二周目雪風は人間に戻りたい   作:ベリーナイスメル/靴下香

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一年目・単艦演習

 今思えば、だが。

 予期せぬ遭遇戦となった戦い、あの場で深海棲艦は未来の驚異を潰したかったんだろう。

 それが不知火の出した結論だった。均衡を崩すために新人を潰すという手段は実に効果的だから。

 

 戦闘に慣れていない新人とは足手まといだ。

 ただ邪魔になるだけならば良い、しかし傷を負った新人は単なる足手まといにすらなれない。

 恐慌、狂乱。

 そんな状態へ陥って、隊そのものを危険に晒すなんてことはよくある話でそれによって壊滅に近い損害が出ることだってよくある話。

 それでも不知火には自信があった。

 たかが新人一人を守れない自分や陽炎、黒潮ではないと。

 信頼と確信。それをもって何一つの不安は無かった。

 

 だが、その時とった敵の動きは予想を超えていた。

 

「雪風!? 撃――いや、逃げて! ビビってるんじゃない! その場から離れて!! 動いて!!」

 

 陽炎の焦った声も仕方ない。

 いや、自分自身も驚きの最中にいたのだ、ありえないと。

 

 まるで自分や陽炎を無視して雪風へと一直線に向かう深海棲艦の姿。

 それは歴戦の勇士たる不知火をしても想像できない光景だった。

 

 重ねて理解している。

 隊の中で一番の弱者をまず標的にするのは実に理へ適っているのだ。

 肉体か精神を負傷した存在を守る。それはつまり攻勢に出ていた自分を含めた誰かが守勢に回らなければならない。

 結果的に相手は一つ楽になる。そんなことは重々承知している。

 

 だと言うのに、だ。

 

 自身に背を向け、撃ち放題の選り取り見取り。

 ありえない光景に虚を突かれたというのは言い訳だろう、それでもそうなのだ確かに不知火は見送ってしまったのだ敵艦隊を。

 

 しまった。

 

 そんな言葉では済まない失態だ、落ち度どころじゃない。

 このままでは危ない、そう思うと同時に速度を上げて追いかけようとした時だった。

 

 ――雪風は、沈みませんっ!!

 

 それはもう何の冗談だと聞こえた声に目を丸くした。

 負傷を負った雪風、最悪の事態が頭を過ぎった瞬間、雪風へと突撃砲撃を行った敵駆逐艦が沈んだ。

 

 一つ安堵したことがあるとするならば。雪風が無事だということではなく、驚きに目を丸くし動きを止めていたのは自分だけではなかったということ。

 

 失敗した自分も、直衛していた陽炎も、深海棲艦を通してしまったと焦った黒潮も。

 その場にいた雪風以外、全ての艦娘が動けなかった。

 

 もしも。

 もしも、自身へ下す評価。それが歴戦の勇士だというのなら、この時目の前を舞う雪風は何だというのか。

 確かにフォーナイン、驚異的な適性値を誇りほぼ同時期に着任した艦娘達を置き去りに教習課程をこなす天才。

 

 かつて黒潮に対してした嫉妬。

 成長し、経験を積みそういった無意味な感情を覚えなくなって尚、してしまった嫉妬。

 本人にやる気が無さそうな所も鼻についたし、かつての黒潮以上に悲劇のヒロインぶっているところも癪に障った。

 

 そんな存在が、深海棲艦を……蹂躙している。

 

 そうだ、まさしく蹂躙だ。

 不知火からは……いや、他の者から見てもそうだろう適当に放った魚雷。

 それは意味不明としか言いようがないのにも関わらず敵艦隊へと吸い込まれていた。

 そうと確認出来た間に敵旗艦であった軽巡洋艦は雪風の砲撃によって沈んでいたし、確認した後また随伴艦が沈んでいた。

 

 ありえない。

 あってはならない光景。

 天才と思える者であっても、人類の中で、艦娘という存在への適性値、その最高値を叩き出した者であっても。

 

 こんな……完成すら超えた駆逐艦としての戦い方をしてはならない。

 

 確信があった。

 仮に全盛期、各部機関の老朽化が進んだ今ではない過去の自分であっても、アレ程の動きは出来ないと。

 

 不知火の何かが叫んでいる。

 あれは一時的にキレただけ、火事場の底力みたいなものだと。

 叫びはプライドとも言える何かだろう、そうだと理解した。そうでなくては受け止められない。

 

 それでも思ったのだ、思いたくなってしまった。

 

「……不知火、黒潮」

 

「あぁ、みなまで言わんでええ」

 

「……はい」

 

 ――やっと、希望に会えた。

 

 ずるずる、ずるずると続いているこの戦争、その終止符への切符。

 

 それが今、陽炎の腕の中で静かに眠っているのだと。

 

 

 

 やっぱり自分は不器用らしいと不知火は静かに自嘲する。

 かつてはそれに気づかず、そして気づかないふりをして、何か自分に落ち度でも? と強がっていた時期を思い返しながら。

 

 そうして少し離れて海に立つ、戸惑いの色が強い雪風をみやった。

 

 自分が担当する教習課程に変更を加えたい。

 

 陽炎は不知火の提案を一考するもすぐに頷いた。

 今進行している通常の教習課程、それは雪風の歩みを遅らせるものであると判断してのこと。

 実際黒潮からもそういった話は上がっていた。

 それはあの長距離航海練習より前から、あまりにも飲み込みが良すぎるため変更を考えていたほうが良いと。

 

 何のための特別扱いなのか。

 異例にも新人へ一人部屋を与えて、少し問題があったからと簡単に司令へと会うことが出来て。

 柔軟な対応、変更をするためだろうそれはようやく効果を発揮した。

 

 ただ不知火はそういった考えがあった上での提案ではなかった。

 単純に、自身で確かめたかったのだ、雪風の真価を。

 

 長距離航海練習から帰ってきて迎えた次の日の訓練。

 そこで見た雪風はまるっきりの素人だった。

 がっかりした気持ちが無いと言えば嘘になるが、それでもやはり同期の新人達とは一線を画している。

 

 前に立つのはただの天才(・・・・・)でしかない。

 

 やはり一時キレただけか。いや、事実そうなのだろうと思い込む。しかし陽炎はそれをまるっきり気にしていなかった。

 ようやく会えた妹は、とびきりの未来(プレゼント)を持っていると信じている。

 

 だというのなら雪風を包むリボンを解きたいのだ不知火は。

 そしてその手段が単艦演習。

 あの時見た光景をもう一度、とは言わない。何故か再び見ることが出来るのは先の未来だろうという思いもある。

 

 だからせめて片鱗だけ。

 

 少しだけでも見たいのだ、未来に詰まっていて欲しい希望を。

 

 故の単艦演習。

 

「事前に説明した通り、私は牽制としての砲撃や魚雷は撃ちません。唯一詰みの時にだけ撃ちます。海を走る私へどんな手段でも良い、ダメージを与えてみなさい」

 

「は、はい!」

 

 一見何のリスクも無く、砲撃や雷撃発射練習の延長線上にあると思われる訓練。

 雪風は、何の心配も無くただ動く不知火へと一発何かを当てればいい。事実雪風にはそう困難な訓練ではないとも伝えている。

 そう言いながら不知火はこの訓練を簡単な演習にするつもりは無かった。

 

 限られた手段の中、全力で戦う。

 そう心に決めていた、そうであってこそ、雪風の真価を測れると。

 

 雪風が緊張を携えているのは環境のせいだろう、周りにはギャラリーとでも言うのか、新人たちが観戦している。

 

 中には陽炎と黒潮の姿もあった。

 黒潮は解説に、陽炎は雪風の動きを觀察の為に。

 

 異様と言えば異様な光景。

 何よりも、雪風へと簡単な訓練だと告げたはずの不知火から、並々ならぬ熱意とも言える何かが放たれていた。

 

 どうしてか雪風には理解できない、わからない何かを飲み込もうと生唾が喉を通った時。

 

「始めっ!!」

 

 陽炎によって開始の合図が出された。

 

「――」

 

 同時に不知火は走り出す。

 駆逐艦の本分は突撃、それを示すかのように全速で雪風へと突撃を敢行する。

 

「す、すご――」

 

 観客の誰かが思わず呟いた。

 それもそうだ、不知火が放つ気迫、それは未だ実戦を経験していないものであっても、戦闘中に纏うそれであったと確信できるほどのものだったから。

 

 そしてそんな気当たりを受けた雪風の目には涙が浮かんでいる。

 

 ――嘘つき、全然簡単に済ます気無いじゃない。

 

 なんて泣き言が聞こえそうな表情へ陽炎は苦笑いを浮かべる。

 

「やれやれ。やっぱ不知火は真面目ちゃんやなぁ」

 

「まぁ、ね……熱くなり過ぎなきゃいいんだけど」

 

 みるみる内に縮まっていく双方の距離。

 上手く走れると言ってもまだまだな雪風、その速度は不知火の半分ほど。

 

 100メートル。

 それは不知火が持つ主砲の有効射程距離。

 その位置まで詰めた時。

 

「……っ!?」

 

「安心しなさい。撃ちはしません」

 

 動揺が雪風に奔る。それもそうだ、攻撃しないと言われていたのにも関わらず、砲口を向けられれば動揺もする。

 だから釣られるように狙いも付けず、砲撃で動揺を振り払おうとした。

 

「うそ……」

 

 呟いた観客の驚きは雪風に向けて。

 

 どうしてあの状況から撃てるのか。

 確かに砲撃はあらぬ方向へと飛んでいった、しかしその後雪風は転んでもいないし、足を止めてもいない。

 それは新人にとってありえないことだった。

 ましてや見物に徹していても伝わってくる不知火のプレッシャー。

 そんな中、どうしてそんな手段をとれるのか。

 

「やっぱり天才は――」

 

「よく見ときや、ひよっこ」

 

「教官?」

 

 そんな新人たちへ向けて黒潮は言う。

 

「雪風は確かに天才や、大型新人や。せやけどその中身は自分らとおんなじや。変なレッテル貼ってる場合ちゃうで」

 

 黒潮の視線は雪風に注がれたまま。

 倣って光景へ視線を移せば必死な顔をしている雪風。

 

「――」

 

 蔓延しつつあった、雪風は特別という意識。

 

 それはようやく、今にも泣きそうになりながらもがいている雪風によって払拭の可能性を生んだ。

 

 

 

 都合五回。

 それは挙動だけで不知火が雪風を追い込んだ数。

 不知火もそうだと確信しているし、陽炎や黒潮も同じ所感を得ている。

 

 そしてその先も同じ。

 

 仕留めきれない。

 

 追い込んで、追い込んで。

 あと一手で確実に雪風を落とせるはずなのに、詰みに立たせられるはずなのに。呟いてしまった言葉どおりその一手が通る未来が不知火には想像出来ない。

 

 勝利や敗北を考えているつもりは無い、それでも言うなら勝利が掌からこぼれ落ちる。

 

「はぁっ! はぁっ!」

 

 まさしく雪風は追い詰められた獲物の顔をしている。恐らく自分でも思っただろう、やられると。詰み以外撃たれないという言葉をすっかり忘れて、来ないはずの攻撃に怯えている。

 荒い呼吸と心臓。

 艦娘になっても、鼓動は感じられるのかなんて妙な感想を浮かべられるのは窮鼠ならではの心持ちだからだろうか。

 

 出来ること。

 今の雪風に出来ること。

 

 拙い走行技術に砲撃技術。

 

 そのどれもが通用しないのは十分に理解できた。

 何度も何度もただ動かれるだけで袋小路に追い込まれた。

 

 駆逐艦に、出来ること。

 

 不知火が示した通り、突撃が駆逐艦の本分だというのならそれは恐怖でしかない。

 現状を打開できる手段が突撃だというのなら、それこそ呆気なく沈められる未来が見えている。

 

「はぁ……っく! どうする……どうすればいいのよ……!」

 

 もう次は詰みに立たされるかも知れない。

 戦うことへの忌避感も、艦娘である自分を認めることも。

 今そんな感情へ分けられるだけの余裕はない。あるのは死なない演習だとわかっているのにも関わらず、死にたくないという生存本能。

 遮二無二放った砲撃で何故か不知火は後ろへ下がる。下がる理由はなんだろうかと考える余裕もない。

 

 どの道また距離は簡単に詰められるのだ、そこに大きな意味を雪風はまだ見出だせない。

 

「ユキさん、ユキさん」

 

「なに、よ……! ようやく喋ったと思ったら……!」

 

 そこでようやく雪風妖精が語りかけた。

 何を今更と、疲労と感情に限界を感じている雪風は八つ当たりをするように苛立ちをぶつける。

 

「駆逐艦の必殺技って、何だと思います?」

 

「必殺技!? 何よ、変身でも出来るの!? 戦闘力何万だっけ!?」

 

 割と支離滅裂なことを限界真っ只中な雪風は言う。

 そんな雪風へと笑みを一つ。

 

 笑顔を持って、妖精は言い放った。

 

 

 

 

「……む」

 

 苛立っているのは不知火も同じだった。

 これだけ何度も追い込んでおいて仕留めきれないと理解出来てしまう。

 それは不知火の持つプライドを傷つけた。

 

 今まで重ねた経験、知識、技術。

 そういったものの価値が曇ってしまうように感じてしまうから。

 

 だが培ったものがあったからこそ空気の変化に気づいた。

 

 ――来る。

 

 苛立ちをフラットに。集中力を高めて警戒を最高水準に引き上げる。

 

「雪風っ! 突撃しますっ!!」

 

 開かれた距離の先、破れかぶれを感じさせる声で雪風は初めて不知火へと向かう。

 

 遅い、気当たりもない。

 

 だと言うのに培われた経験が警鐘を鳴らす。

 警戒しろ、警戒しろとうるさく頭の中で響き渡る。

 

「わかっています……!」

 

 見逃しはしない。一挙一動全てを。

 ただ気にかかることは、少し波が強くなってきたこと。

 

「わわっ!?」

 

 不知火に何も問題はない。

 これくらいの波で影響される何かなんて持ち合わせてはいない。

 ただ雪風には多少なりとも影響があったようだと声から察する。

 

「……無粋な波ね」

 

 雪風、初めての突撃。

 それを邪魔するなんて、もう少し空気を読んでくれてもいいのに。

 

 そう走りながら波へと愚痴を零す。

 

「このぉっ!!」

 

「甘いわ」

 

 雪風の砲撃。

 射線は自分の動きへ掠めてもいない。

 先ほどと変わらず、このままで。

 

 確かに天才だ。

 僅か二週間、それでここまでの力を付けたのだ。

 走りながら砲撃を放てる、転けることなく今の今まで海上を走った。

 自分の過去を思い出せばそれこそ驚異的なスピードで、未来を少しは明るくも感じられる。

 十分に、称賛できる。

 

 だが、あの時感じた希望という衝撃ほどではない。

 

 そう思った、そう思っている最中。

 

「不知火っ!!」

 

「え……?」

 

 陽炎の焦ったような声が響いた。

 

「っ!?」

 

 同時、迫ってきていた魚雷が視界に入った。

 慌てて回避行動を取ろうとするも、その先にあるのは掠めないはずだった砲撃射線。

 

「う、そ……?」

 

 魚雷直撃による痛みはない。演習用弾だ、詰められているのは爆薬ではなくペイント。

 だからだろう、今起こったことが認められない。痛みなくして理解できない。

 

「――っ!」

 

 はっとして、陽炎へと視線を向ければ。

 

「……そこまでっ! 演習終了!」

 

 ゆるゆると首を振った後、終了の声を響かせる陽炎が居た。

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