牛の糞を道具で掃き出しつつ、俺は昨日のことを振り返った。
簡単な話だ。うちの牛乳を是非使いたいという企業が来たからにこやかに対応していたのだが、取引価格が随分と安く、交渉をしようとしたら交渉する前に「じゃあもういいです」とだけ言って牧場をあとにした企業。
俺も、牛も……
「お前らの奴隷じゃねえ!!!」
と、小声で叫ぶ。大きな声を出すと牛がびっくりしてしまうからね、仕方ない。
俺は牛たちを少しだけ誘導して、食事をとらせた。テレビでやってるような、めちゃめちゃ食事量と食事内容をこだわっているとか、そういうことではないけれど。俺の牛は、一番おいしい乳を出すのだ。
俺で三代目となる牧場経営は、父と祖父のおかげか、必要以上に苦労することはなく日々過ごすことができている。近所の人はうちに買いに来てくれるし、道の駅に出している分もある程度ちゃんと売り上げを出している。
今や父は片道三時間の道のりをワクワクしながら行き、絶望した顔で帰ってくる競馬好きになってしまったけれど、昔は牛たちから好かれて毎日を過ごしていた生粋の牧場主であった。例え企業から見て俺たちの農場が劣っているとしても、俺たちは安く取引をするつもりなんてない。
「今日の分の搾乳終わってます」
「はいよ」
うちで働いている四十代のおっさんに敬語を使われ、未だに年上からの敬語には慣れないと思いつつ、三十代の俺は牛たちを広い場所に移動させた。
俺は掃除道具を片付けて……と、なんだかいつもよりも手元が軽いということに気が付く。
「ん……げっ、折れてら」
いつ折れたのだろう。いつの間にやら、箒の先端部分が消滅しており、ただの棒と化していた。急いで振り返ると、先ほどまで箒を立てかけていた場所に、箒の先端が落ちている。
箒は消耗品であり、いつかは壊れるものだが……今日のこれは、確実に俺が悪い。どうやら、俺が思っていたよりもストレスが溜まっていたらしい。日頃使っている箒を破壊してしまうくらいには。
はぁ、久々に大口の注文が入ると意気込んだというのに、蓋を開けてみればこの始末。注文は増えず、箒を買い替えるための出費だけが増えた。
俺のストレスは牛のストレス。俺がイライラしていたら、それは牛たちの搾乳にも影響が出てしまう。
俺は折れてしまった箒を両手で持ち、償却用の袋にぶちこんだ。やはりイライラしているのか、いつもよりも大きな音を立てたそれは、俺のストレスを体現しているかのようだった。
「はぁ、企業がこんなんばっかじゃないってわかってるけど」
俺は明日の牛たちに影響が出ないように、ストレス発散のために家に帰った。
ああ、うちの牛乳うめー。