「ウォルペン工房……ってハジメ君がアシスタントに行ってたところだよね?」
「ええ、それで合ってるわ。私に受け取ってほしいものがあるって」
「あれ?雫ちゃん、いつ依頼したの?ていうかそれって何なの?」
「さぁ……全く心当たりが無いわ」
(……南雲先輩、ちゃんと考えてくれてたんだ)
工房からの謎の呼び出しに香織と雫の頭に?が浮かぶ中、その用事が何なのかを美穂は一人理解する。
「とりあえず、明日行ってみません?そしたらわかるでしょうし。あ、私も一緒に行きますよ。道案内できますんで」
「……そうね、美穂の言う通り明日行ってみればわかることね。それじゃあ美穂、明日はお願いね」
了解でーす。と美穂が返事をする中、香織はどうするのか考えていた。
「ウォルペン工房かぁ……そういえば、ハジメ君が何をやっていたのか私知らないな……」
ウォルペン工房。オルクス大迷宮へ遠征するまで、ハジメが修行の場として利用していた王国一番の鍛冶屋。それが香織の知っている情報の全てだ。
何となく想像はつくが、ハジメがそこでどういったことをしていたか詳しいことを彼女は知らない。何度か聞いてみようと思ったのだが、彼は工房に泊まることがよくあり、城に戻ってきたとしても疲労困憊で中々話しを聞くことが出来なかった。
ならばと休日が与えられたときに訪れてみようとすれば、そういうときにまだ幼いランデルに遊んでとせがまれ、その機会は悉く潰れていた。断ることは簡単であったのだが、子供の純粋な願いを断ることを彼女は出来なかった。途中で抜けようにも光輝が混ざって尚更機会を逃したのもある。
ちなみに、毎日城に戻ってきていた風華に聞いてみても「……内緒」と言われ、結局聞けず仕舞いである。でもかわいいから許した。
まあ会えたら会えたで、ハジメの少し引き締まった身体つきやら首筋やらちょっと汗の混じった彼の匂いやらで興奮してキュンときて色々と大変になりそうなのを抑えながら彼と話していた香織にも原因はあるのだが。
「ありゃ意外。先輩のことだしてっきり一度は見に行ってるもんだと」
「うん、私も何回か行ってみようって思ってたんだけどランデル殿下が……ね?」
「あー、あのちびっこ殿下。よくまあ先輩も付き合ってあげてますねぇ」
「やっぱり断りづらくて。ちょっと遊んであげるだけだしね」
ただ……と香織は少し困った顔をする。
「殿下の顔、少し赤いことよくあるんだよね。風邪とか引いてないといいんだけど……」
「アーウンソウデスネー」
南雲先輩のこと考えながら鏡見てこい。そう言いそうになるのを美穂は必死に我慢した。
ランデルが香織に向ける感情は間違いなく、恋愛のそれである。しかし、香織は子供のじゃれ合いと捉えているので少年の淡い恋心に気づくことはないだろう。
「で、どうするの?香織」
少し話題がずれそうになるのを修正するべく、雫は再度問いかける。先ほどの光輝との会話が聞こえてなかったわけではないが、香織が辛くならないかを心配したのもある。
それに対しての香織の答えは決まっていた。
「私も行くよ。ハジメ君が何をしていたのか気になるもん」
香織は力強くそう答える。彼女の顔に不安などの表情は一切見られなかった。
(本当にいらない心配だったみたいね)
自分の心配が杞憂に終わり、内心ほっと一息ついた雫は「わかったわ」と了承するとググっと身体を伸ばす。
「さて、休憩は終わりよ美穂。後半始めるわよ」
「はーい了解でーす」
そう言って、二人は訓練場へと戻っていった。
その日、香織は遠征から戻ってきて初めて悪夢を見ることなくぐっすりと眠ることができた。
そうして迎えた次の日、正午少し前の時刻に彼女達三人は城下にあるウォルペン工房の前にいた。
「ここがウォルペン工房……結構大きいんだね」
「見た目は地球の鍛冶屋さんと似ているかと思ったのだけど、全然違うのね」
「そらまあ寝泊まりする場所も兼ねてますし。城の周辺だと一番お弟子さん抱えてるとこですよここ」
それでもそんなにいる訳じゃないけど、とトータスの鍛冶屋を初めて見た二人に美穂が解説を少し加える。
「城の周辺だとここほどじゃないけれど大きいところがほとんどですよ」
「……やけに詳しいわね」
「まあ、あたしは風華の送迎とかでちょくちょくこっちまで来てたんで、ついでに散策してただけですよ」
「そう……私も行けばよかったわ」
詳しい理由を知った雫は、そういえば風華はよくハジメや美穂に背負われて帰ってきていたなと思い出し、少し後悔したように呟いた。
「雫先輩?」
「なんでもないわ」
八重樫雫。好きなことは可愛いものを愛でること。本人は隠しているつもりだが、彼女と親しい人物のほとんどには周知の事実である。
「ま、いっか。んじゃさっさと入って用事済ませちゃいましょ」
雫のことを気にしないことにした美穂は勝手知らずといったように工房の扉を開けて中に入り二人もそれに続いた。
瞬間、カンッ、カンッと金属を打つ高い音が彼女達の鼓膜を静かに揺らす。
流石、王国一番の鍛冶屋といったところか。武具屋も兼ねているらしいそこには大小さまざまな武器が並んでいた。少し暑く感じるのは奥の作業場から漏れる熱気のせいだろうか。
「いらっしゃい、ってミホじゃねーか。久しぶりだな」
「こんにちはー。親方の客連れてきたよ」
わかった、と店番をしていた男が店の奥に行くと、程なくして一人の老人が姿を現す。
「おう来たか。遠征に行って以来だな」
「……まあ、色々とあってさ」
少ししんみりとした空気が流れる。ハジメと風華が死亡したという情報は城下町の国民は皆知っている。特に交流のあった工房の人たちの悲しみは誰よりも大きかったことだろう。
「それより!雫先輩を呼んだってことは出来たんでしょ?あれ」
そんな空気を払拭するように、美穂は明るい声で本来の目的を告げる。ウォルペンも「そうだな」とうなずくと面識のない二人に自己紹介をし、雫の方を見やる。
「お前さんがシズクであってるんだよな?」
「ええ、そうです。初対面ですよね?どうしてわかったんですか?」
「んなもん身体つきを見りゃ一目でわかる。あんたの手や腕は剣を振る奴の形をしてる。逆に、隣の嬢ちゃんは荒事とはさっぱり無縁っぽいしな」
無駄に生きてるじじいをなめんじゃねえ、と彼は笑うと雫もなるほどと納得した。
ついてこい、と彼は彼女達を作業場へと案内した。
「ところでそっちの嬢ちゃんは誰なんだ?」
「南雲先輩の第二夫人」
「坊主もなかなかやるじゃねぇか」
「違うからね!?違いますからね!?」
「え?だって先輩、南雲先輩のこと名前で呼んでるじゃないですか。これそういうことでしょ?」
「~~~~!?!?」
作業場へ入った彼女達を迎えたのは凄まじい熱気と店でも聞こえた甲高い音だった。
入った瞬間、香織と雫は耳を塞いだ。熱気に対しては耐性のステータスが上がっているおかげで気にするほどでもないのだが、脳に響く音だけはどうしても耐えられそうにない。時折、怒号が聞こえるのはその音に負けないためだろう。
その中をウォルペンと美穂はするすると彼の作業場へ歩いて行く。二人も慌てて追いかけると、そこには一振りの武器があった。
トータスでは見慣れない、しかし雫にとってはよく見慣れた武器。
「これ……刀?なんでトータスに……」
彼女の疑問は最もであろう。城で見た剣といえば光輝の聖剣のような中世の騎士の使うような両刃剣かサーベルのどちらかだった。
「それ、あたしが南雲先輩に頼んだんです。雫先輩、今使ってる剣は使いづらく感じてたでしょうし、プレゼントです」
「ま、本来なら新人に客を取らせるなんざ絶対にさせねぇんだがな。このカタナ?ってのは坊主の方が俺より詳しいから特別にやらせた」
「これはその試作第一号ですよ。知ってるっていってもあたしも南雲先輩もド素人ですし。てことで感想を聞きたくて」
雫はそっと刀を持ち上げ、正面に構え、数回振り下ろす。
「……まだ、少し違和感が強いわね」
「ありゃ」
「でも、今までの剣よりも格段に使いやすいわ。南雲君にはお礼を言わないとね」
そう言って刀を置くと、彼女は美穂の方を見て、微笑む。
「もちろん、貴女にも。ありがとう美穂、おかげで私はまた刀を握れたわ」
「えへへ、ど、どういたしまして」
その笑みを受けた美穂は顔を赤らめていた。
「さて、シズク。少し振ってわかる通り、そいつは未完成だ。本来なら坊主が改善点を聞いて修正するんだが奴はいねぇ。てことで俺がやることになるんだが、いいな?」
「こちらからもお願いします。私もこのままで持ち出すのは不安なので」
「よしきた、そんじゃあ早速だがこの紙に直してほしいとこを……」
そうして雫とウォルペンは改善点の話し合いに没頭していく。
「雫ちゃんいいなぁ。ハジメ君が作ったものもらえて」
それを椅子に腰かけて見ていた香織は少しむくれていた。
「いいなー」
「まあそうむくれないでくださいよ」
雫が話し合いに集中できるよう離れた美穂は香織の方へと移動する。
「だって、二人がハジメ君の初めてのお客様でしょ?初めては私がよかったのに……」
「なんとなくやばそうに聞こえるのはスルーしますね」
ちなみに、そっちの危惧していた方が手遅れなのを、彼女はのちに知ることになる。
「戻ってきたときになんでも請求すればいいんですよ。今のところあたしもあれ一本しか頼むつもりないですから」
「そうだけどー…」
そうなっている香織をどうにか美穂はなだめようとする。
そんなとき、一人の職人がウォルペンの下へとやってきた。
「親方、今大丈夫ですか?」
「ん?なんだ、どうした」
「今、相方が火傷しちまって、それで薬を塗ろうと思って薬棚を見たらビンの中身がさっぱりないんです」
「なんじゃと!?」
それを聞いたウォルペンは大変驚いていた。
「それは本当か!?」
「はい、念のため他の棚も探してみたけど、どこにも見当たらないんです」
「そうか……シズク、すまないが一時中断だ。俺は薬を調合しなきゃならん」
そういうと、ウォルペンはすぐに棚へ駆け寄り調合の準備に取り掛かる。
「え、確か塗り薬って親方が絶対に切らさないようにしていた親方秘伝のあれだよね?」
「ああ、切れそうになったらすぐに言えって何度も言われてたあれだ。普段なら絶対にこんなこと起こらないはずなんだが……」
そういうと、職人は表情を曇らせる。まるで心当たりがあるといったようだ。それが香織はすぐに理解できた。
「ハジメ君と風華ちゃん、ですよね。二人がいなくなったことの影響が出てる」
「……ああ」
香織の問いかけに、職人は絞り出すような声で返した。
「あんた達がどこまで把握してるかは知らんが……今時の若者は鍛冶なんてやりたがるのは少数だ。それは王国一番だなんて言われてるうちもそうだ」
「……はい」
「そんな中で、俺たちの息子と同じくらいのあいつらが頑張っているのは、俺たちにも活力をくれるもんだった。あいつは腕が良かったからまだ負けてられねぇな、ってよ」
「なあ、何であいつは、ハジメ達は死んじまったんだ!?なんで協会の連中はハジメを悼んでねぇんだ!?こんなのおかしいだろ!」
それは、この場、いや、ウォルペン工房に所属している者全員が思っていることだった。
ハジメは彼らにとって貴重な錬成師を持った若者だった。風華も、錬成はできないが、彼らにとっては可愛い孫や娘のような存在だった。
彼らにとって、ハジメは戦えない無能の存在ではなかった。自分たちを追いかける希望の星だった。
それなのに、貴族や教会の連中は死んでよかっただのこれで恐怖することはないだのと好き勝手に言い放題だ。
職人は床に崩れ落ち、拳を床に叩きつける。
その姿に雫は言葉をかけることができず、美穂は黙って背中をさすっていた。
そして、彼の悲痛な叫びを聞いた香織は一つの決心をする。
「火傷をした人のところへ連れていってもらえませんか。私が診ます」
本当は1話にまとめるはずだったけど思ったより長引いたので分割します。