二周目雪風は人間に戻りたい   作:ベリーナイスメル/靴下香

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一年目・戦闘態勢

 真に遺憾ながら。

 

 随分と艦娘に慣れてきたなんて思う。いや、もちろん実戦はあの時だけだから半人前も良いところなんだけど。

 そう思うのはこの生活へ順応してきたなと実感してきたからだ。

 

 朝響く総員起こしのラッパにも。

 大盛りが過ぎるだろうご飯にも。

 言われた訓練をこなすことにも。

 

 ここに来てから一ヶ月、雪風が言う大きな戦いが始まるまで後二週間。

 ようやくでもないけれど、順応して、慣れてきてしまった。

 

 やっぱり基礎体力訓練でバケツのお世話にならずに済むのはまだまだ遠いし、未だ霞さん以外の同期達と上手く関係を築けてるとは言えないけれど。

 それも含めて、言う所の普通に過ごせられるようになったと思う。

 

「おはよ」

 

「あ、おはようございます霞さん」

 

 朝食へ手を付けようとした時、隣に座ってきた霞さん。なんというか物好きというか、面倒見が良いというか。

 霞さんは私と話すようになって、他の同期の人達からは浮いてしまったように思える。

 あまり覚えていないのが申し訳ないけれど、少なくとも私が原因であることに違いはないだろう。

 

 少し前に謝罪してみれば何故か呆れた顔をされたし、よくわからない人だとも思う。

 ただそんな中、霞さんは私と一緒にいることで違う景色が見られるようになったと言っていた。

 その意味もやっぱりよくはわからないのだけれど、私と一緒にいることで何か自分のためになったことがあるのなら幸いだ。

 

「ねぇ、朝からカツ丼って重くない?」

 

「え? あ、いや、なんだか何食べようか迷ったら、迷ってる内に頼んじゃうんですよね」

 

 ほかほかとまだ湯気の立つどんぶり。

 何気に食堂のおばちゃん、と言うにはまだ若いけれどちょっと前までは今の霞さんと同じ様な顔をされたっけな。

 我ながら驚いてもいる、多分これが好きになったのは艦娘になってからだ、ついでに大食らいになったのも。

 

「ふぅん……。ねぇ、私にも一口頂戴な」

 

「あはは、朝から重くなりま――あぁ!? なんで端っこのカツ取るんですか! そこが一番美味しいのに!!」

 

 何をするんだこのちみっこいの! いや私もちみっこいけど!!

 その一切れは至高の一切れなんだぞ!

 

「な、何よ。気を遣ったつもりなんだけど?」

 

「全然ですよ! むしろ最後の一つ残った唐揚げを遠慮なく貰い去る無遠慮ヤロウですよ! ええい! 霞さん! その揚げをよこすのです!」

 

「い、いやよ! 麺! 麺ならあげるから!」

 

 そんなトレードは成立しないのよ! 等価交換の理を教えてくれるわっ!!

 

「ちょっ!? そんなむりや――っ!?」

 

「わっ!? うるさっ!?」

 

 もう少しで揚げを奪える、そんな瞬間だった、警報が響き渡ったのは。

 

 ――八丈泊地近海で戦闘発生。これより本養成所は第二種警戒態勢をとる、繰り返す第二種警戒態勢をとる。

 

 キョロキョロとしていたのは私だけだった。

 霞さんも、私以外の全員が放送の流れるスピーカーを注視していた。

 

 第二種警戒態勢?

 いや、それよりこれって雪風の言っていた?

 

「行くわよ」

 

「え?」

 

「何ボーッとしてるのよ、第二種警戒態勢。会議室へ集合よ」

 

 ……すごいな、一瞬で表情が変わった。

 私と同じ半人前のはずなのに、こうも違う。

 

 いや、言う通りだ。

 ぼーっとしてる場合じゃない。

 

「はい」

 

 食べきれなかったカツ丼に尾を引かれるけれど、行かなくちゃ。

 

 

 

「集まったわね。でも遅い、次はないかも知れないのよ? もっと素早く動くように」

 

「申し訳ありませんっ!」

 

 開口一番に陽炎教官の叱責。

 遅くなったつもりはないけれど、そう感じる理由はきっとまだまだ染まっていないということだろう。

 

「よし。じゃあ司令?」

 

「あぁ、今の状況を説明する。八丈泊地近海にて大規模な深海棲艦群を発見。おそらく目標はそのまま八丈島を超えた三宅島……資材集積所と思われる。予め八丈泊地に集めた戦力その防衛警戒部隊と深海棲艦偵察部隊との遭遇戦が発生、このまま本格的な戦闘に移行する。発生を持って規定により本所は第二種警戒態勢をとる運びになった」

 

 あれ? 雪風の話では八丈島へ深海棲艦の急襲、だったよね?

 急襲、防げてるじゃない。いや、そもそもまだ言われた時期よりも早い。

 ってことは、前哨戦、みたいな?

 

「事前に深海棲艦の動きを察知できていたため、八丈泊地にはそれなり以上の戦力が集結している。最悪でも陥落することはないとの見立てだ。陽炎」

 

「はい。皆は第二種警戒態勢……つまり準戦闘態勢、艤装装備の状態で自室待機。緊急出撃(スクランブル)に備えてもらうわ」

 

 す、スクランブルって……。え? もしかして戦闘に駆り出される可能性があるの? いやいや待ってよ、まだ無理ですって。

 

「と言っても、実際に出撃させるつもりはない。そうね、言うなら避難訓練みたいなものよ。もしもの万が一が起きるなら、皆には本土へ撤退してもらう手筈になってるから安心して」

 

 周りから安心したような息が漏れた。同感だ、安心できた。

 そうよね、ここの人達は、未だに信じられないけど私含めてエリートだもんね、無駄に消費する理由はないはずだ。

 いや、霞さんはなぁんだみたいな目をしない、ダメだよステイだよ。

 

「甘く言ったけど、気を抜かず緊張感を持って待機しているように。また、行われている戦いの映像を各部屋のテレビに流れるよう手配もしているから待機中各自観戦するように。以上、解散」

 

 戦闘映像、か。

 正直観たいとは思わないけど……うーん、そういうわけにもいかないか。

 

 とりあえず、部屋に戻りましょう。

 

「雪風」

 

「え? あ、はい。どうしましたか霞さん」

 

 会議室から出た時、かけられた声へと振り返ればそこには至極真面目な顔をした霞さん。

 

「ちゃんと遺書、書いておきなさいよ」

 

「い、遺書?」

 

 な、なんだなんだ藪から棒に。

 遺書って、あの死ぬ前に書くやつのことよね? なんで書かなくちゃいけないの? 私死ぬつもりはまっぴらないよ?

 

「だからあんたは抜けてるって言うのよ。言っておくけど、私を含めてあんた以外皆書いてるからね」

 

「いやいや、そんな……陽炎教官も言ってたじゃないですか。これは避難訓練みたいなものだって。訓練なんかじゃ誰も死なないですって」

 

 重い、重すぎるよ霞さん。

 そういうのはさ、ほら映画とかでよくあるじゃない? 死地に向かう兵士さんが恋人に向けてとかさ。

 別に私達死地に向かうわけでもないじゃない。万が一でも本土へ撤退だよ? 死ぬ危険性なんて何処にも――

 

「雪風。私をがっかりさせないで」

 

「……がっかり、なんて」

 

「あんたにとっては、重いのかも知れない。けど、私や他の子にしたら……これは普通のことよ。いつでも悔いなく死ねるように、身を、心を整えておくなんて」

 

 そんな事言われても、死ぬ気がないんだ身辺整理なんてする必要がない。

 いつかは戦うのかも知れない、だけど今じゃない。今じゃないんだよ霞さん。

 

「いい? 私は言ったからね? 後悔は先に立たないから後悔っていうんだからね」

 

「……はい」

 

 何だって言うんだ本当に、思わず背を向けた霞さんを睨んでしまう。

 後悔は先に立たない? 

 そんなの分かってる、痛いくらいに理解してる。

 

 何回私が後悔したと思ってるんだ、舐めないで欲しい。

 

「……後悔?」

 

 あれ?

 私は、何を後悔したんだっけ? それも痛いくらいに。

 

 ずきずき、ずきずきと。

 今もこの胸に奔る痛みは、何?

 

 わからない、わからないけど。

 

「……戻ろ」

 

 今はただ、戦わなくてもいいと信じるしかない。

 

 

 

「よし……っと。ありがと、雪風」

 

「いえ……」

 

 んー何よ何よ反応悪いわね、考え込んじゃって。

 いやまぁ仕方ないか、私に話したことと違うんだ、そりゃ考えたくもなるわよね。

 

 仕方ない、言われた通り戦闘映像でも観よう。遺書なんて書いてやるもんか、書きませんとも。

 でも嫌だなぁ、どうしよテレビ点けた瞬間誰かの腕が千切れてる所とか……うぅ、やな想像しちゃった。観たくないぞ。

 

「って、あ」

 

「……」

 

 うわ雪風問答無用? 無言で点けないでよ心の準備出来てない――

 

「――すご」

 

 映った映像。

 これは空から撮ってるんだろうか、少し遠いけれど、それでもわかる。

 

 戦争だ。

 

 映画とか、アニメとか。かつて見た公開演習とか。そんなのを軽く超えていた、思わず息を呑んだ。

 だってそうでしょう? これだけカメラの位置は離れているのに、そこで戦っている人達の息遣いさえ伝わってきそうなんだから。

 むしろ戦っている艦娘へ放たれた深海棲艦の砲撃、それが至近弾となれば、そこで戦っているわけでもないのに思わず目を閉じてしまいそうになった。

 そしてそんな恐怖で身が竦んでもおかしくないっていうのに、一切の動揺なく前へ前へ。深海棲艦を撃破しようと戦いを続けている。

 

 すごい。

 これが私の踏み入れようとしている世界なのか。

 いずれ私が戦えるようになれば、そんな私の姿を観て未来の誰かも同じ思いを抱くのだろうか。

 

 不思議な感情。

 戦いたくない、この映像に映る人達のようになりたくない。

 そう思っているのに。

 

「この人達が、人類を守っているんだ……」

 

 そうだ、今私だって守られているんだ。

 かつてこうなる前からずっと。

 

 二律背反、だろうか。

 なりたい、なりたくない。憧れにもにた感謝の気持ちと、忌避感。

 心の中でそんな気持ちがせめぎ合う。

 

 だけど、それでもやっぱり嫌だ。

 こうして感動とも言える気持ちを抱いて尚、あぁはなりたくないと自分の何かが叫んでいる。

 

 なんでだろう。

 なんで、こんなに私は戦争が嫌いなんだろう。

 かつての自分に問いかけてみるけれど、答えてはくれなくて。

 

 ただただ戦いへの嫌悪感だけが胸に巣食っている。

 

 どうして。

 どうして私は……。

 

「ユキさん!!」

 

「はぇっ!? な、何!?」

 

 思考の海へと没頭しそうになった時、雪風の慌てたような声で戻された。

 見れば随分と慌てている様子。

 

「おかしいです! この戦いはおかしいです!」

 

「な、なな、何がおかしいのよ?」

 

「深海棲艦の数が少なすぎますっ! これじゃあまるで……ううん、これはきっと釣りですっ!」

 

 フィッシング? いや、釣り? 釣りって何?

 いやいや違う、何をこんなに慌ててるのさ雪風は。

 

「なんでもう追撃の態勢に入っているんですか!? なんで分が悪いにも関わらず、もう撤退の様相を見せるほどなのに! なんで深海棲艦は開戦を選んだんですか!? これは……これはっ!!」

 

「いや落ち着きなさいってゆきか――っ!?」

 

 ――深海棲艦見ゆ、深海棲艦見ゆ。

 

 うそ、でしょ?

 

「やっぱり……! 敵の狙いはここですっ! ユキさん! 資材集積所なんかじゃない! ここなんですっ!」

 

「は……?」

 

 ――各員速やかに護送船へ。陽炎、不知火、黒潮の三名は出撃。ここから撤退するための時間を作れ。

  

「陽炎さん達が……沈んじゃいます! ユキさん!」

 

「い、いやいや。雪風言ってたじゃない、あと二週間位先の話でしょそれは? 違うって、今回のヤツはきっとまた別のやつだって」

 

 未来を知っているんでしょ? それとは違うんだからきっとそうだって。

 あーでもこれでそうか、雪風が持ってる未来の知識ってやつはもう保証切れなのか。

 あーあー……なんだかなぁ、その通りになるって……言ってないか、でもそうだと確信したから言ったはずでしょう? なら私のやる気がなくなっても仕方ないよね。

 

「陽炎さん達たった三人ですよ!? あの人達がいくら強いって言っても、無理です! 私達だって無事にここから撤退出来るかの保証だってないんです! ユキさん!」

 

「だからって今の私に出来ることなんてないよ。強い人が三人いて無理なら、へっぽこ一人加えたって一緒だよ。それに言ったじゃない、戦えるようになったらって。私、まだまだ戦えないよ」

 

 正論だ、正論のはずだ。

 今の私が戦いに混じった所で、足さえ引っ張ってしまうだろう。

 いないほうがマシだ、マシなんだ。邪魔をしちゃいけないんだ。

 

「――意気地なし」

 

「なん、ですって?」

 

「意気地なし! 卑怯者! 私を誰だと思っているんですか! 私は! あなたですよ!? 後悔したくないから! 後悔せずに済むような理由を無理やり探そうとしないで下さいっ!!」

 

「違うっ!!」

 

 違う、違う違う違う!!

 

 何処からどう考えても私が正しい!

 まだ戦えない私は! 未来で戦えるようになるために力をつけることこそが大事なんだ!

 だから今は逃げる、逃げるのが正解なんだ!!

 

「いいですよ! 逃げたら良いじゃないですか! そうしてずっと戦わないまま死んじゃえば良いんだ! これから無数にある後悔へ沈んじゃえっ!!」

 

「煩いっ!!」

 

 なんだ? なんだなんだなんだ?

 なんでここまで言われなくちゃならないんだ?

 

 無数にある後悔?

 知るもんか、先に立たないから後悔だ。立っていないフラグを無理やり立たそうとするんじゃない。

 

 良いよ、逃げるよ私は。

 後悔しなきゃいいんでしょ? だったらしないよ、しないために逃げるんだ。

 

「……お願いします。ユキさんが逃げるための時間は、陽炎さん達の犠牲で作られる時間です。私は……私なら、そんな時間の上に立つだけで、きっと後悔するんです、してきたんです」

 

「知らない、知ったような口聞かないでよ、知らないんだから」

 

 私を、私を知ったような口で、刺さないで、抉らないで。

 

「さっさと撤退よ、雪風」

 

「もう会えなくなるんですよ!? 陽炎には会えるかもしれない、黒潮にも不知火にも会えるかもしれない!! でも! 教官と呼べる人には! もう会えないんです!!」

 

「撤退!!」

 

「ユキっ!!」

 

 嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ!!

 戦わない、戦えないんだよ私は!

 

 ――ゆっくり戦える人になってね。

 

 そうだよゆっくりでいいんだ。そう許してくれたじゃないか陽炎教官だって。

 ゆっくり、ゆっくり身体を気持ちを整えたら良いんだ。

 

 あぁそうだ、そうしたら遺書を書こう。

 誰に宛てたわけでもない遺書を。

 

 私は……私は……。

 

 それで、良い。

 それで、良いの。

 

 ……本当に?

 

 本当に、良いの?

 

 ――そのための時間は、私が、私達が作るから。

 

 作ってくれる人を失えば、今度は誰が私の時間を作ってくれるの?

 あの人は、そうだあの人は最初から……。

 

「撤退、撤退……!!」

 

 ほら、見えてきた。

 あぁ、護送船っておっきいな、あれなら大丈夫。きっと大丈夫沈まない。

 

「――っ!?」

 

 地面が、空気が揺れた。

 何の音だろう、いいや分かってる。これは戦いの音。

 後ろで、誰かが……私を、私達を守る人が戦っている音。

 

 ありがとう、教官。

 おかげで、私は。

 

 私は――。

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