「…ああ、うん。彼は頑張って生きてるよ」
神は目の前にいる男に笑いかけた。
目の前の男は安堵したように溜息を一つ吐き、腰を上げた。
「そうか。良かった」
それだけ言って男は神に背を向けて去っていった。
「ま、今のところは、ね。…私は、彼の間違った思い込みを正すためにはどんな法でも犯す。それが、ちっぽけな世界の神に託された任務だ。…まったく、憎まれ役を務めるのは骨が折れるね」
神はあるシナリオが書かれた一枚の紙を取り出し、その最後にある一文を書き加えた。
「今のところは順調。そのまま行けば、彼の思い込みは正される。さて、暫くしたら二つ程命を奪おうか。壊すなら、もっと親密になった後の方が良い」
そう言って口をニヤリと曲げて、紙を握り潰した。
「さぁ、楓。君の精神はどれだけ強いのか、試させてもらおう」
「…なんで俺がそこに絡んで来るんだ」
俺は新たな本に視線を落としながら、向かい側にいるリサにそう問いかける。
「良いじゃん、いこーよ!!」
「…まぁ良いか」
俺は本を閉じ、机に置いて椅子に体重をかける。
そして、目を休める為に瞼を閉じる。
「…それで、いつ行くの」
「今度の日曜日だよ」
「分かった。…にしても、もう夏か」
俺は右眼を開けながらリサに視線を合わせる。
彼女達と出会ったのは、まだ寒気が微かにあった春。
彼是数か月経って居る。存外、俺はこの人生を楽しんでいるのかもしれない。
他人と関わる事が怖いのは変わっていないが、それが治るのも時間の問題だろう。
「うん。時間が経つのってほんっとに速いよね~」
「…うん」
俺はそう呟き、気分転換に行こうと重い腰を上げる。
「それじゃ、ちょっと散歩に行ってくるよ」
俺はそれだけ言って外に出た。
炎天下の中、小さな子供たちは元気に走り回りながら笑みを浮かべている。
「…そう言えば、もう直ぐ七夕か」
俺は母さんと行った七夕祭りの事を不意に思い出した。
当時、まだ小さかった俺はそれに対して何も思わなかったが、それはとても美しかったものだと、今更ながら思う。
「…もし、この世界にも、七夕祭りがあるんだったら、行ってみよう」
母さんが俺に見せたかった景色をもう一度見てみたいのだ。
母さんと過ごした日々を、忘れないように。
「…いけないな、気分転換に出たのに、余計に気持ちが沈んで行く」
俺は溜息と共に憂鬱さを吐き出し、前を向いて行く当てもなく、再び歩き出した。
「…七夕か。だったら、偶には会わせても良いよね。それを、彼が願うんだったら」
神はシナリオを眺めながら小さな笑みを浮かべた。
子を思う母親と言うのは、どの世界でも強くある存在。
私は、それを知っている。
何度も見て来た。
子を守り、死んだ者。子を思い、死に絶えながらも、地上に姿を現した者。
それらは、子供の無事が確認できたと同時に成仏していった。
それらにとっては子供と言う、ちっぽけな存在だけが、自らの生存理由だと言えるだろう。
「…滑稽だったよ。皆。そんなの、偽善でしかないのにさ」
そう言って、神は顔をしかめた。