リングを持っていた最後の男の腕を斬り落として地に沈める。
匣兵器を含めた敵は全員倒れており、最早戦闘の継続は不可能だろう。最後の一人を除いての話ではあるが。
「…………まだ、やる気か?」
綱吉がそう呟くと同時にナッツとレンジーが其々最後の一人である白衣を着た男に戦意を向ける。
敵がこれから動いたとしてもナッツの咆哮で石化し、レンジーが持っているボウガンで貫かれるだけ。自身ももう戦闘の継続は不可能だが、すでもう自分が戦わなくても勝敗は決している。
誰がどう見ても詰みである。
しかし、男はその事実に絶望している様子は無く、レンジーが武器を向けた事に対し酷く動揺しているような気がした。
まるで、自分の子どもに殺意を向けられているような気がした。
「さっきの言葉、撤回はしてない。だから今すぐ降伏すれば命の保障は――――」
「……………ああ、分かっている。降伏するよ」
男はそう言うと手に付けていたリングを外し、その場で跪いた。
見事なまでの土下座だった。最早、戦意は欠片も見られない。
「ナッツ、レンジー。もう、良いよ」
綱吉がそう言うと其々己が入っていた匣に戻っていく。
それを見て男は静かに笑った。不気味な笑みだとかそういうものではなく、ただ少しだけ良いモノが見れたかのような笑みだった。
「病院を覆っている結界と、アルコバレーノが苦しんでいる原因。それを止めるにはどうすれば良い?」
「そこにある装置の電源を切れば良い。そこにある赤いスイッチがそれだ」
「分かった」
男の言葉を信じて綱吉は謎の装置の電源を落とす。
すると病院全体を覆っていた結界が音も無く消え始めた。
どうやら本当の事を言っていたらしい。これでユニは大丈夫。そう安堵しつつも警戒はし続ける。
「一つ、聞いても良いか?」
「…………大した事は答えられないぞ。私は所詮雇われの人間に過ぎない」
「そっか。ならそれを踏まえた上で聞くけど、何でこんな事をしたんだ?」
少なくとも、目の前の男はそこまで酷い連中には見えない。
何処にでも居るような、普通の人間に見える。
「それを言う前に、話さなくちゃならないことがある」
「何だ?」
「私が、人間の
その言葉を聞いた瞬間、綱吉は困惑する。
あんな酷い倫理に反した兵器を作った人間と目の前の人、どうしても繋がらない。
「私には二人、子どもが居た。男の子と女の子で、丁度きみぐらいの年齢だった」
「…………その子ども達は?」
「死んだよ。事故だった」
その言葉を聞いて綱吉の脳裏にある考えが過ぎる。
さっき自分が使った人間の匣兵器は自分と同い年ぐらいの少女の姿をしていた。
「まさか…………」
「お察しの通り。人間型の匣兵器である
「何て、事を……………」
「そうだな。自分でも愚かな事だと思う。だがやらずにはいられなかった。匣アニマルの仕組みを利用すれば、もっと資金があれば…………! そう思わずにはいられなかったんだ…………!!」
理由を聞いて綱吉は納得する。
この人は、死んだ自分の子どもを生き返らせようとしているのか。
彼がやった行いは絶対に許されない事で、許してはならないものだ。
それでも、今まで戦って来た連中よりはずっと理解できるものだった。
「なら…………!!」
だからこそ、綱吉は目の前の男に怒りを隠せずにはいられなかった。
同情だって出来る。理解だって出来る。人の親になった事は無いし、大切な人を失った事が無くても、これだけは伝えられる。
「あんたが人を傷付けて、苦しめてるのを見て、子ども達が喜ぶと思ってるのかよ!!」
「……………っ!!」
綱吉の叫びを聞いて男は目を見開き、力無く項垂れる。
「ああ、本当に……………私は愚かな事をしたよ…………」
「…………その事に、もっと早く気付くべきだったよ」
彼の子どもが本当にそう思っているのか、そう考えるのかは分からない。
匣兵器となってしまったレンジーも、ここには居ないもう一人もきっと彼の望む答えを言うとは思えない。
だけど、もし自分が彼の子どもだったならそう考えるだろうし、彼の子どもならきっと同じことを思うだろう。
だって、彼は道を間違えてしまっただけで、何処にでも居る普通のお父さんなのだから。
「オレは、こんな事を仕出かした貴方を許す事は出来ない」
「ああ、分かっている」
「どんな理由があっても、どんな事情があっても、多くの人を傷付けて人の道を踏み外した貴方の望みが叶う事は無い」
「…………そうだな」
自らの行いの意味を理解している彼は自分の言葉に頷くしかない。
彼が成した悪行は糾弾されるべきものだし、どれ程の罵詈雑言を浴びても彼の罪が許される事は無い。
「でも、もし貴方が自分の犯した罪を償おうとする気持ちがあるのなら、ボンゴレ10代目として償いの機会を作る事は出来る」
でも、罪には罰があるように罰を受けた者には赦しも必要だと思っている。
自分が犯した罪を何とも思っていないような奴なら兎も角、自分が悪い事をしたと思って反省して罪を償った人には救いがあっても良いじゃないか。
そう考えた綱吉は死ぬ気モードを解き、そこから先を口にする。
「毎日は無理だけど、レンジーと過ごせる日を作ると誓う」
「っ、壊さないのか!?」
「うん。最初はそのつもりだったんだけどね」
さっきの話を聞いてその気はとうに失せた。
確かにこの匣兵器は産まれからして倫理に反してはいる。だけど、産まれてきてしまったのなら仕方がない。
「産まれが悪いからって理由で排斥するのは間違っているから」
レンジーに親近感を抱いたのは左頬についてしまった消えない傷があるからではないのだろう。
生まれが悪いのは自分も同じだからだ。
一般人として生きていながらも自分にはマフィアのボスの血が流れている。
だから、そういう意味では自分と同じなのだと思ってしまった。
「…………ありがとう。本当にありがとう」
涙ながらに感謝を伝える彼の言葉を聞く。
これで、これで良かったのだろう。彼には罪に合った罰を受ける事になるが、これ以上血を見ないで済む。
そう思い安堵の溜め息を吐こうとした瞬間だった。
「っ、危ない!」
此方に感謝の言葉を伝えていた男が突然切羽詰まった表情をして、自分を突き飛ばしたのは。
いきなり何を――――そう呟こうとするよりも先に綱吉の耳に一発の銃声が鳴り響いた。
「えっ?」
自身を突き飛ばした男の胸から赤い血潮が飛び散り溢れてくる。
彼は胸から血を流し、ゆっくりと地面に倒れた。
その瞬間はスローモーションのように綱吉の瞳に残り続け、一体何が起こったのか脳が理解を拒んでいた。
「おのれぇ…………裏切り者がぁ…………!」
声がした方向に視線を向けると其処には残された左手で拳銃を手に取り、自身に銃口を向けている男の姿があった。
「死ねぇ!!」
男はそう言って引き金に指を掛け引こうとして、
「ぐぁ!!」
突如として飛んで来た鞭によって拳銃を弾かれた。
一体何が起こったのか、事態をようやく飲み込めた綱吉はその場にへたり込んでしまう。
「ツナ! 大丈夫だったか!?」
ディーノの声が聞こえ、綱吉は其方に視線を向ける。
其処には病院内に残っていた皆に加え、凪とロマーリオの姿もあった。
ユニは凪が背負っており、顔色は悪いもののさっき見た時に比べれば遥かにマシだった。
「ボスっ!」
凪が自身の姿を見て血相を変えて近付いて来る。
「ごめんなさいボス……………私が、側に居れば…………」
「気にしないで。見た目に比べれば軽いから」
少なくともこの前負った怪我に比べれば今の怪我は大したものじゃないだろう。
「それよりも、ユニは?」
「大丈夫。体調もさっきに比べれば遥かに良くなってる」
「良かった…………」
ならユニは大丈夫だ、と安堵の息を漏らす。
そして、視線を自分を庇って撃たれた男に向ける。
「その人は」
「…………ダメだな。即死だ」
ユニ同様にさっきに比べて顔色が良くなったリボーンが淡々と事実だけを告げた。
「……………そっか」
リボーンの言葉を聞いて綱吉は空を見上げる。
折角、これ以上血を見ないで済むと思ったのに、また血で血を洗うような終わり方になってしまった。
「どうして、オレは弱いんだろうなぁ…………」
「ツナ…………」
悔しさと惨めさから玉のような涙が溢れる。
それを見た武は何か言葉を掛けようと手を伸ばして、何も言う事が出来ずに手を下ろす。
今の綱吉に掛けるべき言葉を、武は持っていなかった。
「この人は、自分が悪い事をしたと認めて、ちゃんと反省出来る人だった。この人が犯した罪は許されないけど、まだ償う事は出来た筈なんだ。なのに…………」
「コイツは、M・C・ローバか」
ディーノは男の亡骸から視線を逸らし、涙を流す綱吉に何とも言えないような表情をしながらもゆっくりと問い掛ける。
「ツナ。ローバは、何でこんな事をしたのか言っていたのか?」
「…………死んだ子どもを甦らせたい、そう言っていました」
「そうか……………それは、辛いな」
ディーノは綱吉の言葉を聞き、綱吉の隣に座る。
本来、死んだ命を蘇らせる事は出来ない。しかし、匣兵器という可能性がローバを狂気の道に引き摺り込んだ。
そしてこれからも増えていくだろう。自分にとって都合の良い道具を欲しがる者も居れば、死んだ命を甦らせたいという誰もが抱くであろう祈りで手を出す者も居る。
ローバがそうだったように、実行する者も間違いなく現れる。
「これも時代の過渡期というやつか」
ディーノはこれから起こるであろう時代の唸りにやるせない顔をする。
悲劇はこれからも増え続けていく。その悲劇にこの後輩は耐えられるだろうか?
そう思いながらもディーノは綱吉に問い掛ける。
「ツナ、ローバは最後になんて言ってた?」
「ありがとう、そう言ってました」
「ならツナはローバの心を救えたと思うぜ」
その時その場に居なかったから断言は出来ないが、きっとそうだろう。
でなければこんな安らかな死に顔にはなれない。
「倫理観の無い非道な科学者から、子ども達に誇れる父親に戻れたんだ。絶対に感謝してるさ」
「そう、だと良いですね…………」
ディーノの言葉に励まされた綱吉は少しだけ顔色が明るくなった。
「それで、コイツらどうするの?」
空気を読んでいたのか、今までずっと黙っていた恭弥が倒れた男達を踏みながら尋ねて来る。
その光景に乾いた笑みが思わず出てしまうも、綱吉は自分の考えを語ろうとする。
「そ、そうですね。取り敢えず腕の治療をしたら罪を償わせて――――」
しかし、その考えを最後まで口にするよりも先に、その場に黒い炎が出現した。
「えっ?」
「っ、ツナ!! 皆、下がれ!!」
突如として現れた黒い炎に全員が警戒態勢になり、距離を取る。
動けなかった綱吉もディーノに抱えられて後方に下がり、その炎から鎖に繋がれた首輪のような物が現れたのを見た。
「な、まさか――――」
黒い炎から現れたそれは容赦無くその場に倒れていた敵全員の首に掛けられる。
それは死したローバも例外ではなかった。
「――――掟ヲ破リシ者ヲ捕ラエニ来タ」
聞き覚えの無い声がすると同時に黒い炎から一人の人影が姿を現す。
黒いコートに黒い帽子、そして素肌が一切見えない包帯に包まれた不気味な存在。
「
まるでこの世全ての不吉を孕んだかのような存在を見て、リボーンかその名を言った。
次回第一部最終話。
『子どものような夢』