二周目雪風は人間に戻りたい   作:ベリーナイスメル/靴下香

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一年目・各員胸中

 閉まった扉の音を背に五十鈴は静かに瞑目する。

 予感は正しく、予想は外れた。雪風は自分の翼を作る羽とはならなかったが、望まぬ状況へ一石を投じてくれた。

 

「まさかたかが新人にここまでするなんて思わなかったわ……」

 

 呟いた言葉は自分の足音に消されたが、その響きに納得もしている。

 バイト艦娘の面倒を見ていたとはいっても本格的な訓練を施すなどといったこともなく、教官職に就いた経験も無かったが、陽炎達が雪風と霞に向ける評価や期待は理解できた。

 そして彼女たちの真価を図るために相応しい卒業試験であるとも。

 

「輸送に警戒、護衛に突破……トライアスロンもびっくりね」

 

 思わず笑ってしまう、前代未聞と言っていい内容に。

 確かに第一駆逐艦養成所の艦娘は可能な範囲で軍のバックアップを受ける事ができる。だが今回は最大最高の協力と言ってもいいくらいのものだった。

 しかもそれを受けるのは二隻の駆逐艦だ、大規模すぎる卒業試験だと言うのに受けるのは二人。もしも雪風と霞に会うことがなければ何だそれはと怒っていただろう自分を容易に想像できる。

 

「佐世保、か」

 

 よく覚えているその場所。ここからは見えないというのに正しくその方角へ向けて視線を飛ばす。

 

 五十鈴もさも当然のように卒業試験で役割を負っていた、それは突破にあたる部分。

 佐世保の艦娘と協力し、試験突破最後の壁として雪風、霞の行く手を阻むこと。 

 

 正直な話、これを突破出来なければ合格出来ないというのなら合格させる気は軍部に無いのだろうと断じることが出来た。

 新人駆逐艦二隻に対して六隻、一艦隊をあてるというだけでも何の冗談だと笑ってしまうのにも関わらず、精鋭も精鋭。佐世保の主力がリストに記載されている。

 しかも相手をするのは軽巡、駆逐をメインとした水雷戦隊でもなく戦艦を据えた水上打撃部隊。はっきり言って良いのならば、これを企画した人間は気が狂ってると言っても良い。

 

 だが、そんなことはどうでもいいと頭を振る五十鈴。

 

「久しぶりに、会える」

 

 恩人とも憧れの人とも言える存在と久しぶりに会うどころか一緒に肩を並べられる。

 外海で深海棲艦と戦うためというわけじゃないことを残念とも思うが、些事だと五十鈴は笑顔を深めた。

 

「金剛、さん」

 

 呟いた名前。

 陽炎達と同じく、戦争初期から艦娘として海に立ち華々しい戦果を挙げた歴戦の兵。

 

 五十鈴が特別というわけではなく、金剛は多くの人間や艦娘にとって憧れの的でもあった。

 高い適性値に相応しい活躍、戦果を挙げ誰にでも優しく、時に頼もしい先達としての振る舞いは多くの艦娘を惹きつけたし、戦場とは縁のない民間人でさえ見目麗しく、華がある戦いをする彼女の名前を知らないもののほうが少ない。

 彼女が在籍している鎮守府は何時だって着任したい場所ナンバーワンであった。

 

 何より対馬防衛戦。

 あの厳しい戦いの中、金剛の存在に勇気づけられ最後まで戦い抜いたことは、誇りとなって多くの艦娘の胸に宿っている。もちろん、五十鈴にも。

 

「そう、久しぶりに……会えるんだ」

 

 五十鈴にとってこれは疑いようもない好機だった。

 返り咲くという言葉は正しくないが、それでも五十鈴にとっては再び前線に戻れるチャンスだったし、ここで逃してしまえば機会はまた巡ってくるかも知れないがこれほどじゃないだろうと思えるほどの。

 幸いと言うべきか、疑問を覚えるべきかは五十鈴にはわからないが、それも試験が始まる三週間前から連携を確認するという名目で向かうことが出来る。

 

「本当に、雪風と霞には感謝しなくちゃいけないわね」

 

 こんな機会を得られたのは間違いなくあの二人のおかげだ。

 認めている。あの二人は今まで見てきた駆逐艦の中で一等の原石だと。

 だからこそ共に戦場で戦いたいと強く願うし、二人が海を走る時、自分はまだこんな場所で燻っていたなんて許せない。

 

 なんとしても。

 なんとしてもこのチャンスをモノにして、ここから出る。

 

 心に決意を一つして、歩幅を大きく前へと進んだ。

 

 

 

「……ふぅ」

 

 五十鈴が部屋から出て少し、緊張を解すように陽炎は小さく溜息をついた。

 

「お疲れ様、陽炎」

 

「おつかれさん。流石やね」

 

 同じく同席していた不知火と黒潮。苦笑いを浮かべながら陽炎を労う。

 そんな二人へジト目を送った後、もう一度息を吐きながら未だに半信半疑の卒業試験内容が書かれた書類へ目を向けた。

 

「っていうか本気なの? 確かに従来の第一駆逐艦養成所卒業試験では足りないと思ってたけどさ。準備良すぎるどころの話じゃないわ」

 

「そうね。私も未だに信じられないわ、どういうことなの黒潮」

 

 一つ増えたジト目から逃れようと頬を掻く黒潮はどう説明したものかと頭を悩ませる。

 

「まぁ、なんや。あの司令はんの御慧眼っちゅうことで」

 

 どこにここまで出来るほどの人脈というかマンパワーを持っていたのかと、未だに驚きを隠せない黒潮。

 

 実際これほどの準備を整えられたのは佐久島提督の尽力が大きい。

 もっと言うのであれば、この時期を指定したのも彼だったし、内容についてもほとんどのことを彼が決めている。

 

「あの司令が、ねぇ」

 

「にわかには信じられませんが……」

 

 黒潮の言うことを疑うわけではないが、いかな黒潮とてここまでの舞台を用意できるわけでもない。

 かと言って軍部が積極的に協力したわけでもないだろう、あまりにもコストがかかりすぎている。

 そういった面から考えても黒潮の言っていることは真実なのだろう、少し頭の中で考えを整理した後二人は佐久島司令への認識を改めた。

 

「でも輸送艦隊は呉から借りて? 最後は佐世保の艦隊も借りて? ……こんな試験なら私が受けたいし受けたかったわよ」

 

「同感です。雪風と霞が羨ましいわ」

 

 二人が受ける卒業試験の流れ。

 輸送艦隊の佐世保まで護衛といえばそれだけだが、内容が豪華としか言いようがない。

 

 まず佐久島のバイト艦娘、第一駆逐艦養成所艦娘による包囲突破。

 雪風と霞には伝えられることは無いが、航路途中の安全は呉鎮守府の艦娘が確保している中、輸送艦隊護衛の上で佐世保まで。

 最後には佐世保鎮守府目の前で二回目の艦隊突破演習。

 それを護衛艦隊損耗率80%、雪風、霞の損耗率50%までで完了させる。

 

 とてもどころか信じられないほど手厚く、そして厳しい卒業試験だった。

 

「まぁまぁ……ほんで? どこまでならいけると思うてる?」

 

「……まぁ、鬼門は佐世保との艦隊戦ね」

 

 陽炎の答えに不知火が頷く。

 合格が予め決まっていると知らなければ自分の首をかけてでも止めていただろうこの試験。

 

「最初の包囲突破と道中護衛は安心か?」

 

「霞次第ではあるけれど……問題はないでしょうね」

 

「あぁ、その霞ですが――」

 

 霞の宣誓とも言える告白の内容を不知火は話す。

 聞いた陽炎はにんまりと笑っていたし、黒潮は苦笑いしながらも納得といった様子。

 

「――正直、見惚れたわ」

 

「ええ、私も直接聞きたかったな。そうか、それでか……」

 

 陽炎は艦隊演習の後から目に見えて変わった霞を思い返す。

 鬼気迫ると言ってもいいだろう、霞は訓練により一層没頭するようになったし、訓練が終われば陽炎や五十鈴のもとへ勉強をと駆け込んでくるようになった。

 

 そうであれば霞はこの試験がまさに正念場でありスタートラインだろう。

 同期で同じ鎮守府へ着任することが珍しいというわけではないが、二人で一つといった扱いを築きそれを認められた上で着任することは難しい。

 同じ場所へ着任できたとしても役割や適性が検討された後別々の艦隊や管制下の泊地や場所へ振り分けられることのほうが多いのだから。

 

 故に霞は示さなければならない、我こそが唯一最大限に雪風と共に戦えるものであると。

 そしてその上で生まれるであろう雪風への指揮権を得る競争に勝ち続けなければならない。

 まさに霞は茨の道を歩むことになる。

 

「なんちゅうか……ほんま雪風の影響は凄いな」

 

 黒潮の言葉に全員が頷く。

 当の雪風に自覚は全く無い様子ではあるが、色々なことが変わった。

 

 たとえば睦月。

 トラウマ克服はほぼ完全に成ったと言えるだろう。今後どの鎮守府に着任したいかなんて相談をした時。

 

 ――私は、ここでバイト艦娘さんや新たに来るだろう艦娘の教官になりたいです。

 

 なんて、話を振った陽炎の目を真っ直ぐに見て言った。

 第一駆逐艦養成所再開の目処が立たない以上、佐久島もまた養成施設の一つとして挙げられるだろうことを見越した上でそう語った。

 腐っていた第一駆逐艦養成所艦娘の顔をあげることが出来た睦月だし、実力に申し分もない。

 陽炎はその場で自分の名前を使って選定部へ推薦すると約束した。

 

 今いるバイト艦娘もそうだ。

 ちょうど雪風と霞の卒業試験が終われば契約期間満了。

 あの艦隊演習を経ても尚正規の艦娘を志すと言っているものがほとんどで、恐らく八割方艦娘試験へと臨み来年には養成所へと入るだろう。再び会えるのが今から待ち遠しい。

 

「卒業試験、か……」

 

 呟いて瞑目する陽炎。

 合格が決まっているということは、陽炎の教官としての役目ももうすぐ終わりだ。

 

 その先どうするか。

 

「二人共、卒業試験が終わった後のことは考えているの?」

 

 果たして戦友たちはどうするのか。

 つい最近養成所提督よりの連絡では、陽炎型改二艤装研究がスタートしたとのこと。

 恐らく一年もすれば研究も終わり、自分たちは再び海に立てるだろう。しかしそれまでの間どうするか。

 

「あぁ、うちはここに残って司令はんの下で勉強させてもらうわ」

 

「そうなんだ……って。えっ!? あんたが!?」

 

 思わず立ち上がり大声が出てしまう陽炎。隣にいる不知火など何処からか取り出した綿棒で耳を掃除し始めている。

 

「そこまで驚かんで欲しかったなぁ……あと不知火は流石に失礼やって思うべきやで? まぁ自分のことながら、そう反応してまう気持ちはわかるけどな。けどそうやな、改二の話が来るまでそうするつもりや」

 

 まさかあの勉強嫌い不真面目上等なんとなくでいけるやろ筆頭格の黒潮が勉強すると言うなんて約十年一度もなかったと陽炎と不知火は顔に書く。

 

 しかしそう話す黒潮の顔に冗談は含まれていない。

 つまるところ。

 

「……本気なのね」

 

「せやな。まぁできるだけ危ない橋は渡らんよ」

 

 いまいち陽炎はその言葉の意味を理解しかねているが、不知火は言っているのだ。

 養成所司令に釘を刺されたはずだけど、と。

 

「なら止めないわ。けど、そうね。安心しなさい、私もここに残るつもりだから」

 

「安心出来る部分がないっちゅう話やで?」

 

「何? 不知火に何か落ち度でも?」

 

「なはは。嘘やって、ありがとうな」

 

「ちょっ!? ちょっと待って!? え? 何? 不知火も残るの?」

 

 流れ始めた穏やかムードを割るように慌てて言う陽炎。

 陽炎自身に幾つか思い浮かんだ選択肢、その中には佐久島に残るというものはなかった。

 だと言うのに何よりも絆深い二人は残るという。

 

「べ、別にここじゃなくても……!」

 

「陽炎」

 

 二人の選択を祝福したいという思いはある。

 いずれ別々の道を歩くのだろうというぼんやりとした考えもあった。

 

 しかし、それが今だとは思っていなかった。

 

「あの寮で過ごしていて感じた、軍と民間人の間にある違い。埋めることは出来ない、けど取り持つことは出来ると思うの」

 

「取り持つ……?」

 

「ええ。私なら出来る……とは言わない。けど、長く軍で過ごして民間人だった自分というものが希薄になった今だからこそ、私は思い出さないといけないと思う」

 

 非日常を日常と捉えてしまう悲しさ。

 不知火がバイト艦娘寮で過ごした日々はまさしく非日常だった。しかしそれは民間人にとってかけがえのない日常。

 甘味の味は知っていた。だが甘味の楽しみ方は忘れていた。

 

「もう一度、見つめ直したいの。私達が守っているもの、忘れてはいけないものを」

 

「……そっか」

 

「もちろん、改二実装となればすぐに海へ戻るつもりよ。だから安心して、あなたを一人ぼっちにするつもりはない」

 

「せやで陽炎。うちらにとっては陽炎が何より大切や、うちら三人の間に生まれたもんが何より大事や。それをより強うするために、こうするんや」

 

 不知火と黒潮は笑顔のままだった。

 また一緒に戦えることを信じて疑わない目だった。

 

 いつまでも、いつからか今までずっと知っている二人のままだった。

 

「そっか……。そっかそっか! うん、わかったわ! 気張ってらっしゃい! 私も、頑張るわ!」

 

「よっしゃよっしゃ! 陽炎にそう言われたら気張らんとあかんな! やったるわ!」

 

「ええ、任せておいて」

 

 さらなる高みは今だ見えず。

 千里の道も一歩から、しかし孤独に歩む道に光はなし。

 

 今ここで道は別れど、再び交える時を夢見て歩く。

 

 ここにいる誰もが明るい将来なんて信じていない。

 しかし、将来を明るくしてみせると強く強く決意した。

 

「よぉっし! それじゃ、いっちょ最後に気合いれますか!」

 

 


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