嵐の前の静けさとかそんなんじゃありませんってば。
「――――そういうこと。二人はイタリアのマフィアの関係者で、命を狙われているってこと」
自宅に戻り綱吉の自室にて、凪はベッドに腰を掛けて二人の話を聞いていた。
「…………非常に、非常に不本意だけどその通りなんだよ」
一人納得する凪に綱吉は困ったように頭を抱えながら呟く。
そして座布団の上で正座をしているユニの方に視線を向け、そっと耳打ちをする。
「ねぇ、どうして凪があそこに居たの? 着いてきてなかったよね?」
「…………はい。その筈です。気配とかもしませんでしたし、後ろを振り向いた時も姿がありませんでしたから」
綱吉とユニの二人は凪の方を横目で視線を向けながら聞こえないように小さな声で会話をする。
何故凪があの山の中に居たのか、二人には分からなかった。
注意力が散漫していた、というわけではない。山に行くまでの間はおろか、目的地に到着してからもしっかりと周囲を警戒し続けた。
殺し屋の襲撃に気付けてる事から油断していたということは無い。
なら他の要因がある筈だ。そう思案していると、
「あっ、もしかして…………」
何か心当たりがあったのか、ユニは綱吉の部屋を出て自室に戻り、自分の荷物を漁り始める。
突然のユニの行動に綱吉は疑問を抱きつつ、同じように疑問を覚えた凪を連れてユニの部屋に赴く。
「えっと、確かここにあった筈――――ありました!」
ユニはこの家にやって来た際に持って来た自身の鞄からある物を取り出した。
それは死ぬ気の炎を灯す事が出来るリングだった。
しかし、綱吉とユニが付けているリングとは素材にしている石、リングストーンの色が異なっていた。綱吉とユニがオレンジ色の石であるのに対し、ユニが持って来たそれは藍色の石が
「そのリングって…………」
「霧属性のリングです」
死ぬ気の炎には七つの属性があり、人は其々の属性に合った波動が流れている。
以前ユニから教わった死ぬ気の炎についての知識を思い返す。
自分とユニは大空の波動が一番強い。他の属性の波動も流れてない事はないがリングに灯す事が出来ないくらいには弱いものだ。
その為、他の属性に対して詳しい知識は教わっていない。それでも全くの無知というわけじゃない。
「確か、霧の属性って幻覚とかそういった幻を作れるんだよね」
「その通りです。霧属性の死ぬ気の炎の特性は構築。それならば私達が気付けなくても不思議ではありません」
「でも凪はリングを持っていない。だからそれは違うんじゃ…………」
「そう言えば説明していませんでしたね。世の中には術士という霧のリングを扱わずに幻術を扱う異能を持った人達が居ます」
「…………凪がその術士かもしれないってこと?」
「はい。多分ですが、何が切欠かは分かりませんが、まだ力に目覚めたばかりで上手くコントロール出来てないんだと思います。術士にはよくある事だと教わっていますので」
そう言うとユニは凪に霧属性のリングを差し出す。
「そして、術士は必ず霧属性の波動を持っています」
「え、えっと…………」
「凪さん。受け取ってください。多分ですが、貴女なら灯せます」
「…………分かった」
眼前に差し出されたそのリングを見て凪は躊躇いながらも手を伸ばし、恐る恐るリングに触れる。
瞬間、リングから霧を連想させるような藍色の死ぬ気の炎が灯った。
「っ、すごい…………!」
凪はユニからリングを受け取り、手の上で燃え上がる炎を見て驚愕の表情をうかべる。
「私も、ツナやユニのように火を灯せた…………!」
その様子を見て、綱吉とユニの二人は何とも言えない気持ちになる。
「凪は、凪はどうしたいの?」
「私は…………ツナやユニの力になりたい…………!」
決して思い付きで口にした言葉ではない、凪の決意を聞いて顔を俯かせた。
「そっか…………ちょっとだけ待ってて貰えるかな?」
「構わない」
「ありがと。ユニ、ちょっと来て」
凪に背を向け、綱吉はユニを連れて廊下に出る。
そして凪に聞こえないように注意しつつ、話を切り出した。
「ねぇユニ…………」
「何ですか?」
「凪を巻き込まないのは無理なのかな?」
綱吉のその呟きを聞いてユニは顔を顰める。
恐らく心の底では理解しているのだろう。それでも他に良い逃げ道はないかを確認している。
「…………すみません。それは難しいかと」
「それは…………どうして?」
「凪さんの場合、元々あった術士の才能に目覚めただけに過ぎません。リングを使わなくても、彼女はその力を行使出来るようになります。それは表社会で生きていくにはあまりにも外れ過ぎている」
「ならその力を使わなければ」
「それも難しいかと。特異な力を持つ人は巻き込まれやすいですし、何よりも彼女がそれを望みません」
凪という少女は大凡真っ当な育て方をされていない。
それでも表社会での範疇に過ぎないが、その素質と目覚めた才能は明らかに逸脱している。特異な力に目覚めて使いこなせてない以上、裏社会に身を投じる事になるのは火を見るよりも明らかだ。
紆余曲折はあるだろうが最終的にはそうなる末路しか見えてこない。
綱吉もそれを危惧しているらしく、なんとか表社会で生きてほしいとも思っているからこその今の発言だ。
だが当の本人が望むかは全く別の話。彼女の事を思ってどれだけ説得しようとも、その彼女自身が自分のことを二の次三の次にしている時点で無意味なこと。と、いうか凪の性格を考えると十中八九裏社会に行きつくだろう。
「…………どうにもならないか」
「…………どうにもならない、ですね。説明をしてすぐに死ぬ気の炎を灯せるのですから。彼女の覚悟は本物です。でなければ死ぬ気の炎は灯せない」
出した結論に二人は溜め息を吐く。
凪を巻き込みたくない、そんな思いはあっさりと裏切られる事になった。
「――――前向きに考えましょうか。凪さんが自分で裏社会に行きつく前に私達が気付けたんですから」
「そう、だね」
道を踏み外す事になるよりも前に彼女の力を知ることが出来た。
最悪の末路だけは回避出来た、そう考える事にする。
「それで、幻術とかってどうやって教えるつもりなの?」
「正直な話、幻術とかは専門外なんですよ。なので術士の方に任せようかと思います。他人任せにはなってしまいますがね」
そう言ってユニは困ったように苦笑する。
「でもボンゴレも今は人手不足らしいけど、そんな人材をこっちに送ってくれるかな?」
「多分無理でしょう。ですのでボンゴレじゃなく、おか――――ジッリョネロの方に打診してみます。幸いな事に一人心当たりがありますから。それでもすぐは来れませんが」
「なら来るまでの間はどうするの?」
「ですのでその術士が来るまで沢田さんと同じように基礎能力の向上をする感じですね。それしかする事が無いと言った方が正しいんですが」
「…………って、事は凪にも死ぬ気弾を使うつもりなの?」
綱吉の言葉にユニは首を縦に振る。
「はい。死ぬ気弾を使う
「いや、でも凪は女の子だよ? 流石に死ぬ気弾を使うのはちょっと…………」
死ぬ気弾を撃たれた者は一度死んでから蘇る。
その際に身に纏っていた衣服は下着以外使い物にならなくなる。
自分以外に撃たれた者を見た事が無い為どうなるのかは分からない。が、ある程度の想像はつく。
ましてやその対象が女の子だった場合――――。
「…………沢田さんのエッチ」
そう考えている事に気付いたのか、ユニがジトっとした視線で綱吉を見ていた。
「い、いや! そうじゃなくて、その…………!」
ユニの言葉を否定しようと綱吉は顔を真っ赤にして反論しようとする。
だが上手く言葉にする事が出来ず、しどろもどろになってしまう。
「ふふ――――沢田さんが考えているような事にはなりませんよ。死ぬ気弾を撃たれたのが女の人だった場合、上の方の下着も残ります」
「そ、そうなんだ。良かった――――いや、全然良くない。女の子が下着姿で戦うなんて絵面が良くないというか、ああもう…………! ボンゴレは何を考えてこんな変態染みたものを作ったんだよ!! 服を破かなくたって別に良いだろ!!」
「…………ふふふ、そうですね」
安堵した瞬間に頭を抱え、綱吉は「ウガー!」と叫びながら取り乱す。
そんな綱吉の様子を見てユニは笑みを溢す。
これが本来の沢田綱吉の人格なのだろう。何処までも非凡に平凡で、優しく、争い事が嫌いで何処までいってもマフィアに向かない。
出来る事なら、こんな日常がずっと続けば良いのに。
そう思わずにはいられなかった。
+++
「ふむ、ふむふむふむ。成る程成る程、ここが日本ですか」
日本のとあるビルの屋上にて一人の老人が街を見下ろしていた。
「噂通りに、噂以上に平和ボケしていますね。平和である事に越した事はありませんが」
平和である事は悪い事ではない。むしろ争い事や厄介事なんて無い方が良い。
若い頃はそうは思わなかったが齢を重ねた今は心の底からそう思う。
「尤も、平和とは対極に居る私がこんな事を口にするのはおかしいですがね」
自身の仕事は人を害して命を奪い、金銭を獲得する殺し屋だ。
平和の為に人の命を奪う事もあるし、結果として良い方向に進んだ事もあった。だがその過程で他者の命を奪っている以上、平和なんて口にしてはいけない人種であろう。
「さて、そろそろ到着する時間帯ですが…………」
「到着しましたぜ旦那!」
周囲に視線を配ろうとした瞬間、老人の背後に大きな箱を背負った一人の青年が姿を現す。
「3秒の遅刻ですよ」
「申し訳ねぇ…………平和ボケした国だと思って油断していたぜ。まさかここまでポリ公が仕事をしているとは思わなかったぜ。あいつ等賄賂が通じねぇのよ」
「成る程、平和ボケをしている要因は警察が優秀だからなようですね」
青年の言葉に耳を傾けつつ、老人はビルの下に視線を向ける。
ビルの真下では数台のパトカーと大勢の警官が居た。
「げっ、マジですまねぇ!!」
「いえいえ、構いませんよ。恐らく前任者達の仕事が杜撰だったから起こったのでしょう。必然ですね」
話でしか聞いていないが前任者達は表社会の人間達も大勢手にかけたらしい。
別に珍しい話ではない。が、やり過ぎれば当然裏の人間でも庇いきれないのは当然だ。
ましてやここまで国家権力が強い国ならば僅かな痕跡や違和感、情報から裏の人間を見つけ出そうとするのは不思議でも無い。
「恐らくボンゴレが何かしら手を打っているのでしょう。さて、武器の方を」
「分かりましたぜ!」
青年は背負っていた箱を降ろし、中から二本の西洋剣を取り出す。
「依頼の通り予備の武器も含めてお届けしましたぜ! でも予備の方を使う必要は無いと思いますがね?」
「どうしてそう思いますか?」
「だって件のボンゴレ10代目候補、
「それは違いますよ」
老人は穏やかな笑みを浮かべながらも青年の言葉を否定する。
「どうしてですか? 今の候補は他の候補と比べられないぐらいに劣っているのは事実じゃないっすか」
「その劣っている子どもが殺し屋を返り討ちにした、それだけで警戒に値しますよ」
「うぐっ、た、確かに…………」
「人種で判断するのは止めなさい。我等イタリア人は戦地でパスタを食べる為に水を使い過ぎたと揶揄されているように、日本人は平和ボケをしたと言われていてもカミカゼ発祥の地なのですから」
「そ、それを言われると油断ならないな。警官だって優秀だし」
「でしょう? それに――――」
件のボンゴレ10代目候補も恐らく普通じゃない。そう言おうとして口を閉ざす。
まだはっきり分かったわけじゃない。とはいえ、当たらずも遠からずだろうが。
「では、私は行きましょう。これ以上ここに居れば警察の厄介になりかねませんからね」
老人は青年にそう告げると右手を振り上げる。
その指には二つのリングが嵌められていた。一つは人差し指に着けている緑色の中石が着いたリング。もう一つが瞳を連想させるような不気味で悍ましい気配を漂わせるリングだった。
「さて、件の彼はどのような人間なんでしょうかね?」
死ぬ気の炎の属性の組み合わせって結構色々ありますよね
嵐+雨で貫通力を増したり、雨+晴で互いに打ち消し合ったりするなど。
霧と雷も相性良いですよね。霧の弱点をカバーできるんですから。