ハジメたちが異世界トータスへ来て四日が経過した。
二日目に座学、三日目に全員共通の基礎訓練。そして今日は、基礎訓練に加えて各自の天職に合わせた立ち位置の戦闘訓練が行われる日だ。
戦闘訓練が始まり、クラスメイトたちは各々の天職に見合った武器を持ち、振るう。といっても、この場にいる者はつい最近まで戦ったことがない普通の学生だ。しかし、生徒たちの訓練へのモチベーションは、メンバーの中心的存在である光輝が積極的に参加しているためかとても高い。
それに、ステータスの成長速度にも目を見張るものがあった。
全ステータスが高水準の光輝はただでさえ高いステータスを基礎訓練だけで20ほど上昇させ、他の生徒たちもそこまで行かずとも基本的なトータスの人間の成長速度を超えている。
ハジメを除いて。
南雲ハジメ 17歳 男 レベル:1
天職:錬成師
筋力:11
体力:11
耐性:11
敏捷:11
魔力:11
魔耐:11
技能:錬成・守護・言語理解
ステータスだけでこれである。行っている訓練メニューは同じなのにこれである。この成長速度の低さにはメルドも思わず首をかしげていた。いくら一般人でもここまででステータスは3前後は上昇する……らしい。
だが、メルドが言うには守護スキルがステータスを一時的に上昇させるものらしい。しかし、これも中々の曲者だった。
このスキル、守護対象者を守護する際にステータスが上昇するというものなのだが、発動条件の守護対象に自分自身が含まれていないのだ。さらに守護するために攻めるといったカウンターには使えず、本当に守ることにしか使えない。
よって、この技能が発現する者は、首都防衛や要人警護の職に就いているものが多いらしい。
そして、肝心な錬成だが……。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「なるほど、落とし穴か……だが」
「範囲が、狭い……」
王宮内部の近接戦闘組が使用している訓練場の片隅。そこには、地面に座り込むハジメ、それを支える風華、二人を監督しているメルドの姿があった。メルドが勇者である光輝ではなく、ハジメに付いているのは、風華という支援師の対象になっているからである。支援師の能力は過去のデータが少なく実力が未知数だ。そのため、何が起きてもいいように、騎士団トップの実力を持つ彼が光輝たちの訓練の後に監督することになった。
彼らの目の前には、錬成で作られたばかりの落とし穴が3つ。トラップに使えると思い、錬成してみたのだが、ハジメの目の前には直径、深さ1mほどの穴しか空いていなかった。その他にも地面を隆起させて攻撃する方法も思いつき、試してみた。これはいい線を行った攻撃だったが、三本目を作ったところで、ハジメの身体は魔力切れによって地に伏せた。
というのも全て、魔力の低さが足を引っ張っていた。
なにせ、ステータス上でたったの11しかないのだ。日常生活に支障はないが、こと戦闘方面に使うとなると圧倒的に足りていない。
「……ん」
そばで待機していた風華が、ハジメに本日五本目の魔力ポーションを渡す。ハジメは自分の息が整ったところでそれをいっきに飲み干した。
「ありがとう風華……んぐっ、んぐっ、ぷはぁ……」
「……にぃ、休もう」
「大丈夫、まだやれるさ……」
「いいや、少し休憩だ。何度も言っているが、無理をしてもいいことなんて何もないからな」
ポーションの飲み過ぎもな、とまだやろうとするハジメを、風華とメルドは止める。
「俺たちの世界では、錬成師は鍛冶しかしないというのが常識だからな。俺には正直こういった発想は無かった。これが支援師の支援を受けてどうなるのかはかなり気になるな」
「この調子だと望み薄ですけどね……あたっ」
そう自嘲気味に呟くハジメの頭に風華がチョップを一発入れる。
「……大丈夫、にぃならやれる」
「風華……そうだな、風華が支援してくれるんだ。きっとうまくいく」
「ん!」
風華なりの喝がハジメに入ったところで、彼は立ち上がる。
「メルド団長、再開します。今度は風華も一緒です」
「わかった。支援師の支援は俺もこの目で見るのは初めてだ。慎重にやってくれ」
「はい」
ハジメは返事と共にしゃがみ、地面に手をつける。その背に風華がそっと手を置いた。
「……彼の者を支え、助け、英雄へと至らせよ……支援」
詠唱と共に風華の手が輝きだし、ハジメへと力が流れ込む。
その光景に周囲で見ていた生徒や騎士が「おぉ!」と色めき立つ。
そして、ハジメの身体に魔力が
(なんだこれ!?力が……溢れてくる、いや
「みんな離れて!」
「ッ!?総員退避!!」
ハジメの叫びとメルドの警告に騎士たちは近くにいた者をかばいながら退避する。
直後、城下町まで響く轟音と土煙が周囲にいた者を襲った。
「……ぁあ」
朦朧とする意識のなか、ハジメは目をさました。全身を被う感触から、ぼんやりとした頭で、彼は、今自分が何か柔らかいもの、恐らくベッドに寝かされていると朧気に理解する。
(いつの間にか気絶してたのか……何やってたんだっけ)
彼は自分が意識を失う直前の光景を思い出していた。
爆音。
爆発。
そして、すぐに腕の中に誰かを抱いて……
「そうだ!風かぁっだあぁ!?!?」
ハジメは、気絶する直前の光景を思い出し、風華を探そうと身を起こそうとする。そうしたところで身体に痛みが走る。
全身を襲う痛みを経験したことのない彼は驚き、ベッドへと沈んだ。
「……んぅ。なぁに、どうしたの……って、ハジメくん!?」
その衝撃で、ベッドのわきでハジメの手を握って眠っていた香織が目をさました。
「あだだだ……白崎さん?いったい、何が」
「よがっだよおおぉぉぉ!」
「ごっふいぉ!?」
事情を聞こうと、今度はゆっくりと身を起こそうとしたハジメの身体に香織は勢いよく抱き着く。その衝撃で彼は再びベッドへと沈むのであった。
「あがあああぁあ、いい香りぃででででぁ!?」
「ううぅ~…うああ……」
予想外の衝撃と女の子特有の香りに、ハジメの頭は混乱するが、自分の懐から聞こえる泣き声にはっとなる。
そして、自分はそれだけの心配をかけるようなことをしたのだと理解した。
とにかく、話しを聞くためにもまず、ハジメは香織をなだめることにするのだった。
「白崎さん……大丈夫?落ち着いた?」
「うん……ごめんね南雲くん。迷惑かけちゃって……」
あれから約十分後。
そこには、ベッドの上で胡坐をかくハジメと、ハジメにかかっていた布団に被って体育座りをしている香織の姿があった。
ハジメの説得によりどうにか心を落ち着かせた香織は、先ほどまでの自らの行いに羞恥を感じ、さっきとは別の意味で錯乱していた。
(ああああ何やってんの私は何抱き着いてるのハジメくんは怪我人でしょしかもどさくさで名前で呼んじゃったしお願いお願い気づかないでああああ、あ、ハジメくんの匂い……)
「あの、本当に大丈夫?」
「ひゃい!大丈夫!大丈夫だから!」
そう必死に弁明した彼女は、一度深呼吸をつく。そして、布団から顔を出し、ハジメの顔を真剣な顔で見据える。
「それじゃあ話すね。あのあとなにがあったのかを……」
ハジメたちが訓練場の片隅で訓練していた頃、香織たち後方組の訓練は丁度休憩に入ったところだった。
とりあえず、一息つこうと香織が自分の水筒に手をかけたところで、爆発音が鳴り響いた。
「な、何!?」
「爆発だ!?方角は!」
「多分あっち!あれ、でもあっちって確か南雲たちの……」
「ッ!?南雲くん!風華ちゃん!」
その方角にハジメたちがいると知った香織は、周囲の生徒が引き留めるもそれを無視し、一目散に駆け出す。
現場についたとき、そこには他者をかばいながら地面に伏せている騎士や、メルドの姿。
「なに、これ……」
そして、先ほどまで見ていた訓練場とは全く別と言える惨状だった。
大小さまざまな大きさの穴が至るところに出来ているかと思えば、地面から先端が鋭く尖っている岩がいくつも生えている。その岩も、さまざまな角度に飛び出ており、中にはどう力を入れればそうなるのかわからないほどにねじれた形状の岩もある。
魔物が襲ってきた後だと言われても納得する具合の荒れ具合。
「全員無事か!?」
土煙が未だ晴れない中、メルドが確認のために叫ぶ。各々が声を上げることで無事を主張するなか、肝心の二人の声が聞こえないことにメルドは訝しむ。
「ハジメ!返事をしてくれ!ハジメ!」
やがて、土煙が晴れる。
そこには風華を抱きかかえてかばい、岩に背中を貫かれているハジメの姿があった。
「南雲くん!?」
「小鳥遊!?」
ハジメの影に隠れて風華の様子が見えづらいが、恐らく気絶している。ハジメに至っては明らかに意識が無く、出血も酷い。誰がどう見ても重症だ、早急に治療せねば命に関わるだろう。
「美穂!」
「わかりました!」
ハジメがおかれている状況を即座に理解した雫は、救出のために美穂と共に武器を振るう。
救出自体はすぐに終わり、騎士団の回復部隊から二人に回復魔法を使用された。
ハジメがかばっていたおかげか、風華に大きい傷はなく、せいぜいかすり傷がついているくらいだった。しかし、ハジメの傷は大きく、傷は一応塞がってはいるが、確実に跡が残るだろう。
「……ん、うう……」
風華は軽傷だったためか、すぐに目をさます。
「風華ちゃん大丈夫!?いったい何があったの!?」
「…………ぁ、にぃ。にぃ、どこ!?」
香織の質問を朦朧とする意識で聞いていた風華は突如、顔を青ざめ、辺りを見回す。
彼女の探し人はすぐに見つかる。横たわり、魔法をかけられている兄に妹は、必死にその身を揺さぶり起こそうとする。
「にぃ!返事をして!?してよ!ねぇ!?」
「危険です、さがって!」
患者の安全のため、風華を引きはがす看護担当の団員。
それでも彼女は諦めず、ハジメの元へ向かおうともがく。
「にぃ!にぃ!にぃーーーー!!!!」
地球での彼女を知る者が今まで聞いたことがない悲痛な叫びが訓練場に響いた。
一応言っておくと、ハジメくんはちゃんと慎重にやろうとしました。やってこれです。