「――――じゃあ、オレ急ぎの用事があるから」
クラスメイトとの会話を強引に打ち切って歩き出す。
途中、去っていこうとするのを止めようと生徒達が身体を掴もうとするが、綱吉は捕まる事なく教室の外に出た。
それを見て綱吉に話しかけていた三人の男子生徒達は顔を顰める。
「なぁ、最近ダメツナのやつ調子に乗ってないか?」
「確かに…………オレ達の貴重な放課後を無駄にしたくないから掃除を頼もうとしたのによ」
「んだんだ。そろそろ彼奴に立場ってやつをわからせねぇ?」
三人の生徒達は一人足速に帰って行った綱吉に対し逆恨みとしか言いようのない恨み言を呟く。
「にしても最近のダメツナ。本当におかしいよな」
「付き合いも悪くなったし、何よりこの前のテストで満点を取ったし」
「挙句の果てには体育の授業でホームランだろ? 明らかに変だ」
本人がこの場に居たら間違いなく不愉快になるような会話をしていると二人の生徒が歩み寄って来る。
「その理由…………知ってるぜ」
「ああ、オレ達は奴が…………あの薄汚い裏切者が調子に乗っている理由をな…………!」
二人の男子生徒は禍々しく悍ましい気配を纏っており、その相貌は狂気に満ちている。
とてもではないが正気とは思えない、可視化出来そうな程どす黒い感情を宿している二人を見て三人の男子生徒は思わず後退る。
「お、おう。教えてくれるのはありがたいが…………どうしたんだよお前等」
「なんか、前からおかしかったのは知ってたけどよ。最近は本当におかしくね?」
「フフフ…………大丈夫さ。お前達もこの事を知ったらオレ達の気持ちが分かる筈だ」
そう言うと悍ましい気配を漂わせる男子生徒達は三人の男子生徒に理由を話す。
瞬間、三人の男子生徒達も二人と同じようにどす黒い気配を纏った。
「なん…………だと…………?」
「あんの、ダメツゥナァにィ…………」
「彼女が、出来た、だとぉ!!?」
三人が怨嗟に塗れた怒声を上げた瞬間、教室の中に居た約九割の男子生徒達も同じようにどす黒い瘴気を漂わせ始める。
一種の魔界がこの世に顕現した瞬間だった。
「正確には彼女じゃないかもしれないが、かなり親しい間柄に見えたぞ」
「成る程…………で、相手はどんな娘だ? 可愛いのか?」
「ああ、外人で滅茶苦茶可愛かったぞ。うちの上澄みとなんら差は無い」
「ふむふむふぅむ…………そうか」
「よし、皆で彼奴を締め上げようそうしよう」
「然り然り」
九割以上の男子生徒が綱吉を襲撃しようと計画を企む。
「えー、あのダメツナが付き合ってる? それ騙されてんじゃない?」
「言えてるー。だってダメツナだしね。詐欺にあってそう」
一方女子生徒の方も九割強が今の話を聞いて好き勝手に発言する。
そんな中、彼等彼女等から離れた場所に居た女子生徒が一人、溜息混じりに呟く。
「ガキね。沢田には同情するわ」
「どうしたの花?」
「何でも無いわ」
教室の外から中の様子を見ていた女子生徒、黒川花は一緒に居たクラスメイトの笹川京子にそう告げる。
この天然な親友に教室内の殺伐としていることを、話す気は無かった。
「それにしても意外ね。沢田の奴、京子の事を好きだと思ってたんだけど」
そこまで接点があるわけではないが、クラスメイトである以上付き合いが皆無というわけではない。
だからこそ、綱吉が京子に向けている視線が好意に近いと思っていた。
幼い頃からの親友で整った容姿をしている京子に好意を向けて来た人間を昔から見て来ている。大抵京子の天然具合や兄の存在で上手くいかず、付き合った事は見たところ一度も無いが。
と、いうよりも京子自身、自分がモテるとすら欠片も思ってないだろう。
何とか外堀を埋めにいこうとしている持田先輩も距離を詰められないでいるのだから。
「でも本当に沢田の奴、忙しそうね」
「そうみたいだな」
花が走って校舎から離れていく綱吉の後ろ姿を眺めていると、同級生の山本武が近寄ってくる。
「あら、山本じゃない。何か用事?」
「いや、特に用事はねぇよ。ただツナの話をしてたみたいだからちょっと気になってな」
クラス一の人気者は朗らかな笑みを浮かべる。
確かに人気が出るのも分かる。とはいえ、自分からしたら同級生なぞ猿にしか見えないが。
「へー、あんたって沢田の奴と仲良かったんだ」
「まぁな。にしてもツナ、最近本当に忙しそうだなー。オレも頑張らなくちゃな!」
そう言うと武はバットを持ち、教室の外に飛び出す。
「そういや今日から練習再開だったっけ?」
「ああ! 最近は練習も軽いのしか出来てなかったからな。遅れを取り戻さなくっちゃな」
「山本君頑張ってね!」
「頑張りなよ山本」
「おう、ありがとな!」
京子、花の応援に清々しい笑みを浮かべて武は教室を後にする。
その後ろ姿を見て花は肩をすくめる。
「やっぱ同級生を恋愛対象に見れないわ」
「どうしたの花?」
「何でも無い。それじゃ、私達も帰るわよ」
荷物を持ち、未だ醜い嫉妬とありもしない話で盛り上がっているクラスメイト達を置いて、京子と花は教室を後にした。
+++
「――――ごめん、待った?」
山の中にあるいつもの修行場所、そこに学校での授業を終えた綱吉が到着する。
そこには既にユニと凪が居り、綱吉の視界にはユニの姿のみが映っていた。
「いえ、思っていたよりも早かったですよ。10分くらい」
「全力疾走で来たからね。それで、凪は?」
「あっちに居ますよ」
ユニが指を向けた方向に綱吉も視線を向ける。
視線の先には岩の上に立つ凪の姿があった。
綱吉が来た事に気が付いていないのか、瞳を閉じて何かに集中していた。
「…………はぁ!」
凪は瞼を開け、声を上げる。
瞬間、小石や岩が散らばった河岸が一瞬で青々とした草で満ちた草原に変化する。
その光景を見て綱吉は思わず息を飲む。
「これが…………幻覚なんだよね?」
「はい。幻覚です」
目の前の光景を見て驚愕している綱吉にユニがそう告げる。
「オレもさ、なんとなく幻覚だってのは分かるけど、でも…………とてもじゃないけどこれが幻覚だなんて思えないよ」
息を吸い込めば草の匂いが鼻腔を擽り、凪がこの幻覚を作ったところを目撃しているにも関わらず草原だと脳が判断している。
何故か、これは幻覚だと直感で感じていなければ最初からここが草原だったと思い込んでしまっていた。
それ程までに視界に広がるこの草原は現実にしか見えない程にリアルだった。
「ええ、そうですね。本当にそう思います」
綱吉の言葉にユニも同意する。
「これが幻術を覚えてたった三日しか経っていないなんて、とても思えません。彼女は、凪さんは間違いなく術士として天才です」
その言葉には僅かながらに畏怖の念が込められていた。
――――凪が修行に参加してから一週間の時間が経過していた。
最初の四日間は幻術を教える人間が居なかった為、基本的な基礎体力作りをメインに行っていた。
だが五日目でユニが言っていた術士の人間が来たのである。
術士の人間はボンゴレファミリーに所属する者で、滞在した時間も一日にも満たない程に短い時間だった。凪はその短い時間の中で幻術のノウハウを学び、自分の意志で幻覚を操れるようになったのだ。
しかも、霧属性の死ぬ気の炎を使わないで、だ。
「あ、ツナ。来たんだ」
綱吉が来た事に気付いた凪が視線を綱吉の方に向ける。
同時に草原の幻覚が薄れて消えていき、岩と石で満たされた河岸に戻る。
まるで夢でも見ていたみたいだった。そんな幻想的な事を考えながら綱吉は岩の上から降りた凪の手を取る。
「ありがとう」
「別に良いんだけど、態々高い所でやらなくても良かったんじゃ?」
「集中したかったし、何処まで幻覚を使えるか確かめたかったから」
綱吉の言葉に凪はそう返す。
水を得た魚のように教わった事を昇華し、物凄い速さで成長している。
別のベクトルの強さであること、自身とは相性が良いとはいえその成長の速さには舌を巻く。
自分も負けてはいられない、綱吉は改めて決意を固める。
「では、沢田さんも来た事ですし戦闘訓練を始めましょうか」
そしてユニが拳銃に弾丸を込めながらそう言った瞬間、固まった決意がガラガラと音を立てて崩れた。
「ちょっと待って。今服脱ぐから」
これから行われる事を察した凪は急いで着ていたジャージを脱ぎ始める。
仮にも男が居る場所にも関わらず、羞恥心の欠片も無いその行動に綱吉は思わず目を丸くする。
「い、いや! 待って!! 別に凪に撃たなくても良いんじゃ!?」
出来る限り凪の事を視界に入れず、顔を真っ赤にして凪に死ぬ気弾を撃たないように誘導しようと説明しようとする。
「いえ、必要な事です。幻術を使えるとはいえ、戦闘能力が無いとこの先危ないですから」
「だからって死ぬ気弾を撃たなくても良いとは思うんだけど」
「身体能力を向上させ、霧属性の乏しい攻撃力を補う事が出来ますから。それにこの日の為に水着も買ってますから」
「あっ、そうなの? それなら大丈夫――――」
ユニの説明を聞いて安堵の息を漏らし、凪の方に視線を向ける。
そこには脱いだジャージを片手に持った下着姿の凪が立っていた。
「――――じゃない!? 水着じゃないの!?」
「へっ、あれ? な、凪さん。水着はどうしたんですか?」
頭を抱えて顔を真っ赤にするツナと困惑するユニの問い掛けに凪は表情を変えずに呟く。
「家に忘れて来た」
「忘れちゃダメだよ!!」
「ごめんなさい。でも、今から取りに帰るのも時間が掛かるから…………このままやろう」
手に持ったジャージを近くの岩の上に置き、凪は綱吉に向き合う。
無駄に男らしいのか、あるいは羞恥心を感じないのかは分からないが本当にやり辛い。
眼福なのかもしれないが、それ以上に見ているこっちが恥ずかしくなる。
天を仰ぎ思いっきり溜め息を吐く。
「はぁ…………分かったよ。ユニ、お願いして良い?」
「わ、分かりました。沢田さん、大丈夫ですか?」
「あまり慣れたくはないけど慣れたから大丈夫だよ」
慣れるまでの間は鼻血を出して気絶したりしていたけど。
心の中で呟きながら綱吉は凪と向かい合う。
「それでは…………二人とも、一回死んで下さい」
ユニがそう言うと同時に引き金を引き、死ぬ気弾を二人の頭部に放った。
弾丸は綱吉と凪の額に其々命中し、二人の体はその場に崩れ落ちる。
瞬間、倒れた二人の背中から脱皮するかのように額に死ぬ気の炎を灯した綱吉と凪が姿を現す。
衣服を身に纏いながらも頭にオレンジ色の炎を灯す綱吉に対し、下着姿の凪が灯す炎は藍色だった。
「死ぬ気で、ツナと戦う」
「…………行くぞ!」
二人は戦闘態勢を取り、互いに拳を繰り出す。
それが死ぬ気モードになった状態の戦闘訓練の始まりの合図だっだ。