しずかちゃんのえんげきぶ。~I'll do a play Dogville~   作:はせがわ

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Chapter FOUR ~Happy times in dogville~

 

 

林檎の木が花を付け、季節が夏を迎えようという頃

 

しずかは充実した日々を過ごしていた

自らが愛する、ドッグヴィルの町で

 

土橋さんが鳴らす伝道所の鐘が、しずかに時を知らせる

 

その音に従いながら、毎日町の家々を周り、手伝いをしていった――――

 

 

 

 

 

「おいしい……! 美味しいよ!

 誰かに作って貰うご飯が、こんなにも美味しいだなんて……!」

 

「ふふ。もうカップ麺やアメリカンドッグばかりじゃダメよ?

 今日もお仕事おつれさま、藤木さん」

 

 まるで母親か通い妻のように、藤木の朝夕の食事を準備してやる。

 独り身という事で、どうしても偏りがちだった彼の食生活は、料理上手な彼女によって劇的に変化した。

 彼の血色の悪い青色のクチビルも、いずれ改善されていく事だろう。

 

 

 

「すごいね、しずかちゃん! とっても編むのが早いっ。

 それにすごく丁寧だし、素敵な模様っ!」

 

「たまちゃんだって凄いわ。このクマさん、とっても愛らしいもの。

 きっと子供達を心から愛してるから、こんなにも素敵なマフラーが作れるのね」

 

「あたしから見たら、どっちも凄いけどねぇ~。

 とてもあたしにゃ~真似できないもん。

 こりゃあブー太郎たちも、大喜びすると思うよぉ?」

 

 ジャイアン()がぶっきらぼうな事もあり、いつもたまちゃんは、少し情緒不安定な所がある。

 そんな彼女を励ますように、まる子と一緒に話し相手をつとめた。

 

 まだ季節は夏なのだが、7人もいる彼女の子供達の為に、協力してマフラーや手袋なんかを編んでいく。

 愛らしい動物の絵を入れたり、イニシャルを入れたり、デザインにこだわってみたり。

 三人でアイディアを出し合いながら、楽しく交流していった。

 

 

 

「それじゃあスネ夫さん、また明日」

 

「あぁ、またねしずかちゃん。

 明日は美味しいクッキーを用意しておくよ。また夕焼けを見においで」

 

 スネ夫の隣に座り、共にドッグヴィルの美しい夕日を見る。

 彼には見れずとも、代わりにしずかが見てくれる。共に一緒の時間を過ごしてくれる。

 孤独だった彼にとって、それは何物にも代えがたい、穏やかな時間だ。

 

 

 

「ただいまマイガール♪ しずかちゃんもただいまぁ~。

 あらま、お姉ちゃんと遊んでもらってたの? いいわねぇ~♪ よかったわねぇ~♪」

 

「おかえりなさい、みぎわさん。お仕事お疲れ様でした」

 

 みぎわさんが隣町に働きに出ている間は、しずかが娘さんの介護をおこなった。

 この子もしずかに大変懐いており、大の仲良しだ。大変なはずの介護も、ちっとも辛くはない。

 そして帰って来たみぎわさんにお茶を淹れてやり、労ってやる。

 たくさん働き、たくさん歩いてくたびれた彼女の靴も、布でピカピカに磨いてあげた。

 

 

 

「目を瞑ったまま、人差し指と人差し指をツンと合わせてみましょーう!

 もしちゃんと出来なければ、ズバリわたくしの脳には、どこか腫瘍でも……」

 

「大丈夫だと思います。どこも悪くないです」

 

 丸尾は、空想した新しい病気の発見方法を考えるのに躍起になり、簡単なテストをおこなっては、しずかに「健康そのものです」とつっこまれるのが日常になっている。

 

 医者であった自身の知識を披露出来ること、そして彼女とおこなう知的な会話は、彼をとても満足させた。

 

 

 

「えっと、いいのかな……? こんな事して。

 そりゃあ私も、音を出して弾きたいけれど……」

 

「いいのよ。たまにこうして空気を通さないと、オルガンも痛んでしまうもの。

 ふふ。じゃあこれは、二人だけの秘密ね?」

 

 しずかがペダルを踏んでやり、土橋さんが鍵盤を弾く。

 教会の許可が無いからと最初は渋っていた土橋さんだが、勇気を出して一度弾き出すと、途端に不安げな顔は笑顔に変わった。

 

 自分一人ではなく、しずかが代わりにペダルを踏む事によって、罪悪感は薄れる。ずっと弾きたかったオルガンを、思う存分弾く事が出来る。

 この演奏は、二人の共同作業。しずかと土橋さんは、ちょっとした秘密の共犯者となった。

 年頃の女の子が好む、二人だけの秘密だ。

 

 

 

「――――MIGIGYOKU?! そんな通好みな戦法を……!

 しずかちゃん、君はッ……?!」

 

「ANAGUMA……確かに硬いわね。でものび太さん、ちゃんと使いこなせてるのかしら?

 せっかくのクマさんも、使いこなせないのなら、ただの飾りよ?」

 

 永沢家のグラス作りを手伝いつつ、はまじの教師を務める。

 たまにSHOUGIで負け通しなのを見かね、彼の頭脳となって、のび太と対局した。

 

「ま、まだだ! まだいけるよッ!

 確かに駒損してるし、先に攻め込まれちゃったけど……この囲いはすごく硬いんだ!

 ANAGUMAの暴力をおもい知るがいい!!」

 

「あら。のび太さんは、まだ勝てる気でいるのね。

 ならKEIMAをただでプレゼントしようかしら?

 のび太さんは駒損してたんだし……どう? 嬉しいでしょう?

 ねぇ――――私は優しいでしょう?」

 

「 ?!?! 」

 

 ANAGUMAの急所である、2七のHU。それに狙いを付け、しずかがKEIMAを打ち込む。

 “TUGIKEI”。これは二枚のKEIを連結させて打つ、SHOUGIの手筋だ。

 次の手番が来た時、この2羽の燕は確実にANAGUMAに風穴を開ける。そして数手もしないうちに、GYOKUを引っぱり出すことだろう。

 

「い、いくら崩されようとも、ANAGUMAは何度でも蘇るッ!

 こうやってKOMAを張り直していけば、受けきれ……」

 

「――――受け続ければ負けないとでも? 残念、一手一手よ。

 ならせっかくだし……私はTOKIN作りでもしようかしら?

 貴方の大切なKANAGOMAと交換して下さる?」

 

「~~ッッ!?!?」

 

 

 心を折るSHOUGI、友達を無くす手――――

 それをしずかは連発し、完膚なきまでにのび太を叩く。

 

 男のプライドか、はたまた悪あがきか。なかなか投了しないのび太は、もう目も当てられない程の負けっぷりを晒してしまう。

 生徒であるはまじが目を輝かせて見つめる中、しずかが華麗な24手詰みでのび太を討ち取り、この勝負にハッキリと幕を下ろした。

 

「“勝利の女神は勇者に微笑む”――――HABU先生の言葉よ。

 チャンスはあった、でも貴方は踏み込めなかった。

 この負けを教訓となさい、のび太さん。……貴方は強くなれるわ」

 

「まっ、負けましたッ……しずかちゃん!!」

 

 

 

 

 

しずかの労働に対し、町の人々は賃金を払う事にした

 

各々が出来る限り、わずばかり額ではあったが、彼女はそれを大切に貯金した

そして食料品店の店先にあった、あの人形をひとつを購入した

 

これはしずかにとって、初めて自分で稼いだお金で買った物――――

いつか7つ全ての人形を買う事が、彼女の小さな夢となった

 

しずかは労働に喜びを見出し、どんな仕事もいとわず、懸命に働いた

彼女のキレイだった手も、もう普通の町娘と変わるの事ない、働き者の手となった

 

その姿に人々は好感を持ち、感謝の気持ちを持って、しずかと接した――――

 

 

 

 

 

「どうだい? びっくりさせようと思って、内緒にしてたんだ。

 今日からここが、しずかちゃんの家だ。好きなように使ってくれて良いからね」

 

 そして3週間後のある日、しずかは思いがけない贈り物を受け取る。

 のび太と藤木がこっそり修理していた、小さな家――――

 これは以前、破砕工場として鉱石を砕いていた所で、家とは名ばかりの掘っ立て小屋だったのだが、彼ら二人がしずかの為にと、心を込めて修復をおこなったのだ。

 

 初めて家を見せられた時、しずかは言葉に出来ない程の感動を覚えた。

 まさか自分の為に、こんな事をしてもらえるだなんて、思ってもみなかったから。

 

 絶句して固まるしずかを、照れ臭そうに見つめる二人。もう飛びついてキスの雨を降らせたいほどの気持ちだ。

 その日、にこにこと和やかなムードの中で、沢山の人々に手伝ってもらいながら、彼女は意気揚々と新しい家に移り住んだのだった。

 

「これね、実は拾い物なんだよ。立派なベッドだろう?

 運送業をしていると、時折こんな拾い物をする事があるんだ。

 まぁ、運送業もバカにしたものじゃない、って事さ」

 

「ええ、その通りだわ藤木さん。本当にありがとうっ……!」

 

 藤木とのび太が、大きなベッドを家に運び入れてくれる。

 今日からは、これがしずかの寝床だ。女性らしい華やかさと、一人用とは思えない大きさがこの家とは不釣り合いだし、実は元々ローラという娼婦が使っていたらしき品物なのだが、そんな事はどうだって良い。

 寝床を持ち、家を持ち、彼女は確かにこの町に根を下ろしたのだ。

 

 この家へと移した荷物の中から、しずかはあの時に借りていたペンナイフを、ブー太郎へと返却した。

 綺麗に磨かれ、彼の純粋な好意が籠った、大切な思い出の品だ。

 

 ブー太郎はニッコリとそれを受け取り、しずかと微笑みを交わす。

 いたずら小僧な所はあっても、思いやりを知っている優しい子だ。しずかにとってブー太郎は、小さな恋人のような存在となっていた。

 

 

………………………………

………………………………………………………………

 

 

「あら城ケ崎さん、どうしたの?」

 

「しずか、ちゃん……」

 

 彼女がワクワク気分で新居の片付けをしていると、早速この家第一号となる来客が訪れた。

 彼女は永沢の家に住む長女、城ケ崎さん。愛らしいリボンをした、とても素敵な女の子だ。

 しかし今日に限っては、なにやら彼女の表情は、どこか曇っているように思えた。

 

「座って。紅茶でも淹れるわ。

 どこか元気がないように見える。何かあったんでしょう? 話してみて」

 

「うん……」

 

 城ケ崎さんがおずおずと部屋に入り、備え付けたばかりの大きなベッドに腰かけた。

 

「しずかちゃん……私ね? 貴方に謝りたい事があって……」

 

「ん? あら城ケ崎さん、本当にどうしたの?

 私は貴方に、何かされた憶えなんて……」

 

 彼女は俯いている。それはどこか迷っているような、何がを言いあぐねて葛藤しているような様子だ。

 

「実はね……? 私はあの時、本当に身勝手な理由で、貴方に賛成票を入れたの……。

 心から貴方の事を想って……の事じゃ無かったかも……」

 

 城ケ崎さんの思いがけない告白。しずかは平静を装うが、内心は酷く動揺していた。

 確かに彼女とは、まだ仲良しとは言い難い。たまちゃんや土橋さん達ほどは、積極的に話す機会はなかった気がする。

 

 だが一番最初の頃こそ、どこかよそよそしかったものの……しずかにとって城ケ崎さんは、今では大切な友人の一人。

 おしゃべりしながら協力してグラス作りをしていたし、最近ではたくさん笑顔も見せてくれるようになっていたと思う。

 

 だからこの城ケ崎さんの一言はとても意外であり、しずかを動揺させうるに十分な物だったのだ。

 

「どんな理由か、訊いても良い?」

 

「うん……あのね?」

 

 こうしてみても、彼女はとても愛らしい女性だった。ちょっとした仕草にも女の子らしさが溢れ、庇護欲をそそる。

 おそらくは、自分の容姿の良さを自覚している為だろう。だから彼女は自信に満ち溢れ、いつも堂々とした態度でいる。

 それが今では、こんなにも儚げに俯いてしまっているのだ。しずかは決して急かす事なく、親身になって彼女の隣に寄り添う。

 

「貴方がこの町に来てくれて、私ほんとうに助かったわ……。

 だってのび太や町の人達は、みんなしずかちゃんに夢中だもの。

 ……今まではね? 私が追いかけられてた。

 みんな私を変な目で見たり、下心丸出しで優しくしてきて……ウンザリだったの。

 もう相手をするのに疲れてたのよ。……けれど今は、貴方がいてくれるから……」

 

 奇妙な気分になった。

 城ケ崎さんは煮え切らない様子だし、奥歯に物が挟まったような言い方だから。

 

 けれどしずかは、即座に彼女の真意を悟る。

 それは彼女の聡明さもあるが、ある種の“女の感”がそうさせた。

 

 

「みんな貴方に夢中よ。そうでしょう城ケ崎さん?」

 

 

 そう言って、軽く彼女の肩にポンと触れる。

 女の子同士、じゃれ合うようにして。

 

「とっても美人だもの♪

 もうっ、分かってるくせにっ! 何を言わせるのよ城ケ崎さんっ。

 みんなの憧れの的よ♪」

 

 俯いていた城ケ崎さんが、愛らしく微笑む。そして嬉しそうな顔でしずかの方を向いてくれた。

 内心しずかは胸を撫でおろす。決して微笑みを崩さぬまま、冷や汗をかいていた。

 

 正直、とても驚いた。そしてこの上なく慎重に、彼女の心情をうかがった。

 これは恐らく“危機感”や、“嫉妬”から来た言葉だ。

 今までは労せずとも独り占めしていた男達の視線や、憧れ。それを突然しずかに奪われた事により、彼女は戸惑っていたのだ。

 

 望まず男達に言い寄られていた事は、確かに不本意ではあったのだろう。しかしうんざりしていた事と、彼らの興味が他の女に移った事は、まったくの別問題であるハズだ。

 

 自分より魅力的――――男達を取られた。

 たとえ無意識にでも、どこかでそう感じてしまうのは、女の(さが)という物だ。

 

 まるで「なにを当たり前の事を」というように、しずかはおどけながら告げる。

 やさしく、安心させてやるように。

 それによって城ケ崎さんが、満足気に愛らしくはにかむ。とても嬉しそうな顔を見せる。

 

(…………)

 

 

 笑みを交わしながらも、しずかは今の出来事を、しっかりと胸に刻み込む。

 これからは、注意していかなければならない。しずかだって毎日鏡くらい見ている。自分の容姿が良い事くらい、理解しているのだ。

 

 だから今後――――女性たちには注意深く気を配らなければ。

 なにかの火種や、トラブルになってしまわぬように。

 

 しずかは、みんなの事が好きだ。心から仲良くしたいと思う。

 だがその願いが、思わぬ形で崩れ去る事もあるだろう。

 

 いつだって、女の敵となるのは、女なのだ。

 

 

 

………………………………

………………………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

 

季節は真夏となり、しずかの日常に新しい変化があった

ジャイアンの管理する、リンゴ農園の手伝いをする事になったのだ

 

毎日のように午後5まで作業をし、心地よい疲労を感じつつ、楡通りに戻る

伝道所の尖塔が、まる子の店に影を差していた

あの日、スネ夫が言っていた事は確かだったと、妙に感心した

 

その日も仕事帰りに、しずかは店の看板に差した影を見つめていた

だがその時、突然時報とは違う鐘が町に鳴り響き、しずかはハッと息を止める

 

それは土橋さんの鳴らす、何者かが町へ向かって来るという、警報だった――――

 

 

 

 

 

「よぉ、町はこれだけかよ? えれぇ小さな町だな。

 おい、町役場はどこだよ?」

 

 まる子が店から飛び出し、慌ててしずかを廃坑へと押し込んだ後、すぐさまこの場に黒い車がやって来た。

 この男は警察だ。なぜか関口ってんだと自分の名前を名乗り、楡通りに出てきた町の数人を訝し気に見回している。

 

「役場なんかねぇ。町もこんだけだ」

 

 ジャイアンがぶっきらぼうに告げる。のび太も平静を保ってはいるものの、この町が始まって以来の警察の来訪に、緊張感がこの場を包んでいる。

 

「あぁ、そうなのか。

 手配書を張りたいんだ。どっか良い場所はねぇか?」

 

「……伝道所がある。そこでどうだ」

 

「おういいぜ、案内頼むわ」

 

 伝道所の壁には、小さなランプが付いている。ここは夜になると、皆が街灯の代わりにしている場所だ。何かを張り出すにはうってつけだろう。

 

「何をやったヤツだ? こんな辺境の町にまで張るなんてよ」

 

「犯罪者じゃねぇ。ただ行方不明なんだとよ。

 郡全域に張ってるんだが、どうやらこの辺りで姿を消したらしいぜ?」

 

 ジャイアンはとぼけて訊ねる。警察の関口とやらはのほほんとした口調だ。

 のび太が恐る恐る手配書に近づき、それをまじまじと覗き込む。そこには確かに、しずかの顔写真があった。

 

「おい。見つけたら、通報すべきなのか?」

 

「そういうこったな。

 お前らラッキーだな? この辺りにいるかもしれねぇし、見つけたら報奨金だぜ?

 せいぜい頑張って探せよ」

 

 

 

 関口が肩をすくめて車に乗り込み、走り去っていく。

 その途端、突かれたハチの巣のようにして、家々から人々が外へ駈け出して来た。

 

 人々は、不安げな表情で手配書を覗き込む。

 そこにはしずかの顔写真と共に、大きな文字で名前が書かれていた。

 

 

 ――――【行方不明者 みなもと しずか】

 

 

 

………………………………

………………………………………………………………

 

 

「ギャングは簡単には諦めないだろうね。ついに手配書まで……。

 けど、しずかちゃんがここにいる事は、分かってないんだ。

 そうじゃなきゃ、郡の全域に張ったりしない」

 

 その夜、ドッグヴィルの人々は、沈痛な面持ちで伝道所に集まった。

 以前とは違い、町の仲間として認められたしずかも、暗い表情で席に着いている。

 しずかがこの町に来て、もう数か月にもなるが、ヤツらは今も躍起になって彼女を捜している。

 それが目に見える形で判明し、意気消沈している。

 

「前にも言いましたが、ズバリこの町ならば、隠し通す事は十分に可能でしょう」

 

「そうさ、今日だって上手くいったじゃん!

 あたしと土橋さん、ナイスコンビネーションだったよねっ♪」

 

 丸尾とまる子が頷き合う。役に立てた事が嬉しいのか、土橋さんも柔らかに微笑んでいる。

 

「けど……相手は警察よ? まさか手配書まで来るなんて……。

 ちゃんと通報するのが義務なんじゃないの? 法律だってあるのに……」

 

 そう不安げに言った途端、笹山さんが咳き込み始める。

 稼業のせいなのか、彼女は喘息を患っており、興奮するとすぐ症状が出てしまうのだ。今も夫である永沢に背中をさすってもらっている。

 

 笹山さんだって、しずかの事は大好きだ。グラス作りを手伝って貰っているし、いつも仲良く談笑だってしている。

 けれど家族がいる身として、どうしても子供達や町の人々を心配してしまう。警察や法律という物の前に恐れを抱いてしまう。これは至極当然の事だ。

 

「しずかちゃんは何もしてない。ただ行方不明なだけだよ。

 あの警察の男も、そう言ってたじゃないか」

 

「そうだよ、通報の必要なんか……。

 そもそもこれって、ギャングの手配書だし……」

 

「この手配書に正当性など……。

 ただただしずかさんを捕まえようという、なりふり構わない手段だ」

 

「でも、もしこの町になにかあったら……。

 知ってて通報しなかったって、報復されたらさ?」

 

 のび太は皆の不安を打ち消そうと弁を振るうが、この場の意見は割れている。

 理性的に判断できる者もいるが、警察が来るという初めての経験に不安を隠せない者もいる。

 

「――――評決して下さい。もう一度みんなで投票を」

 

 しずかが顔を上げ、椅子から立ち上がる。

 だがそれはのび太に諫められた。そう何度も評決などすべきでは無いと。

 なにより、自分達はもう仲間なのだと。

 

 

「みんな、しずかちゃんの事すきだろ? 仲間のこと守りたいって、そう思うだろ?

 こんな手配書なんかで怖気づくなよ。ぼくらならやれるさ」

 

 

 のび太は強い口調で言い放つ。まっすぐに皆を見る。

 だが誰一人として、彼の目を見る者はいない。誰もが俯き、顔を背けている。

 

 その後もずっと、まるで通夜のような空気が続いた。

 

 やがて夜の帳が町に降りた頃、ドッグヴィルの人々は誰一人として口を開かぬまま、それぞれ家路に着いていった――――

 

 

 

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