次回からはファミリーとの出会いをやっていきます。
淡いオレンジ色の大空属性の炎と紫色の雲属性の炎が衝突する。
強大な破壊力を秘めた攻撃が互いにぶつかり合った衝撃で突風が吹き荒れ、周囲にあった木々がへし折れて行く。
「まるで天災ね…………」
大気を震わせるような強い衝撃に身を屈めて堪える。
裏社会において、リングや
炎を使える者とそうでない者にはそれだけ大きな差があるからだ。
だがそれは戦闘力の事だけを指しているわけではない。むしろその精神性にこそ問題がある。
少女自身それは事実だと考えていた。実際、自分が知る限り使う事が出来る者は頭のネジがズレているか、もしくは外れている。
そして今、自分の目の前で激突している沢田綱吉は間違いなくネジが外れている人間だろう。
匣兵器を使わず、薬と雲属性の死ぬ気の炎で改造した三体の手駒を纏めて相手にしているのだから。
「同じ人間だとは到底思えないわ」
本当に割に合わない仕事だ。
ボンゴレの次期ボスということで報酬は高額だが、それでも釣り合いが取れていない。
単純な腕っぷしで解決する頃ならそれでも良かったのだろうが、リングや匣が広まった現在では全く良くない。護衛が使えたらこっちだって命の危険があるし、そもそも標的が強かったのなら手の出しようが無い。
「でも、それを理由に止めるわけにはいかないのよ」
裏社会で生れ落ち、裏社会で育った。
そんな自分が今更表社会で生きていけるとは思えないし、生きていこうとすら思わない。
「勝てば生きて、負ければ死ぬ。そんなのはいつもの事よ」
匣を解匣して雲属性の炎が灯ったダーツを手に持つ。
このダーツには毒が塗られている。雲属性の炎が有する特性は『増殖』。
僅かにでも肉体に侵入すれば毒が体内で増殖し、対象に死を与える。
攻撃を当てる必要は無い。掠りさえすれば勝負に勝てるのだ。
そう考えた少女は手に持ったダーツを手駒と激突している沢田綱吉に向かって投擲しようと振りかぶる。
――――その瞬間だった。突如現れた狼にダーツを持った右腕を噛み付かれたのは。
「え?」
「グルルルルゥ!!」
少女の腕を噛み締めた狼は思いっきり振り回す。
ボキリと何か固い物が圧し折れる嫌な音が鳴り響き、次の瞬間には凄まじい激痛が少女を襲った。
「グルァアア!!」
狼は人間一人を軽々と振り回す力で少女を近くの木に叩き付ける。
「あっ――――」
自らの身体に襲い掛かる衝撃に少女は息を詰まらせる。
激しく振り回された事で武器の猛毒ダーツを手放してしまい、其処ら中に散らばってしまっている。
何故、どうして、急に狼が現れて自分を襲ったのか。
予想外の攻撃に少女は困惑を隠せないでいた。
それでも折れた右腕を庇いながらも、まだ動かせる左手でダーツを拾おうと顔を上げる。
少女が意識を失う前に最後に見たものは、ぶつかり合いに押し負けて自らに突っ込んでくる三体の手駒の姿だった。
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殴り飛ばした三体の異形は、襲撃者だった少女を巻き込んで木に激突。
物凄い速さでぶつかった事により木はへし折れ、異形達は沈黙した。
三体の身体で隠れて見えないが、襲撃者の少女も同じように沈黙している事だろう。少なくともあの勢いでぶつけられれば気絶はしていなくても動く事は不可能だ。
その上、下敷きになるよりも前に既に攻撃を受けていたのだから尚更だ。
「――――勝ちましたね。沢田さん」
身動き一つ取れなくなった襲撃者達を見下ろしていると、ユニの声が森の中に響いた。
綱吉は見下ろすのを止め、声がした方向に視線を向ける。
視線を向けた先には一匹の狼を連れて歩くユニの姿があった。
「勝ったけど…………その狼は?」
「この子は私の匣兵器、
「そうなんだ…………」
ユニの言葉に綱吉は狼に視線を向ける。
改めて良く見ると狼の耳の辺りから青空の死ぬ気の炎が出ている。
これが話で言っていた
「くぅん」
観察していると天空狼のコスモは小さく鳴き声を上げながらゆっくりと近付き、その柔らかい毛並みを足に擦り付けた。
幼い頃から現在に至るまで動物に追いかけ回される事は良くある事で、幼少期に至っては小型犬のチワワにすら流された事がある。
その事から動物に対しあまり良い記憶が無かった綱吉は困った表情を浮かべる。
「頭を撫でて上げて下さい。コスモはそうすると喜びますので」
「え、えっと…………分かったよ」
綱吉はユニに言われるがままコスモの頭を撫でる。
この戦いで、何かをしようとしていた殺し屋を戦闘不能にしたのはこの狼のお陰だ。
コスモが居なければ勝負は違った結果になっていたかもしれない。
「ありがとうコスモ」
感謝の言葉を告げると、コスモは甘え始める。
本当に可愛い。さっき殺し屋の少女に見せた猛獣とは思えない。
そう思いながら頭を撫でていると、ユニが咳払いをする。
「私に対しては無いんですか? コスモは私の匣兵器なんですが」
「ユニもありがとう」
「ええ、どういたしまして」
ニコニコと笑みを浮かべるユニを尻目に綱吉は死ぬ気モードを解除する。
その瞬間、全身にとてつもない疲労が襲い掛かる。
だが無理も無い。この三日間毎日修行をして、最終日に至っては戦闘を繰り広げたのだから。むしろこれぐらいで済んでるのはしっかり体力がついた事の証明だろう。
尤も、あまり嬉しくはないが。
「ねぇ、ユニ」
「何でしょうか?」
「この人達を元に戻す方法って、あるかな?」
綱吉は襲撃者の手によって姿を変えられた三人の被害者に視線を向けながら問う。
問いを投げられたユニは先程の笑顔から一転し、悲しそうな表情を浮かべる。
「恐らくですが、元に戻す方法は無いと思います」
「…………そっか」
別に期待していたわけではないが、それでも可能性があるならば元に戻してあげたかった。
彼等は、あるいは彼女等はあくまで被害者に過ぎないのだから。
「この人達はこれから、どうなるんだろう」
「…………私達に出来る事はありません。ただ、ボンゴレファミリーの人に後を任せるので悪いようにはならないかと」
――――嘘だ。
詳しい知識があるわけでもなければ正しい診断が出来るわけでもない。
綱吉に彼等の身体がどうなっているかなんていうのは分からない。
だが、ユニが嘘を言っている事だけは分かった。
恐らく自分に気を使って嘘を付いたのだろう。それが意味するのは彼等は絶対に助からないということ。
そして――――、
「ごめん」
「いえ、いいえ。沢田さんが謝る事じゃ無いですよ。悪いのは彼等をこんな姿に変えた人なんですから」
ユニの言葉に綱吉は項垂れ、拳を握り締める。
仮にここまで身体を改造されては、生きて表社会で暮らす事は出来ないだろう。
素人目から見ても、元の人間の姿に戻るのは不可能だと断言出来る。
「どうして…………」
どうして直接自分達を狙わず、関係無い人達を巻き込むのだろうか。
自分達の命が欲しいだけなら他人を巻き込む必要なんか無い筈だ。
――――ボクの楽しミだヨ。むしろボクを楽しませル為ニ殺さレル事を感謝シテほしいクライだよ。
「…………ッ」
脳裏に過ったマッドクラウンの言葉に顔を歪める。
アレが裏社会にとっての普通だとは思えない。だが、あんなのが居るのが裏社会なのだ。
人の命を命と思わないような冷酷で、残忍な殺し屋。
今自分が倒したこの少女も、マッドクラウンのような人間だとするならば、いっそのこと――――。
「…………何を考えてるんだ、オレは」
ほんの僅かにでも脳裏に過った考えを頭の中から追い出す。
人を殺すのは悪い事で、絶対にやってはいけないことだ。
自分達に出来る事はもう無い。後はユニの言う通りボンゴレファミリーの人に後を任せるだけだ。
そう自分に言い聞かせ、綱吉はユニの方に視線を戻す。
「ユニ、ごめん。少し休むよ」
「…………お疲れ様でした。ゆっくり休んで下さい」
肉体的な疲労と精神的な疲労、その両方から来る疲れに綱吉は近くの木の足下に座る。
そんな綱吉を見て、ユニは悲しげな表情をしていた。
ユニ曰く白蘭とツナは似ているとのこと。
全く関係無いですけど、ツナも一歩間違えれば闇堕ちしてたかもしれないですし。