ボミンの町。その西門近くには冒険者と呼ばれる総合職を取りまとめるギルドが存在する。
それなりに大きな町にあるだけあってその規模はそこらのギルドとは格が違い、日夜問わず人の出入りがある。
やれ飛龍が出ただの、やれ畑を荒らす害獣を駆除してくれだの、やれ子守をしてくれだのと依頼はピンからキリまでやたらと幅が広い。これは荒くれ日雇い達の同盟が始まりだったためと言われている。依頼者、受注者のうちのどちらかに実績がなければ冒険者ギルドが仲介し、面談などによってトラブルを事前に回避していた。
さて、そんな冒険者ギルドともなれば当然有名な人物が存在する。夜明けのジェラルド、破壊者ベデデ、ヤベーメイドサティア、逃げ足のライカ、働かずのニート、植物に詳しいゲゲ、その他沢山。そんな珍妙な有名人の中、少々毛色が異なる人物がいる。それが、例のアレことナンテヨムカワカンニャイだ。名簿にある名前は複雑怪奇な謎の文字で登録されており、誰も読めず、担当者も聞き出すことができなかったとのこと。それだけであれば実は何人か存在している。たまに間者として国に処断される人物もいるが、珍しい程度の話だ。
その逸話は両手で足りないほどある。声を聴いたものがいない。姿を見たものが滅多にいない上に証言によって背格好がバラバラ。馬より早く走る。戦闘から雑用まで広くこなすが対人系ですらなかなか姿を見せない。戦闘力は高いがどこにいるかわからないので連携がとれない。甘いものが好物。などなど。総合すると生きた都市伝説的存在である。
春先のことだ。冬眠からでてきて腹をすかせた猛獣の事件がそれなりに発生する季節である。
突然血まみれの冒険者が倒れた状態でギルドに現れた。
「ひえっ」「おい、ヒーラー呼んで来い!」「こいつ、ワイズか?」
医療スタッフが駆けつけるがその時にはすでに大体の治療が済んで状態だった。
突然の事態に腰を抜かしていた新米冒険者に周囲の冒険者が手を貸す。
「い、今のは?」
「アレだろ」
「アレだな」
「アレというのは……その、噂のアレか?」
「そのアレさ。たまにあるんだよ」
「本当だったんだ」
「最近、アイツは焦ってる感じだったからな……心配してついて行ってくれてたんだろうさ」
「けっ、これで頭が冷えただろ」
「違いねぇ。命あっての物種だってのによ」
お前もご利益にあずかりたかったらあそこのテーブルにお供えしておけよと背中を叩かれて新人冒険者は解放された。
$$$
(もっと現実的な理由があるでしょ)
痛む背中をさすりながら新人冒険者は考えた。
(たとえば魔法とか)
造詣の深い者であればどの道、人間業ではないと判断しただろう。それはそれとして、彼は仕事柄、お守りやゲン担ぎの類には肯定的だ。
例のテーブルは2階の隅にある小さな席で、既に焼き菓子が置いてあった。おそらくワイズの関係者か医療スタッフの誰かだろう。他のギルドにはない風習だが他の席の埋まり具合からすると何かしらの暗黙の了解があるようだ。一種の祭壇のような扱いなのだろう。非常食に持っていた飴玉を取り出し、焼き菓子の横に添えた。
そのまま目を瞑り、数秒の黙祷をもって安全を祈願した。
目を開くとふと違和感を覚えた。まさかと思ったが確かに焼き菓子が減っている。ちょうど一口分だ。
ぞわりと総毛立つ思いがした。しかし、なんとか自分の時もよろしくお願いしますと絞り出すことができた。
踵を返して1階への階段を下りつつ、そっとテーブルの様子を伺う。
差し込む日光に粒子が煌めく中、焼き菓子を頬張る誰かが見えたような気がした。
後日、彼は雨の中、山の斜面を転げ落ちるように下っていた。
近くで山賊が出たとのことで6人の冒険者が散らばって探索していたのだが、天候の悪化によって一時休憩ということで集まって大木の陰で雨宿りをしていた。気を抜いていたつもりはないがそこは新人冒険者。山賊によって逆に襲撃されて何とか逃げ出したのだった。
他の4人とははぐれてしまったがそちらを気にする余裕は彼になかった。背後についてくる足音が敵か味方かもわからない。ただただあらゆる存在を振り切るために走った。
どれだけ走っただろうか。ついに木の根に足を取られて転んでしまった。
「ぐうっ」
衝撃で意識が硬直しそうになるがなんとか持ち直して横に転がる。すると斧が腕をかすめて地面に突き刺さった。
(全員敵か!)
立ち上がろうとしたところでわき腹に後続の山賊の足が突き刺さる。
呻き声を漏らして、仰向けになった視界に短剣を両手に振り下ろす構えの山賊を見て、どこか他人事のようにダメだなと感じていた。
「それで?」
「気が付いたら寝かされてた。焚火のそばでさ、他の4人はピンピンしてた。こっちは死にそうな目にあったっていうのにうまく逃げてくれたもんだよ。……でも変なんだ。誰が俺を助けたのか聞いても誰も知らないって。俺は誰に助けられたんだ?助っ人が来たでもないようだし」
そう言って彼はホットワインを煽った。周囲ではほかの冒険者達ががやがやと騒いでいる。
「ん? 4人?」
「どうした?」
「あと一人はどうしたんだ?」
「だからピンピンしてたって」
「6人だったんだろ?」
しばしの沈黙の後、新人冒険者は小さく声を上げた。
確かに6人いたはずだった。財布の中を確認すれば報酬も6人で等分された量が配分されている。
全員思い出せる。全員で打ち合わせもしたはずだ。それなのに。
「どうして、どうしてわからないんだ……?」
一人だけわからないということが思い出される。会話の内容は思い出せる。しかし声がわからない。そしてその時の自分は何の違和感も感じていなかった。
それは、わからないという情報で後から塗りつぶされたようだった。
「おい!大丈夫か!おい!」
「あ、ああ。すまん、ちょっと行ってくる」
「行くって?おい!」
それから窓口で問い合わせて確認したところ、6人目が明らかになる。
例のアレ。謎の言語で記された名前がそこに並んでいた。
ワイズは中の下くらいのソロ・戦闘系冒険者です
いろいろ伸び悩んだ結果、少々無茶なことをしてしまいました
特にお供えとかはしていませんが危うい雰囲気が日に日に強くなり、ナンテヨムカワカンニャイさんがお節介でついて行ったら死にかけたので慌てて担いで帰ってきました