あれからさらに半年近く経ち、もうすぐ行楽さんの弟子になって一年が経つ。
今ではもう流石にすべての型をある程度は使えるようになった。そして、しばらくやめていた常中の訓練も再開した。こちらの先は長そうだが、それでも前進はしていると思う。
率直に言おう、俺は、かなり強くなったと思っている。
そして今日も今日とて行楽さんとの試合。今日の作戦はただ一つ。先手必勝だ……!
呼吸を整え、行楽さんが反応する前に叩き込む……!
『雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃』
一直線に行楽さんに向けて進み、そしてすれ違いざまに……
……あの速度に反応されて見事に迎撃されるとか、この人本当に人間か?
正直、この人に勝てる展開が見えない。どんな作戦を立てても対応される。しかも今の様子を見るに、まだ本気は出していないようにすら感じる。このままじゃ鬼殺隊入隊なんて夢のまた夢だなあ……
「格上相手の戦い方としては合理的だが、それは敵がこちらの手の内を知らない、ひっくり返せる力量差の相手の場合の話だ。雷の呼吸を知る鬼や、そもそもの強さがずば抜けた鬼にはこのように対応されてしまう」
「……はい」
まさにその通りだ。俺と行楽さんは同じ雷の呼吸を使っていて、お互いの戦い方は理解している。
その上で力量差が大きく開いているのなら、正味俺に勝ち目など少しもないのだ。無論、勝てない中にも希望は見えるので続けるが……
「行楽さん」
「なんだ」
「俺、いつになったら最終選別に行けるんですか」
「……俺に勝てるようになったらだ」
「非常に言いづらいんですが、そのためには後三年は必要な気がします」
「……」
行楽さんが黙り込む、ここで叱責されないということは、行楽さんとしてもこの目的設定が適正ではないと思っているということだろう。
その瞬間、道場の扉が開き……
「まったくだ、しかも最近は『弟子に簡単には負けられない』つって現役時代並みに鍛えているそうじゃねーか」
「え、漆原さん!?」
「よっ、久しぶりだな。義勝君」
師匠の兄弟子が現れた。
「国光さん。来ていたなら言っていただければ」
「修練の邪魔する気はねえよ、むしろ今日はその助けのために来たんだしな」
「え?助け……?」
「なんだ行楽、言ってねえのか?」
「ええ」
「なんだ、言っといてくれよ……まあ、こいつの事だし、『俺を倒して柱になれ』みたいな無理難題突きつけてるだろうと思ってな」
「そんなことは言っていません」
いや、ほぼそれに近いこと要求してるでしょう貴方は。
「……まあ、それで、俺が稽古をつけてやろうと思ったんだよ。たまには違う人間から指導を受けたり戦ったりしてみるのも、悪い気はしないだろ?」
「え、それはありがたいですけど、確か漆原さんは脚が……」
「元甲なめんなよ、入隊もしてないひよっこ一人、片足使わず倒せるぜ」
真面目そうでふざけた文の文面からそういう人であるというのは分かっていたが、実際に目の前でそういうふうに言われるとカチンとくる。
「……言いましたね。それなら、勝負しましょう」
「勿論だ。……ああそうそう、ついでにこの勝負、お前が勝ったらお前を最終選別に行かせるってのはどうだ」
「良いんですか!?」
これは願ってもない機会だ。
「国光さん、そんなことは聞いて……」
「まあまあ、ちょうどいい相手だろ?お前に勝つのは
「確かにそうですが……」
「それに、そう簡単には負けねえよ」
「……わかりました。義勝。心して戦え」
「はい!」
漆原さんには悪いが、正直行楽さんよりは勝ち目のある戦いだから前向きになる。それに行楽さん以外と試合をするなんて初めてだからわくわくするし、さっき言われたことを撤回させたいというような気持ちもある。まあ要するに、楽しみということだ。
……ただ、雷の呼吸で、脚があまり使えないというのはかなり手痛いはずだ。どう来るのか……
そう思い木刀を構え道場の中心に立つ。漆原さんも続いて俺の眼前に立つ。
「……」
すると、漆原さんの気配がガラッと変わったような気がした。なんだ、これは……?
「よろしくお願いします」
「よろしく、義勝君」
行楽さんが審判のような形で俺たちの近くに立つ。
「では……始め!」
その声を聞いた途端俺は仕掛ける。
漆原さんは普段の俺の様子を知らない。きっと最初は様子見をしてくるはず。ならばその隙を突く!
『雷の呼吸 弐ノ型 稲魂』
間合いを一気に詰めて放った高速の五連撃が漆原さんに襲い掛かる。これなら……!
「なろほどな、良い攻撃するじゃねえか!」
しかし漆原さんはその攻撃を一歩も動かず刀で叩き落としてしまった。
ぐっ、態勢を崩すには至らなかったか……!だがこれで終わるわけではない。まだここから繋いで……
「次はこっちから行くぞ!」
「なっ……!?」
『雷の呼吸 伍ノ型 熱界雷』
放たれた切り上げをすんでのところで後ろに跳んで回避する。くそ、稲魂を迎撃した後だってのにそのまま攻撃に移れるのか……!
しかも速い!行楽さんのものと比べても遜色ないんじゃないか……?
だが、攻め続ける。長期戦は俺があまり集中力が持たないし、長く観察されれば俺の方が経験的に不利。
そうだ、臆するな!
「……ほう?」
『雷の呼吸 参ノ型 聚蚊成雷』
熱界雷は前方への攻撃を意識した型。必然的にそれ以外の方面への意識を薄くせざるを得ない。
ならばそこを攻める!
「っつ……!」
刀で対応されてはいるが、流石に余裕はなさそうだ。このまま続ければ――
『雷の呼吸 陸ノ型 電轟雷轟』
「そう簡単にやられるわけにはいかねえな!」
ダメだ、漆原さんの立て直しが早い!
敵の周囲をぐるぐる回転しながら攻撃する聚蚊成雷に、自分の周囲をギザギザと切り刻む電轟雷轟はうってつけの対策技のようなものだ。
流石にこの攻撃を回避しながら漆原さんを攻撃するのは難しい。一度引いて……いや、それはダメだ。おそらくそれでは遠雷の餌食になる。ならどうするか。電轟雷轟の攻撃範囲は広い。……だが、威力はそこまででもない。なら、力づくであの刀を止める……!
『雷の呼吸 弐ノ型 稲魂』
先程の先制攻撃とは違い、今度は迎撃のために放つ。一瞬で良い。斬る動きを止めるんだ。
一撃目。かなり強く打ち込んだつもりだが、攻撃の手は止まらない。
二撃目。上から押さえつけるように打つ。……逆に弾き飛ばされそうになった。
三撃目。その勢いを利用するため、斜め下から刈り取るように。……しっかり受け止められる。
四撃目。奥に押し付けるように打つ。……押し返される。
そして五撃目。思いっきり胴体に向けて振り抜く……当然、
思いっきり木刀がぶつかってことから。当然互いの木刀が大きく弾かれるそして、。
「……!?」
迎撃された反動を利用し、思いっきり後ろに跳ぶ。まだ漆原さんは構えを直しきれていない。対して、
『雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃』
床を強く蹴って踏み込み、高速で漆原さんに向けて突っ込む。
ここで決まれ……!
すれ違いざま、振り抜いた木刀は、見事に漆原さんの背中に当たっていた。
「俺の勝ち……ですね」
「みたいだな……おっと」
そう言って俺は膝元から崩れ落ちそうになり、漆原さんに支えられる。うぅ、流石にこう何度も連続して型を繰り出すのはキツい。
……だが、この勝負に勝った。そして、最終選別への挑戦権を手に入れた。それだけは間違いなかった。
「さっきはすまなかったな、ひよっこと言って」
「いえ、気にしていませんし……それに、事実ですから」
「いや、そんなことはねえよ。剣を初めて握って一年かからずここまで来るなんてな、お前には確かな才能がある」
「い、いえ……そんなに言われると、照れます……」
……でも、今の試合で、漆原さんは動きの小さな型しか使っていなかった。
そもそも刀を振る時際にも踏み込みなどの脚の動作は必須のものだし、そこに不安を抱えた状態であれだけの戦いができるなんて、とんでもないことだ。やはり、俺ではまだまだ及ばない領域だ。
「行楽も、済まなかったな」
「……いえ、義勝のことの心配が晴れたのなら良かったです」
「いや、それもそうだが、大言壮語しといてあっさり負けちまった。……ここはオレに免じて、ってわけでもないが、義勝君の最終選別参加を認めてやってくれないか。改めて頼む」
「そもそもその条件は俺も受諾しています。頭を下げないでください。それに、そろそろ行かせるつもりではありましたから」
「「えっ?」」
「俺も、自分の技術と最終選別を突破するために必要な技術の乖離は一応は把握しています。いずれにせよ、あと一週間と経たないうちに義勝は最終選別で死ぬことはそうそうない程度の実力に達していたでしょうし」
「……俺には、行楽さんを倒したらって条件言ってなかったですっけ?」
「オレも、そういう感じのものだと理解していたぞ……」
「あれは冗談だ」
「相も変わらず」
「わかりにくい……」
「?」
きょとんとしている行楽さん。もうこの人と俺達との間の笑いのツボの溝は一生埋まらない気がする。
「……なんだよ、オレが来た意味の半分は無駄になったじゃねーか……」
「いえ、最終選別に行くきっかけや義勝にとっての経験としては非常に有意義でしたよ」
「オレは経験値扱いかよ!?……よし、もう一度やろう義勝。今度は絶対に負けん」
「絶対に勝てないのでお断りしますっ!」
「なんだとぉ!?」
いやいやいやいや、無理だって、手の内もほぼ全て見せたしもう体力も残ってないって。
というか漆原さんはまだ余裕なのかよ、凄いな元鬼殺隊士!
「今日は邪魔したな」
「……またよかったら来てください」
「今日はありがとうございました!」
結局あの後実際の刀を持っての型の練習に付き合ってもらったり、一緒に夕食を食べたりした後。漆原さんは帰るということになった。
行楽さんが泊まっていかないかと誘っていたものの、今日中には帰らないと翌日奥方が怖いらしい。今更ながら、漆原さんが結婚していたと聞いて驚いた。失礼だが。
「安心したよ」
「安心……?」
「ああ、お前が弟子を取るなんて、それも一人だけを集中的に育ててるなんてどういう了見だと思っていたがな、弟子との関係は良好そうだし、何よりその弟子も才気煥発。心配していたのがバカらしくなったよ」
「国光さん……」
「だがな行楽。育手になったからには、そのうち違う弟子もとれよ。一番弟子は卒業間近だぞ」
「……ええ。わかっています」
「ならいい、あと、難しいかもしれねえけど、桑島さんにはいつか自分から話せよ?」
「……」
「……頼むぞ」
一瞬暗く落ち込んだ様子を見せるが、すぐに明るくこちらを見て。
「そして義勝。最終選別、頑張れよ。まさかオレに勝っておいて負けるなよ?」
「……大丈夫です」
「ああ。それと、だ。……こんな弟弟子だけども、ま、鬼殺隊士になったとしても疎遠にならず仲良くしてくれ」
「それは勿論。というか、当分はここに住まわせていただくつもりですし……」
「そうかそうか!ならなおさら、よろしく頼むぞ」
「はい!」
「……俺は嫁に行く娘ではないんですが」
「冗談だ」
「冗談ですよ」
「……」
何か言いたげな様子だが、これに関しては行楽さんには何も言う権利はないと思う。
「それじゃ、本当にオレは行くよ。またな、二人とも」
「ええ、それでは」
「さようなら、また会いましょう!」
漆原さんが帰ってから。俺は、行楽さんに話を聞いていた。
「最終選別は、以前話した通りだ。
「生き残る……ですか?」
「ああ。よく勘違いされるが、別にその期間中鬼を殺す必要はない。あくまで生き残ることができればそれでいいんだ」
「なるほど……と言っても、生き残るためにも基本的には戦う人も多そうですね」
「まあ、そうだな」
「……それに、鬼殺隊士になる人には俺のような人も多いんでしょう?鬼を見て冷静な判断ができるものなのか……」
「……!そう、それだ。それが一番の死因と言っても過言ではない。怒りや恐怖といった感情は人の集中を乱す。だから、義勝。無理かもしれないが、鬼を見ても、平常心をどうにか保って……」
「流石にそれは難しいですね。鬼は怖いし、憎いですから」
「そうか……そうだな」
「……でも、決してそれだけに囚われたりはしません。そのために、強くなったから」
「……ああ」
「大丈夫ですよ、行楽さんも言ったじゃないですか。俺は最終選別ではそうそう死なないくらい強いって」
「……そうだな。それでは、次の選別の日だが――」
――そうだ、俺は強くなった。もう、恐怖や怒りに埋め尽くされないくらい。
大丈夫。きっと大丈夫。俺は選別を生き残り、鬼殺隊士になるんだ。
今はただ、それを自分に言い聞かせることしかできなかった。