二周目雪風は人間に戻りたい   作:ベリーナイスメル/靴下香

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一年目・前半期
一年目・大型新人


 一つ当てては国のため。

 そんなフレーズは大凡最近流れている艦娘募集のコマーシャル。

 

 深海棲艦との戦いが始まってすぐの頃は、確か一発当てれば晩御飯のおかずが増えるみたいな話だった。

 それが一つ外せば何処かの家庭でおかずが減って、当てて撃沈すればおかずが増えるに変化して。

 やがてはおかずを守ろうなんて言葉になっていった。

 

 酷い話だ、何もしなければそれだけで食卓からおかずが一つ消える。

 言葉通り敵を撃破してようやく、本来の献立が守られるなんて。

 

 だったらこの砲撃練習で消費された弾薬。

 敵じゃなくてダミーに向けて放たれるこれのせいで、何処の食卓が犠牲になっているのか。

 

 あぁ、嫌だな。

 何が嫌だって、そんな風に想像できるっていうのに全然集中出来ていないってこと。

 わかってる、自分ではこれでも真面目にやっているつもり。

 ちゃんと言われた通りに目標を狙っているつもりだし、この一発の重みっていうのも理解が及んでいるつもり。

 

 だから集中できないのは外的要因。

 波の上って言うのはこうも大地とは違いがありすぎる。

 

 ――足を止めて打つ砲撃は殺してくれ言うているようなもんや。

 

 まずはじめに狙いをつけて撃とうとした私に黒潮さん……いや、黒潮教官はそういった。

 なんとなく家でやったことのあるゲーム、陸の上で行われる銃撃戦は物陰に隠れながらとかだったから失念していたんだ。

 海で遮蔽物なんてあるわけないっていうことを。

 

 目を覚ました時の荒波ほどじゃない、穏やかな海。振り返ればまだ視界の中に収められる養成所。

 外海の荒波で高低差っていう壁は一時的に産まれるけれど、それでも常に動き続けなければただの的も良いところ。

 ましてや私は駆逐艦。

 足を止めて撃った、それで敵に当てられた所で大したダメージは与えられない。返す刀が戦艦や重巡洋艦の砲撃なら……簡単に沈んじゃうだろう。

 

 かつてテレビで流れていた艦娘たちの姿は、なんの問題もなく砲撃して目標を撃ち抜いていたというのに。

 あれは都合よく編集された映像だって言われても信じてしまう、いやそうであって欲しいと思うレベルで難しい。

 狙いのつけかたも、撃って身体に奔る衝撃を海へと流す技術も。全てが困難に過ぎる。

 

「流石やな」

 

「えっ? あ、黒潮教官」

 

 え、ええと? ま、まずは敬礼だっけ?

 

「あぁ、気にせんでええよ。そのまま続けてや」

 

「は、はい」

 

 やんわり敬礼を制されて続きを促されるけど、正直やりづらい。

 ド下手な砲撃を見られるって恥ずかしさみたいな落ち着かない感じはもちろん、やっぱり先生が近くにいるってのは落ち着かないよ。

 

 それでも何とか砲撃練習を続ける。

 動きながら撃つ私から少し離れて並走する教官は何を思ってるんだろ。

 と言うか流石って何だ、馬鹿にされてるんだろうか……。

 

「ちゃうちゃう、馬鹿になんかしてへんよ」

 

「っ!?」

 

 やば、顔に出てた?

 

「よぉし、ほんなら一回やめぇ。……周り見てみぃ」

 

「ま、周り?」

 

 隣に立たれて促され、素直に周りを見てみれば。

 誰、いや何ていう艦娘だろう、撃とうとすればバランスを崩して転けるし、撃てたと思えば砲撃の反動でやっぱりバランスを崩して尻もちをつく。

 

「ええか雪風。あれが普通や」

 

 続けて見てみれば、不知火教官が手を貸して立ち上がらせて、今度は腰を補佐されながら止まって狙いをつけている。

 

 ……あれが、普通。

 

「自分は訓練を受け始めて……あぁ、そういやあれやったな。そう、雪風は訓練を受け始めて二週間や。ほんであっこにおる子らは雪風の同期。つまりおんなじ訓練期間」

 

「……え?」

 

 嘘だ? 色々おかしい。私が二週間? もっと受けてたんじゃないの? あの人達も同じ? てっきり私より随分後かと。 

 あぁいや馬鹿にしてるわけじゃない、そんなつもりはない。

 だけど……本当に?

 

「何やったらうちの昔話でもしよか? うちもそうや、あんなん……言うたら失礼やな? もっと酷かったかもしれん、教習課程が今ほど洗練されてもおらんかったしな」

 

 くすくすと笑いながら言われるけど……じゃあ私って。

 

「っと、時間やな――よぉし、やめぇ! 各自昼食の後ヒトフタマルマルからもっかいや!」

 

「了解っ!!」

 

 散り散りになっていく皆。

 いや、散り散りじゃない。よく見れば、上手く海上走行が出ていないってわかる。そのばらつきがあるから散り散りに見えるんだ。

 

「さて雪風。うちらも昼にしよか、ちょっち遅れたけどお礼も兼ねて奢るわ」

 

「お、お礼って。私、教官に何もしていませんよ?」

 

 そう言ってみれば教官は目を丸くした後。

 

「何や自分無自覚やったんかいな? まぁええ、奢らせてや、命の恩人にそれくらいせんとバチがあたってまう」

 

 なんて笑って言った。

 

 

 

「ほんなら改めて、ありがとうな」

 

「い、いえ」

 

 食堂で向かい合って。奢ってもらえたのはやけにボリュームのあるカツ丼……た、食べきれるかな?

 

 いただきますと手を合わせて一口、美味しい。余計な心配だった、これならいくらでも食べられそうだ。

 ……大食らいだった記憶はないんだけどなぁ、これも艦娘化の影響なのかな?

 

 それにしても。

 

「ええと、やっぱりお支払いしますよ? それくらいは、あるでしょうし」

 

「何やまだ言うてるんかいな。うちに奢られるんそんなに嫌か?」

 

「いやっ!? そ、そういうわけではなくて、ですね!?」

 

 むすっとされて思わず焦ってしまう。

 お金を払わないといけないのはここにいる人達が民間人、軍属っていう立場だからだ。艦娘から支払われた金銭が収入になっているらしい。

 どうせなら一括で管理して給料から差っ引いてくれたらいいのに。そうしたらこんなやり取りせずに済んだのにな。

 

「あはは、ええねんええねん、嫌ちゃうならええ。うちはこうして奢れんのが嬉しいんや、あん時間違いなく自分の奮戦が無かったらうち死んどったからな」

 

「そ、そんなことは、ないんじゃ?」

 

 笑いながら、だけど。

 妙に確信があるような言い方をされる。

 雪風にそうだって言われたから、それは間違いないんだろうってわかるけど……。

 

「長いこと艦娘やっとると勘っちゅうんかな、そんなんが磨かれる。ほんでその勘が言うとるんや、あっこはうちの死に場所やったでって」

 

 結構な話なのに、悲壮感とかそんな雰囲気をまるっきり見せず、カツ丼へと箸を伸ばしながら軽く話す教官。

 達観、っていうんだろうか? それとも死ぬ覚悟なんてもうとっくにしていて、いつ何処で沈むってことを受け入れきって当たり前だと思ってるのかな。

 長く、長く艦娘をやってると、そんな風に、私もなるのかな。

 

「……怖く、ないんですか?」

 

「何がや?」

 

「沈む、死ぬの」

 

 思い切ってってわけじゃないけれど、聞いてしまう。

 もしも、私もそうやって死を軽く思えてしまうようになるのなら……それはやっぱり嫌だ。

 

「怖いよ。怖いに決まってるやん」

 

「っ! だったらなんで! なんでそんな簡単そうに!」

 

「落ち着きぃや、ほれ味噌汁でも飲みぃ」

 

 思わず立ち上がってしまった……周りの視線が痛い、はい、お騒がせしてすみません。

 

「自分が死ぬのは怖い、戦いたくもない。そんなん当たり前や。でもそれより陽炎、不知火が沈んでまう方がよっぽど怖い」

 

「……それは、友達、だからですか?」

 

 やっぱり教官は笑ったまま。

 

「もう随分一緒におる戦友やから、そんなんもある。けどな、きっと陽炎や不知火もうちとおんなじこと言うと思う」

 

 その理由はなんだろう。

 ありきたりな、誰かのために戦うとか、そんな理由なんだろうか。

 でもなんだろう、目の前の黒潮っていう艦娘に聞いてもきっと答えてくれないような気がする。あるいは、答えてくれても納得出来ない気がする。

 

 それがわかってるんだろう、それ以上のことを教官は語らなかった。

 

 どんぶりの中にはまだご飯が残ってる。

 このまま微妙な空気で食べるのも、嫌だな。

 

「随分一緒にって、どれくらいいるんですか?」

 

「そうやな、少なくとも任期は終わっとるな。そっから先は数えてへんけど、まぁ十年はいってないやろ」

 

 ……は?

 え、いや待って、なんでまだ戦ってるの? なんで人間に戻ってないの?

 っていうか十年近くって、それ、もう人間に戻れないじゃない。

 

「あーまぁ自分の気持ちもわかるわ。なんで人間に戻れへんのって部分やろ?」

 

「え、あ、は、はい」

 

 その通りだ、わけがわからない。

 もう終わってるなら、さっさと人間に戻って、かつての生活に戻ればいいじゃないか。

 

「うちは黒潮の適性値が50,1%。ついでにあっこにおる不知火は不知火の適性値が49,9%」

 

「は、はい?」

 

 な、なんでいきなり適性値の話?

 

「うちは艦娘になんぞなりたくなかった。逆に不知火はなりたかった。理由は……まぁええやろ。義務か権利かギリギリの値でな、そんなもんやから不知火とはよう喧嘩しとった」

 

 艦娘になりたくない黒潮さんと、なりたくても権利としてでしかなれなくて志願した不知火さん。

 義務で無理やりやらされてると愚痴を零していた黒潮さんへ、事あるごとに不知火さんは突っかかっていたって言う。

 

 よくわからない喧嘩だ。

 

「不知火は真面目ちゃんやからな、しゃあなしでやるうちのことが嫌やったんやろ。うちはうちでカタブツで軍人軍人しとった不知火が苦手やったし。陽炎が来るまでほんま喧嘩ばっかしとった」

 

 いい思い出だと笑いながら話される。

 そうか、もう思い出になるくらいに三人は戦ってきたんだ。

 

「陽炎は……言わんといてや? うちと不知火の憧れやねん」

 

「憧れ?」

 

「せや。うちらの中で一番適性値が低いくせに、一番戦果をあげた。表でも裏でも、ずっとずっと努力してな」

 

 それはどれほどの努力なんだろう。

 言う通り、適性値が本人の練度へと影響するのなら。

 確か陽炎さんは32%と言っていたはず、だったら二人との差を、どうやって埋めたんだろう。

 

「陽炎のおかげでうちと不知火はわかりあえた。陽炎の輝きをずっと輝かせたいって意思の下な」

 

「……」

 

「だから……何やったっけな? そう、自分が沈んでまうよりも、陽炎が沈んでまうほうがよっぽど怖いんや」

 

 輝かせるためになら自分が沈んでも良い、っていうこと、なんだろうか。

 

 わからない。そうとまで思える程、信奉とまで思える程、陽炎さんのことを知っているわけでもない。

 

 だけど。

 

「……そんな黒潮教官が沈んだら、陽炎さんだってきっと曇ってしまうと、思います」

 

「あはは、そうやな、その通り。せやからこうして雪風にメシ奢れるんが嬉しいんや。改めて、ありがとうな」

 

 言葉の終わりにごちそうさまでしたって文句がついた。

 

 私のどんぶりには、まだご飯が残っている。

 

 

 

「黒潮さんのお話を聞くのは初めてだったので、なんだかこう、感動してしまいます!」

 

「……はいはい」

 

 本日の訓練過程が終わって、就寝準備も終わって。

 ベッドの上に身体を預けた私の頭上を飛び回る雪風、ちょっと鬱陶しい。

 

 さっきからずっとこの調子だ。というか今まで何処に居たんだ、未来の私って言うなら訓練中の私へ何かアドバイスぐらいして頂戴っての。

 

「ユキさんユキさん! 知っていますか? 黒潮さんは、教官になる前、黒炎なんて呼ばれていたんですよ!」

 

「へー」

 

 そんなの知らないよ、っていうか何だその一時期男の子が拗らせた結果つけるような名称は。

 

「そんな人に教えてもらえるユキさんが羨ましいです!」

 

「知らないってば……もう」

 

 あぁ、でもなんだろうな。

 不知火教官とはまだ話したことがないからわからないけど、黒潮教官の話を聞くだけであの三人は強い絆で結ばれてるってのがわかった。

 それはちょっと羨ましいなんて思う。

 

「それより黒潮教官が生きているっていうのは、これから先にどう影響するの? というかこれからどうなっていくの?」

 

 一番気になるのはこの部分。

 正直訓練が大事だっていうのはわかるけれど、とても疲れる。

 訓練自体が大変だっていうのはもちろん、何かと同期の艦娘だろう人達から向けられる視線もあんまり心地良いものではない。

 

 やっぱりフォーナインは特別。

 

 そんな文句がどこかしらについていて。

 羨望だったり嫉妬だったり、そのどちらも私にとっては重荷というか気分が良くなるものではなかった。

 

「……正直、黒潮さんが生きているということがこれから先にどう影響するのかまだ掴めないということも含めてですけど。不確定なものをお伝えして良いのか判断がまだつきません……もう少しだけ時間を下さい」

 

「そ……」

 

 だったら仕方ない、か。

 まぁこうなるんですよと言われてそれが空振りに終わる可能性だってあるんだろう、雪風からしたら。

 だからこうして昔に戻って、自分の知っている未来へ向かうか、分岐は何処にあるのかとか確認しているんだろう。

 

 いいねぇ、羨ましいねぇ、なんだかゲーム気分とでも思ってるんじゃない?

 

 ……なんて、ちょっと卑屈が過ぎるか。

 

 どうにしても、まずは動けるようにならないと話にならないのは確かなんでしょう。

 少なくとも雪風にこうしてくれと言われた時、そんなこと出来ないって言ってしまうわけにはいかないんだし。

 

「まだまだこれから、か」

 

「はいっ!」

 

 そう言えば明日は不知火さんの教習だ。

 どんな人だろう、黒潮さんいわく真面目ちゃんらしいけど。

 

 ま、それも明日になったらわかるか。

 今はとりあえず、身体を休めることにしましょう。

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