ナンテヨムカワカンニャイさん   作:星降美咲

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Case2:洋館とドレスの女

ボミンの町。その西門近くには冒険者と呼ばれる総合職を取りまとめるギルドが存在する。

それなりに大きな町にあるだけあってその規模はそこらのギルドとは格が違い、日夜問わず人の出入りがある。

やれ地竜が出ただの、やれ畑を荒らす害獣を駆除してくれだの、やれ墓守の代行をしてくれだのと依頼はピンからキリまでやたらと幅が広い。これは荒くれ日雇い達の同盟が始まりだったためと言われている。依頼者、受注者のうちのどちらかに実績がなければ冒険者ギルドが仲介し、面談などによってトラブルを事前に回避していた。

さて、そんな冒険者ギルドともなれば当然有名な人物が存在する。夜明けのジェラルド、破壊者ベデデ、ヤベーメイドサティア、逃げ足のライカ、働かずのニート、植物に詳しいゲゲ、その他沢山。そんな珍妙な有名人の中、少々毛色が異なる人物がいる。それが、例のアレことナンテヨムカワカンニャイだ。名簿にある名前は複雑怪奇な謎の文字で登録されており、誰も読めず、担当者も聞き出すことができなかったとのこと。それだけであれば実は何人か存在している。たまに間者として国に処断される人物もいるが、珍しい程度の話だ。

その逸話は両手で足りないほどある。舐めると苦い。焼き鳥の露店にたまにいる。甘いものは好きだが最近太った気がするので控えている。などなど。総合すると生きた都市伝説的存在である。

 

春も半ば、雪もすっかりなくなり、冬眠明けの獣災が目減りしてきた頃。

冬の間、薪の確保が主だった採取依頼には植物や鉱石が目立つようになってきていた。

生活用に回されていた薪が鍛冶場へ多く回されるようになり、腕を確かめるように打たれるこの時期の金物や武具はどこかに十字の紋をつけられ、普段より二回りほど安く出回る。十字紋の武器を下げた新人冒険者が増えるのもこの時期の特徴だろう。

 

「幽霊がでたぁ?」

いつにもまして騒がしい冒険者ギルドの中、そんな報告が上がってきていた。

 

$$$

 

冒険者ギルドの階段下、日光が届かないそこはいつも仄暗い。テーブルはないが壁に取り付けられたでっぱりが寄りかかって腰掛けるようにすることで腰を落ち着けることができる。

そこで二人の冒険者が件の依頼書を肴に吞んでいた。

「幽霊ってゴーストとは違うのか?」

「違うらしいよ」

「マジで? 聖水とかターンアンデッドとかだめなの?」

「無意味じゃないけど全部に効くわけじゃないらしい。聖水でいえば聖なる力が込められた水だけど、それが有効なのはそれで中和される存在である必要があるそうだ。で、恨みを持った幽霊は必ずしも邪悪な存在ではない、らしい。邪悪と善悪は別ってことだな」

「それどこ情報?信用できるのか?」

「知り合いの神官だよ。見習いだけどな」

「一応本職かぁ。言われてみれば神官とは別に霊媒師とかいるもんな……で、どうして依頼書がここにあるわけ?」

「行こうぜ?」

「聖水効かないかもしれないなら俺らが行ってもしょうがなくない?」

「効くかもしれないだろ?報酬もいいし、安いうちにいろいろ揃えときたいんだよ。ほら、コイントスで決めようぜ」

「俺は嫌だぞ!」

行くことになった。

 

町はずれの洋館の廊下を二人は走っていた。

「ダメだったな!先行してくれ!」

「だから嫌だったんだよ!ていうかこの廊下長すぎないか!」

背後には特に何もいないが応接間で遭遇したドレス姿の女の砕けた顔が脳裏にこびりついている。聖水をかけても濡れるだけで悍ましい声を上げていた。お互い冷静ではないのは理解しているが今はただ全力で走っていた。

進むにつれて壁や調度品の劣化が進んでいるように見える。思えば廃屋と聞いていたのにこれまでが奇麗すぎたのだ。それ以上に走っても走っても窓や扉すら見えない廊下が精神を蝕んでいく。聖水のボトルを装備した冒険者が先行し、もう一人が追走する。

「くそ!どこまで続くんだ!」

曲がり角を駆け抜けると速度を上げて横に並んだ冒険者が焦ったように提案する。

「おい!聖水の残りも適当にまいちまえ!荷物を減らせ!」

「そうだな!」

瓶を放り投げて走っていく。それが頭上を掠めていった冒険者が悲鳴のように叫んだ。

「危ない、お前!なんで捨てた!」

「今荷物を減らせって!」

「何言ってんだお前!くそ!」

先頭の冒険者は混乱していたが自分たちが今ドレスの女の手中にあるらしいということだけはわかっていた。わかってしまった。途端に気付かなかった疲れが鮮明になる。息が上がる。粘つくような冷気が絡みついて――。

「しっかりしやがれ!」

「いって」

「走るんだよォ!」

引っぱたかれた後頭部を抑えて足を動かす。いつの間にかペースが落ちていたようだ。

状況は好転していないが、もう冷気は感じない。再度先行しするようにわずかに加速して、曲がり角を曲がる。背後から横に並んできた何かが叫んだ。

「諦めろ!」

「諦めるかよぉ!」

「うお、急に叫ぶんじゃねーよ」

廊下の老朽化はより進んでいるように見える。

「わかった! このままいくぞ! 奇麗に見せてたのがやつの仕業なら」

「力が弱まっている?のか?」

「多分そう――ドアだ!」

「そんな都合よくあるかよ」

名残惜しくドアを見送ってさらに廊下を走る。最早廊下は正に廃屋といった雰囲気になっていた。

「階段!玄関が見える!」

「よし!うおおお!」

階段を駆け下り、玄関のドアを蹴破るようにして飛び出した。

続いてもう一人の冒険者が飛び出し、ドアを閉じて庭を抜けて敷地を出るまで足を止めずに駆け抜ける。

肩で息をしながら二人で振り返ると荒れた屋敷が夕日に照らされていた。

「終わったのか?」

「はぁ、死ぬかと思った」

「こりゃ依頼失敗か」

「聖水代は請求させてもらうからな?」

「げぇ」

向き合って笑いあう。これからも二人でやっていくのだろうという予感を感じて拳を突き出すと、もう一方もニヤリと笑って拳を合わせた。

刹那、窓ガラスを吹き飛ばしながら何かが飛び出す。唖然とする二人を飛び越えてそれはアーチを描いて地面に叩きつけられた。

「追ってきやがった?」

「まて、様子がおかしい」

じりじりと後退しながら苦しむ幽霊の様子を伺っているとさらに飛来物があった。すさまじい勢いで飛んできた何かが幽霊に直撃し、耳を覆いたくなるような破砕音を鳴らす。その一撃がとどめになったのだろう。幽霊の輪郭がぼやけ、崩れていく。

「どういうこと?」

「さぁ?でもこれ、聖水か?」

「この瓶は俺らが持ってきたものか」

二人は残骸を調べて首をひねる。

「そういえば瓶を捨てたとき割れた音がしなかったかな?」

「そう……か?」

「どういうことだ?」

しらん、わからんと言い合ってもう一度屋敷に入った。幽霊はもう出てこないだろう。

1階、異常なし。

2階、異常なし。

3階の一室。

「この窓か?」

「らしいな。ん?」

背後から声がかかる。

「なんだ、あんただったのか」

 

冒険者ギルドのテーブルに、二人の冒険者が座って酒盛りをしている。

死地からの生還ということでいつもより内容はやや豪華だが、明日以降はそれなりの節制が必要になるだろう。そういうのは後で考えるというのが一般的な冒険者の姿だ。

「ふぃー、3等分になったらこんなもんか」

「聖水代引いたらどれくらいに?」

「こんなもんよ」

「うへぇ、こりゃ近々もう一仕事しないときついな」

「あれがいなければ丸々損だっただろ?」

「そう、だな。あとはこの書類にサインだけもらって清算するだけだが」

視線を2階の例の席に向ける。今日は特にお供え物はないようだ。

冒険者ギルドも雑多な仕事を扱っているだけに参加者と支払いについてはかなり煩い。手続きをさぼるとギルドに来るたびに催促されるため、実はどんな粗雑な冒険者でも手続きだけはしっかりしたがる。

「置いとけばいいんじゃない?」

「そうはいかんだろ」

「それにしても例のアレに会えるなんてな。待てよ、マニアに情報を売れば少しは取り返せるんじゃないか?」

何を言ってるんだお前はとあきれた表情になった後、納得した様子で笑った。

「ははは、お前、会ったのは初めてだったのか」

「なんだよ急に。お前の補填には必要だろ?」

「できるもんならな。そうだな、どんな服装だった?」

「俺の記憶力を馬鹿にしてるな?……あれ?」

会話の趣旨は覚えているのに、姿が一切わからない。声はどうだっただろうか。性別はすらわからない。わからない、わからない、わからない。急に一人ぼっちになってしまったような心地になる。暗闇を探るような思考の沼に落ちかけたところで額を小突かれて我に返った。

「はは、そういうもんなんだよ。考えすぎるな」

知らずのうちにかいていた冷や汗をぬぐい、ビールを一気に流し込んだ。テーブルへ乱暴にジョッキを置き、何となく書類を手に取った。

「ああ?……書いて、あるな?」

「ああ、じゃあいるんだな」

相変わらず読めねぇと酒のつまみにと出していた干し肉をいくつかもって、2階のあの席へと向かうのだった。




ちなみに瓶を捨てる指示や諦めろと叫んだのはナンテヨムカワカンニャイさんではありません。

後日、ギルドを通して依頼主から謝罪と補償がされました。
ナンテヨムカワカンニャイさんは気付いていませんでしたが幽霊はかなり強力な個体だったらしく、依頼主自身が霊に脅されて定期的にスラムの人間を送り込んで生贄にしていたそうです。
しかしスラムで噂が広まったため人が集まらなくなり、冒険者ギルドに話を持ち込んで最初の犠牲者になるはずだったのが話の二人組冒険者になります。
ナンテヨムカワカンニャイさんはそんなことは知らなかったのですが二人が面白そうな話をしていたのでついて行っていました。

聖水をかけた時にもその場にいて、幽霊が"濡れた"所をしっかり見ていました。濡れるなら殴れるはずだということで放り投げられた聖水の便をキャッチしていました。
幽霊が窓から逃げ出した二人をにらんでいたところを背後からフルスイングし、さらに落ちたところに瓶を投擲。それがとどめになりました。


ちなみに依頼主からの補填で懐が潤った二人は2か月後結婚式をあげます。
どっちが女なのかは筆者も分かりません。俺っ娘もいいですよね。
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