錬成師と支援師   作:月蛇神社

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投稿まで結構間が空いてしまって申し訳ないです。
1話にする予定でしたが、長くなりそうなので分けます。
追記:日数をちょっと手直ししました。


残された彼女たち

「――――」

「――」

 

 どこからだろう、声が聞こえる。

 

「―崎さん――」

「――」

 

 いつまでも聞いていたい二人分の声。

 

「白崎さん――」

「――で」

 

 ハジメ君と風華ちゃん。二人の声。

 

「白崎さん――」

「――んで」

 

 嬉しいな。私、ハジメ君に名前を呼ばれるだけでいつも嬉しかったの。風華ちゃんと話すのが楽しかったの。

 

「ねぇ、白崎さん――」

「ねぇ、なんで」

 

 でも、今は、今だけは。

 

「「ねぇ」」

 

「白崎さん」

 

「なんで」

 

「「(ふう)たちのこと助けてくれなかったの?」」

 

 

 

 

 

 私の名前を呼ばないで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ!?」

 

 ハイリヒ王国王宮の、生徒たちが寝泊まりしている部屋の一室。

 

 最上級であろう毛布を跳ね除け、香織はガバっと上体を起こした。

 

 呼吸を荒げる彼女の全身は汗にまみれ、濡れた寝間着が肌に張り付く感触が彼女に不快感を与える。

 

「はぁ……はぁ……はぁ…………はあぁ」

 

 少し無理をして呼吸を整えた彼女は、窓の外を見やる。

 

 空はまだ真っ暗で、太陽が顔を出すにはまだ時間がかかりそうだ。くうくうという同居人の寝息をBGMに、空に輝く星々が彼女の目に写る。

 

「……また、か」

 

 まだ夜であることを確認した香織は、備え付けの椅子に腰かけると、顔を両手で覆った。

 

「ハジメ君……風華ちゃん……」

 

 香織は、今ここにいない二人の名前を呟く。

 

 彼女の長い1日が今日も始まった。

 

 

 

 

 

 香織たちがオルクス大迷宮から帰還して10日が経った。

 

 大迷宮を脱出した後、香織は危機を脱した安堵から気絶し、目を覚まさなかった。介抱した雫たちが言うには、王宮に帰ってくるまでは寝込んでいたらしい。

 

 幸い、彼女は3日ほどで目を覚ました。目覚めたときに取り乱すことはなかったのだが、そこからが香織の地獄の始まりだった。

 

 香織は、目を覚まして以来、寝るたびに夢を見るようになった。

 

 原型を留めていないくらいにぐちゃぐちゃになった肉塊のハジメと、全身を炎に焼かれている風華。

 

 そんな姿になっていても、目だけは香織を見つめている。それらは彼女を責めるように問いかけるのだ。

 

 "なんで助けてくれなかったの?"と。

 

 二つの死体が香織を責める夢。夜寝るときはもちろん、ちょっとした昼寝であろうと彼女は決まってこの夢を見るようになった。

 

 目覚めたばかりの頃は、寝るたびに飛び起き、錯乱したり嘔吐を繰り返していた彼女だが、現在は少し落ち着いて眠りが浅い程度になっている。

 

 おかげで、彼女はこれまで一度もぐっすりと眠れていない。

 

 ここ最近の彼女はうつらうつらと舟をこぐ姿がよく見られた。

 

「ふわ~あぁ……」

「香織……無理はしちゃだめよ」

 

 昼下がりの午後、人もまばらな王宮の訓練場にて。

 

 隅っこに座って雫と美穂の訓練を見学していた香織は、いつものように首をカックンカックンさせていた。

 

 事情を知らぬ者が見れば可愛く思えるであろうそれは、事情を知る雫にとっては心配事でしかない。

 

「あ……雫ちゃんお疲れ様。はい、タオル」

「ありがとう、香織」

「白崎せんぱーい。こっちにもお願いしまーす……」

 

 休憩に入った雫へ、香織はタオルと水を渡した後、大の字で倒れている美穂にも同じものを渡した。

 

「んぐ……んぐ……ぷはぁー生き返るぅー」

 

 美穂は、上体を起こすと香織からもらった水を飲み干すとタオルで汗を拭く。

 

「二人ともお疲れ様。相変わらず凄いね」

「うんにゃ、それほどでもないっすよ、うちの父ちゃんとかじいちゃんたちにはまだまだ」

「ええ、まだまだね」

「えぇ……」

 

 香織は先ほどの光景を思い出す。

 

 格闘技の美穂と剣術の雫。人外じみた訓練の光景はオルクス大迷宮への遠征以前でも繰り広げられていたが、遠征後はさらに激しくなっていった。

 

 二人の訓練が一般生徒はおろか、光輝でさえ危険ということで訓練場の片隅が二人専用スペースになっているほどだ。

 

 訓練場の床や壁にヒビが入っていない頑丈さは流石王宮の設備と言ったところだろう。

 

「私たちのことはいいのよ。それより香織、貴女のほうが心配だわ」

「そうですよ白崎先輩。今日も朝早かったんでしょ」

「……うん、ありがとう」

 

 雫と美穂は、香織が悪夢を見始めたときから同じ部屋で寝泊まりするようになった。これは香織が変な気を起こさないように監視する目的もある。

 

 最初は雫だけの予定だったのだが、美穂もそれに付いてきた。

 

「いやー雫先輩が白崎先輩みたいなちょー美人さんと一緒に寝るとか気が気じゃないですし?」

 

 美穂は笑いながら訳を話していたが、香織は、彼女が少し無理をして笑っているように感じた。彼女も一番仲がよかった風華がいなくなったことに不安を隠せなかったのだろうか。

 

 それはそれとして半分くらい目が本気(マジ)だった気もするが。

 

「あ、そうだ。二人とも、治癒魔法かけるからそこに座ってね」

 

 香織がそういうと、二人は素直にベンチに座った。香織は二人に手をかざし、治癒魔法を発動させる。

 

「……ん、ありがとね。香織」

「ありがとうございます。てか、結構上達してきてますよね治癒魔法」

「あはは……うん」

 

 原因は目の前なんだよなぁ……と香織は苦笑する。

 

 なんせこの二人、訓練が激しすぎるおかげで休憩に入る頃には全身傷だらけなのだ。しかもたまに休憩前にやらかすときもあるので、自然と治癒魔法をかける回数は増えていく。

 

「何度も言うけど、腕とか足とか飛んでも私じゃ治せないからね?そこまでやらないでね?」

「大丈夫よ。ちゃんと加減は出来てるわ」

(本当かなぁ……)

「まあまあ、白崎先輩も訓練になるからいいじゃないですか。なんせ、今ここガラガラなんですから」

 

 そう言うと、美穂は訓練場をぐるりと見渡す。彼女の言う通り、訓練場内はあまり人がおらず、せいぜい訓練中の兵士たちとそれに交じっている数人の生徒くらいだ。オルクス大迷宮へ挑む前のような活気はどこにも見受けられない。

 

 これも全て、ハジメ達が落下し、死亡したことが原因だ。クラスメイトの死というのは彼らに改めて自分たちはどうするのかということを考えさせるには十分だった。死んだというのは国王が発表したことであり、生徒たちはハジメ達が死んだのだと信じていた。

 

 無論、この3人は信じていない。信じたくない、といった方が正しいのかもしれないが。

 

「そう、だね……」

「あ……ごめんなさい」

 

 美穂の頭を雫がはたく。スパンッと小気味いい音が響いた。

 

「大丈夫よ香織。南雲君たちは絶対に生きてる。貴女が信じなくてどうするの」

「雫ちゃん……うん、そうだよね。ハジメ君と風華ちゃんは絶対に生きてる。ハジメ君が守ってるんだもん」

 

 雫の言葉に、陰っていた香織の顔に笑みが少し戻った。

 

「お、いたいた。シズク、すまないが話しがあるんだ」

 

 そのとき、訓練場にメルドが入ってきた。彼は雫の顔を見るなり彼女を呼び出す。

 

 心当たりが無いのか、彼女は香織と顔を見合わせ二人してキョトンとするが、無視するわけにもいかないので雫はメルドの元へと向かった。

 

 痛みに呻く美穂とその頭を撫でる香織が雫を待っていると。二人に近づく影があった。

 

「香織、ここにいたのか」

 

 それは天之河光輝だった。彼を毛嫌いしている美穂は、光輝を見るなりグルルと威嚇する。

 

「光輝君……何か用?」

「香織、南雲のことは忘れるんだ」

 

 彼は、真正面から堂々と彼女の地雷を踏みぬいた。

 

「………………………………」

 

 香織の静かな怒りが頭に置かれた手を伝って美穂に伝わる。それを受けた彼女の全身を一瞬だけ震えが駆け上がった。

 

 香織が黙りこむ中、光輝は気づかず言葉を続ける。

 

「現実を受け止めるんだ香織。南雲は間違いなく死んでいる、あの高さから落ちて生きているはずがない。確かに残念だったかもしれないけど、俺たちは戦わなくちゃいけないんだ。死んだ人間をいつまでも引きずっている暇はないはずだろ」

「………………………………」

 

 香織は俯いて表情が見えない。怒りで震える彼女に、美穂は「アワワ……」と震えあがる。

 

 その怒りに光輝は気づかない。

 

「そもそも、南雲が先頭に出るべきじゃなかったんだ。俺があそこにいたら風華も救い出すことが出来たはずだ。それに……」

「光輝君」

 

「怒るよ?」

 

「……ッ!?」

 

 香織は顔を上げ、光輝の目を見てそういった。その視線を受けた彼は言葉を詰まらせる。

 

 彼女は無表情で光輝の目を見つめていた。

 

「か、香織?一体どうしたんだ?」

「どうしたもこうしたもないよ。ハジメ君が死んでる?それって光輝君やこの国の人達が言ってるだけだよね?」

「だけど!香織もこの目で見ただろ!南雲が落ちていくのを!あの高さじゃ死んだと考えるのが普通だろ!」

「でもこの世界は私たちの普通とは違う」

「ッ!?」

「ね?そう考えたら生きているのが普通かもしれないでしょ?」

 

 それに、と彼女は言葉を続ける。

 

「風華ちゃんを見てればわかるよ。ハジメ君は約束を絶対に守る」

「約、束……?香織、それは」

「だからさ、光輝君」

 

「ハジメ君が死んでるなんてことはありえないよ」

 

 香織はいつものように、光輝に笑顔を向ける。

 

 しかし、その表情は彼が今まで見たこともないくらいに優しい笑みだった。

 

 その笑みが、何故だかわからないが彼は気に食わなかった。

 

「あ、そうだ。お水取ってこなきゃ。美穂ちゃん、手伝ってくれる?」

「え?あっはい!」

 

 それじゃあね、と彼女たちは訓練場を去っていった。

 

「香織……なんなんだよそれは……」

 

 光輝のつぶやきは彼女には届かなかった。

 

 訓練場を出たところの通路で香織と美穂は雫と合流した。

 

「ごめんなさい。入るタイミングが難しくて」

 

 そういうと雫は頭を下げる。

 

「ううん、大丈夫だよ。それに、光輝君にも生きてるって思ってほしかったし」

「どうでしょうね……それはそうと。雫先輩、結局話しってなんだったんです?」

 

 美穂がそういうと、雫は少し考えてから口を開いた。

 

「明日、ウォルペン工房へ向かうことになったんだけど……香織、貴女も来る?」

 

 




光輝のシーンは当初は檜山の予定でしたが結局こうなりました。
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