「――怪我はないか」
そう声をかけてきたのはつい先程まで自分を殺そうとしていた鬼の頸を一瞬で斬り落とし、自分を救ってくれた剣士だった。
あまりの出来事に何も言えず口をぱくぱくとさせていると、剣士は心配そうに、
「落ち着け。助けられたからよかったが、本来はこんな夜更けに子供一人で出歩くものではないぞ、家はどこに?」
と質問を重ねてきた。その質問を聞いた瞬間俺の顔はどんどんと沈んで暗くなっていく。
そんな様子を見て剣士はすぐにこちらの事情を察したのか、
「!……すまない、酷な事を尋ねてしまった」
申し訳なさそうな表情になり、未だ動けずにいた俺の体を抱き寄せ、そのまま抱きしめてくれた。
それだけで、俺はこの人は悪人ではないということを理解できた。
その瞬間、俺の目からは涙がこぼれた。
「と、父さんも……母さんも……あいつに……うわあああああああああああん!!!!」
この人なら受け止めてもらえると、大きな声を出して泣き始めた。そうなると、もう溢れる涙も声も止めることは難しい。
そんな俺を、彼は優しい顔で見守りながらただ抱きしめてくれた。
「うぅ……どうして、どうして俺がこんな目に……」
「……」
何も言わないでくれていたのは、とてもありがたかった。
それからしばらくして、俺が泣き止み始めた頃、彼は一旦俺から離れ、
「伝令を頼む。該当の鬼を討伐した。正確な確認はできていないが頸の柔らかさからおそらく十二鬼月ではないと思われる。血鬼術を使っていたことから、数十人単位の被害は出ていただろう」
と、鴉に話しかけていた。そしてその鴉はそのままどこかに飛んでいく。
鴉が人語を理解し、あまつさえ伝令を行うなんてありえない話と思うが、鬼なんてものが実在した以上、何があってもおかしくはないのだろう。
それに、目の前の彼が鬼を一瞬で斬ったこと。そもそもそれが信じられない話だ。むしろ一番驚愕すべき所業にも思えた。
そんな俺の困惑に答えるかのように剣士は口を開いた。
「さて、何から説明すべきか……」
どうやら今の状況について教えてくれようとしているらしい。とてもありがたいが、まずそれよりも真っ先に聞きたいことがあった。
「あ、あの、その、貴方、は……?」
この剣士について、俺は何も知らない。
「……ん、すまない、そういえば自己紹介もしていなかったな……俺は
「俺は……
「そうか」
そう短く答え、それ以上の詮索はしない目の前の剣士……月見里さん。
「では、義勝。説明の前に場所を変えたいのだが……どこか行くあてはあるか?」
「いえ……ありません」
近くには親戚は住んでいないし、それに迷惑をかけたくない。
「そうか。なら、……俺の家に来るか?」
突然の誘い。警戒すべきかとも思うが、先ほどの動きを見るに自分を害する意志はないし、そもそもあるのなら俺なんて一瞬で意識を刈り取られている。
俺は、小さくうなずくしかなかった。
あの後、なにも履かず走っていたことを驚愕されながら、幸運なことに月見里さんの持っていた予備の足袋を貸してもらい月見里さんの家に向かう道すがら、月見里さんから色々な話を聞いた。
人を喰らう鬼のこと。その鬼を狩る組織、鬼殺隊のこと。月見里さんは鬼殺隊の隊士であること。そしてあの鬼を斬った動きが「全集中の呼吸」と呼ばれる特殊な呼吸法によるものであること。
どれもこれもがとても信じられるような話ではなかったが、自分の目の前で起きたことを考えると否定する気は全く起きない。
そうしているうちに、半刻ほどは歩いただろうか。月見里さんの家が見えてきた。俺の家と同様、街からかなり離れたところに建っているらしい。
人一人が住むには少々大きすぎやしないか、という程の大きさの屋敷で、それを見て先ほど聞いた鬼殺隊の階級の話を思い出す。
確か『柱』になると、自分の屋敷を持てるのだったか――
「月見里さんって、先ほど言っていた、柱だったんですか」
つい、衝動的に尋ねてしまう。
すると即座に
「違う。俺は柱じゃない。……
「え、でもこの屋敷って」
「まあ……色々あった。というやつだ」
にへらとした隠す気の全くない愛想笑いを浮かべ、明らかに何かあるという雰囲気のまま会話を終わらせようとする月見里さん。
まあ、こちらとしても不要な詮索はしないつもりだし、そもそも俺自身話したくないことは話していないのでそこには何も感じない。……というか、この人、こんな風に笑うのか。
先程まで一切表情を変えず話をするし、鬼を斬ったときも落ち着いていたから感情の起伏の無い人なのかと思っていた。
改めて月見里さんの顔を見る。父より少し若い……三十になるかならないかと言ったところだろうか。そんな落ち着きの中にどこか儚げで少年のような感じが残る……そんな顔をしていた。
そして、全く意識する余裕がなかったが、結構な美形に見える。
天は二物を与えずという言葉は本当なのかと、つい天に唾したくなる。
状況にそぐわぬ嫉妬の炎を燃やしている月見里さんはそんなことお構いなしとばかりに屋敷の扉に手をかけ、
「さあ、入れ。今日は肉体的にも精神的にも疲れたろう。夜も遅いし怪我の手当てだけしたら眠ると良い。明日また話をしよう」
そう促された。
中に入ってしばらく歩き、到底一人で使うものとは思えない寝室に案内される。
意外に部屋は綺麗だったが、掃除が行き届いているというよりは単に使われていないという風に見えた。鬼殺隊という組織に属している分、仕方のないことなのだろう。
しかし、埃をかぶったりしているわけではなく、定期的な掃除などはしているのだろうなと見て取れた。
怪我の手当て――と言っても鬼からの逃走の際に運良くあまり大きな石などを踏まなかったので、軽く消毒をしただけだが――を終える。
今思えば、履物をせず外を走っていたのはかなり危険だったな。無事で済んだのはかなり運が良かったのだろう。
そんなことを考えながら布団に入っていると、月見里さんがいつの間にか戻ってきていた先程の鴉にまた何やら話しかけているのがわずかに聞こえた。
「鬼……子……保護……」
「三十……引……育手……」
「桑……謝……柱……」
断片的にしか聞こえなかったが、育手だとか柱だとか、先ほど聞いた名前が断片的に出てきたのはわかった。
しかし疲れ切った頭にそれを考察する能力は既になく、それらの単語を理解する前に俺の意識はそのまま闇の中へ消えていった。