そして今回も終わり方は雑です。
「に……ぃ……」
前にのめり込むように倒れるハジメを、風華はとっさに支えようとする。しかし、小さな彼女ではハジメを支えきれず、ドシャッともつれるように地面に倒れ込む。
「あギッ……!!」
地面に叩きつけられた衝撃とハジメの力の無い身体の重さが、火傷だらけの彼女に痛みを与える。喉を焼かれ、悲鳴も満足に出せない彼女は、その痛みにかすれた悲鳴を出し、もがき続ける。
やがて、痛みに少し慣れてきた頃、風華は覆いかぶさるハジメの身体を見た。
自分の炎でところどころ焼けた服から露出する肌は、自分程ではないが火傷跡が見える。切断された左腕からは今もなお、赤黒い血を彼の身体から流し続ける。他にも、身体中の至るところに擦り傷や切り傷、打撲の跡など、彼の身体は満身創痍といっても過言ではなかった。
そして、その全てがぼやけて見える。どうやら、自分の視力も、失明とまではいかないが、ほぼ機能していないらしい。
「……――ッ!?ゲホッ!ゴホッ!」
治療しなければ。そう思った彼女は治癒魔法の詠唱を唱えようと口を開く。効果があるかはわからないダメ元の挑戦だった。しかし、彼女の口からは血液混じりの咳しか出ない。
(こんなとき、
治癒師である香織ならば、風華が使う治癒魔法よりも効果は大きいし、今の状況でも詠唱が少ない分、風華より唱えやすいだろう。しかし、今この場に香織はいないし、自分では唱えることも出来ない。
物資もほとんどが失われている。このままでは兄も自分も助からないだろう。
風華はこの絶望的な状況に、気が遠くなっていくのを感じた。
「ああ……」
全身から力が抜けていく。兄の身体がより一層自分に沈み込んでいくのを感じる。その重さと新たな痛みは風華の身体にどこか心地よさを与えていた。
兄の腕の中で死ねる。最愛の人と二人きりで静かに死ねる。絶望の中の唯一の希望に、彼女が目を閉じ、その身を委ねる。
そこでようやく、ちょろちょろと水が流れる小さな音が彼女の鼓膜を叩いていることに気づいた。
水。
水だ。
それを理解した瞬間、彼女の乾いた喉が、生存本能が水を求めだした。本能に従い、風華はゆっくりと首を巡らせ音を探る。
音が壁に反響して見つけづらかったが、どういうわけか強い魔力の反応があり、方向を見つけることは容易かった。音の大きさからどうやら、小さな水流のようで、距離もそう離れてはいなさそうだ。
それを確認した彼女はハジメの身体からゆっくりと抜け出し、ふらふらと床を四つん這いに進みながらそれに近づく。
壁を伝い流れ落ちる水を手探りで見つけ、両手で掬って喉へ流す。次の瞬間、彼女は先ほどと同じ行動を何度も繰り返していた。
おいしい。自分が今まで飲んできた水よりもはるかにおいしいと感じる。
一心不乱に水を飲み続ける彼女は、ふと、何かに気づき、その手を止めた。
水に触れていた手の火傷がよくなっているのだ。その他にも、全身を襲っていた痛みは無かったかのように引き、視力も元通りとまではいかないが、先ほどよりも良く見えている。
「……すごい、なにこれ」
思わず出た声にはっと喉を触る。かすれた声しか出なかった喉が治っている。
「……これなら」
これなら兄を治せる。そう判断した彼女はすぐにハジメをゆっくりと水源まで引きずり、一番怪我の酷い左腕に水をかける。すると、みるみるうちに腕の出血が治まり、傷が塞がった。これで失血死は免れた。
あとは水を飲ませれば兄も回復し目を覚ますだろう。しかし、彼女がいくら水を掬って口元へ運んでも、彼の口の端からこぼれ落ちてしまう。
「……うん」
どうにか飲ませることが出来ないかと、彼女は考え、一つ方法を思いつく。彼女は即座にそれを実行した。
「……んっ」
彼女は水を掬い、その手を自分の口元へと持っていく。そして、水を含んでから彼に口づけし直接流し込む。
口の中の水がなくなっても、風華は口を離さなかった。
数秒、あるいは数分経って彼女は顔を上げる。
その頬には一筋の涙が流れていた。
「……」
こんなことで、兄への初めてのキスをあげたくなかった。こんな奈落の底じゃなくて、もっと幸せな中であげたかった。
そう出来なかったのが悲しくて、悔しくて、でも兄との感触はやさしくて。
彼女は静かに涙を流し続ける。
やり直すように、もう一度だけ顔を落とした。
ハジメが目を覚ましたのは、風華が水を飲ませてから十分程経った頃だった。
「う、ぐぐぐ……いてて」
意識の戻った彼の身体に痛みが走る。しかし、それは身体中の外傷からというよりは、固まっていた身体を動かす感じだ。床に毛布だけで包まって寝たときに起きたときの感覚に近いと彼は思った。
「……よっこらせえのぶっ」
ひとまず、寝た身体を起き上がらせようと両手で身体を起こそうとしたところで、彼はバランスを崩し再び元いたところへと戻る。再び身体に痛みが走るが、頭部だけにはやわらかい感触が返ってきた。
「……ん」
身体のバランスの異常や、後頭部の柔らかさなどの情報の多さに混乱するハジメの頭上から聞きなれた声がした。周りが暗くて見えづらくて気づかなかったが、誰かに膝枕されていたらしい。
そして、ハジメと一緒にこの場にいる人物は一人しかない。
「あ、風華……」
「にぃ……」
膝の主は風華だった。彼女は、ハジメの傷が塞がったことを確認すると、糸が切れたように意識を失っていた。
ハジメの視界に、黒い人影が入る。それが風華が上から覗き込んでいるというのはわかるが、周囲の状況が全く把握できない。
「そうだ、明かり……」
「……っ」
その呟きに、風華の身体が一瞬震えるが、腰のポーチを探ろうとした彼はそれに気づかなかった。彼は探ろうとしている手が右腕だけで、自分の左腕が存在しないことにようやく気づく。
そして、そうなった原因も思い出した。
「あ、ああ、あいつが……あいつが、腕、腕……」
ハジメの身体が恐怖で震える。奴がこちらを見る目が、こちらに迫る奴の腕が、千切れ飛ぶ自分の腕が、飛び散る己の鮮血が彼の思考を侵食していく。
「ああ、ああああ」
自分を覗く影に奴の赤い目が現れる幻覚が見える。失われた左腕が幻肢痛を訴える。その痛みに耐えるように、彼は身をよじらせた。
そのとき、彼の頬を風華の手が包んだ。その手の感触がいつもの柔らかさと違い、どこかカサカサ、ゴワゴワとしていることに彼は違和感を覚え、正気に戻った。
「あ、え、風華……?」
「……にぃ、大丈夫。ここに怖いの、いない。風華だけ」
そのとき、彼はようやく自分のしようとしていたことを思い出す。
再びポーチを探る。ポーチはところどころ破けており、中の物はいくつか落としたからか無くなっていたが、運よく目的のものは見つかった。
彼は握ったものに魔力を込める。すると、魔力に反応したそれは青色に弱く発光し周囲を照らす。彼が今使用したものは魔光石という鉱石だ。風華が訓練に使用していた魔色石とは違い、魔力を込めれば強い光を数秒間発し続ける石だ。純度の高いものは目くらましに使用されることもある。
その急な光に風華は思わず腕で目を塞ぎ、ハジメはその光景に言葉を失う。
彼女の焼けてボロ布同然だった服は、逃げるときにほとんど失われたのか、溶けた布の繊維が身体にはりついているだけの十分裸といえる恰好だった。その見える肌は全て火傷跡に覆われており、彼女の小柄であまり発達のない身体に痛々しさを残す。その火傷跡はどういうわけか奈落の底に来たときよりも良くなっているが、それがこの少女がこの傷と一生つきあっていくことを示しているように彼は思えた。
何故、彼女がこんな姿にならなければいけなかったのだろうか。
「……っ!見な……いで……」
「え、あっえっ!?」
風華の恥じらいの混じった小さな声は、その身体を悲し気な表情で見ていた彼を正気に戻すのには十分すぎるものだった。
魔光石の効力が切れ、辺りは再び暗闇に包まれる。
「……」
「……」
二人の間に沈黙が流れる。
やがて、ハジメの頭がゆっくりと降ろされ、柔らかい感触が無くなった。
「……あの、風華さん?」
「……ふふ、ふふふふ」
頭上から聞こえる義妹の笑い声。長年の付き合いの彼はそれがヤバいもの、もっと言えば王国での訓練でやらかした後に会ったときのよりもヤバいことを理解する。
あかん、これやけになったときのだ。
起き上がろうとした右腕と左肩が彼女の両腕に押さえられる。腹部の辺りに何かが乗っかる感触が伝わる。
「…………に~ぃい?」
「は、はい」
「そこから動いちゃダメだからね?」
「ごめん待ってわざとじゃないんですどうか待って助けてええぇぇ!!!!」
小さな空間に、男の叫びが木霊した。
ちなみに、彼は全力で抗い、どうにか守りきった。
頑張って、守り切った。
次回も目標一週間といいたいところですが、ちょっとやってみたい短編があるので少し止まりそうです。ジャンルは「ありふれ」とは一切関係の無いものですが、投稿した際にはもし興味があれば見ていただけるとありがたいです。