しずかちゃんのえんげきぶ。~I'll do a play Dogville~ 作:はせがわ
「ねぇ、なんでしずかちゃんは、この劇をやろうと思ったのかしら?」
改札口を通り抜け、見知らぬ街を歩く。
いま眩いばかりの晴天の下を、キテレツを始めとしたいつものメンバー達が、小さな地図を頼りに進んでいる。
すぐ横からは、コロ助とブタゴリラが楽しそうにじゃれている笑い声。
そんな中で、ふとみよちゃんが手元にある、手作り感に溢れたパンフレットを見つめながら、キテレツに問いかけた。
「この映画の事は知ってるわ。有名な作品だもの。
でもとてもじゃないけど、この映画の内容と、しずかちゃんのイメージが結びつかないの。
演劇の題材にするのなら、もっと他に相応しい物語があったハズでしょう?
だから……なぜしずかちゃんは、わざわざこの劇をやろうと思ったのかなって」
コロ助とブタゴリラが連れ立って走り出し、それを困り顔のトンガリが諫めている。
そんな光景を微笑ましそうに眺めながら、英一が口を開く。
「それはきっと……彼女が誠実な人だからだと思う」
前を見たまま。この先にある彼女たちとの約束の場所を、じっと見つめながら。
ひとり呟くように。
「優しくて、誠実だからこそ、綺麗な物だけを見ている事が出来ない――――
愛や喜びだけじゃなく、憎しみや悪意という、人間の
そんな汚さからも決して目を逸しちゃいけない、ちゃんと向かい合わなきゃって……そう思ったんじゃないかな」
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「いらっしゃい英一さん。ようこそ私たちの劇場へ」
少し街はずれにある、とても大きな倉庫。
沢山の資材が置かれている広い空間で、源静香が彼らを出迎えた。
「今日は来てくれてありがとう。
まだまだ私たちの演技はつたないけれど、それでも精一杯やるから。
どうぞ楽しんでいってね」
キテレツと握手を交わし、優しくコロ助の頭を撫でてやる。
高校二年生となり、進学先の学校で演劇部の部長となった彼女の表情は、どこか凛としていて美しい。そして活力に溢れている。
「あはは……ほんとはコレ、今度のコンクールでやろうって思ってたんだけどさ?
でも顧問の先生や、学校の許可がおりなくって」
その傍に控えるのは、同演劇部の副部長である、野比のび太だ。
彼も一時期は進学が危ぶまれたものの、しずかやドラえもんを始めとする沢山の友人達の助けもあり、無事に同じ高校へと進む事が出来ていた。
のび太の母いわく「やればけっこう出来る子」、その言葉を証明するかのようにみるみる学力を伸ばし、そして今では同じ演劇部として、こうして静香の隣に立っている。
「せっかく練習したのに、発表の機会が無いなんて悔しい。
だからせめて、みんなに観て貰えたらって思ってさ? 今日は本当にありがとね」
「うん、こちらこそありがとうのび太くん、しずかちゃん。
声を掛けてくれて、すごく嬉しかったよ」
ちなみにだが、この演劇部にはもちろんジャイアンとスネ夫も在籍している。
むしろ三年生は卒業し、まだ新しい部員は入っていないので、現在演劇部にはこの4人しかいない。小学校から馴染みのメンバーのみだ。
実はしずかの部長任命はともかくとして、当時は「ほんとうにのび太が副部長で良いのか?」という議論が部内で巻き起こったらしいのだが……これは静香を始めとした仲間達の強い推薦により、なんとか決定したという経緯がある。
確かに普段はのんびりしているし、一見とても頼りなさそうに見えるかもしれない。
だけど、静香を支えてやれるのはのび太しかいない――――コイツにしか出来ない。
これはジャイアンとスネ夫の共通の見解であり、彼の優しい人柄と深い思いやりを知っているからこその意見だった。
この二人がかりの熱弁には、さすがの先輩方も、折れざるを得なかった。
なによりこれは、部長となる静香本人の、強い希望でもあったのだから。
「やーやーキテレツくん! ひっさしぶりだねぇ~! 元気してたかぃ?」
キテレツとのび太が同じ主役、同じメガネキャラ同士の交友を楽しんでいた所にやって来たのは、さくらももこさん。
彼女は今日の劇の演者であり、また静香たちとは違う学校の演劇部。まる子はその部長なのだ。
高校生となった彼女は、以前とは違って背丈も伸び、もうとても「ちびまる子ちゃん」だなんて呼べない容姿となっている。
だが彼女の相変わらずの活発さ、そして愛嬌により、未だに仲間達からまる子と呼ばれていて、部長としても後輩達から親しまれているという。
「せっかく練習したのにさぁ~、やっちゃ駄目なんて失礼しちゃうよ! まったく!
でもまぁキテレツくん達に観てもらえるんなら、みんな頑張った甲斐もあるってもんさ。
あ、向こうに丸尾君たちもいるかんね? 後でみんなも来るってさ~」
みんなは笑顔を交わし、久しぶりに会った友人との歓談を楽しむ。静香はみよちゃんやコロ助と、のび太はブタゴリラ達と楽しく談笑している。
そんな中でボソッと、まる子が小さな声で、キテレツに耳打ちをした。
「あたしが言うのもなんだけどさ? しずかちゃん……あの子は本物だよ?
演技力はモチロンだけど、みんなを引っ張ってく才能や、纏め上げる力があるの。
そしておまけに、あの子の書く脚本ときたらさぁーっ!?
もーぅ! なーんでしずかちゃん、あたし達とおんなじ学校じゃなかったんだろ!?
もしそうなら、あたしゃ部長の座なんて、ポーンとしずかちゃんに譲るのにっ!」
今からでも遅くない! のび太くん達といっしょに転校してくりゃー良いのに!
そうドンドン地団太を踏むまる子の姿に、キテレツは「あはは……」と苦笑いだ。
「やりたい劇がある~って連絡を貰った時、あたしゃ1も2もなく飛びついたヨ!
しずかちゃんの脚本を読んだ途端、もうこれ絶対やんなきゃって、すぐみんなに伝えたの!
たまちゃんも、野口さんも、はまじも、みんな今日まで頑張って練習してきたからさっ!
まーどうぞ観てやってちょーだい♪ また感想きかせてね~」
そう告げて、まる子は手をフリフリしながら、部員達の方へと引っ込んでいく。
きっと開演前の準備を手伝いに行ったのだろう。少しもしない内に、部員たちへとワーワー指示を飛ばす声も聞こえてきた。
「ところでキテレツ? ここはいったい何ナリ?
ふつう演劇って言ったら、学校の体育館とかでやるんじゃないナリか?」
「ここはね? 花輪くんの家が所有する倉庫なんだってさ。
普段は資材置き場に使う場所らしいんだけど、ご厚意で貸してもらってるんだよ。
しずかちゃん達は、この劇を学園祭やコンクールでやる事が出来なかったからね……。
だから今日の観客は、ぼくら5人だけ。
そしてこの大きな倉庫が、彼女たちの舞台なんだ――――」
今回の劇の題材となるのは、当時Rー15指定で公開されていたという映画。それを元にして静香が書き上げた物語だ。
しかし、なんでも部員たちの情熱は認めてくれはしたものの、そのあまりの過激さから、学校側が公演の許可をくれなかったのだそうだ。
高校生がやるには、不適切な内容だとして。
ちなみにこれを書いた発起人である静香にいたっては、その話が顧問から担任へと伝わり、あやうく親を呼び出されそうになったというエピソードもあったりする。
これは他校の演劇部まで巻き込み、こんな内容の物をやろうとしているのを問題視された事。そしてとても真面目な生徒であった静香の内面というか……突然の変貌にも見えた心境の変化を心配した、大人達なりの配慮でもあった。
結局のところ、のび太やまる子達の尽力もあり、先生方も理解してはくれたのだが……、やはりこの劇の公演を認めてくれるまでは至らなかったという。
剛田武ことジャイアンいわく「気落ちする静香を献身的に支えるのび太は、もうめちゃめちゃカッコよかった」のだそうだ。
先ほど彼がこっそりとキテレツにだけ教えてくれた。「照れ臭いから内緒だぞ?」の一言を添えて。
「さぁさぁキテレツくん達! ここに座ってね! もうすぐ開演だよっ!
あ、コロちゃんお菓子は? ジュースもあるよ? ポップコーンは好き?」
城ケ崎さんや土橋さんがやってきて、みんなを席まで案内してくれる。
よくあるパイプ椅子にクッションが置かれた物が、舞台セットに向かって横一列に並べられていた。
それに腰を下ろした途端、演者達がキテレツたちに群がり、あーだこーだと甲斐甲斐しく世話を焼き始める。
きっと自分達の劇を見てくれる大切なお客さんだと、彼らなりに張り切ってもてなしているのだろう。
まぁ城ケ崎さんをはじめとした女の子たちは、単純に「コロちゃんかわいい! 遊びたい!」という気持ちだったのかもしれないが……。
彼女たちがキャッキャとはしゃぐ姿は、見ていてとても微笑ましかった。
「トイレは済んだかぃ? みんな準備OKだね?
――――それじゃあこれより、あたし達の公演を始めるよ! 最初で最後のね!」
小杉が照明を構え、山根や花輪くん達が舞台装置の傍へと控える。
座長まる子の号令により、全ての者達が一斉に動き出した。
この場に演劇部員たちの活力に満ちた声が響き、穏やかだった空間が躍動感に満ちていく。
学生たちの若い力が、この何の変哲もない倉庫を“舞台”へと変えていく。
一個の世界を、物語を、作り出していく――――
「コロ助、今から僕らが観るのは、とても辛い内容の物かもしれない……。
だから無理はしなくていい。もし苦しくなったら、外に出ていても構わないからね」
隣に座るコロ助に向かい、まるで優しい兄のように、キテレツが語る。
「けれど、どんな感想でも良いんだ。
これを見終わったら、ひとこと彼女たちに、自分が感じたままの感想を言ってあげて欲しい。
飾らなくて良い、難しい言葉もいらない。……けど自分なりにしっかりと考えて、素直な気持ちを伝えてあげてね」
そう告げて、キテレツは前へと向き直る。
いま部員たちはそれぞれの配置に着き、今か今かと照明が落ちるのを待っている。その緊張と期待に溢れた顔を、目に焼き付けていく。
そして一度だけ視線を落とし、手元にあるパンフレットを眺めた。
書かれている役名は、本人の名前そのまま。
どうせキテレツ達にしか観せないのだし、いつもの名前で分かりやすく、そして親しみを持ってもらえるようにという、静香のアイディアだった。
―キャスト―
しずか (主演)
のび太 (主演)
ジャイアン (リンゴ農園の男)
スネ夫 (盲目の男)
まる子 (ベリー畑の女性)
たまちゃん (農園の男の妻)
城ケ崎さん (グラス職人の娘)
野口さん (食料品店の女性)
土橋さん (教会の管理人の女性)
みぎわさん (黒人の婦人)
笹山さん (グラス職人の妻)
丸尾くん (元医者の父親)
永沢くん (グラス職人)
藤木 (運送業の男)
はまじ (主人公の友人)
ブー太郎 (農園の男の子供)
山田 (街の番犬)
関口 (警察官)