短編小説集   作:nite

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ビルの屋上柵の外

皆は彼をヒーローと呼んだ。

 

 

彼は自身を悪と罵った。

 

 

 

これはそんな話。

 

 

 

時計が示すは午後六時。

季節の影響か未だに空は明るく、若干西の空が赤くなり始めた頃。

五階建てのビルの屋上、柵の外側に一人のサラリーマンが立っていた。

彼の目的は自殺。日頃の上司からのパワハラや仕事のストレスが重なり生きる目的を失ったのである。

そして今日、とうとう決心し飛び降りることにしたのだ。それは並大抵の覚悟ではない。

その彼の背後から一人の男性が近寄ってきた。

それは自殺しようとしている男性の同僚の男性。会社に入ったのも同じ年であったため何度も顔を合わせたし十分仲がいい二人だったと言えよう。

同僚の男性が自殺している男性に話しかける。

 

「そんなところでなにしてんだ」

 

その質問に神妙な顔をしつつ、しかし決して振り返ること無く答える。

 

「自殺しようと思ってな」

「自殺だと?正気か?確かにうちの上司はクソだ。当然のようにパワハラするし残業も課す。だがな…」

「すまない。俺はもう決めたんだ。その決心を潰すような事を言わないでくれ」

 

同僚の言葉を遮るようにして言葉を発する。

同僚から彼の顔は見えない。

だが同僚にもこれが随分悩んだうえでの決断であることは分かっていた。

この会社は俗にいうブラック企業と言えるのだろう。サービス残業当たり前、パワハラやら急な仕様変更などは日常茶飯事。相当なメンタルを持っていなかったら今頃退社しているだろう。

同僚は考える。なぜ彼は退社という選択をとらないのかと。

だが彼にはその自由すらない。

実は既に退社届は提出している。しかし会社から受諾したという知らせがないのである。

彼も分からず、一度会社に行かなかったら午前九時あたりになんで会社に来ないのかという連絡があった。

彼は色々と説明したが結局その話は有耶無耶になり、未だに彼は会社を辞める事ができていない。

 

「俺はもう無理なんだ。折角できた気が合う同期だってのに」

「…俺は止めるべきか?」

 

それは奇妙な質問であった。

流石に自殺しようとしていたのにそんなことを訊かれるなんて思わなかったのだろう。顔は未だに振り返らず、しかし少し困った様子で答える。

 

「俺としては止めてほしくない」

 

俺としては…それは『俺』以外の何かがあるということ。そしてそのそれ以外というのは…

 

「ただ社会的に見れば止めるべきだろうな」

 

そう。全体である。彼は自殺しようとしている。自殺はだめだ。止めるべきだというのが全体の意見。止めないでくれというのが彼自身の意見。

意見の相違というのはよくあることで、それはテレビや新聞などのメディアを通して全体に浸透していく。

何故自殺はいけないことなのか、それを説明するには何故人間を殺していけないのに他の生物は殺していいのかという問題に誰もが納得できる答えを持つ人にしか答えられないだろう。そしてその答えを持つ者は過去にも未来にも存在することはないだろう。

 

「なあ同僚。あんたは俺を止めるか?」

 

それは先程彼に投げかけた質問をそっくり返される形での質問。

これは最後の決断の時である、またどちらの選択にしても決別の一言になるだろう。

 

「俺は…」

その会社はその後方針が変わりそれなりにホワイトな企業となった。

ビルの屋上で柵の外に人がいるのを通りがかった人に目撃され、そこから労働組合が訴えたのだ。

周囲の人は彼を、そしてそのきっかけを止めた彼の判断を讃えた。

それに反するように彼自身は自らの判断を常に悩んでいる。

 

 

 

周囲の人にとって自殺を止めることが正義、その人にとっては自殺を押してくれるのが正義…

 

しかし自殺を止めれば偽善者と罵られ、止めなければ薄情者と罵られる。

 

自殺は見るのも、するのも、聞くのも辛い。五感全てに悪影響を及ぼす。だがそのままいても心身に悪影響を及ぼす。

 

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