奈落の底を一つの小さな影が飛び跳ねている。
この階層の上位種とでも言えるであろうそれは、元気に獲物を探しまわっていた。
奈落の新参者たちが蹴りウサギと呼称している魔物である。それは時折立ち止まっては鼻をひくつかせ、また探しまわる。
そして、獲物を見つければ、自慢の脚力と空中移動による戦い方で獲物を仕留めていた。
これが、ハジメと風華が約三日間、壁の向こうに小さな穴を空けてそこからじっくりと観察してわかったことだ。
「やっぱり、あの足が強力だな……仕掛けれそうなタイミングわかるか?」
「……飛んでるとき、あえて天歩使わせる。使った直後が狙い目」
「おっけ、それじゃ次見つけたらやってみるか」
彼らは拠点で蹴りウサギに対する策を考えていた。
一先ず、今回の最終目標は「打倒熊」である。理由は、彼らがこの先階層を下って行くときに迷宮の性質上、熊以上の魔物が相手になるのは確実だからだ。そのため、まずは熊より1ランク下であろうウサギを倒すことを目標にしたのだ。
あのウサギの特徴は、発達した足とそこから発動する「天歩」という固有魔法だ。それによって生み出される驚異的な速度が最大の武器と言ってもいい。
そして、その速度に反応できる熊はもっと強い。考えれば考えるほど無理ゲーに思えてくるが、あの熊は生きている。
生きているならば、必ず殺せるはずだ。
そのためにまずは、情報を集めるところから始めた。錬成で壁に空間を作り、そこを移動しつつ、風華の魔力に物言わせた探知魔法でセンサーを張り、反応したらそこの壁に穴を開けて観察する。この方法を確立させるのに結構時間がかかったが、イメージして魔力を流してみるとそこからはあっさりと上手くいった。
そうして彼らはこの階層の構造の把握に専念した。地形、地質、魔物の習性を把握することが彼らの攻略方法に必須だったからである。今や、この階層のみならば他の誰よりも詳しい自信が二人にはあった。
その結果、さまざまな鉱石が手に入った。その中には火薬の代わりになるようなものもあったので、ハジメの考えている戦術を助けることとなった。
「それじゃ、持ち物確認。閃光手榴弾5個、破片手榴弾5個」
「……よし」
「次、神水のストック10本」
「……よし」
「次、撒き餌兼携帯食糧の魔物肉」
「……よし」
「そして僕の鉄の棒……予備含めて2本、よし」
それら全てを、ハジメのポーチへと詰めていく。ぼろぼろだったそれは、ハジメの残ったボロ同然の服を錬成した針金で無理やり縫い付けて機能するようにしていた。おかげで今の彼は上半身裸の状態なのだが、高ステータスのおかげで風邪を引く心配が(多分)ないのが幸いだ。
「……準備オッケー。いつでも行ける」
「だね、あとは寝る準備だけか」
そういうとハジメは、バケツの形をした容器を錬成し、部屋の隅に、ここに来る際に落ちた滝からある程度汲んでおいた貯水槽から水を掬う。
身体の汚れに関して、彼らは滝の水を汲んで、それを風華の炎魔法で温め、ポーチを修繕した際余ったハジメの服に濡らして拭くことでどうにかしていた。いくら自分たちだけの道を作ったからといっても、100%安全だという保障はないので滝まで汲み上げるは最初の1回以降無しということにして断念せざるを得なかった。
あえて使える限界量を決めて、それまでに熊を倒すという目標までのタイムリミットの役割も兼ねている。
ただ、風呂文化の日本人産まれの性か、これをするたびに思う。
((ゆっくりとお風呂入りたいなぁ……))
そう思うのだが、そうも言っていられないのが現状である。
ちなみにこの時間が風華の今一番の楽しみだったりする。
ハジメは自分の手の届く範囲は自分でやろうとしていたのだが、風華は、片腕では限界があるからハジメの身体は自分にやらせろとの主張した。
流石にそこまでさせるわけにはいかないと彼も思っていたのだが、風華の
「……今更見られて困る物、ない」
という言葉に少し納得してしまい押し切られてしまった。
これここから出るまで我慢できるのか、というかさせる気があるのか……?という彼の疑問はさておき、ハジメの世話をしている間の風華は本当に楽しそうなので、彼はそれを許すしかなかった。
そうしてあとは寝るだけである。相変わらず硬い地面だが、錬成である程度は柔らかくしているので最初よりはましだ。それでも結局のところは地面である。フローリングの床で寝るのとは全く別で、起きたときは毎回身体が痛む。高ステータスでもそこは変わらないらしい。
一先ずの寝床にハジメが横たわると、その横に風華がハジメの腕を枕代わりにして寝転がる。その上に風華の羽織っているハジメの上着をかけて寝るのが現在の生活だ。
「明日はウサギ狩りだな」
「……ん」
「明日も頑張って生き残ろうな」
「……ん!」
それじゃおやすみ、と互いにキスをして彼らは眠る。明日を生きるために。
ちなみに、風華が現状を我慢する気は半分くらいない。何なら寝起きちょっとだけ(健全な範疇で)襲ってる。
そうして迎えた翌日。
いつも通り朝食の不味い肉を腹に入れ、彼らはウサギを探しに行く。
あのウサギは基本的に単独で行動している。そして戦う際に邪魔が入りそうにない場所の大体の目星は、探索を行ったときにいくつかつけている。今日の目的地は拠点から一番近いところだ。
向かうときには蹴りウサギから手に入れた固有魔法である天歩とそこから派生した空力と縮地を使用して移動する。
この魔法は空中を跳んだり歩いたりできる魔法だった。鳥のように飛んでいるわけではないので、多少の制限はかけられるがそれでも行動範囲が増えることは大変便利だ。
地面を歩いて足音を立てることや、素早くメリットはあるが、魔力の消耗が激しいというデメリットがある。最も、今のところ神水を飲めば即座に回復できるため現状そこまで大きな問題ではない。
わざわざ消耗が激しい固有魔法を使ってまで移動しているのは消耗に慣れる訓練も兼ねているのだ。
そうして移動すること数分、目の前に魔物の影が見えてきた。
それは、3頭の二尾狼だった。狼は二人の姿を捉えると遠吠えを上げ、獲物へ襲いかかる。
「支援」
「錬成」
それを見た二人は慌てることなく冷静に壁に向かい、風華は支援を、ハジメは錬成を発動させる。
その瞬間、1頭の狼が飛びかかり……後ろの2頭の前から姿を消した。
突如、仲間が姿を消したことに、狼たちは足を止める。即座に仲間の居場所を探そうとしたところで、狼たちは自分の身体に上から何かが当たることを感じた。
狼たちが見上げるとそこには、
全身から岩を生やした仲間が、天井に磔にされていた。
それを認識した狼たちはそれを行ったであろう下手人に向き直り、
「錬成」
仲間と同じ姿へと変えられた。
彼らに言えるとしたならば。
敵の能力とステージが噛み合いすぎたとしか言いようがない。
「ん」
「……ん」
ハジメと風華は戦闘終了の合図として、互いの拳をこつんとぶつける。
彼らがやったことはそう難しいことではない。
地面に錬成をして杭を作り、それを射出しただけである。
ただし、支援魔法による生成速度と精度の強化が加えられているものだが。
彼らの考えた戦法。それは、錬成による地形の射出である。しかし、ただ棘を作ったのでは効果がないのは、狼の死体で検証済みだ。
では、支援による錬成でより鋭く、より強固な杭を素早く生み出し飛ばすのはどうだろうか。
そう考えたハジメと風華は、拠点で何度もトレーニングを行い、つい先日に実戦投入できそうだというところまでこぎつけたので狼に試してみた。
結果は今のように、杭は狼の身体を貫通して絶命させた。仮に生きていたとしても、次に待っているのは貫通した岩が再び錬成によって体内から岩棘の花を咲かせる末路だ。
ハジメが前言った「武器はいらない。沢山ある」という発言の理由がこれである。
地面、壁、天井、そこらから生えている岩。これら全てがハジメにとっての武器だ。
弱点は、風華の支援魔法が必須なことと、屋外や森林では射出できるのが地面に限られるということだ。砂や土が錬成対象だと威力が低いことも考えられる。
しかし、今現在においては、文字通り全てが強力な武器となる。
「今回もうまくいったな……あとはこれがウサギに通じるかだ」
「……ん、タイミング」
「だなぁ……使わせたあと即座に撃たないと」
そう言いつつ彼らは狼の群れだったものを引きずり、壁の中に錬成で通路を作り、安全なところで解体を始める。この倒し方の問題は、魔石ごと相手を砕いてしまい、魔石が無事に残っていることは少ないことだろう。どちらかというと肉や皮、牙といった素材が目当てである。運よく魔石が残っていた場合は風華の魔法行使の触媒行きだ。
「……お、魔石残ってた」
「……おー」
もちろん、本格的に解体するのは拠点へ持ち帰ってからだ。しかし、魔石を回収出来た場合、戦闘が楽になるので魔石の取り出しだけは毎回チャレンジしている。今回は幸運なことに1頭の狼から魔石を回収することができた。予想外の収穫に、二人は顔をほころばせる。
そうして、あらかた片付けを終え、神水で魔力を回復させた二人は、再び空中を移動し目的地へと足を進める。
今度は何の邪魔もなく、彼らは目的地へとたどり着いた。そこは、少し開けた小部屋とでも言える空間だった。
二人は早速、錬成で壁に隙間を作るとそこに入り込み、小さな穴を残して入口を閉じる。あとは蹴りウサギが通るのを待つだけだ。
待つ間に食事と、神水を飲んで魔力を満タンにすることも忘れない。
隠れて待つこと数十分。
別の場所へ移動しようかと考えていたときに、彼らの目当ての獲物はやってきた。
ぴょこぴょこと跳ねながら移動する小さな獣。間違いない、蹴りウサギだ。
小部屋に入った蹴りウサギは部屋の中央に来たところで、警戒するように辺りを見回し始めた。
「半分くらいバレてるな……やっぱ解体したあとは血を洗わなきゃだめか」
「……水魔法、頑張る」
そういいつつハジメは壁へ、風華はハジメの身体に手をつきそれぞれの魔法を唱える。
「支援」
「錬成!」
ウサギの真下から1本、さらに左右の壁から2本。計3本の杭が同時に射出される。
「キュ!」
ウサギはそれを驚異的な反応速度で全て回避した。
「ちっ、やっぱよけられたか!」
出来れば、今の攻撃で死んでほしかった。
しかし、ハジメたちは初撃がよけられるのも想定はしている。すぐさま次々と杭を射出し、ウサギを攻撃する。
今度は3方向どころか縦横無尽に飛んでくるそれを、ウサギはかわし、時には蹴り砕くことで被弾をゆるさない。
そして、二人が神水を飲もうと、少し攻撃の手をゆるめたときだ。
「キュウ!!」
蹴りウサギがこちらへと向かってきた。
二人が知るよしもないが、蹴りウサギは二人が隠れている壁側からの攻撃が薄いことから、そこに何かがあると勘で目星をつけていたのだ。
「っ不味い!」
それを見たハジメは飲もうとした神水の容器を捨てて、風華を抱えて壁から転がり出る。それと同時に、蹴りウサギの飛び蹴りが彼らが隠れていたところに着弾した。
二人が隠れていた壁が音を立てて崩れ去る。間一髪のところで危機を脱したはいいが、蹴りウサギに二人が見つかってしまった。
蹴りウサギは二人の姿を認めると、小さい方の獲物へと襲いかかろうとする。
その瞬間、彼らの間に強い閃光が発生した。
「キュ!?」
予想外の光に目を焼かれたウサギは思わずその場に立ち止まってしまう。
それが、小さな獣の運命を決定づけた。
「錬成」
その言葉と共に蹴りウサギの足は杭によって地面に縫い付けられる。
次の瞬間、蹴りウサギの細い首は杭に貫かれ、頭と胴が両断された。
蹴りウサギが完全に死んだことを確認したハジメは、膝から力がどっと抜け、その場に尻餅をついた。疲労と緊張感から全身が汗まみれの彼の口に、風華が神水を流し込む。
「んぐっ……んぐっ……ぷはぁ、ありがとな風華。さっきの閃光手榴弾は助かった」
「……んっ」
ハジメからの礼に風華は自慢げに胸を張る。
先ほどの閃光は、風華による閃光手榴弾だった。彼女は、ハジメが壁から転がり出たときに彼の耳元で閃光手榴弾を転がすことをささやいていた。そのおかげでハジメは顔を下げて閃光を回避することに成功していた。
その結果、蹴りウサギは見事に視界を潰され、ハジメ達は勝利を手に入れた。
「しっかし、上手くいかないもんだなぁ。空歩が切れた瞬間の攻撃」
「……要練習」
彼の作戦は、蹴りウサギの空歩が終わった瞬間を狙って攻撃を当てることだった。左右1回ずつ使用されると仮定して、最低4回の攻撃で終わるはずだったのだが、思いの外蹴りウサギの空歩のクールタイムが早く、てこずらされていた。
まあ、なにはともあれ勝利は勝利だ。ウサギへの閃光手榴弾の有効性も確認できたことだし、戦果としては上々だろう。
風華は座り込むハジメへと手を伸ばす。
ハジメも彼女の手を取り立ち上がろうとする。
そして、彼は己の勘に従って彼女の手を引き、転がることでその場から離れた。
直後、彼らのいた場所を鋭い斬撃が通り抜けた。
「グルルルルル……」
絶望の主がその場に現れた。
ハジメの武器、それはフィールド。
……書いてて思ったけど、これ王の財宝っぽいなぁ。まああっちより燃費悪いし使える場所も限られてはいるのだけど。
追記:もっと考えたら全部1から作ってるから無限の方が近いかも……?