大志くんから依頼を受けた翌日から、さっそく川崎先輩の更生プログラムは始まることになった。メンバーは奉仕部4人と戸塚先輩の5人である。
「雪姉、何か策はあるの?」
「ええ。昨日少し考えたのだけれど、一番いいのは川崎さん自身が自分の問題を解決することだと思うの。自分の力で立ち直る方がリスクとかも少ないわ」
「なるほど。具体的には何するんだ?」
と比企谷先輩。
「アニマルセラピーって知ってる?」
動物と触れ合って優しい部分を引き出す、という作戦か。雪姉が猫好きっていうから、自分も癒されたいっていう考えが少し見えてる気がしなくもないが……。
「そのアニマルはどっから調達するんだ?」
「それなのだけれど……。誰か猫を飼っていないかしら?」
それに由比ヶ浜先輩が聞く。
「うち、犬ならいるけどダメ?」
そういえば犬飼ってましたね、先輩(番外編参照)。
「猫の方が好ましいわ」
「違いがよく分からんのだが、何か学術的な意味があるのか?」
「特にないけれど、犬はダメなのよ」
と雪姉は拗ねたように答える。可愛すぎる。
「……なあ、星斗。雪ノ下って犬苦手なのか?」
「はい。今度見せてやってくださいよ。リアクション面白いし、可愛いですよ」
「星斗」
雪姉がムッとした顔で睨む。
「はいはい、すみませんね、お姉様。んで、猫にはアテがあるんですか?」
「ああ。うちは猫を飼ってる。うちのでいいか?」
と比企谷先輩が雪姉に聞く。彼女が頷くのを見て、比企谷先輩は電話をかけた。妹の小町ちゃんに連れてきてくれるよう頼むのだろう。
およそ20分ほど経って校門にキャリーケースを持つ小町ちゃんが現れた。
「ごめんなさいね、わざわざ来てもらって」
「いえいえー、雪乃さんの頼みですからー」
そう言って彼女はキャリーケースを開けると、大きめの猫が鎮座していた。比企谷先輩によると彼はカマクラというらしい。
「わー、可愛いねー!」
と戸塚先輩が撫でまわす。めちゃくちゃ写真撮りたいわ、可愛すぎる。
「で、こいつどうすんの?」
比企谷先輩が聞く。
「段ボールに入れて、川崎さんの前に置いておくわ。川崎さんの心が動かされれば、きっと拾うはず」
昔のヤンキーみたいな作戦だが、この手段しかないだろう。その準備のための段ボールなどを取りに、比企谷先輩と由比ヶ浜先輩がどこかに行った。
「……星斗、あなたはこの依頼どうするのがベストだと思う?」
雪姉が比企谷先輩から譲り受けたカマクラと戯れながら聞く。
「どうするって言われてもなあ……。そもそも俺は川崎先輩の人となりをあんまり知らないし。でも」
ここで俺は言葉を切る。
「一つ考えはあるかな。上手くいくかは状況次第という面が大きいけど」
「教えてもらえるかしら?」
「正直、言いたくないかな。これを話したら俺は雪姉から失望されると思うし」
俺の答えに雪姉は優しく微笑む。
「星斗、心配しなくても大丈夫よ。私が星斗を失望するなんて万が一にもありえないわ」
そこまで信頼してくれているのか……。ならば、そろそろ俺もその信頼に応えなくてはならないだろう。
「なら、雪姉、一つ頼みがある」
「構わないわ」
「これから俺が怪しい動きをしても見て見ぬフリをしてもらいたい。俺からの頼みはこれだけだ」
「星斗が正解に導いてくれるのなら、それで構わないわ。もっとも、それが間違いだったとしても私だけは星斗の味方でいるわ」
俺を真っ直ぐ見て言う。これが姉じゃなかったら告って振られているところだ。振られちゃうのかよ。
そういったところで由比ヶ浜先輩と比企谷先輩が段ボールを持って戻ってきた。それと同時にアニマルセラピー作戦が始まり、それぞれの位置に着くのだった。とは言っても、俺は雪姉からの指示があるまでやることもない。が、俺も自分の作戦を成功させるための準備が必要だ。
というわけで、雪姉がカマクラと戯れてる瞬間をカメラに焼き付けたいという気持ちを断腸の思いで抑えて、あるところに電話をかける。
「もしもし、雪ノ下星斗です。明日の夕方、少し時間ありますか?」
結論から言うと、雪姉のアニマルセラピー作戦は失敗に終わった。川崎先輩は猫アレルギーらしい。
次に手を挙げたのは戸塚先輩であった。
「平塚先生に言ってもらうっていうのはどうかな? ご両親だと距離が近すぎて言いにくいかもしれないし、他の大人になら相談できるんじゃないかなぁ?」
なるほど。生徒指導という意味でもかなり平塚先生は親身だ。もしかしたら心を開いてくれるかもしれない。
そうして比企谷先輩からの説明を受け、平塚先生が川崎先輩の前に立つ。実に頼もしい。流石は大人だ。
そう思っていたのだが……。
結果はなんとも悲しさ溢れるものだった。川崎先輩は平塚先生が未婚であること言い、呆気なく彼女の威厳を崩し、涙目にさせたのだ。本当に可哀想であり、平塚先生の名誉にも関わるので、ここでは伏せておく。
さて、平塚先生の撃沈から一時間後の午後七時半。俺たちは千葉駅にいた。ちなみに小町ちゃんとカマクラは比企谷先輩が帰したようだ。まあ、こんな夜に中学生がいるのも良くないだろう。
「千葉市内に『エンジェル』と名のつく飲食店で、朝方まで営業している店は二店舗しかないらしい」
「そのうち一軒がここ、ということ?」
雪姉が胡散臭そうに見るのは、『メイドカフェ・えんじぇるている』と書かれた看板である。
「ぼく、あんまり詳しくないんだけど、メイドカフェってどういうお店なの?」
戸塚先輩が比企谷先輩に聞く。確かに今どきの高校生でメイドカフェに行くとかあんまり聞かないからなぁ。
「いや、俺も行ったことはないんだけど、そういうのに詳しい奴を呼んだ」
「うおんむ。呼んだか、八幡」
コートを羽織り、汗をかきながら現れたのは材木座先輩である。
「うわ……」
由比ヶ浜先輩と比企谷先輩が少し嫌そうな顔をする。
「……自分で呼んでおいて、なぜそんな顔をするのだ」
「いや、仕方なかったとはいえ、お前の相手するのちょっと面倒くせぇなと思って」
「これはしたり。実力が拮抗する主相手では我も手加減しづらい故な。我の相手を嫌がる気持ちは百も承知よ」
「そうそれ、そういうのが面倒くせぇ」
その言葉にも材木座先輩はガハガハ笑うだけだ。どんだけこの人はメンタル強いのか、それとも単なるアホなのか。てか、モノローグとはいえアホとか言っちゃう俺って大概失礼だな。
そんなこんなでメイドカフェに俺たち六人は入る。由比ヶ浜先輩と雪姉はメイド体験とやらに向かって行ったため、ここには男勢しかいない。
「なんともむさ苦しい絵面だなぁ……」
俺が小さく呟く。
「どういう意味だよ」
「戸塚先輩と俺はともかく……」
「おい。何を言おうとしたかは知らんが、失礼なこと思ってんな」
図星である。比企谷先輩には星斗検定二級を挙げよう。ちなみに雪姉は九段である。
俺はベルを押して店員を呼ぶ。
「お待たせいたしました、ご主人様」
「カプチーノ四つお願いします」
「ご主人様がお望みでしたらカプチーノに猫ちゃんなど描きますが、いかがいたします?」
「や、大丈夫です」
なるほど。想像以上にメイドカフェというのは本格的なようだ。そんな風に感心していると天使が現れた。
「お、お待たせしました。……ご主人様」
メイド服を着た由比ヶ浜先輩である。それを見た瞬間俺は文字通り動けなくなった。見惚れたなんて甘いものではない。尊死したのである。ごちゃごちゃとした愛情をモノローグで伝える余裕すらなくなってしまった。これって主人公としてお終いじゃねぇか。
「せーくん? 大丈夫?」
石となった俺が我に返ったのは由比ヶ浜先輩が心配そうにこちらを見たからである。
「ゆ、由比ヶ浜先輩!? すみません。ちょっと、見惚れちゃいました……」
俺は相当頬が赤くなっているのではなかろうか。それに対して由比ヶ浜先輩も少し顔を赤らめて答えた。
「えへへ、ありがと……。せーくんも真っ赤だね。ちょっと可愛い」
やめてください。今度こそ死んでしまいます。
俺が死にかけていると雪姉が現れた。
「うわ、ゆきのん、やばっ! めっちゃ似合ってる。超きれい……」
超絶美少女の姉と由比ヶ浜先輩を前にして俺はあまりにも無力だ。再び天空に旅立とうしたが、間一髪、雪姉の声で我に返る。
「ここに、川崎さんはいないようね」
「ちゃんと調べてたのか……」
「もちろん。そのためにこれを着てるのよ」
「今日は休みとかじゃなくて?」
「シフトに名前がなかったわ。自宅に電話がきたことを考えても、偽名の可能性はないと思う」
尊死しかけた僅かな意識の中で雪姉の声が聞こえた。そうなればもう片方の店に川崎先輩はいるに違いない。今日は時間がないから行くことは無理かもしれないが。それと同時に俺はまた一つ決意した。今度通販でメイド服を取り寄せよう。雪姉と由比ヶ浜先輩と戸塚先輩に着てもらうために
今回はここまでです。今後もよろしくお願いします