二周目雪風は人間に戻りたい   作:ベリーナイスメル/靴下香

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一年目・戦闘開始

 穏やかな水面が反射する太陽へ目を細めて、変わらぬ景色に混じった戦場の臭いへ眉根を顰める三人。

 

『確認された敵深海棲艦の主な艦種は軽巡洋艦と駆逐艦だ。貴様達の力量で倒せない相手ではないだろう、しかし――』

 

「数が多い、よね? 分かってる」

 

 波止場より出て少し、背後にはまだ養成所が見える距離。

 陽炎、不知火、黒潮が立つこの位置、それは相手の砲撃がギリギリ養成所に届かない場所。

 

 つまりは、絶対防衛ライン。

 大地と踏みしめる感触は違えど、伝わってくる重みは同じ。

 

『沿岸砲の支援は言うまでもなくないよりマシ程度だと思え。的中すれば駆逐艦程度なら撃沈できようが、精度はお察しだ』

 

「それも分かってる。むしろ抜かれたヤツへの砲撃に集中して」

 

 全てを了承済み、納得済み。

 無線越しに聞こえる付き合いが長くなった司令へと、なんでもないように陽炎は笑って言う。

 

『……済まないな』

 

「あら珍しい。どういう風の吹き回し?」

 

 かつてやったやり取り。何度も繰り返した伝達作業。

 そんな中に入り込んだ謝罪の言葉、いつもなら聞かなかった振りをして作戦概要を聞くはずなのに横道へ逸れてしまったのは何故か。

 

『貴様達も未来を守る希望だと言うのに』

 

 出撃命令は躊躇なく下された、陽炎たちも躊躇なく頷いた。

 

 背後では護送船へ乗り込み始めているだろう、今希望と呼ばれている艦娘達。

 それを守るために過去希望と呼ばれていた艦娘が犠牲になる。

 そう、犠牲だと分かっていた。どうあがいてもここは守りきれないと理解していた。

 出来て時間稼ぎ、新人という希望を逃がすための時間を、命を賭して作り出す最後の任務だと。

 

 そういうものだ。仕方のないことだと、戦いの軌跡に教わった。

 自分たちが知っている中でも、きっと知らない範疇であってもこれは繰り返されたことだと。

 

「……らしくないわよ司令官。私、嬉しいわ。もう私達はロートルもロートル、いつ艤装が動かなくなってもおかしくないような死に損ない。最後に希望を守るため散られるのなら、言うこと無い」

 

 陽炎の言葉へ不知火と黒潮が頷く。

 表情穏やかに、同じ気持ちだと示すように。

 

 遅くなった自分達の順番。

 それでも恵まれているとすら思った、多くの新人を送り出し、最後の最後でとびっきりの希望を垣間見た。

 

『……一時間だ。一時間あれば護送船は安全圏へと逃れられる。死力を尽くし、その時間を作れ』

 

「了解っ!!」

 

 覚悟の程を沈黙で胸に刻み、最後になるだろう命令を陽炎たちへ告げた。

 

 飛沫を上げて、大きく踏み出す。

 陽炎に続く不知火と黒潮。

 久しぶりに見た、自分たちの憧れ輝きを見た背中。

 

「やっぱ、この背中がいっちゃんかっこええな」

 

「ええそうね」

 

 今から向かうのは紛れもない己の死地。

 だと言うのにこの背中を見ていたら、そうとは思えないといつものように感じてしまう。

 

「何よ? 照れるじゃない」

 

「まぁまぁ、ええやん? 最後位」

 

「そうよ陽炎。毎回思っていたことよ」

 

 今更打ち明けられた憧憬にも似た感情。

 なんでもないと返されることを期待していた陽炎の頬へと朱が混じる。

 

「ったく、はいはい。そりゃありがとうございましたー! ……ありがとね」

 

 感謝の言葉はきっと波音に消されて。だが不知火と黒潮の笑顔は深まって。

 

「……覚悟のほどは?」

 

「何の覚悟や? ぎょおさんキメすぎてもうどれかわからんくらいや」

 

「そうね、もう随分重ねてしまったわ……いい加減、託しにいきましょう」

 

 最後に三人で一つ頷き。

 

「行くわよっ! 総員、抜錨っ!!」

 

「了解っ!!」

 

 

 

 この光景が後世に遺せないことを、養成所司令は残念に思った。

 

 陽炎、不知火、黒潮。

 それぞれがまさに一騎当千とも言える活躍をしている様。

 従来海軍艦隊戦であれば想像もつかなかっただろうありえないと言っていい。

 

 駆逐艦娘、その技術の粋を集めたと言っても過言ではない程の動き。

 今も尚、並ぶ者こそいるだろうが、この三人を超える駆逐艦艦娘の存在は無い。

 それほどまでに今まで戦果を打ち立て、艤装各機関の老朽化が進んだ今も尚その戦果に偽りが無いことを証明している。

 

 最初に先発隊だろう、敵水雷戦隊。

 確認できるや否やまるで蜂だ。隊列散開、集結を細かく繰り返し、三隻にも関わらず群れで行う狩りを思わせる動きで敵を撃滅する。

 後続の部隊だろう現れる方向を予測し、魚雷が発射され――それは見事に敵の出鼻を挫く。

 

 最高峰。

 そうだろうこの三人は、そしてそんな存在をここで失ってしまうことが残念でならない。

 

 覚悟は、していた。

 

 こうして戦況へと目を見張らせている間でも、もしかしたらこのまま勝てるかも知れないなどという幻想を抱かないよう苦心もしている。

 そうなのだ、彼女ら程の存在を有して尚、深海棲艦との戦いは終わっていないのだ。

 

 彼女たちだけではない、散っていった、あるいは日常へ帰った英雄と呼べる幾人もの存在。

 多くの深海棲艦を撃沈し、大きな戦いを乗り越えて尚、終結しない戦い。

 

 ずるずる、ずるずると続き、今では戦いこそが日常であり、守っていたはずの日常まで戦いに侵食されてしまった。

 おかしいと思わなければならないのだ、未来ある若者、青春を過ごし、色恋を楽しんでいいはずの少女達。

 それらを犠牲にして戦わなければならないということを。

 不満を吠え立てなければならないのだ、どうしてだと。

 小さなことでもいい、なぜ昨日まで買えたはずのものが買えないのかと。

 

 それが普通などと、決して納得してはならないのだ。

 

 司令の拳が音を立てて握られる。

 自分が、女であるのなら、あの場で肩を並べて戦えていたのなら。

 それでも変えられないと理解はしている、だがそれでも悔しいのだ、ただ軍で知識を蓄え多くの経験を積んだからと得た地位。

 世の中をそうさせたのは軍人である自分たちであったとしても。

 決して、若い命の先に立ち、あっていいものではないのだ。

 

 そう、司令は歯を食いしばる。

 

「……っく」

 

 戦況が、ゆっくりと押され始めている。

 陽炎達が撃破した敵艦隊は四つを超えた、超えた時二隊同時に現れた。

 

 どうするべきか。

 本来の時間稼ぎという目的を達成するならば三隻を分隊するという手段、それは一人を囮に……いや犠牲にすることで、取らなければならない手段でもある。

 だがここに来て司令に迷いが生じた、先程の苦悩がただでさえ難しい判断を更に困難へと昇華した。

 

 ジリジリと後退せざるを得なくなった陽炎達。

 自分たちで一人の犠牲を選ぶとしても良かったが、最後まで一緒にという気持ちもあった。

 故にその判断は司令が。下した判断に殉じると陽炎達は既に言っている。

 

 こんなことで悩む人間では無いはずだ。

 多くの兵を消費する場面で、眉一つすら動かさず死ねと命じてきた自分にあってはならない悩みだ。

 

 決断は素早く、的確に。

 

 遅くなった。

 しかしまだ手遅れではない。

 

『陽炎――』

 

 無線に手を伸ばし、陽炎へと繋いだ時。

 

「な――!?」

 

 波止場から、一つの影が海へと着水し、勢いよく飛び出した。

 

 

 

「司令っ! 司令っ!?」

 

「陽炎っ! どないしたっ!?」

 

 一瞬繋がった無線。

 慌てて操作する陽炎だが、どうにも繋がらない。

 

「まさか電波妨害……!?」

 

「……わからない。けど、そうだとするならあんまりにも計画的過ぎる」

 

 繋がらない以上、戦闘中に思考をその理由に傾けている余裕は無い。

 陽炎は一旦捨て置き、被害状況を確認する。

 

 陽炎、小破。

 不知火、小破。

 黒潮、損傷軽微。

 

 まだまだ戦える。

 しかしそれは損傷から見る状態でしかなく、燃料は十分にあるも多すぎる敵の数に弾薬が心許ない。

 

 時間を見れば残り三〇分。

 あくまでも予測の一時間、確実に安全を保証したいのならば敵の侵攻が何処まで続くか定かではないが、後一時間は稼ぎたい所。

 

 ――どうする?

 

 仮に燃料等の不安がなく、この程度の相手が続くならば時間自体は確保できるだろう。しかしそういうわけにも行かない。

 ましてや見えた増援は二艦隊。手は足りなくはないが、相手をするに弾薬が足りない。

 

 後退しながら対応して、沿岸砲の援護が貰える位置で戦うべきか。

 分隊は最後の手段だと陽炎は考えている、一人囮にした所で侵攻をある程度食い止めることは出来るかも知れないが、補給に要する時間を考えれば更にもう一人必要となる。

 

「あと一人、いれば……!」

 

 思わず口から溢れてしまう。

 あと一人居た所で、打開策を執れる確証があるわけじゃないし、その戦力に求められるものはあまりにも高すぎるハードル超え。

 

「くっ……陽炎、このままじゃ!」

 

「分かってるっ! けど……!」

 

 不知火の顔に焦りが浮かび始める。

 多くの死線を潜り抜けてきたからこそ、早く焦りを感じ始められた。

 

 黒潮も感じている。

 元々無理は上等な作戦であり状況。

 最低目標は時間稼ぎ、それすら達成することは危ういと。

 

 もしももう少しだけでも早く、誰かを犠牲に出来ていたなら。

 

 ここまで次の一手を悩む時間は必要なかったはずだ、しかし司令との連絡は繋げられてない。

 

「不知火」

 

「っ!? ……ええ」

 

 黒潮が牽制射撃を行い、同時に不知火へと視線を交わせた。

 

「!? ちょ、ちょっと!?」

 

「ま、これしかないやろ」

 

「陽炎は補給へ戻って下さい、それくらいの時間は稼ぎますから」

 

 隊列を崩して、陽炎の前へと二人は出る。

 

「ちょぉっち遅かったけど、まぁ陽炎、なんとかしてくれな」

 

「日本を、未来を……よろしくおねがいします」

 

 最後に一つだけ、笑みを浮かべて。

 元からしていた覚悟だ、実行するのに躊躇はない。

 陽炎自身、二人の瞳を見て止められないと悟ったし、培った戦人としての自分が正しいと言っていた。

 

 だが。

 

「無理だって。ほら」

 

 後ろを見れば、養成校との間を遮るように回り込んできた敵艦隊。

 

「あっちゃー……」

 

「はぁ、私達らしからぬミスでした」

 

「そうね。まぁ……敵艦隊は三、そして私達も三人。ちょうどいいんじゃない?」

 

 敵艦隊、いずれも軽巡洋艦を旗艦とし、駆逐艦を引き連れた水雷戦隊。

 深海棲艦が表情を浮かべることが出来るのなら、きっと腹の立つドヤ顔を覗かせていただろう。

 

「まぁっ! 悩む必要なくなったっちゅう話やで!」

 

「ええ、実に簡単ね。一人一隊、わかりやすいわ」

 

「そういう事! ……各員行動自由! ここが踏ん張りどころよっ! いつものようにっ! 勝って凱旋といきましょう!!」

 

 ――了解!

 

 

 

 三人は散開。

 それぞれが目標とした相手へと突撃した。

 それぞれが死地だと認めた場所へと歩を進めた。

 

 悲壮感はない。

 今から死ぬと分かって尚、心にあるのは共に帰るべき場所へと帰ることが出来た自分の姿。

 

 それでも、敢えて。

 敢えて一つだけ、些末に過ぎない程の後悔があるとするならば。

 

 ――恋くらい、したかったな。

 

 そんな思いが胸に過ぎって、陽炎の口角を上げた。

 

 その時。

 

「――は?」

 

 目の前で深海棲艦が爆ぜた。

 陽炎は何もしていない、むしろたった今照準を合わせ砲撃を放とうとしていた所。

 だと言うのに、重ねて黒煙が立ち上る。

 その数は一つ、二つ……呆気にとられてしまった僅かな時間で次々と増えていく。

 

「なに、が……?」

 

 つい数瞬前まで感じていた濃密な死の気配。

 それが黒煙と共に晴れていき、開けた視界の先に居たのは。

 

「ゆき、かぜ……?」

 

「はぁっ! はぁっ!」

 

 荒い息をつき、目には涙を浮かべ手足を震わせて。

 今にも海へと膝をついてしまいそうになっている雪風(希望)が居た。

 

「な――何やってるの!? さっさと戻れ! 戻りなさいっ!!」

 

「はぁっ! はぁっ! し、しれぇ、かんより伝達っ! 前線で戦っている一部の艦娘がこちらに向かってくれています! 到着まで約一時間!」

 

 援軍の言葉を嬉しく思うのも一瞬、ここが何処だと思っているのか。

 それは両者に言えることだろう、雪風は見るからにもう動けないと思える精神状態に陥っていると思えたし、陽炎自身戦場だと言うのに周囲を確認することもなく雪風へと駆け寄った。

 

「バカッ! 何のために私達がここで戦っていると思ってるの!? 状況伝達はわかったありがとう! だから早く、早く戻れっ!!」

 

「はぁっ……はぁ……ち、がう」

 

 小さくイヤイヤをするように首を横に振る雪風。

 何が違うのか。違うことがあるとすればここに雪風がいるという想定外。

 

「何がっ!? あんた何やってるか――」

 

「違いますっ! そうじゃないでしょう!? 陽炎さん(・・)が言うことはそうじゃないっ!!」

 

 言葉を重ねようとした陽炎を遮ったのは雪風の咆哮とも言える声。

 

「もう限界なんです! ここに来たこと、来てしまったことも! わけがわからないんだ! これが間違いなんて知っています! 戦いなんてまっぴらごめんだ! さっさと帰りたいに決まってる! だから(・・・)違うでしょう!? 陽炎さんが言うことは! そうじゃない!」

 

 雪風の気迫にその言葉にたじろぐ陽炎を。

 

「危ないっ! こんのおおおお!!」

 

 突き飛ばし背後から狙いをつけていた敵艦へ放った雪風の砲撃は、見事に直撃した。

 

「はぁっ! はぁっ! もうっ! 戦えないんですっ! 自分で戦いたいなんて思えるわけがないっ! こんな怖くて痛いこの場所から一刻も早く立ち去りたいっ! 私じゃダメなんですっ! 私だけじゃダメなんですっ!! だからっ(・・・)!」

 

 変わらず震える腕と足。

 目から溢れた涙は海へと消えた。

 

 理性は言っている。

 早く戻さないといけない、人類の希望を安全な場所へと。

 

 だが本能が言っている。

 

 雪風は。

 

「私や不知火、黒潮に弾薬の余裕はない。出来てあなたのフォローだけ」

 

「――はい」

 

 雪風は、未来(きぼう)だと。

 

「不知火、黒潮の救援へ急ぐっ! 行くわよっ!!」

 

「了解っ!!」

 

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