しずかちゃんのえんげきぶ。~I'll do a play Dogville~   作:はせがわ

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Chapter ONE ~In which Nobita hears gunfire and meets Sizukachan~

 

 

 友人と語らう時間は、やがて終わりを迎えた。

 

 帰路に着こうという頃には、外は雨が降り、風が吹いていた。

 だがのび太はそれを気にする事なく、今日の暖かな想いを胸に、楡通りを歩き始める。

 

 町の人々は、何かを受け入れるのが苦手。

 一度それを示す為に、具体的な実例が必要だ――――

 

 のび太は今日の話し合いを踏まえて、それを考え続ける。

 きっと必要なのだ、“贈り物”が。

 だが友の言う通り、それはとつぜん空から降ってきたりは、しないのだった。

 

 

「……!?!?」

 

 

 その時、ふいにのび太の耳が、遠くから響く小さな音を拾った。

 彼は直観的に、何故かそれが“銃声”である事を、強く確信する。そして物を考える前に、恐る恐る町外れの山の方へと、歩みを進めた。

 

「……っ」

 

 あれは決して、建設現場の杭打ち機の音ではなかった。

 どこからだろう? 谷間か? キャニオン・ロードか? それともジョージタウンの方から? 必死に考えを巡らせる。

 

 彼はしばらく待ってみた。身を固くし、必死に周囲に気を配った。

 だが努力の甲斐も無く、結局銃声は、それきりで終わってしまったのだった。

 

「なんだよ……せっかく何かが起こるって、予感がしたのに」

 

 

 

 

 

失望したのび太は、傍にあったベンチに腰掛ける

 

今の銃声は、いったい何なのか。

それに想いを馳せて、しばし危険な気分に身をゆだねた

 

だが、じきにその思考も止まり、いつしか彼の意識は、空想の世界へと埋没していく

 

のび太の頭の中で、今あった出来事が膨らみ、それは小説へと姿を変えた

聴衆がのび太の言葉に、真剣に耳を傾けている光景を幻視した

 

空想の中で、彼は願いを叶える。

人の魂を清め、救済する本を出したのだ

いま多くの人が、のび太を賞賛の目で見ている。他の作家までもが彼を絶賛している

 

のび太の作り上げた小説が、人々に新たな生き方を提示したのだ

困難ではあったが、物語の巧妙さ、そして実力により、メッセージが伝わった

 

賞賛の嵐の中、その手法をインタビューされたのび太は、こう答える

 

ただ一言、“実例を示した”と――――

 

 

〈ナレーションボイス、ドラえもん〉

 

 

 

 

 

 のび太はその後、30分ほどベンチにいた。

 いつものお気に入りの空想に浸り、心地よさに身をゆだねる、静かな時を過ごした。

 

 だが突然この場に響いた、異様な音によって、のび太は現実へと引き戻される。

 これは山田(犬)の声だ。ジャイアンの飼い犬が今、遠くでけたたましく吠えているのだ。

 

 のび太はベンチから立ち上がり、警戒心を持ってそちらに歩いて行く。

 たしかに聴きなれた鳴き声だが、これはいつもと様子が違う――――そう感じたから。

 

 低く、鋭い、うなるような吠え方だ。これはきっと、何か危険を察知したに違いない。

 アライグマやキツネなどではない、もっと恐ろしい敵と対峙したかのような……そんな切羽詰まった声色のように思えた。

 昼間はジャイアンをからかいはしたが、山田(犬)はこの街の番犬として、いま立派に役目を果たしているのだろう。

 

 やがてソロソロと歩いていく内に、のび太は我が町の番犬がいる場所へと、たどり着く。

 立ち止まり、薄闇の中で目を凝らしてみれば、眼前にあったのは、見知らぬ綺麗な女性の姿だった。

 

 高級さ、そして都会的な雰囲気を感じさせる、ファーの付いたコート。

 こんな辺境の地を歩くには適さない、黒いハイヒール。

 オドオドとしつつも、育ちの良さを感じさせる、柔らかな物腰。

 そして、今まで見た事もない程の、別世界の人間かのような、美しい顔――――

 

 

「ねぇ君っ! ちょっと!」

 

 思わず声を掛ける。現実感のない光景に、呆けた頭のまま。

 女性は今、狂ったように吠え続ける犬を前に、もうどうして良いか分からないというようなオロオロした様子だったので、それを見かねての事でもある。

 

 だがその女性は、突然の声に飛び上がるほど驚いた後、即座にその場から駆け出す。そして一目散に山の方へと逃げていく。

 

「――――僕なら登ったりしないよ? 山の危険を知ってるから。

 もう真っ暗だし、急斜面だもの。そんな危ない真似はしないのさ」

 

 それを制するように、のび太が女性の背中に向けて、ハッキリと言い放つ。

 女性がピタッと足を止め、そして恐る恐るという風に、こちらを振り返った。

 

 暫くの間、じっとのび太の様子を伺っていたが……やがて彼女は、今ものび太がその場に立ち止まっている事、そして自分を追いかけるような真似をしなかった事に気付く。

 この人は、自分に危害を加える輩では無いのだと、そう理解したようだった。

 

「……他に道は、ある?」

 

「あるとも」

 

 戸惑いつつ、未だに少し硬い表情のまま、女性がゆっくりとこちらに降りてくる。

 

「……どこかしら?」

 

「来た道を戻るのさ。一度ジョージタウンの方へ行かなくちゃ。

 残念だけど、ここは行き止まりだからね」

 

「……」

 

 のび太はハッキリと、出来るだけ優しい声色で告げる。必要以上に警戒されてしまわないように。

 けれど、女の表情は冴えない。まっすくのび太を見る事をしない。

 

「えっと、なぜ怯えてるの?

 もしかして……さっきの銃声と、何か関係あるのかい?」

 

「……」

 

 女は答えあぐねてか、じっと下を向き、ただ足元を見つめるばかり。

 ギュッと口を閉じた表情、思いつめたような瞳は、彼女の美しさをより一層際立たせる。

 けれど、何も答えてはくれず、問題は解決しないまま。

 のび太は少しだけ、途方に暮れそうになった。どうしたものかと。

 

 

「……ん、なんだろう?」

 

「ッ!?」

 

 その時、のび太は遠くから聞こえてくる、車のエンジン音に気が付く。

 女性もそれに気が付いてか、突然オロオロと慌てふためき、のび太に縋りつく。

 

「お願いっ、助けてッ……! おねがいッ!」

 

「……廃坑に。ここに隠れてて」

 

 驚くほど冷静に、のび太は指示を出した。

 すぐ傍らにあった、この街の廃坑。その入り口に彼女を案内し、中へと進ませる。

 

 そして彼女の姿が洞窟へと消えたのを確認した、その直後……。この場を車のライトが照らし、エンジン音が静寂を切り裂く。

 車はのび太のすぐ傍に停止し、運転席に座る男が、窓から顔を覗かせた。

 

 

「おい坊主、この先の道は?」

 

「道? ここで行き止まりですよ。

 ジョージタウンに戻って、別の道を行かなきゃ」

 

「……くっ!」

 

 鋭い眼光。威圧感のある声。黒づくめの服。

 考えるまでも無く、彼は普通の流れ者ではない事が分かる。ギャングか何かなのだろう。

 

「この町の名はドッグヴィル。

 廃坑と、谷と、15人の人間以外は、何もない所です」

 

犬の町(ドッグヴィル)だと……? ふん、バカらしい名前だ。

 ……おい、いま人を捜してるんだ」

 

「人を? どんな方です?」

 

 のび太がそう訊ねた時、男の座る席の後ろから、何かをノックする音が聞こえる。

 男は苦い顔をし、歯を食いしばる。そしてのび太にただ一言「ボスが話したいと言ってる」と告げた。

 

「おい君? いま若い女を捜しているんだが……」

 

 のび太が後部座席の窓に顔を近づけると、そこにはマフィアのボスめいた風貌の、中年の姿があった。

 

「もしかすると、この町に現れるかもしれん。

 大切な存在でな? もし彼女の身に何かあると、非常に困る」

 

 静かな、威厳のある声。心を見透かされるような、深い眼差し。

 だがのび太はあっけらかんとした顔で、動揺する事なく言ってのける。

 

「誰も来ていませんよ? もし誰かが町に来たら、番犬の山田が吠えますから。

 それですぐ分かるんです」

 

「山田……か。どうやら利口な犬のようだ。

 もし見知らぬ人間を見かけたら、電話をくれ。これはワシの名刺だ」

 

 手渡された名刺を受け取る。何食わぬ顔で。

 

「もし見つかれば、少なからぬ謝礼をするつもりだ。……頼んだぞ」

 

「分かりました。この町の人達にも、声を掛けておきますね」

 

 車の窓が締まり、ボスと呼ばれた男の姿が見えなくなる。

 話は終わった。車はすぐにでも走り出し、この場から去ってしまうだろう。

 その雰囲気を感じ取り、のび太は焦ったように運転席の方へと駆け寄る。

 

「あ、あのっ! ……さっき銃を撃ちました? なんか銃声が聞こえた気がして」

 

「……」

 

 返事をする事なく、男は車を発進させる。

 最後の瞬間、男は殺気を込めてのび太を睨みつけたのだが、そのまま去って行った。

 

 貴重な貴重な小説のネタ。その情報がどうしても欲しかったのか、思わずのび太の身体は動いた。

 けれど、それは悪手だった事だろう。彼が今こうして生きていられる事は、きっと神の気まぐれか、偶然の産物に違いない。

 あの運転手の男は、まるで馬鹿を見るような目(・・・・・・・・・)でのび太を見ていたのだから。

 

 

「行ったよ。もう大丈夫だ、出ておいで?」

 

「……」

 

 なにはともあれ、のび太は神に感謝する事もなく、彼女のいる坑道の方へ近づく。

 のそのそと重い足取りで、彼女が坑道から姿を現した。

 暗闇の中で怖かったのか、はたまたギャング達を恐れてか。彼女の表情は固く、とても暗い。

 今も不安げな顔で、のび太を見つめる。

 

 

「あー、山を登る前にコーヒーでもどうかな? インスタントだけど」

 

「…………頂くわ」

 

 

 やがて彼女は、消えそうな儚い声で、そう返事をした。

 

 

 

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美しき逃亡者の名は、しずか――――

 

彼女は決して、望んでこの辺境の町、ドッグヴィルに来たワケでは無いのだろう

 

だがのび太は、「来るべくして来た」と、感じていた――――

 

 

 

 

 

「はい、どうぞ」

 

 しずかを家に招いたのび太は、彼女をソファーに座らせて、コーヒーを手渡す。

 彼女は未だにオドオドし、まるで小動物のよう。だが上目遣いでのび太を見つめながら、遠慮がちにコーヒーを受け取る。

 彼女の冷え切っていた掌が、暖かなぬくもりに包まれていく。

 

「それじゃあ、とりあえず……その骨を渡してもらえる?」

 

「……っ」

 

 さっきの山田(犬)との一件。それを見ていたのび太は、優しく彼女に告げる。

 しずかはバツの悪そうな顔、そしてとても恥ずかしそうに、持っていた骨をのび太の手に返す。

 

 暖かな声――――しずかはそう感じた。

 この人は優しい。そしてどことなく、知性を感じさせる。

 なにより、誰とも知れないこんな私に、迷う事なく手を貸してくれた人。

 

 不安はある。自分は彼の事を何も知らないのだから。今の状況も予断を許さない物だ。

 けれどしずかは、思い切って彼に従ってみる事にした。

 いま目の前にいる人を、信じてみようと――――

 

 

 しずかがじっと見つめる中、のび太は少し苦笑した後で、そっと骨を机に置く。

 決して笑ったり、馬鹿にしたつもりは無いのだろうけど……しずかは物凄く恥ずかしくなり、顔をリンゴのように赤くしてしまう。

 

「あ、どら焼き食べる?

 WAGASHIだし、コーヒーと合うかどうかは、分からないけど」

 

 しずかの方に、どら焼きをひとつ差し出す。

 これはオヤツにでもしようと思い、まる子が経営する店で買っておいた物だ。

 

 今は関係ないが、今後もし登山をする機会があるなら、どら焼きを持っていくと良い。

 これはコンパクトだし、物凄くカロリーが高い。効率的にエネルギー補給が出来るのだ。きっと登山のお供として役に立つだろう。なにより美味しいし。

 

 そして更に関係ない事だが、今のび太がどら焼きを取り出した瞬間、恐らくナレーション用のマイクが拾ったのであろう、ガタッという音が聞えた。

 きっとこれは、この物語の演出というワケでは無いのだろう。

 観客の5人は特に気にする事もなく、お芝居を観続けた。何かを悟ったかのように。

 

「さぁ食べよ? お腹空いてるでしょう?

 意地汚いネコが来ないうちに、食べちゃおう」

 

 アドリブなのだろうけど、のび太が〈ニィヤ~!〉と悪い顔で、どら焼きを差し出している。

 だがしずかは申し訳なさそうな表情。何故かそっぽを向き、一向に受け取る気配を見せない。

 

「……いけないわ。私には、それを頂く資格はないの……」

 

 のび太はキョトンとした顔。対してしずかは、思いつめた表情。

 

 

「骨を盗んだもの――――

 盗みを働いたのは初めて。……罪の償いをしなきゃ」

 

 

 最初、冗談を言っているのかと思った。

 のび太は思わず、しずかをまじまじと見る。

 

 だが彼女には、ふざけている様子など微塵も無い。

 空腹に耐えかね、犬から骨を盗ってしまった事を、心から悔いているようだった。

 

「私は傲慢に育った人間よ。だから謙虚さを学ばなくてはいけないの――――

 ありがとうのび太さん。……そのどら焼きは、貴方が食べて頂戴」

 

 ――――いやぼくが! ぼくが食べるよ!!

 突然この場に響いた大声を無視し、のび太は演技を続ける。

 どうやら頭の悪いドラ猫が、どこかでワーワー騒いでいるようだが……気にせず彼女をまっすぐに見つめる。

 

「そっか、なら学んで欲しいから言うよ?

 出された物を食べないのは――――無礼だ」

 

 しずかがハッとした表情で、俯いていた顔を上げる。

 

「持て成し側の顔に、泥を塗る行為だし。なにより今は……こんな時代だろ?」

 

「……」

 

 消えそうな声で、しずかが「ごめんなさい」と呟く。己の浅はかさを恥じ入るように。

 そして少しだけ躊躇しながらも、のび太の手から、どら焼きを受け取った。

 

「はぅ! はぅはぅ! はむむ!」

 

 どこか不器用に、でもとても幸せそうに、しずかがどら焼きを頬張る。

 我慢はしていたが、よほどお腹が空いていたであろう事が、よく分かった。

 

 育ちの良い彼女は、きっとこんなもの食べた事は無いんだろう。一生懸命にどら焼きを千切り、小動物のようにコミカルな仕草で、口に運んでいく。

 パクパクという音が聞こえてきそうな、とても微笑ましい姿だ。

 

「さてと。もしかしたら、言いにくい事かもしれないけど……いちおう訊くね?

 あの車の人達は? なぜ君を追ってたの?」

 

 しずかは再びバツの悪そうな顔。しかしのび太に恩義を感じているのか、次第にボソボソと話し始める。

 

「……ギャングよ。後ろに乗っていたのは、そのボスの男。

 さっき覗いてた時に、顔が見えたわ」

 

「名刺を渡されたよ? 君を見かけたら連絡しろって。

 落ち着いた人だったけど、必死に見えた」

 

「居場所を教えれば……きっとたくさん謝礼をくれるわ」

 

 しずかは目を逸らし、震えた声。それでも気丈に言ってのける。

 諦めにも見えるし、こちらの気持ちを伺っているようにも見える。不安げな顔だ。

 

「そうか。……君の家族は?」

 

「いないの。お父さんはいたけれど……ギャング達に奪われてしまった」

 

「ふぅむ……」

 

 のび太は少し考えこむ仕草。そして暫く間を置いて、提案する。

 

「なら、ここにいたらどう? ドッグヴィルに――――」

 

 少し驚いた顔で、しずかがのび太を見る。一瞬うれしそうな色が瞳に浮かぶが、すぐに意気消沈してしまう。出来るわけが無いと。

 

「……無理よ、こんなに小さな町だもの。

 よそ者は目立つわ。もし姿を見られたら、みんな怪しむ。

 素性の知れない女だもの」

 

「分からないよ?

 みんなが君を助けようって思えば、平気さ。

 匿ってもらうのも、この町で生きていく事も」

 

 困惑の色。しずかは少しの間、考え込む仕草。

 だが程なくして、少し茶目っ気のある顔で、のび太に向き直る。

 この町に来て、彼女がはじめてのび太に向ける、笑顔。

 

「貴方のような人、ばかり……?」

 

「良い人達だよ。

 みんな正直者だし、苦労を知ってるから、人に優しく出来る。

 頼んでみる価値はあると思うんだ」

 

 優しく頷き、真剣な声で語る。

 しずかの瞳に、のび太に対するほのかな信頼の色が浮かぶ。

 

「でも、どうやってお礼をすれば……。

 私、なにも持っていないの。返せる物なんて……」

 

 

 話は決まった。

 彼女は未だ不安の中にいるが、後は実行に移すのみ。

 

 のび太は彼女が気付かない程の、わずかな笑みを浮かべる。

 内心の歓喜を押え切れず、表に漏れ出しているのだ。

 

 

「大丈夫。色んな方法があるよ?」

 

 

 

 

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翌日。のび太の主催する集会に、町の人々が集まった

 

 

彼らは全員が来てくれた。しかし、とても“熱心”とは言い難い雰囲気だった

 

のび太は皆に向かい、熱意を込めて話す。

人々が抱える問題や、“受け入れ”について、自分の考えを伝える

 

だが想いが空回りし、彼の話はどこか要領を得ない

明確なテーマが、彼の話し方のせいで、不明瞭になった

 

自分の考えを一方的に言い、つい夢中になり、話を広げすぎた

しかも中には批判的な物言いも混じり、次第に人々の反感を買い始める

 

後見人である丸尾は、黙って様子を見ていた

 

しかし場の雰囲気を感じ取り、ここで助け舟を出そうとした――――

 

 

 

 

 

「ふむ……のび太さん? 貴方がワタクシたちを想う気持ちは、よく分かります。

 けれどこの町の人々は、どこよりも優れた共同意識を持っていますよ」

 

 メガネをくいっと上げ、丸尾が発言する。

 今まで場の雰囲気に抗うように、ひたすらしゃべり続けていたのび太の勢いが、ここで止まった。

 

「ワタクシたちは協力し合い、共に生きてきました。

 お互いの事も、よく理解している。とても上手くやっていると思いますよ?

 ズバリ、ワタクシの目は確かでしょう」

 

 町の代表者であり、人々からも厚い信頼を受けている丸尾。その説得力にのび太が言葉を詰まらせる。

 ようやく口を閉じたと思ったのか、ここで城ケ崎さんが発言。冷めた目でのび太を見つめる。

 

「のび太くんの話って、いつも変わらないわね。

 悦に浸ってるみたいに、一方的にバカげた説教をするだけ……。

 哲学者にでもなったつもり? 意味があるとは思えないわ」

 

 切り捨てるような物言いに、のび太はたじろぐ。

 哲学者じゃなくて観察者だよ……とオドオドと反論するも、彼女の視線は冷たいまま。

 隣の笹山さんに諫められるも、批難の目を向け続けている。

 

「観察者ぁ? その目は節穴だねぇ~。

 あたし達、みんな仲いいじゃん! いっしょに雪かきとかもするじゃん!

 ねーたまちゃん♪」

 

「ねー♪」

 

 まる子とたまちゃんが、「うふふ♪」と笑い合う。

 住んでいる家は違うが、彼女たちはこの町一番の仲良しだ。まさにずっ友である。

 

「雪かき? そりゃまる子もたまちゃんも、頑張ってくれてるけど……。

 でも大抵の人って、自分の家の前だけだろう? 助け合ってるとは言えないよ」

 

「のび太の言う通りだよ。道路は雪だらけじゃないか」

 

 藤木がフォローに入ってくれるが、女性陣にギロリと睨まれた途端、口をつぐんでしまう。

 彼はある理由(・・・・)から、女性たちにあまり良く思われていない。頭が上がらない所があった。

 

 それによって、少し場の雰囲気が微妙な物となる。

 空気を変える為に、丸尾が「別の話題を」と提案する。

 

「みんな聞いてよ、この国はもっと良くなるハズなんだ。

 凝り固まった頭じゃいけない。受け入れる意識が必要なんだ。

 もっと全てに対して、寛容と受容の心を持たなくちゃ」

 

「え、困った人がいたら助けるぞ? それくらい俺達だってするさ」

 

「そうよ。変なこと言わないでよ、のび太くん」

 

 反感の声が上がる。

 要領を得ない話、そして馬鹿にされていると感じたのか、皆が不満を言い始める。

 

「違うよ……。そうじゃない、そうじゃないんだ」

 

「なんだよ。何が言いてぇんだよ。

 言いたいことがあるんなら、ハッキリ……」

 

「――――僕らは、問題を抱えてる」

 

 のび太の一言によって、この場の者達は、言葉に詰まる。

 

 

「誰も認めようとしないだけだ。僕らには問題がある。

 ……いいよ、じゃあ“実例”を示そうか。

 いま起きようとしてる事を、みんなに話す――――」

 

 

 

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のび太は昨晩の出来事を、手短に話した

そして驚く町の人々を余所に、いったん外へと出かけて行く

 

楡通りを歩き、“逃亡者”が隠れている、廃坑へ 

 

やがてしずかの手を引いた彼が、皆の待つ伝道所に戻った――――

 

 

 

 

 

「みんな、おまたせ。

 ……しずかちゃん、ドッグヴィルの人達だよ」

 

「こ、こんにちは……」

 

 少し表情は硬いが、しずかがペコリと頭を下げる。

 伝道所の女性たちの何人かは、気遣うように挨拶を返してくれた。

 

「はじめまして、しずかさん。話はのび太さんから聞きました。

 なんでも、ギャングに追われているのだとか」

 

「あの、私……皆さんを危険な目に合わせるつもりは……」

 

 丸尾が椅子から立ち上がり、真剣な目で彼女を見つめる。他の面々も同様だ。

 多くの視線に晒され、しずかは身をすくませる。

 

「警察に行って保護してもらえ。

 それか通報すりゃあ良い。ギャングを捕まえてくれる」

 

「いや、それは難しいよジャイアン。だって……」

 

 藤木が反論しようとしたが、その言葉は皆に止められる。

 まるで「お前は黙っていろ」と言わんばかりの不憫な仕打ちだったが、のび太がその意見を引き継ぐ。

 

「ギャングは色んな所に影響力を持ってるだろ?

 警察だってギャングの言いなりさ。正直、良い手だとは言えないよ」

 

「じゃあ匿ってやるの? どこの家に?」

 

「でもそんなの……。ギャングが追っているんでしょう?

 その人に手を貸して、もし巻き添えにでもなったら……」

 

 土橋さん、笹山さんが不安げな声を出す。

 人助けと、町や家族の安全。その天秤に葛藤しているのだろう。

 まる子、たまちゃんといった他の面子も同様だ。みんな難しい顔をして黙り込んでいる。

 

「ただ……この町は、身を潜めるには最適だと思います。

 ズバリここは小さな町ですし、辺境にありますからね。身を隠しやすい」

 

「そうだね丸尾くん。出来ると思うんだ。

 町への道は、キャニオン・ロードだけ。道の傍に住んでるまる子と野口さんが見張って、もし奴らが来た時は、すぐ土橋さんに連絡するんだ。

 鐘を鳴らして、街中に知らせるんだよ」

 

「えっ、大丈夫かな? あの鐘は時報だし、みんな混乱しちゃわないかな?」

 

「人助けの為だよ。そんなの何とでもなるさ。……そうだろ?」

 

「鳴らし方を工夫すればいいよ。いっぱい鳴らすとか、回数を決めとくとか。

 それでもしギャングが来たら、すぐ廃坑に隠れればさ」

 

 皆が議論する姿を、しずかはひとり不安げな顔で見守る。

 のび太は先陣に立ち、自分の為に必死に尽力してくれている。そして皆は葛藤しながらも、どうすべきかを真剣に考えてくれている。それをひしひしと感じる。

 

「なんでだよ? なんで俺達がそんな事を」

 

 だがジャイアンが、強く疑問を呈する。

 

「ジャイアン、人の道さ。他人への思いやりだよ」

 

「そうよ。だって放り出すなんて、そんな酷いこと……」

 

「信用できねぇよ。そいつが本当の事を言ってるとは限らねぇだろ。

 ギャングに撃たれたなんて、嘘かもしれねぇだろうが。

 なんでお前らはそんな呑気なんだ。おかしいだろ」

 

 のび太や皆が諫めるが、ジャイアンは言葉を止めない。

 不快感を滲ませた顔で、皆を睨みつける。

 

 

「その通りよ――――」

 

 その時……、

 

「なぜ、私を信じるの……?」

 

 初めて、しずかが口を開いた。

 

「会ったばかりなのに。誰とも知れない女なのに。

 それを、信じるだなんて……」

 

 

 苦渋の滲む、思いつめた顔。そして「なぜ私なんかを?」という、疑問の声。

 よそ者で、見知らぬ自分などの為に、なぜ貴方達はそこまでしてくれるのかと。

 

 ……暫くの間、伝道所は静まり返った。

 身体は震え、力なく俯いている彼女の姿に、見入ってしまったかのように。

 

「――――ぼ、僕は信じるよ!?」

 

 けれど、突然藤木が立ち上がり、ハッキリと言い切ってみせた。

 

「うん……そうよね。私たちはギャングじゃないもの。

 だから余計な口出しはしないし、他人の詮索もしない。

 いま目の前にいる、貴方を信じるわ」

 

「わたしも。出来る事があるなら、協力してあげたいの」

 

 笹山さん、土橋さんも続く。二人はコクリと頷き合い、可愛らしく笑顔を交わす。

 気が付けば、この場の多くの者が、それに賛同している。

 吹っ切れた顔で笑い合い、彼女の為にと心を決めたようだった。

 

「それじゃあ、賛成だね?」

 

 のび太が満足気な表情で、そう確認する。

 未だ反対意見はあり、何人かの者は沈黙しているものの、この場の意見としては話が纏まった。

 

「けれど、そうですねぇ……。

 確かにワタクシ達は初見ですし、疑いを持つのも無理はない。

 ですので、もし彼女の人柄を知る方法があれば……と。

 そうすれば、誰も疑ったりする事なく、しずかさんと接する事が出来るのではと」

 

「うん。きっと生活を共にすれば、彼女のことが分かると思うんだ。

 丸尾くんは人を見る目があるでしょう? 何日くらいあれば、見極められるかな?」

 

「ふむ、そうですねぇ。ズバリ一週間……いや二週間ほどでしょうか」

 

 のび太はぐるっと周囲をまわるように歩きながら、この議題の結論を告げる。

 

「――――よし、2週間の猶予を与えよう。

 もしその後で、一人でも“追い出せ”という人がいたら、その時は僕が自分で追い出すから。

 みんな、それで構わないかい?」

 

 皆はざわつくも、反対意見は出ない。

 そして少し間を置いて、みぎわさんが椅子から立ち上がり、皆の方に向き直る。

 

「私は賛成するわ♪ のび太くんが私たちを想い、町の為にする事でしょう?

 まだ若いけど、のび太くんはすごく立派な子よ。

 私は隣に住んでるし、昔からよく知ってるわ♪」

 

 にこやかに発言し、みぎわさんが着席。

 これにより、今日の集会は決着を見る。

 

 ほどんど発言をする事なく、ただこの議論を見守るばかりだった、しずか。

 この緊迫した空気や、人々が放つ言葉のひとつひとつが、どれほど彼女に心労を与えた事か。

 目の前で自分の命運が左右され、何度もいったり来たりするという状況。

 彼女はまるで嵐の中の船に乗っているような、綱渡りのような心境だったに違いない。

 

 いま緊張から解き放たれた彼女に、のび太がパチンとウインクを送る。

 

 それを見て、心が軽くなる。

 ようやくしずかは、彼女本来の柔らかな笑みを見せたのだった。

 

 

 

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“逃亡者”に、2週間の猶予を与える事が決まった

 

彼らは己の姿を鏡に映した時、きっと誇らしく思うことだろう

これは人道的な行いだ。自分達は誰よりも立派な事をしたに違いない

 

そして、その日の午後

のび太はしずかを連れ、楡通りを歩いていた

 

彼の“愛する町”を、彼女に紹介していった――――

 

 

 

 

 

 

「そこが、みぎわさんの家。

 娘さんがいるけど、身体が不自由でね?

 丸尾くんの厚意で、ここに住まわせているんだ」

 

 のび太が、また別の家を指さす。

 

「ジャイアンとたまちゃんは夫婦だよ。子供が七人いるけど、夫婦仲は微妙なんだ。

 隣は永沢くん一家。安物のグラスのふちを削って、高級品みたいにしてから売るのが仕事」

 

 二人で歩きながら、家々を見渡す。

 しずかは無言ながら、興味深そうに頷きながら話を聞く。

 真面目な彼女は、少しでも多くの事を知り、早くみんなと仲良くなりたいと願っているのだろう。

 

「ここはスネ夫の家。

 彼は目が見えないんだけど、それを隠すために、滅多に家から出て来ないんだ。

 そこの馬小屋には藤木がいるよ?

 お酒好きな人で、月に一度は売春宿に行ってる。……でも、それを恥じてるね」

 

 のび太はどこか淡々と、ありのままを告げていく。

 黙って聞いてはいるが、しずかはその姿に少し違和感を覚えていた。

 

「ここはさっきも来たけど、伝道所。

 牧師が来るまでは土橋さんが管理してるんだけど、牧師なんて配属されない。

 最後はまる子と野口さん。ここの店で食料品なんかを売ってるよ。

 ちょっとぼったくりだけど、誰も町を出たがらないし、ここで買うしか無いんだ」

 

 一通りの家々を説明し終わり、のび太が店の前で立ち止まる。

 そしてテクテクとついて来ていた、しずかの方に向き直った。

 

「前は選挙にも行ってたんだけど……登録料が必要になってね?

 そんなお金は無いから、ドッグヴィルは民主主義に頼るのをやめた」

 

 ふと目線を動かし、店先に飾ってある人形を見つめる。

 掌ほどのサイズの、陶器人形だ。それが家族のように7つ揃って並んでいる。

 だが売れ残りなのか、はたまた見向きもされないのか。人形らは年月の経過によって薄汚れているようだった。

 

「この醜い人形が、ドッグヴィルの人々をよく表してるよ」

 

 ずっと同じ場所で、ずっと変わらず、年月だけを重ねていく。

 のび太は心底軽蔑するように、シニカルに笑う。

 

「――――なぜ愛してる町を、そんな風に言うの?」

 

 少し怒った顔、でも真剣な声で、しずかがバッと振り向く。

 

「私には、ここは美しい町に見えるわ。

 壮大な山々に囲まれた、小さくても人々が希望や夢を抱ける……そんな町よ。

 たとえ物が無くても、環境は厳しくても……ここに住む人達の人間性は、豊かだもの」

 

 感じ入るように、訴えかけるように、しずかは呟く。

 

「この7つの人形は、ちっとも醜くない――――すごく愛おしいって思う」

 

 

 

 

このドッグヴィルを“美しい”――――

 

その言葉はとても唐突で、主観的だ

 

数日前であれば、きっと彼女もこの人形を見て、悪趣味と思ったのだろうが……

いま彼女は慈愛に満ちた表情で、人形たちを見つめていた

 

だがその時、とつぜん彼女は立ち上がり、周囲を見渡し始める

 

ゾクリという悪寒、そして視線を感じた

 

急にドッグヴィルの町の、何かが違って見え始めたのだ――――

 

 

 

 

 

「……ッ!!」

 

 ふと見回せば、そこには家から顔を出し、こちらの様子をじっと窺っている人々の姿があった。

 

 今この町の全員の目が、自分の方に向いている――――不信の色を滲ませて。

 しずかは咄嗟に俯く。その視線から顔を背けるように。

 

「みんな、君を監視してる――――」

 

 俯き、身体を震わせる彼女に対して、のび太は告げる。

 

「彼らの不安を、取り除いてあげなよ?

 2週間で、受け入れてもらうんだ」

 

 しずかは大きく目を開き、信じられない物を見るような瞳で、のび太を見る。

 どことなく楽しそうな……シニカルな笑い方。それに不快感を感じ、しずかはその美しい顔を少しだけ歪め、眉間に皺を寄せる。

 

「……まるで、ゲームのように言うのね」

 

「そうさ。これは君の命を救うゲームだよ? その通りだ」

 

 その嫌らしい笑みに耐え兼ねて、目線を切った。

 だがしずかは意を決し、改めてのび太に向き直る。

 

「私は、何をすればいいの……?」

 

「君は肉体労働って、嫌かい?」

 

 しずかは小さく、「いいえ」と首を振った。

 

 

「なら、見返りに働くんだ。

 町が君に与えた、2週間のあいだね」

 

 

 

 

 

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