しずかちゃんのえんげきぶ。~I'll do a play Dogville~   作:はせがわ

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Chapter SIX ~In which Dogville bares its teeth~

 

 

 のび太との語らいから、数週間が経過した。

 

 しずかはあれからも懸命に働いているが、町の人々の態度は軟化するどころか、日に日に辛辣さを増すばかり。

 ほんの数分の遅刻や、疲労からのミスが出る度に、人々は彼女を激しく叱咤した。

 彼女が反省し、真心を込めて謝罪をするほど、それに付け込むかのようにして、彼女への扱いはどんどん悪くなっていく。

 

「ちょっとしずかちゃん! いつまで待たせるのよ!」

 

「こんな事も出来ないの? 貴方やる気はある? まったく使えないったら」

 

 男達が見ていない場所では、女性たちは特に辛辣にあたった。失敗を繰り返す彼女を棘のある言葉で罵倒した。

 男達にちやほやされている彼女への嫉妬、悔しさ、劣等感がそうさせた。

 まるでしずかを叩く事によって、彼女を弱者にする事によって、自尊心を保っているかのように。

 

 そして辛い立場にあるしずかへと、男達は皆、優し気な言葉をかけた。

 さも自分は味方だと言うように、同情を示しながら隣に座り、身体に触れようとした。

 しずかが控えめに諫めようと、構わず偶然を装って手を伸ばし、そのまま放そうとはしない。

 彼女の立場の弱さ、そして抵抗が出来ない事を、もう理解していたから。

 

「きゃあ! もう! のび太さんのえっち!」

 

「ちょ……! うわごめんよしずかちゃ……ぐえっ?!」

 

 まぁのび太に関して言えば、全くの偶然からしずかのお風呂を覗いてしまったり、着替え中にドアを開けてしまったりする程度。

 風呂桶だの本だのを投げつけられ、その都度しっかりとお仕置きされているので、彼の場合は例外と言えるが。

 

 

 とにかく、あの『しずかちゃんありがとう』というスピーチから数か月としない内に、彼女を取り巻く環境は、まるで坂道を転げ落ちるように変化していった。

 

 そして、しずかに対する大人達の態度は、当然のように子供達にも伝わる。

 まるで鏡映しのように――――

 

 

 

 ………………………………

 ………………………………………………………………

 

 

「ブー太郎くん?! 何をしているの、おやめなさい!」

 

 ある日、たまちゃんの子供達へ勉強を教えに来ていたしずかは、思わず悲鳴を上げた。

 ブー太郎が教材であるタテ笛を振り回し、そこら中の家具を叩き始めたのだ。

 

「それはSHINAIじゃないわ、バンブーブレードじゃないの!

 振り回してはいけないわ!」

 

 ところかまわず叩き、いま危うくアキレス坊やのいるベビーベッドに当たりそうになった。あわててしずかがタテ笛を取り上げるも、ブー太郎は悪びれない顔で他所へと駆けていく。

 

「ちょっと、ブー太郎くん?! なにをしているの!」

 

 チョークではなく、消す事の出来ないクレヨンを使い、ブー太郎が知っている限りの卑猥な言葉を黒板に書きこんでいく。

 算数の数式を上書きするように、いかにも幼児が好みそうな、単純で汚い言葉がたくさん黒板に並ぶ。

 

「いたずらをしてはダメ! 今は算数の時間でしょう? 真面目にやらないと……」

 

「算数なんかより、こういうの覚えた方が役に立つんだブー!

 エッチな言葉を教えてよ先生! たくさん知ってるんだろう?」

 

 しずかは真剣に言い聞かせるが、ブー太郎はまるで聞く耳を持たず、平然とうそぶく。

 周りに座る女の子達からのクスクスという忍び笑いが響く中、しずかはなんとか毅然とした態度を貫くが、内心は酷く混乱していた。

 

「なぜこんな事を? せっかく割り算も覚えたのに。いつも頑張っていたのに……」

 

「ほら先生! そんなのどうだって良いんだブー!

 大人が使う言葉を教えてよ! Pussyとかの!」

 

 目の前が真っ白になり、激高しそうになる。子供達の一際大きな笑い声がこの場を包む。

 

「みんな、今日はおしまいにしましょう。

 ……ブー太郎くんは残って頂戴。話があるの」

 

 だがしずかは冷静に自分を抑え込み、女の子たちに他所の部屋に行っているように指示を出した。ブー太郎をひとり残して。

 

「いったいどうしたの? なぜあんな真似を……」

 

「ぼくは悪い子なんだブー!

 父さんもそう言ってたでしょ? “いかれてる”ってさ」

 

 身を屈め、彼とまっすぐ視線を合わせて、真剣に問いかける。

 だがブー太郎はふてぶてしい態度を崩さず、楽しそうに笑うばかり。

 今日の女の子たちの態度、そして彼の態度は、明らかに最近の大人達を見ての物。子供達はしずかを弱者と見做し、馬鹿にしているのだ。

 

「いいえ、私はそうは思わない。

 ブー太郎くんは、いつもしっかりと家のお手伝いをしてる、とても良い子よ。

 きっと何か理由があるんでしょう?」

 

「……」

 

 その理由は察していた。しずかは子供たち皆と平等に接する為に、ブー太郎を膝に乗せる事を拒んでいたから。

 ひとりを贔屓すれば、必ずそれは歪みとなって現れる。だから授業中は、ブー太郎を甘やかすような真似をしていない。

 彼がそれを不満に思っている事は、見ていて明らかに思えた。

 

「みんながいる時はダメ。膝に乗せてあげられないの。

 私だってブー太郎くんの事は好きよ? でもね……?」

 

 しずかは包み込むように、優しくブー太郎の手を握る。だがそれに納得してくれる様子は無かった。

 彼はまだ子供、しかし“男”だった。まだ6歳の坊やはよくない色を瞳に宿し、試すような目でしずかを見つめている。

 

「嘘だブー。ぼくの事なんか、嫌いだって思ってるんでしょ?」

 

「そんな事ないわ。ブー太郎くんも、ほかの子達も、私はみんな大好きよ」

 

「でも優しくしてくれない。膝にのせてくれない。

 なんでか分かるよ? ぼくが悪戯っ子だからだ」

 

「そんな事……」

 

 どんな子だって癇癪を起すし、叱らなければならない時もある。でもそれは子供にとって「気持ちを伝える手段」でもあるのだ。しずかは決してそれをないがしろにはしないし、いつだって愛情を持って向き合ってきた。嫌いになどなるハズがない。

 

「悪い子なんだブー。いつも赤ん坊のアキレスに意地悪してる。

 だってコイツはやり返せないから。誰かに言いつけたりも出来ない」

 

 ブー太郎がおもむろにベビーベッドに近寄り、タテ笛で叩く。

 小さな寝床が乱暴に揺らされ、ガンガンと耳障りな音が鳴る。途端けたたましく赤ん坊が泣き始めた。

 

「駄目ッ!! 何をしてるの! ベッドから離れなさいッ!」

 

 しずかが血相を変えて駆け寄り、即座にブー太郎を取り押さえる。

 いま彼が何をしたのか、いったい何を考えているのか、微塵も理解が出来ない。

 

「これって悪い事でしょう? ぼくは悪い子だブー」

 

「ええ、そうよ。悪い事よ……。なんでこんな……」

 

「じゃあ罰が必要だよね。ぼくのお尻を叩いていいよ――――」

 

 ニヤニヤと、まるで自分に理があるかのように、平然と。

 ブー太郎が猫を被るのを止め、ついに本性を現す。

 

「叩く……? なぜ?

 私はぶったりなんてしない。貴方のお母さんと同じで、体罰には反対なの」

 

「うん、きっと母さんが知ったら怒るだろうね。うちの息子をぶったって」

 

 うろたえるばかりの、しずか。だがブー太郎は狡猾に言い募る。

 

「しずかちゃんは、母さんを味方にしておきたいんだろ?

 もし敵に回したら大変だよね?」

 

「……」

 

「ぶってくれないんなら、母さんが帰って来たときに言っちゃおうかな?

 しずかちゃんにぶたれたブーって」

 

 上目遣いの、まるで猫のような瞳。醜悪さを感じる声色。

 

「味方だなんて……。町の人達が私を嫌うのなら、それは仕方のない事なの。

 貴方をぶったりは、出来ないのよ……」

 

「でも罰はいるだろう? ぶってくれなきゃ、あんたのこと尊敬できないブー」

 

「……」

 

「母さんはぼくを信じるブー。きっとものすごく怒って、しずかちゃんを追い出すブー。

 でもぶってくれたら、何も言わないよ?」

 

 邪悪――――子供の純粋な悪意。

 しずかは口を開く事も出来ず、目を見開いてその場に佇む。

 今まで見てきた物、信じてきた物、その全てがガラガラと崩れ落ちる音を聞いた。

 

「あっ!! ダメ! やめなさいッ!!」

 

「ん? コレなかなかひっくり返らないね? 頑丈だブー」

 

 その姿に業を煮やしたか、ブー太郎が激しくベビーベッドを揺さぶる。またアキレス坊やが、助けを求めるように泣き出した。

 しずかは大慌てでブー太郎の腕を掴むが、悪びれずにとぼけた事を言う彼の様子に、めまいを憶える。

 今まで真心を持って接してきた事、愛情を持って語り掛けてきた事、それを全て裏切られ、心が悲鳴を上げた。

 

「……分かったわ! 貴方がぶたれたいのなら、望み通りにしてあげる!

 こっちに来なさいブー太郎くんッ!」

 

 しずかはブー太郎の手を掴んだまま、近くの椅子に座る。そして彼を膝の上にうつ伏せにさせた。

 

「……ッ! ……ッ!」

 

 目をギュッと瞑り、2回ほど尻を叩く。

 目を閉じたのは、子供が叩かれている所など見たくないから。そしてあまりの情けなさに、涙が零れそうだから。

 

「ぜんぜん痛くないよ? 痛くしないと罰にならないブー」

 

「……ッ!!」

 

 ――――なんて醜悪! なんて気持ち悪い!

 もう視界が真っ白のまま、力強く腕を振りかぶる。

 

「ぶっ、ブーブー! ブーブー♪」

 

 恍惚とした表情で、ブー太郎が鳴く。

 その声、その体温、手に伝わる感触……全てが気持ち悪い! 吐き気がする!

 

「ブーブー♪ ブー♪ ……ってあれ、もうおしまい? もっと叩いてよしずかちゃん」

 

「もういいっ……! もう充分でしょう!? はやくどいてちょうだいッ!」

 

 ついに零れ落ちた涙を拭いながら、しずかは椅子から立ち上がる。

 もう我慢できないと扉の方に駆け出すが、その背中に彼が、あっけらかんと声を掛ける。

 

「ねぇ、もう罰はないの?

 あ、ズボンを脱いで隅っこに立ってようか? おちんちんを出して」

 

 絶句した。もう何を言っても無駄なのだ、この子には。

 心を通い合わせたと思っていたのは、しずか一人だった。彼はただただ、己の欲望と快楽だけを見ていた。

 しずかに対して親愛などなく、彼女の心など、どうでも良い事だったのだ。

 

 ――――黙って! もう好きにして頂戴! 

 思わずそんなヒステリックな声が、口をついて出ようとする。だが必死に口元を押え、それを押し留める。

 

 惨めだった。

 こんな小さな子供にすら軽んじられ、足元を見られ、正してやる事すら出来ない。

 そんな己の無力さを想い、また涙が零れた。

 

 

 

 

 

崖っぷちに建つドッグヴィルに、嵐から身を守る術はない

それと同じく、しずかにも抵抗の術は無かった

 

男達の欲望、女達の嫉妬、子供の悪意

その全てを、甘んじて受け入れる他なかった

 

「餌を与えれば、腹が破れるまで貪る貪欲さ。獣と同じ」

いつかの夜に聴いた言葉は、まさに証明された

 

まるで“エデンの園のリンゴ”のように

しずかは、のび太という心もとない枝に、かろうじてぶら下がっている状態

 

もう果汁など残っていない、傷ついた果実

それを町の人々は、いつも執拗にこづき回し、愉悦の表情を浮かべた―――

 

 

 

 

 

「……あ! ねぇ父さんだよ! 帰ってきたブー!」

 

 しずかが顔を覆って泣き崩れる中、ブー太郎が窓の外を見た。

 

「なんでだろ? まだお外は明るいブー。

 お仕事はもういいのかな?」

 

 この時間、ジャイアンは果樹園にいるハズだ。仕事熱心な彼がこんな早いうちに戻って来ることなど、今まで一度もありはしなかった。

 

 しずかは顔を上げ、涙に濡れた瞳のまま、ドアが開く音を聞く。

 やがてこの場に、どこか険しい表情をし、瞳に暗い光を宿すジャイアンが現れた。

 

 

………………………………

………………………………………………………………

 

 

「おい、いま警察が来てるぞ」

 

 ブー太郎を部屋から追い出し、ジャイアンがしずかと向かい合う。

 

「少し前、キャニオンロードから、車がこっちに向かってるのを見かけてな。

 土橋には、俺がみんなに伝えるから、鐘は必要ないぞって言ったんだが……」

 

 ジャイアンは目線を合わせず、何でもないような口調。

 

「けどよ? すっかり忘れちまってたぜ(・・・・・・・・・・・・)

 悪ぃなしずかちゃん。連中はもう表にいるよ」

 

 しずかは驚愕し、一瞬言葉を失う。

 彼の言葉を理解するまでに、数秒の時間を要した。

 

「忘れて……た?

 たけしさん、貴方なにを……」

 

「おう、果樹園が忙しくてよ。仕方ねえだろうが、忘れちまうくらい」

 

 しずかは窓に駆け寄り、外の様子をうかがう。

 いま廃坑の前に2台の車が停まっていて、のび太が関口という保安官や、数人の見慣れない男達と話しているのが見えた。

 

「2台目のヤツは、FBIらしいぜ? ヤツラも本腰だな」

 

「……っ」

 

 あまりのショックに、しずかは立ちすくむ。だがジャイアンは悪びれもせず、淡々と説明するばかり。まるで他人事のように。

 

「さっき俺も、色々と訊かれたぜ?

 ここ半年で何か見なかったか、どっかに野宿の跡はなかったか、とかよ。

 ヤツラ必死だぜ。何がなんでもお前を見つけようって、躍起になってやがる。

 そこまですんのかって感じだよ」

 

「……」

 

 改めて眼前に示された脅威。いつもとは違う、緊迫感に包まれた町の空気。

 しずかの心は不安や恐怖に支配され、ただ黙って窓の外を見つめるだけ。

 ……そんな彼女に、ジャイアンが語り掛ける。

 

 

「なぁお前――――何をしでかしたんだ(・・・・・・・・・)?」

 

 

 息が止まる。

 ただでさえ哀れな程に怯え切っているしずかは、ゆっくりと彼の方を向き、弱々しく否定する。

 

「私は何も。……何もしていないわ」

 

「そりゃあ、お前はそう言うだろうな。けど連中はそうじゃねぇ。

 やれ悪党だの、質の悪い女だの、いろいろ言ってたぜ? 信用できるもんかよ」

 

 まっすぐ、品定めするように睨みつけられ、しずかはたじろぐ。

 彼の放った“信用できない”という言葉が、頭の中で何度もリフレインする。

 たしかに最近、町の人々との関係は悪かった。だが彼とは以前、しっかり心を通じ合わせたハズだ。なのに何故?

 

「だから俺はしゃべったよ。心当たりがない事もない、ってな」

 

「……」

 

「最近、森で拾い物をしてな?

 これはのび太が忘れてった古い帽子だ。そんな事は俺も分かってる。……けどよ?」

 

 ジャイアンが懐から、見せつけるようにして帽子を取り出す。だが次の瞬間、しずかの首元に巻かれたスカーフに手を伸ばし、すっと抜き取った。

 

「もし仮に、このスカーフを見つけたって連中に言ったら……いったいどうなるだろうな?」

 

 今の首元の感覚で、しずかは我に返る。そしてようやく現状を理解する。

 ――――脅すつもりだ。この男は私を脅迫している!

 ジャイアンは汚れた手でスカーフを握り、その感触を確かめるようにして、告げる。

 

「高級品だぜ。それにお前のイニシャルまで入ってるときた。

 もしこれを渡せば、連中はどう思うだろうな?」

 

 それは、しずかが町に来た時から身に着けていた物。作業の時はまる子などのお下がりの服を借りていたが、これだけは彼女のトレードマークとして、いつも胸元につけている。

 こんな田舎町の人間が持つハズのない、高級な品物だ。

 

「連中には、すぐ見つけて持ってくる、と言ってある。

 ちょっと森に行って拾ってくるから、暫くしたら家の方に来てくれ、ってな。

 あと10分か15分もしたら、連中ここに来るぞ」

 

 だから“逃げても無駄だ”と、ジャイアンが告げた。

 

「なぜ……? なぜこんな事をするの、たけしさん……。

 私たちは友人だった。いつも協力して作業を……」

 

「ちなみに、叫んでも無駄だぜ?

 連中は遠くにいるし、誰も来やしねぇよ」

 

「なぜ逃げるの……? なぜ私が叫ぶの……?! たけしさん……!」

 

 じりじりと、ジャイアンが距離を詰める。

 顔を突き付け、部屋の隅に追い詰めるようにして、しずかに近づいていく。

 彼の目は血走り、呼吸はどんどん荒くなる。

 やがてしずかは退路を無くし、壁に背中を押し付けた。

 

「なんでここに来た? お前はこの町に相応しくねぇ。美しすぎるんだ(・・・・・・・)

 こんなのがポツンと町にいたら、誰だって心を乱される。欲情しちまうさ。

 なぁ、なんで来たんだよ?

 こんなトコにいる、お前が悪いだろうが――――」

 

 そう叫ぶなり、しずかの腰を掴んで抱き寄せる。

 彼女は身をよじるが、ジャイアンは決して放そうとせず、耳元に顔を近づけていく。

 

「やっ! ……たけしさん?! なにをっ……!」

 

「動くな、俺に敬意を払え」

 

「尊敬してるわ! 私いつもっ……」

 

「――――敬意を払うんだッ!! あいつじゃなく、この俺にッ!!」

 

 ジャイアンがスカートの中に手を入れる。そして大きくざらついた指で、彼女が自分でも触れた事のない部分を、乱暴にまさぐる。

 

 しずかの顔に、臭くて荒い息がかかる。だが彼女は抵抗らしい抵抗も出来ず、身を硬くするだけ。

 興奮状態にあるジャイアンを怒らせてしまう事が怖かった。そして以前彼と交わした“もう逃げたりしない”という約束が、どうしても頭をチラついたから。

 

「い、いけないわ……! ねっ、たけしさん? やめましょう……?」

 

 彼女は健気に誓いを守り、出来るだけ優しい声で、弱々しく諫める。

 しかしそれで彼が止まる事は無い。むしろそのやんわりとした拒絶は男心をそそり、征服欲に火を着ける物だった。首元に顔を押し付けながら、彼は荒い息を吐き、彼女をまさぐり続ける。

 持ち上げられるようにグッと指が喰い込み、思わずしずかは爪先立ちになる。

 

「林檎は俺の思い通りになる。お前もそうさ。

 ……へっ、悪いなのび太。“お前のものは俺のもの”ってな」

 

 身体の大きな彼にとって、しずかを好きにする事など、林檎をもぐように簡単だ。

 ジャイアンは彼女の身体中に手を這わせ、強引に唇を押し付ける。そして彼女がくぐもった声で叫ぶ中、乱暴にブラウスを引きちぎり、床に押し付ける。

 

「お願いッ、やめてッ! やめてちょうだい、たけしさんっ……!」

 

 上の下着を剥ぎ取られ、胸元に顔を埋められる。耐え難い嫌悪感と、痛いだけの不快感。

 その行為の最中も、ジャイアンは彼女の身体をまさぐり、ついには下半身の下着に手を伸ばす。

 上にのしかかられ、身動きも出来ないしずかは、必死に彼に語り掛け、懇願する。

 

 

「おねがい、たけしさん……! やめてっ……!」

 

「ねぇ、私をみて……? 話をしましょう?」

 

「私たち友達でしょう? 仲間でしょう? 家族と同じだわ……!」

 

「おねがい、やめてちょうだい。おねがいだから……! たっ……」

 

 

 だが、それが叶う事は無い。

 ジャイアンはズボンをずり下ろすと、しずかの腰を力づくで引き寄せ、一気に深く突き上げた。

 

 

「 ――――ッ!?!? 」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 痛みに視界が白く染まる。身体がビクンと痙攣し、大きく仰け反る。

 口元を押えられたまま、くぐもった悲鳴を上げる。

 

「……っ!! ……ッッ!! ……っ!?」

 

 どれだけ逃げ出そうともがいても、身体を動かす事すら出来ない。

 ジャイアンの体重に押し付けられ、何度も腰を打ち付けられていく。

 

 

「……っ!! ……! ……………………」

 

 

 やがてしずかの声は、諦めとともにだんだんと小さくなり、途絶えていく。

 今は力なく横たわり、虚ろな目で天井を見つめるばかり。

 

 そんな彼女の身体を、ジャイアンが何度も何度も揺らす。

 抵抗しようがしまいが、おかまいなしに突き上げていく。

 

 

「…………」

 

 

 

 激しく揺れる視界の中、しずかは口を強く閉じ、込み上げる吐き気と戦った。

 

 屈辱、嫌悪、悲しみ――――

 

 そんな全てから心を閉ざし、なにも考えないようにしながら、嵐が過ぎ去るのを待った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………………………………

 ………………………………………………………………

 ………………………………………………………………………………………………

 

 

 獣のような声を出して果てた後、ジャイアンはゆっくりと腰を引き、ズボンを戻した。

 

「……」

 

 ひとり身支度を整えて立ち上がり、震えながら床に横たわるしずかをじっと見降ろし、持っていたスカーフを投げる。

 まるで「約束だ」と、これはもう用済みとばかりに、乞食に与えるようにして。

 

 天井を見つめ、言葉なく身を震わせている彼女をこの場に残し、ジャイアンは何事も無かったように帽子を被って、ひとり家から出ていく。

 

 

「やぁジャイアン、しずかちゃんを見たかい?」

 

 外に出てすぐ、のび太が通りかかる。彼は気さくに右手を上げてジャイアンに歩み寄る。

 

「いま俺の家にいる。入れよ」

 

「ん、仕事中かい? なんでこんな時に、君の家に?」

 

「もう用は済んださ。いけよのび太」

 

 そうぶっきらぼうに言い捨て、ジャイアンは立ち去っていった。

 警察のいる方へ歩いて行く彼を、のび太は訝し気に見送る。だがジャイアンの未だ荒い呼吸と、高揚した赤い顔、そして身体から発散されるオスの臭気を感じ取り、何かがあった事を悟った。

 

 

 のび太は家の前まで行くが、ドアの前で立ち止まり、開けるのを躊躇った。

 先ほどのジャイアンの様子、そしてかすかに彼から感じた、しずかの甘い匂い……。それを思い、ドアに手を伸ばす事が出来ない。

 

 もしここを開ければ、良くない物を見てしまうという予感。

 これまで自分が積み重ねてきた事、そして町の人々に対する想いが、全部崩れ落ちてしまうという確信めいた思いに、立ちすくんだ。

 

 結局のび太は、家に入る事なく、急ぎ足でその場を立ち去る。

 

 その中ではしずかが、屈辱と悲しみにまみれながら、身体を丸めていたのに。

 

 自分を汚した男の家で、誰の助けも無いまま、身を震わせていたのに――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

また町の人々の助けで、しずかは奇跡的に追っ手から逃れた

 

皆は口裏を合わせ、硬く口をつぐんた

ジャイアンも、森で見たのは男物の帽子だった、と答えた

 

今回も、皆はしずかを守ったのだ

 

友ではなく、利用価値のある“物”として――――

 

 

 

 

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