。

 恐らく雪風も今の霞に不満なんて欠片もないだろうし、睦月も新人にしては随分と立派だと言うだろう。

 そういった感想から考えるのであれば今の霞は悲観的が過ぎる。

 

「この演習に参加出来なかった理由を、ずっと考えていたんです」

 

「……はい」

 

 しかし不知火は考えを改めた。

 悲観的になって落ち込んでいる、だから慰めなければならないなんてバカバカしい。

 

「私は、雪風を使えるようにならなければならない」

 

 霞は、ただただ高潔だった。

 

「目指すべき形は雪風のいずれ至るだろう姿でも、睦月のように何でも出来る艦娘でもない。私は、唯一誰よりも雪風を理解できる艦娘になりたい」

 

 誰が泣いているというのか。不知火の目の前にいる霞という少女の目は燃えていた。

 立ち上った焔の照りが涙に見えたなんて、恥ずかしい。

 

「教えて下さい、不知火教官(・・)。私は、どうすればそうなれますか?」

 

 演習場へと向けられていた視線が不知火の目に注がれた。

 まっすぐ、強く。

 今まさに自分の目指すべき姿が見えた、理解できたと訴えている。

 

「雪風はまるっきり指揮に向いていない、適性がない。あの子の世界はあんまりにも隔絶しすぎています。それを理解できるのは……私しか居ない」

 

 そう在りたい、在ってみせると目が語る。

 そこに自分の居場所が在る。そここそが自分の至るべき場所だと強く強く信じられる。

 

「霞」

 

「はい」

 

「貴女はきっと強くなる。どこかの鎮守府でエースなんて呼ばれて、もしかしたら歴史に英雄と名前を残すような艦娘になる可能性すらある。だけど、そこ(・・)じゃきっと得られない」

 

 この目が出来る艦娘は、既に前線で戦っているものにすら出来ない。誰よりも高潔で、誰よりも孤高な目。

 

「そんな栄華とも言えるものを……全て捨てられる? その道はきっと、雪風という光に隠されて、ずっとずっと日の目を見ない寂しい道」

 

 不知火には確信があった。

 雪風という存在を忘れて、別々の道を歩くのなら霞という艦娘は大きく光を放つ存在になると。

 

「不知火教官」

 

「はい」

 

 だが霞は笑った。

 笑ってそんなものに興味はないと断じた。

 

そこ(・・)が、私の居場所です」

 

 

 

「く……っ!」

 

 予想以上の善戦と言えるだろう雪風率いる艦隊。

 予想以上に戦えない睦月率いる艦隊。

 

 そして五十鈴と陽炎の予想に反して雪風率いる艦隊が優勢に進んでいる演習。

 

 歴戦の兵だけが感じ取れる薄い香り。徐々に敗北の匂いが睦月の鼻へと漂ってきた。

 その理由が養成所艦娘だけではないということは理解している、自身の動きが思っていた以上に鈍かった。

 誤射をトラウマとした睦月だ、演習上では敵だが、本質的には味方と思える存在に砲を向けることは思っていた以上のストレスだった。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 乗り越えなければならない壁。

 確かに養成所艦娘も自覚しているだろう今その壁が目の前にそびえ立っていることは。

 しかし睦月とて同じなのだ、自身で予感していた通りこの演習に勝つことこそがトラウマを完全に乗り越えるためのものだった。

 

 荒くなりつつある呼吸を抑えて、精神力で動きたがらない腕を持ち上げる。

 

「主砲! 一斉射! 狙いは敵旗艦(ゆきかぜ)! 行きますよ!」

 

「りょ、了解!」

 

 ようやく戦いだけに集中しだした養成所艦娘だ。その集中力を自分が乱してはならない。

 睦月は雪風艦隊の動く先に魚雷を放ってから一斉射の合図を――

 

「やめっ! 旋回回避! 取舵っ!」

 

「っ!」

 

 これも何回目か、養成所艦娘達が理解できない中止命令。

 まだまだ中止命令に生まれる戸惑いの雰囲気を背に受けながら睦月は奥歯を噛みしめる。

 

 毎回、そう毎回だ。

 雪風に対して一転攻勢の狼煙をあげようとすれば、異常な嗅覚でそれを察知し回避運動をとる。

 

 最初こそ睦月がトラウマと戦うといった戦場では余計な物のせいでバレたのかと思っていた。

 しかしそれは違った、完全に雪風は見切っている。

 

 いや、それは正確ではないのだろう雪風は勘で悟ったに過ぎない。しかし睦月には見切られたとしか考えられなかった。

 加えて雪風の指示に何の疑いもなく従うバイト艦娘達。

 睦月が率いる艦娘達の、戸惑いの中に生まれつつある不信感とは違い、雪風のことを信じ切っている動きだった。

 

「睦月さん! どうして撃たないんですか!?」

 

 まさに今の場面で撃てば、返す刀でこちらに被害が及んでいただろう、そのことを当たり前だが養成所艦娘は理解できない。

 

「このままじゃ――!!」

 

 ついに我慢できなくなったのか誰かが吠えた。

 分かっている、重々に分かっている。

 睦月がこの艦隊でやるべきことは多すぎた。率いる艦娘の納得がいきやすいように、すぐに動けるようにと指示の内容を気遣った。

 損傷が及ばないようにと旗艦であるはずなのに僚艦を庇うように動いた。

 

 その結果、睦月だけが少しずつ損傷を重ね中破判定。

 つまり、このままじゃ負ける。

 

 雪風に損傷はない、バイト艦娘達の損傷とてよくて小破程度の判定だろう。

 

 余裕はついになくなった。

 ここから逆転するための方法が、今の睦月には思い浮かばない。

 

「睦月さん!!」

 

「わかってます……! わかってますが……もう……!」

 

 あなた達がやる気を出したのなら。なんて泣き言は言わない。

 それでも勝ちに導くことこそが旗艦の、睦月の役目だと思っていたから。

 

 ――悔しいけれど、負け、かな。

 

 そんな風に先を見たときだった。

 

「だ、第一! 駆逐艦養成所! 入所宣誓!!」

 

「……え?」

 

 一番睦月の近くを走っていた艦娘が叫んだ。

 

「私達は仲間を見捨てず、勝利する可能性を最後まで信じ、死力を尽くして海に挑むことを誓う!!」

 

 その声に続くように同じ言葉が並び、わけのわからない重奏となり。

 

「私っ! 負けたくないですっ! だって……だって!! 雪風(あのこ)のこと! 大嫌いだもの!!」

 

「そ、そうです! 不真面目で! やる気なくて! 悲劇のヒロイン気取りなんかに! 負けたくない!!」

 

 なんて言うことだろう、睦月は取り繕う事も出来ず、戦闘中だということさえ忘れて呆然とした。

 

「馬鹿にされたままで! 勝手におまけ扱いしてきた教官も大嫌い!!」

 

「私達は優秀だ!! ちゃんと出来るもん! 出来るんだから!!」

 

 それは紛うことなき愚痴だった。

 きっと陽炎や不知火、黒潮が聞いていたら苦笑い混じりでごめんなさいと言っていただろうそんな言葉。

 

 だが。

 

「――あはっ」

 

 ようやく口にできた望みだった。

 

「あははははははは!!」

 

「む、睦月さんっ!?」

 

 抱腹絶倒とはこのことか、睦月は全てを忘れて大爆笑の渦潮に飛び込んだ。

 

「な、なにそれ! 皆馬鹿だにゃあ!」

 

「ば、ばかって!」

 

「いいよ、いいよ! そういうの……睦月、大好きにゃし!」

 

 睦月は言えなかったから。全てが自分のせいだと甘んじていたから。

 

「よぉし第一駆逐艦養成所の皆さん? そこまで言うなら必勝の指示を出すにゃし……でもとっても大変。皆にできるかにゃーん?」

 

「で、できます!」

 

「やってみせます!」

 

 

 

「――っ!? 皆! ここが勝負所みたいです!」

 

「はいっ! 了解です!」

 

 避けて、撃って。

 単調かつ具体性のなさで、指揮と言える指揮なんてなかった雪風の艦隊。

 そんな雪風の口から初めて焦ったような言葉が出たことにバイト艦娘は気を引き締める。

 

「何? 何をしようとしてるの……?」

 

 遠目に見えた睦月の艦隊は笑っていたように見える。

 そしてそこからこちらに向かって全速力。

 

 聞いていたセオリーなら、不利を覆す乾坤一擲の突撃なんて手段があるのかも知れない。

 だが雪風の頭に響いた警鐘はそうではないと言っている。

 

「いっくよおおおお!! 覚悟しろーい! 雪風ちゃん!!」

 

「っ!?」

 

 先頭を走っていた睦月は片手を突き上げた。

 それと同時に――

 

「さ、散開っ!?」

 

 ――六人全員がバラバラに動き始めた。

 

「ゆ、雪風さんっ!?」

 

「くっ……こんなのどうしろってのよ……! ううん、皆! これはチャンスです! 睦月ちゃんに向かって突撃します!」

 

「了解っ!」

 

 旗艦さえ撃沈判定にしてしまえば勝利は揺るがない。

 ましてや睦月の他にいる艦娘、その相手は雪風一人であろうとも簡単に勝てる。

 

 つまりここで睦月さえ倒すことが出来れば。

 

「おおっと! さぁ! 睦月はこっちですよー?」

 

「なっ!? に、逃げるって!?」

 

 突撃してきた睦月は急旋回。本来水上で出来るはずのない180°ターンを決めて後退していく。

 

 ――なんて無茶苦茶な……!

 

 そう、そんな挙動、艦娘が取れるわけないのだ。

 どうやっても大きくでも小さくでも旋回という手段を取らなければ反転なんて出来ない。

 

 それを睦月は、小さな波を利用して飛び、体勢を無理やり切り替えた。

 

 何という艦体制御技術か。

 これも睦月の言う小技、技術だとでも言うのか。

 なるほど、確かに艦隊では役に立たないだろう技術だが、こうして一人で動く状況を作ってしまえば素晴らしい技術だと感嘆の息もでる。

 

「睦月ちゃんは背を向けてる! 他の子は無視していいです! 一斉射で仕留めますよ!」

 

「はい!」

 

「よぉく狙って……行きますよ! 撃――」

 

「そこぉ!!」

 

 合図の声はかき消され。

 

「うわぁっ!?」

 

「う、うそ!?」

 

 左右からの夾叉射撃。

 しっかり偏差まで考えて向けられる砲撃の嵐。

 

「み、皆!? って! あぶなっ!?」

 

「沈め! 沈んじゃえ! 負けるのは……あなたよ! 雪風!!」

 

 砲撃が終わったかと思えば魚雷。

 砲撃は艦隊に向けてのものだったが、五隻が放った魚雷は全て雪風に向けて。

 

 ――あ、これ私避けたら皆にあたる。

 

 ちらりと後ろを雪風は見た。

 砲撃に慌てているバイト艦娘達、完全に崩された。

 

「あーあ……やっぱり私に旗艦は無理だって……」

 

 反省すべきことは沢山ある。

 突撃が見えていたなら散開させないように頭を押さえるだとか、睦月の後を追わずに弱いところから一点突破するべきだったとか。

 

「ふっふっふー! まだまだ甘いにゃし! 雪風ちゃん!」

 

「うん。してやられたよ、睦月ちゃん」

 

 悔しいな、悔しい。

 その思いを胸に、されど笑って。

 

「てぇええええい!!」

 

 雪風は、いつの間にやら改めて正対していた睦月の砲撃を受け入れた。

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