どうにか由比ヶ浜先輩の誕生日プレゼントであるクッキーを作り上げた翌朝、俺は自室で準備をしながら考えた。確かに今手元にあるクッキーを渡せば由比ヶ浜先輩は喜んでくれるに違いない。だが、それだけだと普通に仲のいい友達への誕生日プレゼントでしかない。俺の好きな由比ヶ浜先輩への誕生日プレゼントなら、それだけじゃ足りないのだ。とはいえ、今から買いに行くのでは学校には間に合わないし、そもそも何を買えばいいのかが分からない(というか、分かっていれば悩んでいない)。
そんな風に考えた俺は、とりあえず一色たちに話を振ってみることにした。
「……というわけでなんかアイデアみたいなのあったりしませんかね」
朝、学校に来て一色、旭、泉の3人に話しかけてみたが、いずれも微妙な反応だ。
「うーん、ちょっと何から突っ込んだらいいのか……」
と泉。
「アレだよな、なんかお前っていろいろ残念なところあるよな……」
旭も言う。なんて失礼な。
「余った材料とかで何か作るとかどう?」
「それは俺も考えたさ。ただ、時間が足りるかどうか微妙でさ」
そう言ったところで一色がため息をつく。
「あのさぁ、星斗くん。手伝ってほしいなら素直に手伝ってって言えば? そんなところで見栄を張らないでよ」
「……事実過ぎるな。一色の言う通りだ。悪いが手伝ってもらえるか?」
泉が軽く笑う。
「ダメなんて言わないよ。ね、修二くん?」
「ああ。ここまで聞いて手伝わないのはダサいしな」
旭の言葉に再び俺は頭を下げるのだった。
放課後になり俺たち4人は家庭科室にいた。奉仕部の3人にはあらかじめ遅れてくることを伝えてある。もちろん部活後の由比ヶ浜先輩の誕生日パーティーには間に合うようにするつもりだが。
「で、何作るつもりなの?」
一色の声に答える。
「誕生日といえばケーキでしょ」
「いや、ケーキってそんなすぐにできるもんなの……」
「だから、4人でするんだよ」
と言いながら、生クリームを泡立てる。文句を言いながらも手伝ってくれる辺り一色もかなり俺に甘いようだ。
「ところで、なんでケーキなの? 誕生日だからってのもあるだろうけどさ」
「材料が余ったからというのもあるけど、デコレーションが簡単だからかな」
その声に一色が俺を睨む。
「さっきから思ってたんだけど、もしかしてわざと忘れたってわけじゃないよね?」
「さすが一色。勘がいいな。その通りだよ、最初から手伝ってもらうつもりだったさ。3人が断らないことも確信してたし」
「なんでまた、そんな面倒なことを……」
「俺一人じゃ絶対無理って分かってたし、今の奉仕部におけるコネがほしかったからね。にしても、一色。俺の結構クズい考えを読み取る辺り、お前もなかなかのクズなんじゃねぇの?」
俺が茶化すと、一色は目の笑っていない笑顔で答える。
「次、そういうこと言ったら君の顔面でケーキ作るからね、星斗くん」
いや、クソ怖え脅しだな。比企谷先輩にブチ切れた雪姉でももうちょい優しい。
喋りながら作っていたらいつの間にか完成に近づいてきた。自分で言うのもアレだが、いかんせんスペックが高いためか適当にやりながらでも作れてしまうのだ。
「これ、どうするの?」
「とりあえずは冷蔵庫に入れておくよ。俺は部活に行かなきゃだし。今日は付き合ってもらって悪かったな」
「礼には及ばないさ。俺と泉はこのあとデートするわけだけど、お前はどうするんだ? 一色」
旭の声に一色が俺を見る。
「そうだなぁ。暇だし私も奉仕部行ってみようかな」
「え? お前来んの?」
「何? ダメなの? どうせ会わそうとしてんだしいいじゃん」
「ま、確かにそうか。改めてありがとうな」
こうして2人と別れて一色とともに奉仕部の部室に向かった。が、ドアをノックしても返事はなかった。全員留守とは珍しいな。さて、どうするかと思っていたが、机の上に置き手紙が置いてあった。おそらく雪姉からだろう。
『遊戯部の部室にいるから、来れるようなら来て』
「……なあ、一色。遊戯部の部室ってどこか分かるか?」
「確か特別棟の二階じゃなかったっけ。合ってるかどうか分からないけど」
どこから知りえてきたのか、その情報は。いろいろ気になることはあるが、とりあえずは遊戯部の部室に向かった。
俺はノックして中に入ると、そこには訳の分からない光景が広がっていた。
パンツ姿の比企谷先輩と材木座先輩。そしてなぜか服を脱ごうとする、雪姉とそれを必死に止める由比ヶ浜先輩。その姿に目を輝かせる遊戯部部員がいる。
「……何やってんの、この人たち」
一色が呟く。
「……俺にも分からん。だけど、比企谷先輩、材木座先輩、事情くらいは聞いてやりますよ」
「詳しいことは後で説明する。それじゃダメか?」
比企谷先輩が引き攣った表情で答える。そんな俺たちを尻目に由比ヶ浜先輩が雪姉に言う。
「ゆきのん。別に脱がなくていいんだよ?」
「……けど、勝負は勝負よ。あなたを付き合わせてしまったのは申し訳ないけれど」
「あー、そうじゃなくてさ。……これ、勝てるもん」
彼女はそう言い、トランプらしきカードを拾い上げる。
「ほい、スペ3」
どうやら脱衣大富豪をしていたらしい。遊戯部部員の2人が驚きの声を上げる。
「げぇっ!」
雪姉がカードを机の上に置き、ゲームは終わったようだ。その姿を見たのち比企谷先輩が言う。
「好きとか嫌いとか、知識のあるなしじゃねぇんだ。勝つも負けるも運次第。だから、夢を諦めるのも否定すんのもまだ早すぎるんじゃねぇのか」
言ってる内容はカッコいいかもしれないが、パンツ姿で言っても説得力はない。
「……それで、何があったかそろそろ教えてくれませんか? 脱衣大富豪をしてたというのはなんとなく分かりますけど、姉が脱がされそうになってたのは割とムカついてんですよね、俺」
一色すら黙ってしまうほど俺はイライラオーラを出していたらしく、遊戯部部員と材木座先輩は深く頭を下げて説明するのだった。
「なるほど。依頼でこうなった。というわけですね」
「一言で言えばそうだ。今考えると、お前が来なくて良かったわ。あの二人に脱衣大富豪させたとかなれば、お前がキレるのは間違いなかったからな」
「いや、少しキレてましたけどね。でもまあ、あの姿が見えたならよしとしておきますけどね」
雪姉の腕に抱きつく由比ヶ浜先輩の姿を見て言う。二人のよりが戻ったなら俺も文句は言えない。
「そうだな。それじゃ、戻るか」
ちなみに遊戯部の2人は一色に絞られて、涙目になりつつある。
「一色、お前も来るか?」
「私、正直関係ないんだけど……」
「どうせ暇なんだろ」
その声に仕方なく頷き、彼女は俺らについて行った。
5人が部室に入ったのち、雪姉が呟く。
「けど、どうしようかしら。せっかくケーキを焼いてきたのに」
「雪姉も作ってきたの? まさか被るとはなぁ……」
由比ヶ浜先輩が呆れたように答える。
「ケーキ? なんでケーキ?」
「なんでってそりゃ、由比ヶ浜先輩の誕生日だからっすよ。俺は事前に作ってたって訳じゃないんで今日遅れちゃったんですよ」
雪姉は照れ隠しのように言う。
「由比ヶ浜さん、最近、部活に来てなかったし……。これからも来てほしいというか、感謝の印というか……」
その姿に由比ヶ浜先輩が飛びつく。
「……尊いなぁ」
「……星斗くん、キモっ」
「……だよな」
一色がボソッと呟く。それを見て比企谷先輩が吹き出した。おいこら、クズコンビ。2人とも後で覚えとけよ。
「でも、今日はもう無理ね」
「じゃあさ、外行こ。外」
「え、外っていっても……」
「お店の予約とかやっておくから気にしない気にしない。ケーキ用意してもらっただけでも充分嬉しいし」
「ケーキだけではないのだけれど……」
「ま、まさかプレゼントも!?」
由比ヶ浜先輩が距離を一気に詰める。
「ええ、まぁ。……別に私だけが用意しているわけではないのだけれど」
と俺らの方に視線を向ける。何も準備してなかった一色はちょっと居心地が悪そうだ。
「もしかして、ヒッキーも?」
その声に頷いた比企谷先輩は鞄から小さな包みを取り出して、由比ヶ浜先輩に差し出した。
「いや、別に誕生日だからってわけじゃねぇんだ」
「え?」
比企谷先輩はとても言いづらそうに話し始めた。
「少し考えたんだけどよ、これで全部チャラってことにしねぇか。俺がお前んちの犬助けたのも、それでお前が気を遣ってたのも全部なし。そもそもお前に気を遣われる謂れがねぇんだよ。怪我したのだってお金とか謝罪とかいろいろ貰ったわけでさ、その同情や気遣いも発生しないってわけだ」
比企谷先輩は続ける。
「それに由比ヶ浜だから助けたってわけじゃない。俺が個人を特定して恩を売ったわけじゃないから、お前が個人を特定して恩を返す必要もないんだよ。けど、まあ……気を遣ってもらったぶんは返しておきたい。これでお互いゼロだ。だからもう気を遣わなくていい」
比企谷先輩は言い切って息を吐く。由比ヶ浜先輩は小さく囁くように答える。
「……なんでそんな風に思うの? 同情とか気を遣うじゃなくて、そんな風に思ったこと、一度もないよ。あたしは、ただ……」
その悲しげな声に俺が声を上げる。
「由比ヶ浜先輩。そんなに難しいことでもないですよ」
「せーくん……」
「そうね。比企谷くんに由比ヶ浜さんを助けた覚えはないし、由比ヶ浜さんも比企谷くんに同情した覚えはない。……始まりからすでに間違っているのよ」
雪姉の声に比企谷先輩も頷く。
「だから比企谷くんの言う、『終わりにする』というのは正しいと思う」
彼らがそういう選択をしたのであれば俺はそれに意見する必要はない。この3人の歪の関係が元に戻るわけではないが、今のところはこの選択が最適解だろう。
「でも、これで終わりだなんて……なんか、やだよ」
「終わったのなら、また始めればいいじゃない。あなたたちは悪くないのだし」
「は?」
驚いたように比企谷先輩が聞き返す。
「あなたたちは等しく被害者なのでしょう? なら、すべての原因は加害者に求められるべきじゃない。だったら……」
雪姉は言葉を一度切って、由比ヶ浜先輩と比企谷先輩を見た。
「ちゃんと始めることだってできるわ。……あなたたちは」
そう少し寂しげな笑顔で告げた。
「私は平塚先生に人員補充完了の報告をしてくるわ」
そう言って彼女はそのまま出て行った。俺はそのあとを急いで追う。
俺が追ってくることを分かっていたためか、雪姉に追いつくのは少し手間取ったが、どうにか階段の踊り場でその姿を捉えた。
「雪姉、さっきの言葉。俺は納得できねぇな」
俺の声が響き渡る。
「だって事実でしょう。私が加害者っていうのは」
「確かにな。でも、それは一年前のことだ。時効とまでは言わないが、両者話は終わってるだろ?」
「そうかもしれないけれど、きっかけなら私が作ったことに変わりないわ」
「あの二人に壁を作る必要はないだろ。んで、それで俺が納得しないっていうのも分かってるだろ」
俺から目を背けて、雪姉は答える。
「罪悪感があったまま関係を一から築けるわけがないじゃない。二人だってきっとそう」
「だから、俺がいるんだろ」
「あなたに何が分かるっていうの!」
雪姉の嗚咽が混じったような声も響き渡った。
「それでも、俺は……!」
「あなたは当事者じゃないから、そういうことが言えるのでしょう。まったく関係がなかったから。でも……私はそうじゃないのよ」
そして俺を睨みつけて続ける。
「あなたが何を考えてるかはわからないけれど、それを私に押し付けないで。無理矢理、そういうことをするあなたは……嫌いよ」
そう言い残して彼女は立ち去った。俺はため息をつきながら階段に座り込む。
「……おい、一色。盗み見とは趣味が悪いな」
背後からの視線に声をかける。
「……気づいてたんだ」
「いや、気づいてたわけじゃねぇよ。なんとなくお前なら来るかなって思ってただけだ」
「それで……大丈夫?」
彼女が俺の顔を覗き込む。
「大丈夫なように見えるか?」
「見えないね。慰めてあげようか?」
それに対して俺は首を横に振る。
「いらねぇよ。高くつきそうだしな。それにしてもお前、あそこで待っててもよかったのに」
「いや、初対面の二人の妙な空気の中にいるくらいなら星斗くんのところ行くよ。星斗くん、もしかして泣いてる?」
おや、気がついたら目から雫が……。言われてみれば俺は泣いているようだ。
「メンタルよっわ俺……。生まれて初めて嫌いって言われたくらいで泣くのかよ……情けねぇな、まったく」
「やっぱ慰めようか?」
「それはいい。でも、もうしばらく一緒にここにいてくれるか?」
彼女は黙って頷き、二人で沈む夕陽を眺め続けた。由比ヶ浜先輩の誕生日パーティーまでには笑顔でいなきゃな。そう思うと余計に胸が苦しくなる気がした。
今回はここまでです。今後もどうかよろしくお願いします