短編小説集   作:nite

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飽和 水 花冷え

家の中が少しだけ広くなったように思える。まあもちろん、この時期になれば掃除もしたくなるわけだし、私もちょっとは頑張ったから多少は広くなってもらわないと困るんだけど。

安いアパートのワンルームである私の部屋は、社会人二年目の私の心を冷え冷えとさせる。家具はほとんど置いていないくせに、ゴミだとか使い終わった色々が床に散乱していて、総面積に対して汚いという面が顕著に出ている。

私は非力なその腕で、燃えるゴミの袋を近くのゴミ収集場までもっていった。次の回収日は明後日だけど、どうせ私のことだから当日には忘れているので今のうちに出しておく。

新生活を始めたことは、まだもう少し希望があったように思える。去年の今頃はもう少し暖かく、多少は未来のことも考えていたような気がするけれど、今日の外気は私の体を冷えさせた。どうやら今日は、四月にもなって観測史上でも珍しくやたらと寒い日らしい。

 

「はぁ、服装ミスったかなぁ」

 

部屋着のままで外に出た私は、その寒い風に責め立てられるように家の中に退避した。

休日だからとやる気を出して掃除を始め、昼頃には疲れて終了。まだ完全に片付いていないし時間もあるのに、ゴミ袋を外に一つ出しただけで満足してしまって、もうモチベーションは上がりそうにない。

昼食を食べたくて冷蔵庫を開けて、まともな食材が冷凍した食パンだけだと気が付き、ため息と共に冷蔵庫の扉を閉めた。

どうやら世界は、私のことを外に出させたいらしい。外に出るのは面倒だから昼食を抜きたいところではあるけど、無駄に頑張って掃除をしたせいで、私の腹は不満を訴えていた。

 

「財布……スマホ……」

 

部屋着の上に安いコートを羽織って外に出る。昔の私は外で出会う人々の視線を気にしながら生きていたはずだけど、今の私はさっさと面倒事を終わらせたいと速足で近くのコンビニに向かった。

コンビニまではちょっと距離があって、勿論駅とかも距離がある。安いアパートにはそれ相応のデメリットが存在しており、コンビニまでの道のりも随分と遠く感じる。

道中にある川からは冷たい風が流れ込み、私の体はみるみる冷えていく。コートを着ているとはいえ、私の部屋着は防寒性がまったくといっていいほどなく、体の芯が冷えていくのを感じる。

 

「帰りにコーヒーでも買お……」

 

やっとの思いでコンビニにたどり着き、安い弁当とホットのコーヒーを購入した。肉まんが私の視界にちらつき、私の腹が欲望を訴えるが、財布はダメだと強く主張した。

諦めて弁当とコーヒーの二つだけを買い、ゆっくり飲みながら帰路を辿る。

ふと、強い風が川から吹き、一気に体を冷えさせる。折角買ったコーヒーを飲むが、いまいち体は温まらない。

睨むように風上の方を見ると、川の向こう側で花見をしている人が見えた。家族だろうか、同僚だろうか、ただの友達だろうか……なんにせよ、楽しそうに笑っていてなんとも楽観的な人々だ。

コンビニに行く途中は気が付かなかったけど、騒がしい声はこちら側まで聞こえていた。そういえば向こう側は花見の名所のように言われているような場所だったなと、花見客のごった煮のように飽和した花見会場を見て思い出す。

私は手元の弁当を見た。コンビニのエビフライ弁当は、ひとりぼっちで食事をする私を嘲笑っているように見えた。

新生活の、花見の季節に一体私は何を掃除しているんだと、自らを自嘲気味に笑った。

 

「何をしてるんだ、私は」

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