「山本…………。その手の怪我は――――」
病室に入って来た武の姿を見て、目に留まったのは右腕の怪我だった。
素人目で見ても軽い怪我ではない。軽い怪我だったならばそんな風に腕を吊り下げるわけが無いのだから。
「ん、ああ。ちょっと前に腕を折っちまってな。練習のやり過ぎだとよ」
「じゃあ野球の大会は…………」
「完全に治るまで出場禁止だとよ」
何事も無かったかのように語る武の言葉に綱吉は口を噤む。
全く気にしていない素振りであるが今の自分にはそれが瘦せ我慢だという事が分かる。
もし、あの時、自分が止めていれば――――。
自分の軽率な助言がこの事態を引き起こしたのだと、綱吉は酷く後悔する。
「気にすんなって」
しかし、武は落ち込む綱吉に対し笑みを浮かべながら告げた。
「オレが腕を折ったのは無理をしたからであってツナのせいじゃない。悪いのは疲れてるのに練習を重ねた自分だけだって」
「山本…………」
「それに折れたとはいっても治ればまた野球出来るようになるんだしな!」
そう言って武は右手を開いたり閉じたりを繰り返す。
「…………山本は凄いよ」
全く気にしていないように気丈に振舞う武を見て、綱吉の口から尊敬の言葉が出る。
野球の大会に出れなかったショックは決して小さくないというのが超直感を通して伝わって来る。
しかし今の山本からはそのショックを乗り越えて前を見ているという強い意志が見える。
それが今の綱吉にはどうしても眩しくて、真っ直ぐ見れなかった。
「そんな事はねぇよ。むしろツナの方がすげぇよ」
武は今まで浮かべていた明るい表情から一転し、憂いを帯びた表情を浮かべる。
「オレだって怪我をした時は野球の神様に見放されたって思ってよ。楽になりたくて自殺しちまおうってバカな事を考えちまってた。そんな時にさ、ツナが女の子二人に病院に担ぎこまれたのを見たんだよ」
「えっ、山本あの時に居たの?」
「ああ。オレもその日に腕を折っちまってさ。まあそれはどうでも良いんだ。血塗れで、右腕が無くて、左頬に花のようなマークが付いた女の子がツナの右腕を持ってて必死に病院の先生に言ってたんだ。『助けて下さい』って、泣きながら言っていたんだ」
モルトと戦った後の出来事を綱吉は覚えていない。
戦闘で負った負傷が重すぎて意識を保つことが出来ず、昏睡状態に陥っていたのだから。
だからこそユニが泣いていた事を知らなかった。山本武の口から初めて聞いた。
「何が起きてそんな酷い怪我をしたのかは分からないけどよ、きっとあの女の子達を助ける為に怪我したんだろ? 自分で怪我してやけっぱちになってたオレと違って」
「それで泣かせてたら意味無いよ。それに早く元のように動かせないといけないのに、全然リハビリは上手くいかないし」
「…………オレがさ。自殺なんて馬鹿な事を考えるのを止めたのはツナがリハビリを頑張っているのを見たからなんだぜ?」
「…………嘘?」
「嘘じゃねぇぜ。ツナは頑張ってたから気付かなかっただけだと思うぜ。それを見て、オレも頑張らなくちゃいけないって思ったんだ。オレよりもずっと酷い怪我したツナが必死に頑張ってるのに、腕が折れた程度で自殺するなんて情けないってな」
そう呟く山本武の視線には尊敬の念が込められていた。
「う、うぐっ…………」
邪念が一切無いその視線を受けて綱吉は何故か恥ずかしくなる。。
あの山本武が心の底から自分を称賛するとは思わなかった。そして自分の行動が彼を励ましていたという事実に何とも言えない気持ちになる。
だが、心の中にあった暗い気持ちは無くなっていた。
「…………山本、相談したい事があるんだ」
そして、綱吉は武に話しかけていた。
「ああ、良いぜ。今度はオレが答える番か。責任重大だな」
笑みを浮かべながらも真面目な表情をして武は応える。
「例えばの話――――いや、違う。オレはさ、今二つの道をどっちを選ぼうか迷っているんだ」
「二つの道をか?」
「うん。一つ目の道はさ、楽な道なんだ。信頼も信用も裏切って目を背けて、それでも普通に生きられず、ずっと怯え続けて逃げ続けて幸せになれない道」
「その道は選びたくないな」
「オレもそう思う。でももう一つの道よりはずっと楽なんだよ。もう一つの道は辛くて苦しい道なんだ。自分も他人も傷付けて傷付けられて、夢半ばで終わるかもしれない。ううん、そもそも報われないかも。沢山泣いて沢山苦しんで、何一つ叶う事無く無駄死にするかもしれない。そんな道なんだ」
「そっちの道も大変なんだな。でもさツナ。どっちを選ぶのか既に決めてるんだろ?」
「…………うん」
どっちを選んでも地獄としか言いようが無い。
そんな意地悪な選択を何も知らない友人に相談するなんて卑怯な事だとは思うが、どうしても聞いておきたかった。
これを自分一人で決めるには勇気が足りないから、誰かに背中を押してもらいたかった。
「まあ、オレもこの二択なら辛くて苦しい道を選ぶな」
「それは、どうして?」
「そっちの道なら夢が叶うかもしれないからだぜ。ツナの夢が何なのかは分からないけどさ。オレの場合はプロの野球選手になるって夢がある。だけどプロの選手ってのは本当に極一部の人間しかなる事が出来ない。オレだってなれないかもしれない」
「…………そうだね」
「怯えて逃げ続けて幸せになれないなら、本当に僅かでも夢が叶うかもしれない道を選ぶぜ。ツナも、そうだろ?」
「うん。叶えたい夢が、夢と言って良いのかは分からないけど、出来たからね」
「ならそっちの道を選ぶしかないって。例え辛くても、夢が叶わなくてもな」
武のその言葉を聞いて綱吉は瞳を閉じる。
「ありがとう。山本」
「気にすんなって。友達だろ? つっても、ツナも既に決めていたみたいだったけどな」
「オレ一人じゃ完全に決められなかったよ。山本の言葉が無ければずっとうじうじと悩み続けていたよ。でも、もう決めた」
綱吉は真っ直ぐと前を見据える。
その瞳にはついさっきまであった悩みや不安は欠片も無かった。
「オレ、頑張るよ。山本が野球選手になる夢を叶えるのを頑張るように、オレも自分の夢を叶える為に」
「そっか。ツナならきっと叶えられると思うぜ」
「――――話は終わったかい?」
互いに笑い合いながら談笑していると病室の扉が開かれる。
視線を扉の方に向けると学ランを羽織った少年、雲雀恭弥が立っていた。
「やあ沢田綱吉。元気そうだね」
「ひ、雲雀さん?」
病室にやって来た二人目の来客に綱吉は戸惑う。
何で雲雀さんがオレの病室に?
疑問を覚える綱吉だったがその疑問は恭弥の口から語られる。
「きみにはいくつか聞きたい事があってね。当然だけど言い訳は聞かないよ」
「な、何をですか?」
「何って、それを言わなくても分かると思うんだけど」
そう言って恭弥は綱吉の首にトンファーを振るう。
トンファーは当たる寸前で止められ、綱吉の首に添えられる。
「きみ、僕の並盛町の風紀が乱れている理由を知っているんだろう?」
「――――」
「ふうん。やっぱり知ってるんだ」
首に添えられているトンファーに込められている力が強くなる。
「落ち着けって雲雀」
明らかに怒っている雲雀の蛮行、それを静止したのが武だった。
武は綱吉の首に添えられているトンファーを掴んで止める。
「何きみ? 僕の邪魔をするの?」
「邪魔をするってわけじゃねぇけどさ。ツナが本当に知ってるかは分からないしよ。そんな風に掴みかかったら答えられるものも答えられないと思うぜ」
「山本…………」
優しく諭すように恭弥に語り掛ける武に綱吉は困った表情をする。
実際のところ、綱吉はこの町の風紀が乱れている理由を知っているし、その当事者でもある。とはいえ答えるわけにもいかないし、答えたところで何かが解決出来るわけでもない。
ましてや、一般人である雲雀恭弥に裏社会の事情を教える義理も無い。
「すみません。教えられないです」
綱吉は恭弥に対し突っぱねるように呟く。
それが今の自分が相手に対し示せる最大限の譲歩だった。
「ふぅん。分からないじゃなく、教えられないねぇ」
だが恭弥はその返答が気に入らなかったのか、目付きが鋭くなった。
心なしか視線に殺気も含まれているような気がする。
「やっぱりきみ、知ってるんだ?」
「…………」
「知っている事、全部話してもらおうか」
そう言って恭弥が武の手を振り解きトンファーを振るおうとした瞬間だった。
病院全体を覆うように死ぬ気の炎のドームが張られたのは。
「っ、何?」
「えっ、これは…………!?」
「一体どうしたんだ?」
異常な状況に気が付いた三人は動きを静止させ、状況を把握しようと周囲を見渡そうとする。
だがそれよりも早く、病院の扉を蹴り破り、同じ顔、同じ背丈、そしてそれぞれ属性の異なる死ぬ気の炎を灯した男達が病室内に入って来た。
「なっ…………!?」
明らかに堅気じゃない男達は何も言葉を発することなく、綱吉達に襲い掛かった。