しずかちゃんのえんげきぶ。~I'll do a play Dogville~   作:はせがわ

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Chapter THREE ~In which Sizukachan indulges in a shady piece of provocation~

 

 

 

のび太が提案した2週間は、たちまち過ぎていった――――

 

しずかはドッグヴィィルの日々を、心から楽しんでいた

彼女は町の人が大好きだから、毎日が輝いていた

 

自分の事を嫌う人や、乗り気でない人でさえも、しずかは愛した

彼らにも事情や、そうせざるを得ない理由があるのだと、そう考えた

 

人の心は複雑だ。本当の所など、誰にも分からない

ジャイアンがそうであったように……

 

彼女は奮闘しているが、まだ町の人々の半分も味方にしていないだろう

それがのび太の見立だった

 

しかし彼女はこの町を気に入り、毎日を楽しく過ごした

そして次第に、取り繕った顔を捨てていった

 

遠慮を捨て、人々に本当の顔を、見せるようになった――――

 

 

 

 

 

「以前、みんなを海に連れて行った事があるんだ。もちろん僕のおごりでね。

 砂浜で寝そべったり、スイカ割りをしたり。夜は豪勢にバーベキューをしたっけな」

 

 ある日、例によってスネ夫の自慢話に付き合っていたしずかは、ふいにもっと踏み込んでみたくなった。

 盲目である事を隠しながら笑っている、この男の心に。

 

「だけど、のび太は置いていったよ。アイツだけは連れて行かなかった。

 ――――悪いねのび太、このバスは14人用なんだ、って。

 別に理由なんか無いんだけど……何故かそうしなきゃいけないって気がしてね」

 

 それは自分自身への追求であったのかもしれないし、スネ夫の自慢話に飽きてきた所もあったのかもしれない。

 あるいは、この町に来て以来、ずっと自分の感情を抑制してきた反動が、しずかを駆り立てたのか。

 

 この先どうなるのか分からないという不安や、「いつまで自慢話すんねん」というイライラ、そして例の〈ぱっぱらぱっぱ♪ ぱっぱらぱらぱら♪〉という脳内BGMの不愉快さも手伝った。

 その結果として、かくも愛らしいしずかは、ここで挑発的な試みに喜びを見出したのだ。

 

 

「な? しずかちゃんも、そう思うだろう?」

 

 ソファーに腰かけ、スネ夫が朗らかに問いかける。

 暫し思考の中に囚われていたしずかは、それによってこの場に意識を戻す。

 

「水の都、芸術の都、食の都……。

 ありとあらゆる所に旅行してきたけど、やっぱ旅はのんびりが一番さ。

 貧乏人みたいにセコセコ動き回るより、ホテルやクルーザーでのんびり過ごすの良い。

 優雅さって物が大事なんだよ。綺麗な物を見ながら、美味しい物を食べるのさ」

 

「ええ……そうかもしれないわね」

 

 さくらももこ作品ではないのに、しずかの額にドヨーンと影が落ちる。

 一瞬、「その尖った口を引っ張ってやろうか。前髪を引きちぎってやろうか」と思ったけれど、しずかは良い子なのでそんな事しない。思うだけである。

 

 けれど、“また別”の苛立ちから、しずかはある提案を持ちかける。

 目の前の男は、未だ盲目である事を隠している。見えるふりをしている。それを嫌だと感じたのかもしれない。

 

「ねぇスネ夫さん?

 かつての旅行の話や、過去に見た景色の話は、もう十分だと思うの。……違う?」

 

「あ、あぁ。……そうかい?」

 

「ええ、別の話をしましょう?

 例えば、いま見える事(・・・・・・)について――――」

 

 挑戦的な目で、しずかがスネ夫を見る。

 だが彼は受け流すように、内心の動揺を誤魔化すように、曖昧に笑うだけ。

 

「見るべき物なんかあるかい? こんなみすぼらしい町にさ」

 

「景色はどう?」

 

 しずかは、彼の反応を注意深く観察しながら、言葉を突き立てていく。

 

「うーん……景色かい? 僕はあまり外には出ないからね。

 もう若くはないし、日に当たると肌が……」

 

 スネ夫が困惑している。ようやく今、彼の顔から笑みが消え去った。

 

「昨日、たけしさんの農園でね? リンゴの木の下を歩いたの。

 崖のふちまで歩いていくと、藤木さんのガレージが見えるの。

 峡谷に面した所からは、スネ夫さんのお宅も」

 

「あぁ……」

 

 しずかが、部屋の一角を指さす。

 

「後ろに窓があったのね。分厚いカーテンのせいで、今まで気が付かなかった。

 とても大きな窓が」

 

「……」

 

「きっと、ここからは素晴らしい景色が見えるでしょうね。

 ねぇ……開けてみてもいいかしら?」

 

 彼からの返事を待たず、しずかは立ち上がる。

 リボンで固く封印されていたカーテンを開き、力強く窓を開け放った。

 

「――――ッ!」

 

 そして……そこから差し込んで来た、美しい夕暮れの光。

 オレンジ色の光が、しずかとこの部屋を照らした。

 

「君は、馬鹿ではないね。……ちっとも」

 

 息を呑むような美しさだった。

 この窓から見る景色に、しずかはひと時、心を奪われてしまった。

 口をあんぐりと開け、ただただ目の前の景色に見入る。

 夕暮れのドッグヴィィル。夕焼けの日に照らされてた、美しい山と谷――――

 

「そのカーテンは、めったに開かないんだ」

 

「……ごめんなさい……」

 

「そう、なぜ開かないかと言うとね?」

 

「…………ごめん、なさい……」

 

 我に返った。

 この美しい夕暮れの光が、しずかの醜い部分すらも照らし、消し去ってしまった。

 いま自分がした事を……彼にしてしまった事を、悔やんだ。

 

「良い景色だろう? 魂を奪われるくらいに。

 ……じゃあ聞くといい。なぜ光を愛する男が、重いカーテンを閉ざしてたのかを」

 

 スネ夫が椅子を離れ、窓辺にいるしずかの隣に立った。

 

「そう、僕は盲目だ――――

 弱視や近眼じゃなく、盲目なんだ」

 

 

 

 心を、開いて欲しかった。

 彼に歩み寄りたかった。

 

 自分がそうであるように、彼にもまた、嘘偽りのない姿を見せて欲しかった。

 友人に、なりたかったのだ。

 

 けれど、自分がした事は、彼のプライドを剥ぎ取る行為だった。

 孤独な老人の心に踏み入り、無遠慮に傷つける。……ただそれだけの行為。

 この上なく残酷で、傲慢な行為だった。

 

「帰ってくれ。……頼む」

 

 しずかが見つめる中、力ない声でスネ夫が告げる。

 そして再び、ソファーに腰かけた。

 

「僕を、独りにしてくれ――――」

 

 スネ夫は目を閉じ、俯いている。

 その言葉を聞きながら、しずかはただ窓の外を見つめる。

 

 町をオレンジに照らす、燃えるような美しい光に、心が震える。

 それと共に、しずかは自分の心に潜む残酷さを見つめ、心から恥じ入った。

 

「スイスでは、こういうのを“アルプスの夕焼け”って呼ぶそうだよ?

 山の頂上の、一番高い所から反射するんだ。

 太陽が山の彼方に沈んだ後に見せる、美しい光さ」

 

 

 きっとスネ夫は、この光をずっと見ていたいが為に、このドッグヴィルの町を“終の住処”と決めたんだろう。

 この夕焼けと共に生き、ともに沈んでいくつもりだったのだろう。

 

 しかし盲目となり、この光を見られなくなった彼の胸中は、いったいどれ程の物か。

 

 

「けどもう……その光も消えたよ」

 

 

 

 

 知らず、しずかの瞳から涙が零れた。

 

 ポタリというその音が、老いたスネ夫の耳に届いた。

 

 

 

 

 

 

………………………………

………………………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

 

美しき逃亡者が現れて、ちょうど2週間目の日――――

 

ドッグヴィルの人々は、伝道所に集まった

 

彼らなりに身なりを整え、だれもが無言のまま席に着く

あのスネ夫でさえも、今日は出席している

 

しずかは緊張の面持ちで、のび太の横に立つ

もうこれで、彼らの顔を見るのは最後かもしれない。そう思いながら

 

おそらく、反対にまわる者の数は、ふたりはいるだろう

一人はリンゴ農家のジャイアン。

もう一人は言わずもがな。先日の夕暮れ時、無遠慮に心を抉ってしまったスネ夫だ

 

今回の採決は、全員の賛成を持って決定される

一人でも追い出されるというのに、この状況は絶望的に思えた――――

 

 

 

 

 

「みんな、よく来てくれたね。

 それじゃあ、今日で2週間が過ぎた。……決断の時だ」

 

 のび太が真剣な面持ちで、皆の前に立つ。

 彼にとって、今回の件は自分こそが仕掛けた物。まさにその成果が問われる時だ。

 暗い表情で俯いているしずかとは、また別の緊張があった。

 

「えっと……しずかちゃんがいても良いの?

 私たちの話を、彼女に聴かれてもいいの?」

 

 皆の意見を代表するように、最前列に座る笹山さんが訊ねる。

 

「しずかちゃんは、僕らに本音で接してくれたよ。

 だから僕らも、率直に言うべきだ。それが誠意だろ?

 もしみんなが、彼女に出ていけって言うんなら……」

 

 だがここで、しずかがその言葉を遮った。

 

「笹山さんの言う通りよ。……きっと私がいたら、本音で話せない」

 

 驚く彼を余所に、しずかはまっすぐ背筋を伸ばし、皆に向き直る。

 

「廃坑で待ちます。その間、みなさんで話し合いを。

 出ていく事になったら、日があるうちに山を越えようと思っています」

 

 心配そうな目を向ける者もいる。だが、目を逸らす者もいる。

 そんな全員に向けて、しずかは自らの矜持を持って、毅然と告げていく。

 お世話になった人々に見せる、最後の姿かもしれないのだから。

 

「のび太さん。私が借りていた物を、後で皆さんにお返ししておいて。

 おねがいね?」

 

「うん……分かったよ」

 

「土橋さん。私の顔を見なくて済むように……鐘を鳴らして欲しいの」

 

「えっ……鐘って? どう鳴らすの?」

 

「私への賛成票が入る度に、ひとつ鳴らしてちょうだい。

 私、ちゃんと数えてる。だからおねがいね?

 15回ならなかったら……町を出ていきます」

 

 そう告げて、しずかが退出する。

 いまこの場にいるのは、重い表情で俯いている14人の人々。そしてのび太のみだ。

 

「きっとのび太さんには、いろいろ言いたい事もあるでしょうね。

 ……ですが、もうのび太さんの考えには、十分に耳を傾けてきました。

 ですので今度は、ワタクシたちの番です。

 皆さんの素直な気持ちを言って下さい。それが彼女に対する、誠意です――――」

 

 

 

 

 

………………………………

………………………………………………………………

 

 

 

 しずかは自分の服に着替える為に、一度のび太の家へと戻った。

 田舎町に溶け込んだ、素朴な服。それを脱いで黒いコートを羽織る。

 

 これは彼女がドッグヴィルに来た時の姿。

 しずかは、町の人々に愛された彼女ではなく、再びただの異邦人に戻った。

 

「……あら?」

 

 鞄を取り出してみると、そこに誰かがいじったような跡を見つける。

 明らかに自分の物では無い、いくつかの物が紛れ込んでいたのだ。

 

「……のび太、さん?」

 

 折りたたんだ手紙。のび太が描いた地図だった。

 恐らく、荷物の場所を知っていたのび太が、こっそり忍ばせておいたのだろう。

 

 そこには山を越える為の道と、行くべきでない危険な箇所が、丁寧な文字と絵をもっていくつも記されていた。

 

「これは……坊やの?」

 

 他にもある。これはブー太郎のペンナイフだ。

 あの坊やはしずかへの贈り物に、綺麗に磨いたペンナイフを鞄に忍ばせてくれていた。

 

「まる子さん、野口さん……」

 

 彼女たちからは、グーズベリーのパイ。

 しずかも大好きだったまる子の得意料理が、丁寧に包装されて鞄に入れられていた。

 

「土橋さん……皆さんも……」

 

 着る物、マッチ、賛美歌集。そんないくつもの品々が、しずかの鞄に入っていた。

 土橋さんがいつも指使いを間違え、何度もしずかに教えて貰っていた18番の賛美歌のページには、何枚かの1ドル札が挟み込まれていた。

 これは土橋さんだけでは無理な額。きっと仲間達と協力して、しずかの為に贈ってくれた物なのだろう。

 

 

「――――」

 

 

 涙が溢れた。

 いくつもの品々、そして心遣いを想い、しずかはギュッと鞄を抱きしめる。

 

 確かにドッグヴィルには、しずかの友達がいたのだ――――

 彼女がやってきた事や、彼女の想いは、ちゃんと町の人々に届いていた。これはその証だった。

 

 愛し、奉仕し、利己的な想いではなく真心をもって、町の人達と接してきた。

 ご機嫌取りではなく、本当の自分をさらけ出して気持ちをぶつけた彼女に、ドッグヴィルの人々は“友達”という最高の贈り物で応えてくれたのだ。

 

 この暖かな想いは、確固たる思い出は、たとえ悪漢が銃を向けようとも奪えない。

 しずかが貰った、彼女が勝ち取った、大切な宝物だ。

 

 彼女の存在は、この町にとって、確かに意味があったのだ。

 ささやかであっても、たとえどんなに小さくとも、しずかは自分の痕跡を、この町に残したのだった。

 

 

 

 やがて彼女は身支度を終えて、坑道の所へやってきた。

 背後には山道、眼前には皆の居る伝道所。自分がこの後どちらへと進む事になるのか、それは今から鳴る鐘の音が知らせてくれる。

 

 彼女が坑道の入り口のあたりに腰かけた時、遠くから一つ目の鐘が鳴り響いた。

 思わず身を硬くするしずかを余所に、ひとつ、またふたつと鐘が鳴っていく。

 

 のび太、まる子、はまじ――――

 土橋さん、笹山さん、藤木さん――――

 

 鐘が鳴るたびに、しずかの脳裏に町の人々の顔が浮かんでくる。

 彼らが見せてくれた笑顔を、次々に思い描いていく。

 

「――――ッ!」

 

 驚くべき事に、14回目の鐘が鳴った。

 これはスネ夫の物だ。彼はあんな事があったにも関わらず、しずかの為に賛成票を入れてくれたのだ。

 自分と同じように、取り繕うこと無く心をぶつけあったあの経験を、尊い物だと感じてくれていたのだ。

 

「……」

 

 だが暫くして、しずかは美しいその顔を、両手で覆った。

 そしてゆっくりその場から立ち上がり、山の方へと歩き出す。

 

 鐘の音は、途切れた。

 幾人もの人々と心を通わせたが、彼女の願いはついに叶わなかった。

 しかしそれでも悔い無しと、彼女はまっすぐに前を見て、歩き出していく。

 

 この町で学んだ事、そして町からもらった沢山の思い出を胸に、山道の入り口へ。

 叶わなかったが、どこか清々しい顔で。そして生まれて初めて自身を誇らしく感じながら。

 

 雪花石膏(アラバスター)のようだった以前とは違う、懸命に畑仕事に打ち込んだ働き者の手。

 それを今、山の岩肌に掛けた。

 

 

 

 ――――カーンと、最後の鐘が鳴る。

 しずかは岩肌に掛けた手を離し、思わず背後を振り返った。

 

 耳を疑いながら暫く放心していると、やがて伝道所の扉が開き、そこからこちらへと歩いてくるのび太の姿が見えた。

 ポケットに手を入れながら、にこやかに笑いながら、こちらに近づいてくる。

 

「…………全員、なの?」

 

 恐る恐る、しずかが訊ねる。

 

「たけしさん、も……?」

 

 それにのび太が、コクリと頷いた。

 

 

「そうだよしずかちゃん――――みんな君が大好きなんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しずかは駆け出し、のび太の胸に飛び込む――――

 

岩山を駆け下り、彼を跳ね飛ばさんばかりに勢いよく

 

また涙が溢れた。さっき泣いたばかりだというのに、止まってくれない

でも良い。のび太の服を汚してしまうかもしれないが……

今だけはどうか、許して欲しい

 

これからも、ドッグヴィルで暮らせる

その喜びに、しずかは感情を爆発させる

 

 

そしてのび太は驚きつつも、夢見心地で抱き留めていた

 

こんな経験は、今まで無かった

しずかは小説に出てくるような、とびっきりの美人だし、それも仕方ない

 

キョドキョドしながらも、優しく彼女の背中を撫でてやる

そして彼は、自身のおこなってきた“道徳再武装運動”の成功を実感する

 

彼にとってこの抱擁は、最高のご褒美となった――――

 

 

 

 

 

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