オルクス大迷宮第二十階層。
生徒達は、今回の訓練の目的階層にたどり着いた。
「よし、ここが二十層の入り口だ。朝のミーティングのとおり、この階層の一番奥までたどり着くことで今回の訓練を終了とする。油断するなよ、無事に帰るまでが訓練だ」
これまで、ほとんどの魔物を一蹴してどことなく楽勝ムードが漂っていた一同は、その言葉に気を引き締める。
マッピングが完了しているとはいえ、迷宮内が危険なことに変わりはない。それに、そろそろトラップの内容が凶悪になってくる頃だ。移動する度に騎士団員が前もってトラップの確認をしていたおかげで一度も引っかからずに済んでいるが、何が起こるかはわからない。
「みんな!ここも無事に乗り切ろう。誰一人欠けずに帰るんだ!」
メルドに続き、光輝の鼓舞が皆に響く。彼の高いカリスマ性のおかげで彼らの士気は上々、これだけ高ければ魔物に遅れを取ることはないだろう。
全員が無事に帰る。これはハジメも同じ気持ちだ。
「風華、頑張るよ」
「……ん」
風華がハジメの手を握る。そこに不安感といった感情は無く、絶対的信頼があった。
本日最後の迷宮攻略が始まった。
第二十階層は入り組んだ細い通路が広がる迷路だ。通路の幅は二、三人が通れる広さがあるところもあれば、一人づつしか通れないような狭い道を通る必要があった。
戦闘になれば武器も満足に振ることが出来ず、陣形を組むことも出来ない。加えて、分帰路がいくつもあり、入念な準備をしなければ、道に迷いやがて食糧が尽きてたちまち帰らぬ人となるだろう。
自由に好きな場所に転移する魔法が神代には存在したらしいが、現代では失われた技術だ。転移するようなことがあれば、それはほぼ100%が迷宮のトラップだろう。そのため、迷宮から帰るためには歩いて戻るしかない。
また、食糧が無いからといって魔物の肉を食すこともアウトだ。魔物の肉には魔石が変質させた魔力が浸透しており、それは人間にとっては猛毒だ。食べれば身体が内側から崩壊し、死に至る。
道中のメルドの解説では、まだこの階層では通路に魔物は出現しないらしい。そこは本当に幸いだ。そのため、この階層最大の敵は、先述のとおり迷宮の複雑な構造だろう。
一行は狭い通路をゆっくりと進む。大人数で進行しているおかげで、遅々として進むしかないのだ。
同じような風景が続いていることで、生徒たちはどんどん疲労がたまっていく。小部屋に着くたびに休憩を取っているが、そろそろ限界だろう。
ステータスがいくら高くても、メンタル面が直結しているわけではない。
「この先がこの階層の最奥だ。次で最後だ、気張れよ!」
小部屋に着いて休憩する生徒たちにメルドは言う。その言葉に彼らはギリギリ残っていた気合いを入れ直す。
「風華、大丈夫?ほら、水いる?」
「……ん」
床に座り込む風華にハジメは水筒を渡す。彼女はこくんと頷きそれを受け取る。
水筒を傾け、こくこくとゆっくり水分を補給する風華。彼女の顔は疲労が隠せず、横になればすぐにでも寝れそうだ。迷宮内部の空気の重さがそれを増長させる。
彼女は思う。帰ったら今度はちゃんと体力づくりをしよう、と。
実際、風華はここまで何度かハジメの背中のお世話になっている。第八階層までは自力で歩いていたのだが、一度背負われてからは徐々に間隔が短くなっていった。
女子生徒であろうと、ここまでの道のりは風華以外全員がしっかり自分の足で歩いている。ステータスの恩恵もあるが運動系ではない香織ですら、それは同じだ。
たった一人背負われている恥ずかしさはあるが、風華はこの際にハジメの背中を存分に堪能していた。
風華は、すぐ隣で休むハジメを見る。
ウォルペンの下で肉体労働を続けていたためか、ハジメの身体には、トータスに来る前と比べると筋肉が程よくついていた。この調子で成長すればいい感じの細マッチョもありえるだろう。
背負われたときにこっそりと胸筋や二の腕を触って確かめたが、兄の肉体は少しガッシリしてきた。昨日も思ったことだが、あの強くも優しさを感じる力で撫でられたときの心地よさは今まで以上だ。
もしも、あの腕に抱きしめられたら、潰されたら、どれほど気持ちよいだろうか……?
「……フフッ」
さりげなくハジメにもたれかかる。どうした?と気にかけてくれる兄。
「……あと少し。がんばろ」
「ああ、頑張るぞ」
今は、もたれかかるだけだ。
(いいなぁ)
それを見ている香織は、やはり風華をうらやむ。
彼女の位置は集団の先頭の部隊。ハジメたちの位置は最後方と言ってもいい。両者の位置は両極端だ。
本音、というか当然とも言えるだろうが、彼女もハジメの背中のお世話になりたかった。
しかし、自分は生徒たちを導く光輝のパーティメンバーだ。生徒たちの中核である自分が隊列を乱すのが不味いことは彼女も理解している。疲労具合こそ、同じ後方メンバーの恵理とどっこいどっこいだがステータスの恩恵で風華程ではない。
それでも、風華が羨ましい。自分もハジメに甘えたい。
「……いいなぁ」
「口から洩れてるわよ」
彼女も思っていなかったのか、隣にいた雫に指摘されハッとなり口を手で覆う。
キョロキョロと首をなるべく動かさず、目だけで周囲を確認する。
他の生徒たちは、各々の休憩に手一杯で香織の呟きに気づいた者はいないようだ。ほっと胸をなで下ろす。
最も、香織がハジメに抱く気持ちにはほとんどのクラスメイトが知っているのだが。
「まあ、気持ちはわかるわ。それでも、ここは何があるかわからない迷宮よ。今は抑えてちょうだい」
「う、うん。そうだよね。……でもなぁ」
油断するな、という雫の忠告。香織もそれは理解してはいるが、どうしてもハジメたちが気になってしまう。
そういう雫は、壁にもたれかかるように座り、じっと通路の奥を見据えている。剣を抱きかかえ、柄に手をかけておりいつでも抜刀が出来るように構えている。思えば、彼女は迷宮に入ってからずっとこの調子だ。
雫はちゃんと休憩出来ているのだろうか。香織はそれを聞こうとした。
「休憩終わり!最後の部屋に行くぞ!」
そこで、メルドの号令が響き渡る。それと共に生徒たちは準備を始める。
「行きましょう」
そういうと雫は立ち上がる。
その親友の姿を、香織は追うのだった。
二十階層の最奥は、鍾乳洞のような柱が天井だけでなく壁からも生える複雑な地形だった。鍾乳洞の森とも呼べるかもしれない。この先が二十一階層に続いているらしい。
「!!皆、警戒するんだ!見えないけれど何かいる!」
部屋に入った瞬間、気配感知で何かを察したのか、光輝が鞘に収まった剣に手をかける。
「光輝の言う通りだ。ここの魔物は擬態しているぞ!周囲を注意深く観察しろ!」
光輝だけでなく、メルドもそう言ったことで、生徒たちは警戒態勢に入る。
ハジメも、風華にいつでも支援を出来るよう手を握ってもらうことにした。
一行は警戒しながら鍾乳洞の森を進む。
そうしてどれだけ歩いたか。先頭を歩く光輝が剣を抜く。
「来るぞ、目の前だ!」
それと同時に、突き出た壁の一部が変色しながら動き出す。
敵の正体は、褐色の肌にゴツイ身体を持つゴリラだった。どうやらカメレオンのような能力を所有しているようだ。
「やつはロックマウントだ!あの腕に気をつけろよ」
メルドがそう言い切らないうちに、ロックマウントは光輝へと殴りかかる。すかさず龍太郎が前に出て突き出された拳を弾くが、光輝と雫は縦横無尽に生える鍾乳洞が邪魔で囲むことが出来ない。
一方、ロックマウントも龍太郎を突破出来ずにいた。龍太郎は自分よりも大きい相手に、互角に戦っている。さらに、後方から強化魔法をかけられたおかげで、徐々にロックマウントを後退させる。
やがて、このままでは無理だと判断したのか、ロックは後方に飛び上がり距離を取る。そして、後ろにのけ反るほど深く息を吸う。
その行動に嫌な予感を感じた光輝は距離を詰めようと足を前に出す。
しかし、ロックマウントは次の行動に移行する。
「グゥガガガァァァァアアアア!!!!」
部屋全体が振動する咆哮が響き渡る。その威力は、最後方にいたハジメたちでさえ
固有魔法[威圧の咆哮]それが、この咆哮の正体だった。
固有魔法とは、魔法陣や詠唱を行えない魔物が一つだけ持っている魔法のことだ。今のように詠唱などが不要で即座に使用してくるため、魔物が油断ならない存在たらしめる能力だ。
この[威圧の咆哮]は、発する咆哮に魔力を乗せ、対象を麻痺させる能力だ。麻痺させる範囲はそこまで広くはないが、咆哮自体が後方まで届くほどの爆音でもある。最前線で食らえばひとたまりもないだろう。
「ぐっ!?」
「な、なんだこりゃあ……」
「……ッ」
事実、前線にいた光輝たちは動けない。その様子を見たロックマウントは手近な岩を掴んで持ち上げる。
「ま、まさか……!風華、支援お願い!」
「ん!」
その行動から導き出される答えは一つ、あの岩を投げる気だ。それに気づいたハジメは、風華からの支援を受けて錬成で壁を作ろうと考えるが、人壁が邪魔で前線に出れない。
「南雲先輩!三秒したらあたしの足元に足場!上へ!」
「えぇ!?」
「いいから!」
焦るハジメに美穂から突然のオーダーが入る。
その意味を問いただしたいところだが、相手はもう投球モーションに入っている。聞いている暇はないだろう。
「ああもう!錬成!」
ロックマウントが岩を投げる。それは角度的に勇者パーティの後方メンバーを狙ってようで、香織たち目がけて飛んでくる。
ギリギリ麻痺の効果範囲外にいた香織たちは魔法で撃ち落とそうと詠唱に入るが、それは予想外の光景に驚愕し、止められる。
飛んでくる岩が動き出す。それもまたロックマウントだったのだ。
「ヒイィ!?」
迫るロックマウント。その顔はメスを喰らう獣のそれであり、女性としての危機を感じた彼女たちはおびえてしまい、魔法が発動されない。
そして、それは突如として軌道を変え、地面に激突した。
「あっぶな……投げられたのもあのゴリラとかありなの?」
激突させた者の正体は、後方からハジメの足場で飛び上がってきた美穂だった。彼女は奥のロックマウントが投擲したものを叩き落とそうと飛び出したのだが、それが別のロックマウントだとは彼女も思わなかったらしい。
落とされたロックマウントは動くことが出来ない。そして、その隙を逃さず向かう者がいる。
「死になさい」
白刃一閃。雫が振るった刃は魔物の首と胴を斬り離す。切断面から吹き出た血が彼女を赤く汚し、その臭いに雫は顔をしかめる。
「貴様……よくも香織達を……許さない!」
そして、ここにも怒りに震える若者が一人。香織たちがやられかけたことでキレた光輝だ。
彼は詠唱を始め、聖剣に光が集まっていく。
「――天翔閃!」
光輝が剣を振ると、光が軌跡を描いて飛んで行く。その光は逃げ出そうとするロックマウントを切り裂き、壁まで巻き込んで崩壊させたところで止まった。
「ありがとう美穂ちゃん。おかげで助かったよ」
「いやいや、何でもないですよ」
光輝が、考えなしに大技を使い、メルドに怒られている中、香織は美穂に礼を言う。
「あれ見て!何か光ってる!」
崩落した壁を見ていた鈴が、土煙の中で何かを見つけた。声に釣られて全員がそこを見やると、青白く発光する水晶が壁から咲いた花のように生えていた。
その輝きにハジメは見覚えがある。ウォルペンの工房の一角に置かれていた石と全く同じものだろうか。
「確か……グランツ鉱石」
「ほぉ、よく知ってるな」
口から出たハジメのつぶやきをメルドは拾う。
「あ、はい。ウォルペンさんの工房に一欠片だけどあったんです。本来は鍛冶よりも贈り物とかアクセサリーに利用されることが多いとか……」
鍛冶には使わなそうだということはハジメも一目見てわかった。なんでここにあるのかを聞くと、人からのもらい物らしい。
「贈り物かぁ……」
ハジメの説明を聞いていた香織は、その輝きに魅入られる。彼女もこういったものに興味はあるのだろう。
そして、ちらりとハジメを見る。その熱のこもった視線は、残念ながら本人には気づかず、別の人物が気づいた。
そのハジメは、ふと疑問に思っていた。
あの鉱石、綺麗すぎないか?と
グランツ鉱石の硬度はまだ知らないが、それにしたって傷が無さすぎるのだ。あそこは光輝の放った斬撃が直撃した場所だ。斬撃が届いていなかった、と言えばそれまでだが、だとしても壁の崩落には巻き込まれるだろう。あのような生え方ではどこか欠けても、というか欠けていないとおかしい。
「……にぃ?」
檜山たちが鉱石の回収に向かい、それをメルドが止めるが彼は無視て崩れた壁をすいすい登る。
ハジメは考える。
[聖絶]という結界を張る魔法がある。それをかけられていたとしたら?何故?そう考えると真っ先に出る答えがある。
「罠……!」
「団長!トラップです!」
ハジメの声は、罠を見破る魔道具[フェアスコープ]を覗いていた団員の声と重なる。
その警告は一足遅く、檜山の手はグランツ鉱石へと触れた。
直後、彼らの足元に魔法陣が展開される。
メルドの撤退という指示もむなしく、彼らは召喚された日のように光に包まれた。
次回でやっと奈落に行ける……かな?