来年もどうかよろしくお願いいたします。
「…………そう、嘘はついていないみたいだね」
綱吉の言葉を聞いた恭弥は淡々とそう呟いた。
「用はそれだけ。もう行って良いよ」
「はい。わかりました」
興味を失ったのか恭弥は視線を綱吉から逸らして他の人に向ける。
そして視線の先に居たのが制服をちゃんと身に纏っていない、所詮不良だった為、トンファーを片手に走り去っていった。
本当に掴みどころが無い、雲のような人だった。
内心冷や汗だくだくになりながらも綱吉は安堵の息を漏らす。
嘘は言っていない。今言った通り、この前出会った風紀委員がどうなったのかを見ていない。ただ、何となくだが予想はつく。
あの時、マッドクラウンがこの並盛町に居た。
マッドクラウンは殺し屋、というよりは快楽殺人鬼の方が正しい。
恐らく例の風紀委員はマッドクラウンの手で殺されたのだろう。死体が見つかっていないのは殺した後に死体を隠したのか、あるいは死体を消したかのどちらかだ。
どちらにしろ、もうこの世に居ないというのは確定しているが。
「はぁ…………」
溜め息をつきながら、綱吉はその場を後にし教室に向かう。
朝から本当に嫌な気分になる。どうしてあんな簡単に人を傷付けて、殺す事が出来るのだろうか。
その答えが返って来る事は絶対に無い。張本人はこの手でその命を終わらせているし、あの性格ならばまともな答えでは無い。
「よぉダメツナ、何黄昏てんだ?」
綱吉が一人考えながら歩いていると、突然背後からバシッという音と共に肩を強く叩かれた。
背後に視線を向けるとそこにはクラスメイトが二人立っていた。
「いっつもヘラヘラしているお前がそんな物憂げな顔してどうしたんだよ」
「つってもコイツはダメツナだぜ? 悩んでいる事もどうせ大した事はねぇって」
笑い合いながら話し合う二人のクラスメイトを綱吉は呆れたと言わんばかりの視線を向ける。
いつもいつも勝手に大した事無いと勝手に決め付けて、こっちがどれだけ苦しんでいると思ってるんだ。
そう文句を言いそうになるも、綱吉は何とか堪えて教室に向かう。
「…………どうせ、分かんないだろ」
ダメツナダメツナと言って勝手に決め付けて、大した事無いとせせら笑う。
「オレが悩んでる事なんか、分かろうとする気もしないくせに」
人を傷つけて手に掛けた。
その意味と罪の重さは奪った当人しか分からない。そしてそれを他人に言う事も出来ない。
まるで真綿で首を絞められているみたいに辛かった。もし、開き直る事が出来たならばもっと楽になれただろうか。
いや、どっちにしろ余計に苦しむだけだ。
「ああもう、帰りたくなってきた…………」
本当に今日は朝っぱらから酷い事ばかりだ。
内心そう呟きながら綱吉は教室の扉を開けて中に入り、自分の座席につき授業を受け始めた。
+++
時刻は五時限目の授業中。
校庭に集まり体育の授業として野球をやっている男子生徒達の中、綱吉は自分に注目が集められてる事に辟易していると言わんばかりに溜め息を吐く。
「そんなにダメツナがちゃんと勉強してたらおかしいか」
自然と口から溢れた言葉に綱吉は内心苛立つ。
どうしてここまで注目を集めているのか、その理由は単純でついさっき帰って来たテストの点数が原因だった。
悪かったわけではない、むしろとても良い結果だった。
ユニが事前にテスト範囲の内容を懇切丁寧に教えてくれたおかげである。
だが、そのせいで悪目立ちする事になってしまった。
「何でダメツナが高得点を…………」
「嘘だ…………こんなの悪い夢だ…………」
「あり得ない、ダメツナが俺よりも上だなんて…………そんな現実、認められるものかぁあああああああああああ!!」
現実を受け入れられない亡者共の怨念が篭った視線を一心に受け、綱吉はストレスが溜まっていた。
「いや、まだだ! 運良くテストが良かろうとも運動は別、奴の運動オンチは変わらな――――」
クラスメイトの誰かが言っていた発言を無視し、バッターボックスに立っていた綱吉は投げられたボールに向かってバットを振るう。
振るったバットをはボールを捉え、そのまま左中間を抜けていった。
守備をしていた生徒達は何とかボールを手中に収めようとするが誰も捕らえる事は無かった。
ヒットである。
「何か、止まってるように見えたんだけど…………」
無事二塁まで到達した綱吉は、自分がどうしてヒットを打つことが出来たのかを考え、理由に気付く。
そういえば、あんなボールなんか鼻で笑えてしまうぐらい強く、怖いのと命を掛けた戦いをしてきたのだ。単なる学生が投げたボールなんて怖くもないし、バットを当てる事だって簡単だった。
「そ、そんな…………ありえない」
味方である筈の自分のクラスメイト、そしてピッチャーをやっていた生徒が膝から崩れ落ちる。
「お前等はオレの事を何処まで見下してんだよ」
本当にいい加減にしろよお前等。
そう言いたくなるのを何とか堪え、クラスメイト達に冷めた視線を送る。
するとベンチの方から大きな声が聞こえた。
「ナイスバッティング!」
大きな声は自分を軽んじるものではなく、むしろその真逆で讃えるものだった。
声の主が誰なのかを確認する為、ベンチの方に視線を向ける。
一体誰が言ったのか、その答えはすぐに分かった。クラスの男子達の中で現実に打ちひしがれて現実逃避していないのはたった一人。
「オレも負けないからな」
ニコニコと笑みを浮かべてバットを握っている同級生の名を、綱吉は知っている。
彼の名は山本武――――クラスでも人気な野球少年だった。
――――結論から述べるならば、綱吉と山本武が居たチームは大差をつけて勝利した。
やる気を失ったどころか絶望に打ちひしがれている敵チームの精神状態で勝つ事等不可能。尤も、味方チームのメンバーも約一名を除いて敵チームと同様に打ちひしがれていたが、絶望してないのが二人も居た為、ワンサイドゲームで終了した。
そして体育の授業が終了した後、校庭の掃除をする事になったのが綱吉と山本武の二人だった。
「…………そこまでオレに負けるのが信じられないのかよ」
グラウンドブラシで砂を掃きながら呟く。
絶望を通り越して失意、心ここにあらずとなった生徒達は幽鬼のように去っていった。
その姿はまるで亡者のようであり、いくら怒って不機嫌だった綱吉でも憐れに憐憫の情を抱いてしまうぐらいには見ていられない姿だった。
少なくとも同情のあまり、掃除を買って出るくらいにはあんまりだった。
尤も、今ではその事を少しだけ後悔しているのだが。
「山本もさ、別に手伝わなくて良かったのに」
「良いんだって、オレも好きでやってんだからさ」
そう言って武は朗らかな笑みを浮かべる。
本当に明るい。根明と言えば良いのか、一緒に居るとこっちの毒気が消えていく。
あまり話した事は無かったが、確かにクラスの人気者になるだけはある。
「にしてもやるなぁ。流石はオレの注目株」
「注目株?」
「ああ、オレさ。テストで良い点取った時からお前の赤マルチェックしてんだぜ。動き方とかも前に比べて良くなったしさ」
「山本…………」
「まぁ続けて事故にあったり前よりドジになったとは思うけどな」
ハハハと笑う山本武の姿を見て、綱吉は口元を綻ばせる。
自分の事を認めてくれる人が、彼女の他にも居たというのが少しだけ嬉しかった。
「なぁ、ツナって呼んで良いか?」
「あ、うん。それぐらいなら構わないけど」
「そっか、ならツナ。実はさ、相談したい事があるんだけどいいか?」
さっきまでと同じ朗らかさを感じながらも、顔には僅かばかりな影が見えた。
「別に構わないけど…………」
「ありがとな。実はさ、最近スランプ気味で好きな野球をやってもあまり上手くいかねぇんだ」
「そうなの? さっきの試合を見てたけどそんなもの一切感じなかったよ」
野球については詳しく知らない。と、いうよりも全く知識が無い初心者だ。
そんな自分から見ても山本の動きは凄かった。打てば毎回ホームランで、投げるボールは凄まじい剛速球。受け止めるクラスメイトが酷い事になるぐらいには凄いとしか言いようがなかった。
だが、綱吉の思いに反し山本は辛そうな表情を浮かべて首を横に振った。
「なんていうかさ、普段しないようなミスをしたり…………調子が上がらないって言うのかな? 何やっても上手くいかないんだ。歯車が嚙み合ってないっていうのかさ」
「そうなんだ…………」
理想が高過ぎるんじゃないだろうか――――内心そう思う綱吉ぬ武は語り掛ける。
「ツナはさ。どうしたら良いと思う?」
そう言った武の言葉に笑顔は無かった。
「なんつってな、最近のツナを見てたら頼もしいからさ、ついな…………」
すぐに笑顔に戻ったものの、明らかに悩んでいるのが分かった。
綱吉は頭を掻き、何かを絞り出すような声で呟く。
「正直な話、オレのは参考にならないと思う。それでも聞きたいなら話すけど」
「ああ、教えてくれ」
「オレの場合、頑張らなくちゃいけなかったんだ」
勉強は兎も角、身体を鍛えたのは襲ってくる襲撃者を撃退し、生き残る為。
野球という競技に取り組んでいる山本武とは境遇も環境も違う。
「運動だって、覚えなくちゃ色々大変な事になってさ…………凄く痛いし苦しいし、本当ならやりたくない事だったんだよ」
「やりたくない事なのにか?」
「うん。やりたくなくてもやらなくちゃいけないんだよ。正直な話、今でも怖くて仕方がない」
マッドクラウンとや襲撃者の少女との戦い。
どちらも非日常的なもので、思い出すだけで身体が震える。
あの時の痛みは忘れられない、あの時の恐怖を忘れる事は出来ない。
でも――――、
「逃げ出すつもりは無い、逃げ出したくは無い。だから死ぬ気で頑張るんだ。オレの事を認めてくれた人の信頼を裏切らない為に」
そこまで言って武が綱吉を見て驚いた表情を浮かべている事に気付く。
「ご、ごめん。結局はさ、努力しかないってありふれた答えになっちゃうんだけど…………」
「いや、そんな事はねぇぜ。オレもそうじゃねぇかと思ってたんだ」
ニコニコと笑みを浮かべながら武は綱吉と肩を組む。
「やっぱ努力するしかねぇよな。そんじゃ、放課後居残って練習しなきゃな!」
「山本、今日は居残りだめで早く帰らなくちゃいけないんだけど、出来る限り外に出ないようにとも」
「悪りぃ、そうだったな」
恥ずかしそうに武は自らの頬を掻く。
どうやら山本にとって納得のいく解答だったらしい。その事実に綱吉は安堵の息を漏らす。
嘘は言っていない、全部本当の事だ。死ぬ気で頑張ったのも、必死になって努力したのも、その結果痛い目にあって泣き出したくなったのも、全部全部嘘偽りの無いものだ。
それでも逃げ出さなかったのは彼女のおかげだ。
「まぁ、オレが死ぬ気で努力するようになったのはある人のおかげでもあるから、本当に参考にならないよね」
「気にすんなって。オレも勝手に聞いたんだしな」
そう言って二人は互いに笑い合った。
+++
「マッドクラウンに続けて猛人使いもやられたか」
イタリアにある小ぢんまりとした所にある、とある小さな店内にて一人の男が呟いた。
その呟きには何の感情も込められてはおらず、役立たずと言わんばかりに軽蔑と侮蔑で歪んだ表情を浮かべている。
実際下馬評通りならば殺せて当然、否、殺すのなんて容易い些事でしかない相手なのだ。
むしろ何で始末するのに失敗したのか、逆に返り討ちにあったのかが信じられないくらいだ。
一体どんなミスをしたらこんな散々な結果になるというのか。
「どいつもこいつも使えん奴だな」
「――――いいえ、この場合下馬評自体が間違っているかもしれないのでは?」
男がコップを磨きながら呟くと、何処からともなく声が聞こえた。
声が聞こえた方向に視線を向ける。そこには一人の老人の姿があった。
その老人の事を男は知っていた。リングの炎と
しかし、全てが淘汰されたわけではない。古い殺し屋の中にも時代に適応出来た者は居るのだ。そして、その適応出来た者達はただリングや匣を使う事が出来る連中よりも遥かに優れた実力を有している。
新時代の新参者とは比べる事すら失礼になってしまう程の地力が存在するのだ。
そんな者達がリングや匣を使えばどうなるのか、適合できなかっただけで強者だった一流の人間達を時代遅れの産物に変えてしまう代物を彼等が使えばどうなるのか。
「私が行きましょう。リングと匣を持つ者を返り討ちにした彼等に興味が湧いてきました」
老人のその言葉に男は確信する。
今度こそボンゴレ10代目とジッリョネロの姫、二人の命は無いということを。