そして今回で終われませんでした。多分次回で終わりになります。
「残念――――逃げられタ」
スタングレネードによる強烈な光と音が収まってから十数分。
ようやく感覚を取り戻したマッドクラウンは苛立ちで顔を歪める。
「だけド、そう遠くまでハ行けてイなイ」
あの時、家の中でスタングレネードを使うという暴挙に出たジッリョネロの10代目ならば兎も角、ボンゴレの10代目は丸腰で何の対策もしていなかった。
と、いうことは自分と同じようにまともにスタングレネードの餌食になったのは間違いない。そしてそんな状態で遠くまで行ける程、平和ボケしている日本で暮らしていたボンゴレ10代目は慣れていない。
「しょうがナい、探し回ルか」
「見つけたぞ不審者!」
逃げ出した二人を追おうと沢田家から出たマッドクラウン。
そんな彼に声を掛けてくる者が居た。学ラン姿のリーゼント頭の学生、道化師は知らない事だが、ついさっき綱吉に不審者が居ないかを聞いた並中風紀委員会の生徒だった。
「見るからに怪しい奴だとは思っていたが、そのチェンソーに切り刻まれた扉! この並盛で狼藉を働く不届き者だったとは…………絶対に許さん!!」
風紀委員の男子生徒は構えを取る。
「並盛中風紀委員会所属、館山建都!! 空手で鍛え上げた俺の力を――――」
「邪魔だヨ」
並盛の風紀を乱す悪党を倒そうと、道化師に攻撃を仕掛けようとした風紀委員の男子生徒に振るわれる燃え上がるチェンソー。
「――――えっ?」
何をされたのかすら認識できないまま絶命し、体を真っ二つに斬られて返り討ちに合う。
地面に散らばった残骸は赤い炎に包まれ、最初から何も存在しなかったかのようにこの世から消失した。
「うふフ、流石ハ裏社会デ流行っていル最新の武器」
殺しが大好きな人間にとって、死体の後始末が大変面倒だった。
だがこの最新の武器があればその必要すらない。死体の処理をする必要が無いというのは本当に楽だ。その上、携帯するのも非常に簡単であるという、正しく自分の為にあるような武器だ。
赤い炎に変わり、手のひらサイズの小さい箱の中に戻るチェンソーを眺めながらマッドクラウンは歩き始める。
「さテ、後は追い込むだけダよ」
既にこの辺りの地理は把握済み。
あの人の好さそうな二人が他人を巻き込むような場所に逃げるとは考えられない。
「逃げるとしたラ、廃工場かナ?」
+++
並盛町の郊外にある廃工場――――其処には自宅に襲撃を仕掛けてきたマッドクラウンから逃げて来た綱吉とユニの二人が居た。
「ぜぇ…………はぁ…………う、うぅ…………」
「沢田さん。大丈夫ですか?」
息を荒くして壁際に座り込み頭を抱える綱吉。
それを心配そうな表情でユニが様子を確認する。
酷く気分が悪そうだった。至近距離でスタングレネードを受けた事が原因だろう。
咄嗟に耳栓を着けて被害を軽減する事が出来た自分とは違い、光を放つ寸前に目を閉じたとはいえ影響をまともに受けたのだから。
「すみません沢田さん」
スタングレネードの影響を受けたせいで意識が朦朧としている綱吉に謝罪する。
使わなければ今頃自分達が死んでいたとはいえ、彼がこんな状態になったのは自分のせいだ。
安全な日本に来たということで油断していたのだろう。こんな事になるならしっかり能力を使っていれば――――。
「…………大丈夫。ユニは、悪くないよ」
悔恨の念に駆られて辛そうな顔をしているユニに綱吉は小さく呟く。
「大丈夫…………なんですか?」
「う、うん。さっきより、大分マシになったよ」
フラフラとしながらも綱吉はハッキリとした様子で答える。
「と、いうかさっきのアイツ。何なんだよ、どう見ても普通じゃなかったんだけど…………」
片手で頭を抑えながら綱吉はユニに問い掛ける。
今自分達がここに居る原因となった存在。道化師の格好をしたイカれた男。
そして赤く燃え上がるチェンソー。
どう見ても普通じゃないのは見た瞬間理解出来た。
「あれはマッドクラウン。裏社会の
「こ、殺し屋…………ど、どうしてオレの家にそんな奴が」
「沢田さんはボンゴレファミリーの10代目候補です。その事を快く思わない人が沢田さんの命を狙おうとして依頼したんでしょう」
「なっ!? 何で――――」
どうして自分の命を狙うのか、そう叫ぼうとしたところで何とか抑え込む。
よくよく考えると別に不思議な事ではない。ボンゴレだかあさりだかは知らないがマフィアの10代目に指名されたのだ。そしてその事に不満を覚えたりする者等が居ても不思議な事ではない。例え自分が拒否していたとしても、だ。
いや、相手にとってそんなことはどうだっていいのだろう。
テレビでよくやっているドラマにありがちな展開。綱吉は今、自分がその立場に居るということを理解する。
このまま逃げてもいずれ捕まってしまう事を――――そうなればどれだけ無惨に、残忍に殺されてしまう事を。
自分達が置かれている現状は残酷な事実を突き付けていた。
「そ、そんなぁ…………」
綱吉は情けない声色で項垂れる。
相手は見るからにイカれているヤバい殺し屋。それに対するはダメツナと戦う力なんて皆無そうなユニ。
誰の目から見ても勝ち目なんか皆無だった。
恐怖でガタガタと震える綱吉だったが、ここでふと脳裏にある言葉が過る。
――――「キミ達がボンゴレ10代目とジッリョネロの10代目デー、あってマスよネ?」
それはついさっきあのマッドクラウンとかいう殺し屋が言っていた言葉だった。
「ねぇユニ。さっき、あいつが言ってたジッリョネロの10代目って何かな? ユニの苗字と一緒だけど…………」
「そういえば説明していませんでしたね。私は沢田さんと同じくマフィアの10代目なんですよ。ジッリョネロファミリーといってボンゴレと同じくらいの伝統と歴史を有してるファミリーの」
「んなっ!? ユニもマフィアの10代目ぇ!?」
「と、いっても私も沢田さんと同じくマフィアには関わらないで育ってきてますので。まだ実感は湧いてないんですけどね。ジッリョネロファミリーの人達とすらまだ会った事は無いですし」
淡々と語るユニの言葉に空いた口が塞がらなかった。
だが、納得は出来た。彼女が纏う気品や雰囲気は明らかに育ちの良さを感じさせたのだから。
「で、でもそれなら何でオレの家庭教師なんか…………」
「当初の予定では沢田さんの家庭教師は私ではなく、別の方が家庭教師として来る予定でした」
綱吉の疑問にユニは答える。
「ですが今、裏社会で新しい兵器が出回っているらしく、それを抑える為に本来の家庭教師の方はイタリアから離れられなくなったんです。そして、私は身の安全の為にこの日本に避難する事になったんですよ」
「じゃあ、家庭教師っていうのは…………」
「嘘ではないです。けど、私にそういった事は期待されていませんでした。沢田さんの所に来たのは、かつて親交があったジッリョネロファミリーの初代とボンゴレファミリーの初代の縁があったのが大きいですから」
説明を続けながらユニは立ち上がる。
「これから私が囮になって注意を引きつけます。沢田さんはその隙を突いて逃げて下さい」
「な、何言ってるんだよ!! そんなのダメに決まってるじゃないか!!」
ユニの提案を聞いて綱吉はすぐさま拒否しようと声を上げる。
だがユニは笑みを浮かべて首を横に振る。
「いいえ。マフィアの後継者として選ばれたとしても沢田さんは一般人。それに対し私は日本に避難したマフィアの娘でしかありません。だから、これは私がやらなくちゃいけないことなんです」
「だからってユニが囮になる必要は――――」
「大丈夫です。私は沢田さんと違ってマフィアの事を知って育ちました。だからこういった荒事をどうにか潜り抜ける方法も学んでいます。なので安心してください」
ニコニコと微笑みを浮かべながら語るユニに綱吉は少しだけ安心する。
確かに彼女の言う通りにした方が良いだろう。ただの一般人、否、それ以下のダメツナよりも頭が良いユニの方がきっと良い方向に進む。
そう考え、綱吉は内心安堵する。が、ふとユニの手元に視線を向けた時に気が付いてしまう。
彼女の手が震えていることに。
間違いない、彼女は自分の代わりに死ぬつもりだ。
「や、やっぱりダメだ!!」
綱吉はユニの震える手を掴んで引き止める。
「でも、他に方法は無いですよ」
「そ、それは…………」
ユニの言葉に綱吉は何も言えなくなってしまう。
どれだけ正しくなくても、間違っていたとしてもそれしか選ぶことが出来ない。
もう良いじゃないか。彼女の言う通りにして逃げよう。ダメツナなんだ。何をしたってどうせ無駄に終わる。
そんな諦めが混じった弱音が心の内側から出て来る。
結局、自分には何もできない。そう思って絶望しかけたその時だった。
「見ィつけ、たァ!!」
マッドクラウンの不気味な声が響いたのは。
二人は声が聞こえた方向に揃って視線を向ける。
何時の間にかこの廃工場に居たのか、マッドクラウンは狂気を宿した瞳を爛々と輝かせている。
「っ、沢田さん急いで逃げ――――」
ユニが慌てた様子で逃げるよう促すが、マッドクラウンの方が早い。
手の中にある小さい正方形状の匣に拳を当てる。すると中から赤い炎を纏ったチェンソーが飛び出し、マッドクラウンの手中に収まる。
「ヒィヤッハァアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
奇声を上げながら振るわれたチェンソーから、巨大な炎の塊としか言いようがないものが放たれる。
炎の斬撃。嵐のように荒れ狂い、触れた者を切り刻む破壊の力。
とてもではないが避ける事は出来ない速さで迫り来るそれを前に、綱吉はユニを突き飛ばす。
意図的な行動ではない、身体の方が先に動いた咄嗟の行動だった。
「沢田さん――――?」
自らの身に何が起こったのか理解出来ていないのか、ユニは呆気に取られた表情を浮かべている。
――――どうやら自分はダメツナではあっても、卑怯者ではなかったらしい。
そんな彼女の顔を見て綱吉は安堵し、次の瞬間にはマッドクラウンが放った炎に飲み込まれた。
+++
マッドクラウンが放った炎の斬撃によって生じた爆炎と土煙が巻き上げられる。
壁には大きな穴が空いており、鉄で出来た箇所は少し溶けている。
それだけ凄まじい攻撃だったということで、その攻撃を受けた綱吉は地に倒れ伏していた。
攻撃を受けた瞬間、一瞬意識を失ったものの運が良く死なずに済んだ。
尤も、死ななかっただけで半死半生の状態だが。
「う、ぐ……………うぅ」
呻き声を上げるだけで苦痛を感じる。身体のズタボロで血が流れている。
痛い、痛い、痛い。産まれてから初めて味わう酷い激痛に綱吉は身動きが取れなかった。
「沢田さんっ!!」
耳をつんざくようなユニの声が聞こえた。
自分が突き飛ばした事で怪我はしておらず、その身体に傷は一つもなかった。
「良かった…………怪我、してなくて」
「良くありません!! ああ、なんて酷い…………!」
ユニは綱吉の身体を見て顔を青褪める。
「おやァ、まだ生きてタ。でモ、もう死にカケだ」
マッドクラウンは地に倒れ伏す綱吉の姿に喜悦に歪んだ眼で視線を向けている。
「でも本当ニ可哀想。何の才能モ無いゴミクズだというのニこんな酷イ目にあうんだかラ」
「――――それは、違います」
嘲り笑うマッドクラウンの言葉をユニは否定し、綱吉の前に出る。
「沢田さんは不器用です。要領だって良くないですし勉強だって得意じゃありません。事故とは言え人の裸を見たりするしデリカシーもありません! 正直な話不満な所は沢山あります!!」
「こ、こんな状況で文句!?」
フォローをいれるどころか、ダメ出しをするユニに綱吉は思わずツッコミを入れる。
と、いうか裸を見た事やっぱり気にしていたのか。
内心ユニの口から出た不満と文句に綱吉は申し訳なくなる。
「ですが、沢田さんはとても心の優しい人です。誰かの為に頑張れる、勇気がある本当の意味で強い人です。それを私が保証します!」
「ユニ…………」
思い返せば、こうして人に褒められる事は初めてだろうか。
文句や不満は少なからずあれど、こんなダメツナを庇ってくれたのは。
「マ、どちらにせヨ不幸なのハ代わりなイ。さて、ト」
マッドクラウンは綱吉を心底憐れむような目で見ながらチェンソーを振り上げる。
回転する刃に再び赤い炎が灯る。
「そろそろ死ノウか」
向けられる殺意。今度は間違いなく殺されるだろう。
「ユニ、逃げるんだ…………!」
さっきの爆発のせいで視界が悪い。次の攻撃が来たのに乗ずればなんとか逃げ出せる筈だ。
そう考えた綱吉は自分の前に立つユニに逃げるよう促す。
だがユニは逃げる事なく、倒れた綱吉の姿を見下ろす。
「沢田さん。この状況を打破出来る方法があるとするなら、貴方はどうしますか?」
「そんなの、それを選ぶに決まってるよ」
綱吉の言葉を聞いて、ユニは覚悟を決めた顔をする。
そして懐から弾丸を一つ取り出す。それは死ぬ気弾。ユニが来た当初に言っていたものだった。
何で今それを出したのか。疑問に思う綱吉を見ながらユニはその銃弾を拳銃に込める。
「死ぬ気弾を撃たれた人は危機によるプレッシャーでリミッターを外して、潜在能力を発揮する事が出来ます。これを使えばあのマッドクラウンに勝てるかもしれません」
「ほ、本当…………? なら」
「ただ問題もあります。後悔している事があればそれを死ぬ気でやるんですが、もし後悔をしていなければそのまま命を落とすことになるんです。沢田さん、貴方に死ぬ覚悟はありますか?」
「…………遅いか早いかの違いだ。なら、少しでも可能性がある方を選ぶよ――――いや、違う」
綱吉はそう言うと身体を起こす。
酷くボロボロでふらついていて、今にも倒れてしまいそうなほど弱っている。
「あいつに、マッドクラウンに勝ちたい…………!」
だがその瞳の力は失われていなかった。
ユニは綱吉の言葉を聞き、眉間に突き付ける。
「じゃあ、一回死んで下さい!」
+++
特殊弾――――それは裏社会のマフィアに伝わる特殊な弾丸。
その効果は様々であり、撃たれる事で効果を発揮する特異性を有する。
古豪トマゾファミリーに伝わる嘆き弾や禁弾として悪名高い憑依弾が有名だ。
そして今、ジッリョネロの10代目がボンゴレの10代目に対して使おうとしているもの。
「死ぬ気弾――――」
ボンゴレファミリーに伝わる特殊弾。その効果は対象の潜在能力を引き出すというもの。
拙い。今は大したことが無い雑魚でもボンゴレの血筋。何が起こるか分からない。
「とっトと死ネッ!!」
マッドクラウンは先程放った一撃を二人に向かって再び放つ。
新しい得物であるこのチェンソーは特殊な機能がある。それは炎を
通常のチェンソーよりも破壊力があるのにも関わらず、更に威力が上がるのだ。
この武器を手に入れてから自分は負け無しだ。どんな護衛が居ようとも、どんな標的であろうとも殺してきた。
ついにはマッドクラウンという二つ名も手に入れた。
そう、自分はもっともっと名を上げるのだ。この武器とこの技を使って殺せなかった人間は一人も居ないのだから。
「待テ。何デ生きテるんダ?」
自分はこの技を既に一度放っている。本音を言えば甚振りたいという気持ちが無かったわけではないが、一切手加減していない全力の一撃だった。
事実、この工場の壁をズタズタに引き裂いて破壊している。
だというのにどうして、壁よりも遥かに柔らかい筈の軟弱な人間が生きているのだろうか?
そう疑問を抱くのと同時に炎の斬撃が二人に届き、乾いた銃声が鳴った。
瞬間、マッドクラウンが放った一撃が散らされた。
「ナッ!!?」
驚愕に顔を歪めるマッドクラウン。
赤い火の粉が舞う中、其処に居たのは沢田綱吉だった。
何故かパンツ一丁になっており、彼の背後にはユニとそれから出て来たと言わんばかりに風化している抜け殻のようなものが転がっている。
「
そして次の瞬間には綱吉の額と胸元にある指輪からオレンジ色の炎が燃え上がった。
煌々と輝くその炎はマッドクラウンの炎とは違い、とても美しいものだった。
「マッドクラウン!! 死ぬ気でお前を倒す!!」