あの衝撃的な宣言を一方的にされてから、基礎のみをやっていた俺の修業は少しずつ変化していた。
今まで一往復で済ませていた山の上り下りは二往復が課題になったし、その後の剣術も今までとは違い実践的な動きを多く行うようになった。
今はまさにその剣術の稽古をつけてもらっているのだが……
「雷の呼吸 弐ノ型──」
「遅い」
稲魂による攻撃を仕掛けようと思ったが呼吸がまとまりきる前に逆に目に見えない速度での一撃を背中に貰ってしまった。痛い。
うーむ、この稽古を始めてから一月近くは建つが、未だにまともに一撃を入れられた試しがない。距離を取っての霹靂一閃や遠雷は精度の甘さから回避するか刀でいなされてしまうし、近距離での稲魂や聚蚊成雷は出す前に止められる。伍以降の型は、まだ練習でも上手くできていないのに実戦では扱えない。もっとも、使えたところであまり大きな効果はなさそうだが……
とりあえずは、剣の精度を上げることだ。霹靂一閃の速度は通用するのだから、後はそれを攻撃に繋げなければならない。
「……次はこちらから行くぞ」
言うと、行楽さんは一歩こちらへ踏み込んできて構える。このパターンは……
『雷の呼吸 弐ノ型 稲魂』
四方八方に襲い掛かってくる五連撃、俺はこれを回避するため後ろに跳び……
『雷の呼吸 肆ノ型 遠雷』
態勢を立て直す前に遠雷による遠距離攻撃を喰らってしまった。
こうして俺の隙を作り、そして最後に来るのは──
『雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃』
これである。回避も迎撃もできない態勢のまま、ものすごい勢いで背中に木刀が叩きつけられる。痛い。
二つの型による連撃でそれ以上の回避や迎撃を難しい状態にしてから霹靂一閃で有効打を与える。
おそらくはこれが雷の呼吸の基本戦術なのだろう。行楽さんとの試合では負け筋の四割ほどがこれだ。ちなみに残りの六割は最初の稲魂などの一撃を普通に受けて負ける。
この稽古を通じてこの戦い方を覚え実践および対応しろと言われているのはわかるのだが、これがどうにも難しい。
「行楽さんの間合い、戦いにくいんですよねえ。近距離の型は踏み込まないと届かないし、遠距離の型は躱された時すぐに相手の攻撃できる範囲に入っちゃうし」
「俺自身が最もやりにくいと思う距離を維持しているからな」
無理矢理態勢を崩すような回避行動を取らせるほどの威力のある技さえ出せればいいのだが、現状俺が持つ中では霹靂一閃くらいしかないし、あの技は他の型に繋げることはなかなか難しい。
霹靂一閃を何度も繰り返して方向転換等を強引に行うというのも考えたが、そんな人智を超えたような所業無理だ。それが出来る奴がいるのならそいつが柱になったほうが良い。
……やはり、一つ一つの技の精度を上げていくしかないな。
『雷の呼吸 伍ノ型 熱界雷』
木刀を構え一歩踏み込み、勢いを付けて切り上げる。
「……どうですか?」
「まだ遅いな、呼吸の方は定まってきたが、刀の動き出しが遅い。もっと居合の形を意識して速く振り切れ」
「はい!」
『雷の呼吸 陸ノ型 電轟雷轟』
周りを斜めに切りまくる。力を入れて振り切って──
「切り込みが足りない! 威力よりも速度を重視しろ!」
「はい!」
なかなか上手くいかない。壱から肆の型はそれなりに順調に習得できたのだが……
くそ、こんな所で足踏みしてるわけにはいかないってのに……!
なんとかして行楽さんに一撃を入れて、早く次の段階の修業に進まないと。
「……」
行楽さんが何か言いたげにこちらを見たような気がした。が、少し目をつむったかと思うと、頭を振った。
俺にはその動作の意味が、いまいち図り切れなかった。
「よし、では今日はここまでにするか」
「はい。ありがとうございました!」
「……ああ、そうだ。義勝。明日は俺は少し行くところがあるので朝から屋敷を出る。日暮れまでには帰るつもりだが、明日は稽古は休みだ。寝室に多少の金は置いておく。自由に使え」
「わかりました。しっかり休みます」
と言っても軽く素振りや型の練習はするつもりだが。
「ああ、それと、明日は木刀を握るな」
「……何故」
「休暇だからだ。やるにしても鍛錬は肺活量の強化や身体能力の向上に留めろ」
「……わかりました」
納得は行かないが、そう指示された以上はそうするほかない。
最低限のことはするとして、たまには街に出るくらいのことはしても良いかもな。
……街、か。そう考えてみると、ここに来て以来、屋敷裏の山に行く以外で外出をしていない。それならこの機会に行くというのは、確かにいい考えかもしれない。
ここからならあの家も近いし、昔お世話になった人たちに元気な顔を見せに行くくらいしてもいいだろう。
……よし、今の雰囲気だったら答えてくれるんじゃなかろうか。
「そういえば行楽さん」
「何だ」
「この間言ってた俺を鳴柱にするって、あれ本当に本気なんですか?」
「勿論だ」
「どうして俺なんですか? 俺は確かに壱ノ型はすぐにできるようになったけれども、他のはまだまだ……」
「壱ノ型もまだまだだ」
「……すみません。でも、だったらなおさらなんで、俺なんかを」
「自分で考えろ」
既に何回かこの質問はしているのだが、そのたびにこうして突っ返されている。
「考えてわからないから聞いているんです……せめて、何か手がかりをくれませんか」
「手がかりか……そうだな、お前は壱ノ型をすぐに使えるようになったからだ。他の型だったら俺もその気にはならなかった」
「壱ノ型だったから……?」
「……まあ、あとは自分で考えろ」
イマイチ理解できていない俺をよそに、行楽さんは道場を出て夕食の支度をしに行った。
午後の稽古が終わって、夕食を食べ終わっても、俺の修練は寝るまで終わらない。
できるだけ長くの全集中の呼吸の維持に努める……そう、常中の習得である。
と言っても雷の呼吸の習得すら完璧には出来てない状態ではあるのだが……
最近は、かなり薄くではあるが、ある程度の時間呼吸を維持して動くことが可能になった。四半刻に満たない程度の時間ではあるが、はじめの一歩は踏み出せたはずだ。
常中は、柱への入り口とも呼ばれる技術らしい。もし行楽さんが本当に俺が柱になれると考えているなら、その期待に応えるためにもこのくらいは早くこなさなくてはならない。
「……ふぅ」
気づけばもうかなり遅い時間だった。かなり集中していたからな……時間が経つのが早い。
寝よう。
薄れゆく意識の中、俺は明日の休暇について考えていた。
「それでは行ってくる。夜までには帰るが、何かあったらこの鴉に言え、行き先は伝えているから」
「はい、いってらっしゃいませ」
ちなみに俺にはどこに行くかは教えてくれなかった。なぜだろうか。
「カァァァァ! よろしくな!」
「……ああ、よろしく頼むよ」
……もう慣れた。うん、慣れた。鴉は人語を喋る。うん、おかしくない。
いやどうなってるんだよ、鬼殺隊っていう組織は……
「……一人だと、本当に広いな。この家」
あの後、日課の山の往復を終えた俺は、まだ出発するには少し早い時間だったので、屋敷のまだ見ていない部屋を見回っていた。
本当に、何人家族で住む予定だったんだというような……家族?
そういえば、行楽さんの家族について聞く機会は全くなかった。そのことに気が付いた瞬間、気持ちがどっと落ち込む。
……もしかして、この家って……
いやいや、何考えてるんだ俺は。そうだと決まったわけでもないし、そもそもそうだとしてもそれは全く俺とは関係のない話だ。
……しかし、そうだとしても使われた形跡のない部屋が多いよな……
屋敷については、謎が深まる一方であった。そんなことをしているうちにそれなりの時間になったので、街に向けて出発することにした。
地図もあるし、迷うことはないだろう。ああ、あと財布も忘れずに……よし、行こう。
「街に出てくる。夕方前には帰る予定だ」
「了解ィィ!!」
……うん、慣れたったら慣れた。
以前は半刻程歩いて着いたが、今では山の修業の成果か、その半分ほどの時間で街に着いた。
相変わらず活気に溢れていて、まるでこの近くで鬼が出たとは思えないほどだった。
さて、まずは小さい頃から可愛がってくれてたあの八百屋のおっちゃんにでも会いに行くかな……そう思って八百屋の方向へ前を向かず歩き出してしまう。すると、
「きゃっ!」
「うわっ!? ……ああ、すみません!」
丁度そちらの方を歩いていた人とぶつかってしまった。自分は大丈夫だったが、相手は転んでしまったようだ。
「すみません、俺の不注意で……立てますか?」
「大丈夫……ごめん、手、借りるね」
「……」
咄嗟に差し出した手を取りその人は立ち上がる。そしてその顔をよく見て、絶句した。
…………不謹慎なのはわかるが、滅茶苦茶可愛い。花柄の着物を着ていて、黒髪を肩の近くまで伸ばしたその女の子は、とても可愛らしかった。見た感じ、同い年かちょっと下くらいか?
「ありがと……どうしたの?」
「えっ!? いや、うんなんでもない! 怪我がなかったようで良かった!」
明らかに挙動不審に陥る俺。
「ふふっ、何それ……変なの」
結果的に笑ってくれたのでよかった……いや違う、常識的に今のはダメだろ、俺!
「あー、えと、その、さっきのは俺の不注意だったわけで……もし君が良かったら、だけど、何かお詫びをさせてくれないか?」
「お詫びなんて別にいらないよ?」
「いや、こちらとしてはそれでは気が済まないというか……」
別にこの娘ともう少し話したいとか断じて考えてはいない。断じて。
「うーん、そうだなあ……あ、だったら丁度時間も良いし、私ここのお店のこと知らないからさ、お昼ご飯奢ってよ」
「それくらいなら喜んで……へ?」
こうして俺は、可愛い女の子と二人で食事をすることになった。
「なあ、俺が聞くのも変な話だけども……良いのか?」
「なにが?」
「いや、一応俺も男だし、こんなほいほいと付いてきちゃってさ」
我ながら何を言ってるんだとも思うが、実際年頃の女の子としては無防備にもほどがあると思う。
「大丈夫だよ。私、結構強いから」
「えぇ……」
多分俺の方が強いと思う。なんて……言えるはずもないな、うん。
「それに、あなたは何となく悪い人じゃない気がしたから」
そんなふわふわとした理由で信頼されてしまっていいのだろうか?
「そっか、まあ君がそれでいいならいいけどさ……着いたよ」
「ここは……お蕎麦屋さん?」
「そうだよ」
「いらっしゃいませー」
「うーん、そうだな……君は何か食べたいの、ある?」
「ううん、あなたと同じもので良いよ」
「わかった」
街の西部の方にある蕎麦屋『今川庵』。父さんがここのざるそばが好きで、よく連れていってくれたな……
そんな感傷に浸りながら、店主に注文をする。
「ざるそば、二人前でお願いします」
「はいよ」
……? あれ、おかしいな。
店主さんとは何回か顔を合わせてるしもっとこう、「無事だったのか」的な何らかの反応があると思ったんだが……
心なしかちょっとニヤニヤとしている気もするし……
まあいいか。
「……そういえば、君は何であそこに?」
「息抜き、かな」
「息抜き?」
「うん。私、やらないといけないことがあるんだけど、なかなかできなくて。それでとても焦っちゃって……どうすればいいのかわからないから、ひとまずそれから逃げて、ここに来たの」
なるほど、わかるようなわからないような話だ。でも……
「そうなんだ……そのやらなければならないことって、今すぐやらないといけないこと?」
「うーん、出来るようになったらで良いとは言われているけど、早くやりたい。って感じかなあ」
「ふむふむ、それで、それができるようになる方法はわかってるの?」
「うん、わかってはいるし、毎日やってはいるけど……」
そこで女の子は言葉を切ってしまう。だが、その続きは多分、「それでいいのか不安」かな。わかるよ。だって、俺もそう思っているから
「そっか、それなら、
「……でも、私は」
「できないことはできないもんだよ。でも、だからこそそれに向かって努力できる。焦らずとも、努力はいつか報いてくれるさ。無理矢理急ぐ必要がないことなら、なおさらだよ」
……自分に言うかの如く、言葉を発する。うん、昨日の何か言いたげだった行楽さんの視線が良く分かった。
行楽さんの目には、俺はこう映っていたんだな。多分、休暇の話も俺にゆっくりと休んでこのことに気が付いて欲しかったんだろう。そうでもなければあの人が木刀を持つななんて言うはずがない。
「焦ること自体は悪いことじゃない。それは原動力になるから。でも、それで大事なことを見失っちゃだめだ」
そうだ。俺は柱になれるという行楽さんの期待に焦って、基礎を最後まで学びもせずに型を組み合わせた戦いだとか、常中を身に付けるだとか、そんなことばかり考えていた。
この子も多分、そんな感じなのではないか。あくまで推論だし、それにおそらくは自分のような命に関わるような話ではないだろうから。異なる面もあるだろうけど……
「……初対面だって言うのに、偉そうにこんなこと言っちゃってごめん。でも、俺を見てるみたいで放っておけなかったんだ」
うん、今までの言葉って、明らかに「お前が言うな」って話なんだよなあ……なんかいっちょまえに偉そうに語ってしまったけど。
「……ううん、ありがとう。なんかちょっと、気が楽になった気がする。そうだよね……私は私ができることを、とことんやるしかないもんね」
「どういたしまして……で、いいのかな。まあ、ざるそばも来たしとりあえず食べようか」
「そうだね」
なんか、俺が思っていたのとは違う方向に開き直っちゃったような気もするけど、女の子はこちらに花のような笑顔を向けてくれた。可愛い。
……うん、この笑顔が見られただけでもよしとしよう。
……会計の時、店主の親父さんはもはや隠す気もないくらいのにやけ顔を見せていた。
一応こっちとしては結構感動的な再会だったんだけどなあ……まあ、この子のいる前でさめざめと泣かれても困るけれども。
「おいしかったよ、ごちそうさま」
「そりゃあよかった」
「うん。……あの、今日はありがとう」
「お礼を言われるようなことはしてないよ」
「ううん、そんなことないよ。さっきのお詫びじゃないけど、何かお礼がしたいな」
「いやいや」
「
「……ぐっ」
先程自分も同じことを言った身としては、それを言われてしまうと反論できない。
「……わかったよ。でも、本当に欲しいものとかはないし、君が決めてくれ」
「えー? ……そうだなあ、うん、そうしよう」
「?」
「いつか貴方が危険なことに巻き込まれたら、私が必ず守ってあげる」
「へ?」
すっとんきょうな声を出してしまう。やっぱり、不思議な子だなあ。守る。と言っても、お互いのことをそんなに詳しく知ってるわけではないのに。
お礼としてそんなことを提示してくるのもそうだけど、俺がこの子を守るならともかく、その逆というのは全く想像がつかなかった。
「あ、信じてない顔。さっきも言ったけど、私、結構強いんだよ?」
「……まあ、一応期待はしておくよ」
「むー、本当なのに」
怒ったように少し頬を膨れさせる。可愛い。
そんなやり取りをしていると、ふと女の子が空を見上げ、
「あ、そろそろ私、帰らないと」
「え、もう? まだ日が沈むには結構かかるけど」
「私が住んでるところ、結構遠いんだ。それに、遅くなると鱗滝さんに心配かけちゃうし」
「そっか。じゃあ最後に」
「どうしたの?」
「君の名前を教えてくれ」
「……ぷっ」
「なぜそこで笑う!?」
「い、いや……あんなお話したのに、まだ名前も知らなかったんだなって思うと、おかしくて」
「ああ、ついでにそんな状態で一方的に守るって宣言もされたな」
「……? それは守るよ?」
やっぱりこの子、若干独特な考え方してないか?
「……私は
「俺は義勝。新妻義勝だ。よろしく、そしてまたな真菰。機会があったら、また会おうぜ」
「うん。義勝、よろしく。そして、またね」
そう挨拶すると、眞籠は手を振りながらどこかへ駆けていった。
……あれ、かなり速くないか?
それにしても、真菰、か。
「……不思議な子だったなあ、でも可愛かった」
また、会えると良いな。
さて、それじゃあ真菰も帰ったし、そろそろ本来の目的を果たしに行くか。
……その後、死んだと思われていた