どういう訳だか俺は、雪姉と由比ヶ浜先輩との勉強会に参加することになっていた。きっかけとしては、雪姉と比企谷先輩によって由比ヶ浜先輩の勉強不足が明らかになり、テスト勉強を行うこととなったのだ。俺は比企谷先輩ももちろん誘ったのだが、彼は一人で勉強する方が性に合うらしく、断られてしまった。
ということで、ファミレスで愛しの姉と先輩とのワクワクドキドキ勉強会となったのだ。
そうは言っても、雪姉は割と自分の勉強に集中しているため、由比ヶ浜先輩と俺が会話をときどきする程度だ。
「ねぇ、せーくん。この問題、分かる?」
「ここは、この公式を当てはめると上手く解けると思いますよ。だよね、雪姉」
「合ってるわ。でも、由比ヶ浜さん。あなた、後輩から教わってることに危機感、感じた方がいいわよ」
まあ、それは言えてる。そういうことをはっきり言える雪姉も好きなんだよなあ。俺もシスコンだからしゃーない。
「だって、せーくんの教え方、めちゃくちゃ分かりやすいもん。なんなら、ウチのクラスの先生やってほしいレベル」
「当然でしょう? 私の弟ですもの」
そう言って雪姉は隣に座る俺の頭を撫でてくれる。気持ち良すぎて昇天しそう。ていうか、これほど需要と供給が成り立ってるシスコンブラコンも珍しいよね。
「てか、せーくんってさ、ゆきのんから撫でられると可愛いっていうか蕩けた顔してるよね……」
「マジっすか……。でも、雪姉から撫でられると気持ちいいんすよね」
「そっか……。あたしも撫でてくれないかなぁ。……じゃなくて、あたしもせーくん撫でていい?」
おいおい、急に何言いだすんだこの先輩は。そんなんされたら今度こそ昇天してしまう。
そんな俺の脳内をよそに雪姉は由比ヶ浜先輩を睨む。
「由比ヶ浜さん、まさかあなた……」
由比ヶ浜先輩は手をバタバタ振って否定する。
「違うって、ゆきのん! ゆきのんもせーくんの頭撫でてるとき気持ち良さそうだったから、あたしも撫でてみたいなぁって……」
「喜んで」
俺はグイッと頭を突き出す。このチャンスを逃す訳にはいくまい。徹底的に甘えてやる。
「あっ、じゃあ、失礼して……」
と、そのとき見覚えのあるアホ毛がチラリと見えた。
「……比企谷先輩?」
「げ」
俺たち4人は揃って固まる。由比ヶ浜先輩は俺の頭に手を伸ばしたままである。
「……お前、何してんの?」
我に返った由比ヶ浜先輩は慌てて手を引っ込める。
「なんでもない! ヒッキーは?」
「勉強だけど……」
「でしたら、一緒にしません?」
俺は比企谷先輩の手を掴んで言う。断られることはないと思うが、一応自分の可愛さでアピールしておこう。
「……別に構わねぇよ。やることは同じだしさ」
おお、少し恥ずかしそうな顔してる。雪姉は比企谷先輩を睨みつつ言う。
「そうね。することに変わりはないのだし」
その後ドリンクバーを注文して席につく。比企谷先輩と雪姉は勉強に集中しているらしくあまり喋らない。かく言う俺も割と集中している。
30分ほど経ち、そろそろドリンクバーのおかわりを取りに行こうかと思ったとき、比企谷先輩がポツリと呟いた。
「妹だ……」
俺が振り返るとレジ前には、セーラー服を着た可愛らしい女子が男子とともに笑っていた。
「悪い、ちょっと」
そう言って比企谷先輩は立ち上がり、彼女たちを追いかけて出て行ったが、見失ったらしく、すぐに戻ってきた。
「妹さんですか?」
「ああ。なぜあいつが男子とファミレスに……」
由比ヶ浜先輩が答える。
「デート中だったのかもねー」
「馬鹿な……、ありえない……」
「小町ちゃん可愛いし彼氏がいてもおかしくないよ?」
「兄の俺に恋人がいないのに、妹にいてたまるか! 兄より優れた妹などいねぇ!」
「先輩、俺の言えたことじゃないですけど、シスコンを撒き散らさないでください。周りの目が、特に雪姉の目が怖いです」
雪姉は今にも殺すと言わんばかりの顔である。
「いや、お前、考えてみろ。雪ノ下が他の男と付き合ってたらどうする?」
本人前にしてそれ聞きますかねぇ。雪姉はともかく、陽姉は嬉々として男どもを連れ回してそうなんだけど。
「確かに、雪姉のことは大好きですけど、雪姉が自分で決めて選んだ人なら俺は何も言いませんよ。雪姉の幸せこそが第一ですから」
「お前の方がよっぽどシスコンじゃねぇかよ……。てか、由比ヶ浜。なんで妹の名前知ってんだ?」
由比ヶ浜先輩は目を逸らしながら答える。
「えっと……、その、携帯? に書いてあった気が……」
「そういうことか。妹を愛するあまり無意識のうちに名前を口に出してしまうシスコン野郎になってたかと思ったぜ……」
「や、先輩。さっきの見たらもう手遅れかと……」
「馬鹿な! 俺は断じてシスコンなどではない! 妹としてではなく、1人の女性として……。やめてください、冗談ですから武装しないでください」
雪姉がナイフとフォークを掴んでいた。
「あなたが言うと冗談に聞こえないから怖いわ。そんなに気になるなら家で聞けばいいじゃない」
そう答えて勉強に戻る。俺らもそれに続く。
雪姉に彼氏ができたらどうなるであろうか。俺と陽姉がしっかり調べさせていただいた上で、幸せになってもらうとするか。キモすぎるシスコン野郎だと言う声がどこからか聞こえてきたような気がしたが、シスコンで結構だ。姉を愛することこそ至高なのだから。
そんな勉強会から数日後、俺は普段のように奉仕部に向かうつもりだった。が、同じ日直だった一色が仕事を押しつけて、部活に行ってしまったため、その後始末をすることになっていた。
「ったく、早く雪姉と由比ヶ浜先輩を愛でたいというのに……」
日誌を職員室に持っていきながら、小声でぼやく。なんでも彼女は最近葉山先輩に興味が湧いたらしく、それでサッカー部のマネージャーになったという。
一応雪姉には連絡を入れたが、さすがに時間がかかりすぎな気がする。これは怒られるかな。
そんなことを思いつつ、担任に日誌を渡して、部室に向かう。その途中で、
「葉山先輩?」
先ほど一色が興味を持ち始めた先輩が奉仕部に向かっていた。
「やあ、星斗。君も奉仕部員だったよね」
歩きながら聞く。それにしても、イケメンは歩いてても絵になるなぁ。自分も顔には自信はあるけど、この人のそばにいたら霞む気がする。
「ええ、まあ。何かあったんですか?」
俺の問いに葉山先輩は頷く。
「ああ。中で話すよ」
彼はそう言ってドアをノックした。
「どうぞ」
と雪姉の声。俺もすぐに入り、
「ごめん、遅くなった」
と謝る。
「お邪魔します」
それに葉山先輩も続いた。
「遅かったわね。星斗、心配したわよ」
葉山先輩に一瞥したのち、雪姉が言う。
「日直の仕事に手間取ってね。次からは気をつける」
俺は比企谷先輩と由比ヶ浜先輩の間に腰掛ける。これが普段の俺たちの定位置だ。
「こんな時間に悪い。ちょっとお願いがあってさ」
葉山先輩が雪姉の向かいに座りながら言う。
「どうしたんです?」
雪姉が葉山先輩に対して刺々しいオーラをぶつけそうになっていたため、それを抑えるように聞く。
「一応、聞くけど、奉仕部ってここでいいんだよね? 平塚先生に悩み相談するならここだって言われてきたんだけど……。結衣もみんなもこのあと予定とかがあったら改めるけど」
この先輩、ナチュラルに由比ヶ浜先輩を下の名前で呼んできたな。さすが、イケメンリア充である。いや、待て。由比ヶ浜先輩と葉山先輩は同じグループだったか。
「いやー、そんな気を遣わなくていいよー。隼人くん、サッカー部の部長候補だし、遅くなってもしょうがないよー」
彼女はそう言うが、雪姉は未だにイラついており、比企谷先輩は何考えてるか分からない顔をしている。今いたことに気づいたんだが、材木座先輩も苦々しい顔で黙り込んでいた。
「いやー材木座くんもごめんな」
「ぬっ!? ふ、ふぐっ! えっと、ぼくは別にいいんで、その、もう帰るし……」
急にカーストトップに話しかけられて緊張しているせいか、普段の中二病キャラが剥げまくってる。
「こふっこふこふっ! は、八幡、ではな!」
奇妙な咳をしながら彼は去っていった。そんなに緊張するもんかなぁ。
「ヒキタニくんもごめんな、遅くなっちゃって」
「……いや別にいいんだけどよ」
よかねぇだろ。名前間違えられてんぞ、先輩。
「それよか、何か用があんじゃねぇの?」
「ああ。それなんだけどさ」
そう言って彼は携帯を取り出した。そこに映っていたのは、中傷文が多数書かれたメールであった。
それを4人で見ていると、由比ヶ浜先輩も携帯を取り出し、メールを開く。
「おい、これ……」
「この前、言ったでしょ? うちのクラスで出回ってるやつ……」
「チェーンメールね」
ほら、やっぱり面倒事は襲ってくるんだ。そう思いつつ俺はため息をついた。
「止めたいんだよね。こういうのってあんまり気持ちがいいもんじゃないからさ。でも、犯人探しがしたい訳じゃない。丸く収める方法が知りたいんだ。頼めるかな」
丸く収める、ねぇ……。一言で言うけど、簡単な話じゃない気がする。
雪姉は髪をかきあげて聞く。
「つまり、事態の収拾を図りたいのね?」
「うん、まぁそういうことだね」
「では、犯人を探すしかないわね」
そうなるよなぁ。それが一番簡単だし、収拾しやすい。
「うん、よろし、え!? なんで、そうなるの?」
と葉山先輩は鳩が豆鉄砲を食ったような顔になった。てか、久しぶりに使ったわ。鳩が豆鉄砲を食ったような顔って。
雪姉が目に憎悪を浮かべそうになっていたので、俺が代わりに答える。
「でも、実際、原因を突き止めるのは、その方が早いとは思いますよ。俺の考えとは少し違いますけどね」
「そうか、なら星斗はどう思う?」
「俺が先輩のクラスにいるなら、ほっときますかね。当事者ではないので、あくまで他人事みたいな言い方で申し訳ないですけど、たかだかチェーンメールの噂なんて、そんなに信用度はありませんよ。人間って実際に目で見たものを最終的には信じる生き物だと俺は思うんですよ。だから、このメールの被害者が、ここに書かれたことをしていると思わせないような行動を取れればいいんじゃないですかね?」
俺はそう答えた。葉山先輩は小さく微笑んだ。
「なるほど、君らしい意見だね」
「そう思います? 俺も自分らしいと思ってますから」
とニヤリと笑う。それに対して比企谷先輩が、
「なんなんだよ、お前ら……」
と呟いた。
その後の会話で、どうやら職場見学のグループ分けが原因ではないかという考えになった。被害者(被疑者)の性格も聞いたが、雪姉曰く、あまり参考にならなかったらしく、
「葉山君の話だとあまり、参考にならないわね……。由比ヶ浜さん、比企谷くん、あなたたちは彼らのことをどう思う?」
と同じクラスである2人に聞く。
「どうって言われても……」
「俺はそもそもそいつらのことをよく知らん」
「じゃあ調べてきてもらっていいかしら? グループを決めるのは明後日よね? それまでに一日猶予があるわ」
由比ヶ浜先輩は気乗りしなさそうに頷く。
「ごめんなさい、あまり気持ちの良いものではなかったわね。忘れてもらって構わないわ」
「俺がやるよ。別にどう思われても気にならんし」
「ちょ、ちょっと! あたしもやるよ! ヒッキーに任せてなんでおけないし! それにゆきのんのお願いなら聞かないわけにはいかないしね!」
雪姉が恥ずかしそうな表情を浮かべる。雪結、いいと思います。
俺は脳内で親指を立てながら先輩方に言う。
「ごめんなさい、今回は俺はあんまり協力できそうにないです」
「仕方ないよ、せーくんはさ。学年も違う訳だしさ」
「なら、その分、次に期待しててくださいね!」
と軽くウインク。葉山先輩がシラーっとした顔で見てきた気がするが、そんなものは無視だ。
「相変わらずだな……」
「比企谷先輩にも、俺は期待してますよ」
「……ったく、お前ってやつは……」
呆れたような微笑みを浮かべ比企谷先輩が呟く。ここまで来たら、たぶん大丈夫だ。この先輩は唯一の後輩に面白い解決策を見せてくれるだろう。そう思いながら、俺もほくそ笑むのだった。
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