目の腐った先輩、比企谷先輩は俺に聞く。
「雪ノ下の弟ってことでいいんだよな?」
「うん。性格的、ルックス的な意味でもあまり似てないと言えば似てないけど、雪姉の弟で間違いないです。雪ノ下星斗って言います、よろしくお願いします、比企谷先輩」
俺は恭しく頭を下げる。
「……おっ、おう。よろしく」
距離の詰め方に戸惑っているようだ。しかし、俺が無理矢理にでも比企谷先輩と距離を詰めようとするにはちゃんとした訳がある。それをモノローグで説明しようと思ったが、雪姉から声をかけられる。
「それで、星斗。何か用があったのかしら?」
「大したことじゃないよ。雪姉がちゃんとやれてるか様子を見にきただけだよ。でも、様子を見る限り、比企谷先輩ともちゃんと仲良くやれてるみたいだね。ホッとしたよ」
「……誰がこんな男と仲良くするのかしら。こんな下等生物と話すくらいなら、星斗の頭を撫でてる方が何倍も生産性があるわ」
比企谷先輩に猛烈なツンをかますと同時に俺にデレをぶつけてくる。これぞ、我が姉雪姉がブラコンと呼ぶ所以である。ほら、見なさいよ。比企谷先輩ドン引きしてますよ。
「んで、この部活は何をするところなんですか? 比企谷せーんぱい?」
さて、俺の抜群のあざとさ、そして可愛らしさで比企谷先輩を骨抜きにしてやる。……なんか自分で言ってて恥ずかしくなってきたわ。
「んなこと言われてもなぁ。まだ具体的な活動も何もしてないし、正直、何する部活か俺にもよく分からないんだよ。ていうか、距離近くね?」
「そりゃあ近くもなりますよぉ。だって俺、比企谷先輩と仲良くなりたいんですもん。ダメすかね?」
さあ、必殺の上目遣いだぁ。男に試すのは初めてだけど、効き目はあるかなぁ。
「……ぐ。分かった、よろしく」
お、使えた。あざとさの師匠である陽姉といろはすには感謝申し上げたい気分だ。そういったところで、ドアがノックされた。
「どうぞ」
雪姉の一言とともに彼女は入ってきた。
「……あのー。奉仕部ってここで合ってるかな?」
その彼女の姿に俺は思わず惹き込まれてしまった。めちゃくちゃに可愛らしく美しいその顔にウェーブのかかった茶髪と小さく揺れるお団子が載っている。それだけでも、十分愛らしいのだが、彼女は自分が持っていない部分を持ち合わせている。演技や偽物ではない、本物の可愛らしさだ。長く話したこともほとんどない初対面の人だが、この一瞬はそれを感じ取るのには十分な瞬間だった。ああ、もう何言ってるか自分でも分からん。
「……おい、雪ノ下。どうしたんだ、完全に意識が飛んでんぞ」
比企谷先輩の声で俺は我に返る。
「……由比ヶ浜結衣さん、ね」
雪姉が名前を呼ぶ。
「あー、あたしのこと、知ってるんだ」
「すげぇなお前。全校生徒の名前知ってんじゃねぇの?」
「そんなことはないわ。あなたの名前は咄嗟には出なかったもの。由比ヶ浜さんは目立つから知っているだけよ」
そんな会話の内にも俺の意識は由比ヶ浜先輩の方に向いてしまっている。
「星斗? どうしたのかしら。さっきから様子が変よ?」
雪姉の心配そうな声に俺は軽く慌てる。
「ふぇっ? あっ、そうだ自己紹介しなきゃ。俺は雪ノ下星斗。この部活の部長の雪姉の弟です。よろしくお願いします!」
めちゃくちゃテンパってる気がするが、それはもうどうにもならない。
「星斗くん、でいいかな。よろしくね」
ぶわぁぁぁ。ヤバいよ。微笑んでくれたよぉ。もう俺、五体投地して限界オタクになってもいいレベルだわ。
その後、比企谷先輩は雪姉と新たに現れた俺の天使(になるであろう)由比ヶ浜先輩からの罵倒合戦を自己紹介も兼ねて繰り広げていたようだが、幸せさでボーッとしてしまった俺はまったく話に加われなかった。いくらキモいだのなんだの言われても好きになっちまったものはどうしようもない。
「……んじゃあ、ちょっと出るわ」
唐突に比企谷先輩が言った。
「え?」
状況が飲み込めてない俺に雪姉が言う。
「由比ヶ浜さんが男子がいると話しにくいみたいよ」
なるほど。男子、特に比企谷先輩には話しにくい依頼という訳だ。どんなやつであれ、由比ヶ浜先輩と雪姉には逆らわないので、俺も頷いて外へ出た。ちなみに、その間、比企谷先輩は雪姉からパシられたようだ。
「……どうしたんだ、雪ノ下。いや、それだとあいつと混合しちまうな。なんて呼んだらいい?」
比企谷先輩が自販機の前で聞く。
「普通に星斗でいいっすよ。うーん。どうしたって聞かれると自分でもよく説明できないんすよねぇ」
「分からない?」
「はい。こっから先は雪姉には内緒でお願いしたいんですけど、いいですか?」
その眼差しを向けると比企谷先輩は戸惑いながら頷いた。そして、俺は周りに人がいないことを確認して比企谷先輩に言う。
「……自分、由比ヶ浜先輩に一目惚れしたのかもしれないっす」
ここでこれを言うのはいろいろ躊躇いがあったが、数少ない比企谷先輩と過ごした時間の中でも、自分のこの気持ちを話してもいいかもしれないという確信があった。
「……え? マジ?」
「はい。マジっす」
そう、自分でも驚きが隠せないほどにマジなのだ。
今回はここまで。次回から由比ヶ浜先輩の恐怖の(星斗にとっては天国)のクッキングのスタートです。
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