5月も初旬を過ぎ、暑くなり始め、そろそろ夏服を欲しくなりつつあるこの頃、俺は廊下をのんびりと歩いていた。もちろん、これは徘徊などではなく、自らが所属する奉仕部という部活に向かうためだ。
雪姉は別に無理して入らなくてもいいと言ってはいたが、なんとなく入ってほしそうな目をしているように見えた上、俺自身、雪姉、比企谷先輩、そして由比ヶ浜先輩の3人と関わりを持つことはとても面白そうに思ったので、平塚先生に入部届けを提出することにした。
そんな訳で放課後、帰宅部員から卒業した俺は奉仕部の部室のドアをノックする。
「どうぞ」
雪姉の声でドアを開ける。
「やっはろー、せーくん!」
由比ヶ浜先輩、可愛いよぉぉぉぉぉ。
「こんにちは、由比ヶ浜先輩」
気持ち悪いことを考えて、精神年齢が5歳くらい下がっているのを隠しながら、俺は挨拶した。
「雪姉も早いね」
俺は座りながら声をかける。
「部長として一番に来るのは当然よ。星斗も来てくれて嬉しいわ」
この笑顔、最高なんですよねぇ。本当にこの姉はデレまで完璧だ。
「そういえば、せーくん。ヒッキー、見なかった?」
ともう一人の可愛い先輩、由比ヶ浜先輩が言う。
「見てないっす。連絡先とか知らないんですか?」
「知らない。せーくんは?」
「ごめんなさい。俺も知らないです。雪姉は?」
俺の声に雪姉は首を横に振る。しばらく考えたのちに由比ヶ浜先輩が言う。
「そっかー。んじゃ、みんなで探しに行こっか」
「そうっすね。俺としてはアテはないですけど」
「そうね。わざわざ比企谷くんのために動くのは癪だけれど、星斗が行くなら行きましょうか」
こうして比企谷先輩を探しに向かうのだった。
いろいろ探したり、聞き回ったりしているうちに、職員室で平塚先生に捕まってるんじゃね? って結論になった。というか、周りの人から比企谷先輩のことほとんど認知されてなくてどこまでも可哀想だった……。
そして、職員室には予想通り比企谷先輩がいた。
「あー! こんなところにいた!」
由比ヶ浜先輩が叫んで駆け寄る。
「おや、由比ヶ浜。悪いが比企谷を借りてるぞ」
「べ、別にあたしのじゃないですから、全然いいです!」
と由比ヶ浜先輩は否定しまくる。
「やっぱり比企谷先輩、平塚先生に捕まってたんですね?」
「まあな。で、なんか用か?」
雪姉が答える。
「あなたがいつまでも部室に来ないから、探しに来たのよ、由比ヶ浜さんと星斗が」
「その、自分は違うアピールいらねぇから、知ってるから」
俺は軽く笑う。
「比企谷先輩、雪姉のこの態度は愛情の裏返しですよ。慣れたら癖になりますよ」
と先輩に耳打ちすると、雪姉が、
「星斗、比企谷くんに余計なこと吹き込まないで」
と睨んできた。俺は、はいはいと頷き返し比企谷先輩から離れた。
「わざわざ聞いて回ったのに、みんな知らないし、超大変だった」
由比ヶ浜先輩が不機嫌そうに言う。ていうかこの人不機嫌そうでも可愛いってなんなんですかねぇ……。
「なんだ、その、悪かった」
なぜか謝った比企谷先輩に対して由比ヶ浜先輩が恥ずかしそうに言う。
「別に、い、いいんだけどさ……。そ、その……、だから、」
不機嫌になったり恥ずかしそうになったり、忙しい人だ。まあ、そういうところも好きなんだが。
「け、携帯教えて? ほ、ほら! わざわざ探して回るのもおかしいし、恥ずかしいし……」
と比企谷先輩と目を合わせず、携帯を取り出す。俺も由比ヶ浜先輩と仲良い(自分の中では)つもりなんだけど、未だにメールとか知らないんだよなぁ……。恥ずかしくてこちらからは聞けないし、いい機会かもしれない。
「まあ、別にそれはいいけどよ……」
比企谷先輩が由比ヶ浜先輩に携帯を渡す。
「あ、あたしが打つんだ……。てか、迷わず人に携帯渡せるとかすごいね……」
「見られて困るもんないからな。妹とアマゾンとマックぐらいからしかメールこないし」
ていうか俺としてはあんまり使わなさそうなのにスマホ持ってるのが意外です。あ、俺も由比ヶ浜先輩にメールアドレス聞かなきゃ。あくまで、部員として、だけど。
高速で入力しながら由比ヶ浜先輩がまた一つ比企谷先輩の黒歴史を明らかにしたようだ。なんでも、女子とメールできて浮かれてたものの、寝たふりをして無視されていたとのことだ。女子の裏の顔、怖すぎる。由比ヶ浜先輩からそんなことされたら、俺ショック死するかもしれん。
「せーくん、どうしたの……? そうだ、せーくんのも教えてよ!」
戦々恐々と眺めていた俺に由比ヶ浜先輩が声をかける。
「そうっすね、お願いします!」
そう言って思わず、携帯を手渡す。
「……せーくんも見られて大丈夫なんだね……」
まあ、最大級のセコムがついてますからね。家族が建設会社で知り合いに弁護士がいるなら、問題のあるような付き合いはまずない。
「まあ、大丈夫っす。比企谷先輩もどうですか?」
「あとでお願いするわ」
と比企谷先輩。断られると思ったが、意外にも比企谷先輩は俺に甘いらしい。
比企谷先輩の雑用が片付いたのち、平塚先生が声をかける。
「比企谷、もういいぞ。手伝い助かった」
「うす、んじゃ部活行きます」
「そういえば比企谷。今度の職場見学、三人一組で行くことになる。好きな者と組んでもらうつもりだから、そのつもりでいたまえ」
それを言われた比企谷先輩はなぜか俺をチラリと見た。
「先輩、俺はダメだと思いますよ……」
「職場見学は二年生限定だ」
と平塚先生。それに対して比企谷先輩は大きくため息をつく。
「……クラスのやつが俺んちに来るなんて絶対に嫌だ……」
「あくまで自宅へ職場見学するつもりなのか、君は……」
と呆れる平塚先生。
「てっきり『好きなやつと組め』といつのを嫌がると思ったのだがな」
比企谷先輩は目を見開き、力強く言う。
「孤独の痛みなんて今さらなんてことないですよ! 慣れてますから!」
その発言に由比ヶ浜先輩は、
「カッコ悪……」
と呟く。
「ばか、お前、ヒーローはいつだって孤独なんだよ。それでもカッコいいだろうが。つまり『孤独=カッコいい』ってことなんだよ」
「そうね、愛と勇気だけが友達って言っているヒーローもいるものね。幼児たちがいつ友達じゃないって気づくものなのかしらね」
「なんなんだよ、その興味……。ともかく、孤独=カッコいいなんだよっ!」
「先輩、それ以上はやめてください。悲しくなってきます……」
「だから、憐れむなって。孤独は憐れむべきものじゃないだろうが」
そうしてようやく俺らは職員室を後にしたのだった。
ぼんやりとした日常が再び流れ始める。由比ヶ浜先輩と雪姉を愛で、比企谷先輩と談笑し、ひたすらに依頼を待つのだ。比企谷先輩は漫画を、雪姉は文庫本を読み、由比ヶ浜先輩と俺は携帯をいじる。平和でしかない。だが、その平和こそが至高なのだ。もちろん、それを乱す存在が来たところで、俺の手でラブコメに変えてしまえばいい。
そう思っていると、携帯をいじっていた由比ヶ浜先輩が深々としたため息をついた。
「どうしたんすか、由比ヶ浜先輩」
「あ、うん……なんでもない。ちょっと変なメールが来たから、うわって思っただけ」
「裁判沙汰になりたくないなら、今後卑猥なメールを送るのはやめなさい、比企谷くん」
勝手に犯人扱いされた比企谷先輩がどこまでも可哀想だ。
「俺じゃねぇよ……」
「ヒッキーは犯人じゃないと思うよ?」
と由比ヶ浜先輩も言う。
「どんな内容なんすか?」
「クラスのことなんだよね。だから関係ないと思う」
「俺も同じクラスなんですけど……」
「なら、比企谷くんは犯人じゃないわね」
と雪姉が傷口に塩を、いや毒を塗る。やめてあげて! もう比企谷先輩のライフはゼロよっ!
「まあ、こういうのときどきあるし、あんまり気にしないことにする」
と由比ヶ浜先輩は携帯を閉じた。おそらくクラスでチェーンメールのようなものがあったのではないだろうか。由比ヶ浜先輩は友達が多そうだし、自然とそういうのが増えてくるに違いない。かくいう俺も友達は少なくないので、こういうのが送られてくるのはなきにしもあらずである。
だが、俺としては由比ヶ浜先輩にこんな顔をさせてしまうというのは、少し気に食わない。そんな勝手な思いを内に隠して、再び始まったぼんやりとした時間を過ごすのだった。
今回は少し少なめです。正直どこで切ればいいか分からない……
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