――三日目の昼。俺たちは昨日話に聞いた西にあるという生存者の集まりに向かう予定だ。
生存者が多くいるということは、情報や食料などの交換もできるだろう。
俺が自前で持ってきた分は昨日で尽きてしまったので、これからは自給自足でやっていく必要がある。そのためにも、昼間にできるだけ頑張らないと。
ひたすら死ぬ気で頑張る。こうなってしまえば結局その位しかできないのだ。
「義勝」
「真菰、今日は昨日聞いた……」
「西の方に向かう、だよね」
「ああ、とはいえ向こうも動いてるとは思うから、日中に見つかるかはわからないけどな」
「そうだよね……あの人が言うには、この川に沿って行けばいいんだっけ」
「水辺を離れなくても良いのは救いだよな」
「うん、それじゃあ行こうか」
「よし!……それで、だ」
「……?」
「西って、どっちなんだ」
「……前途多難?」
いや真菰もわからないんじゃどうしようもないじゃないか。
「……とりあえず、太陽の昇る方とは逆に行ってみよう」
「そうだな」
こういう場面での真菰の判断の速さや頭の回転は見習いたいものだ。
少しの間だが一緒に過ごして、彼女の人となりのほんの一端くらいは理解できた気がする。
ちょっと抜けてたりぼーっとしてるところはあるけど、真菰は確かな強さを持った子だ……と思う。
「かなり歩いたか」
「そうだね。ちょっと休憩する?」
「そうしよう」
そう言って俺たちは川辺の少し大きな岩に腰を下ろした。どれほど時間が経っただろうか。出発時には東(推定)の空から太陽が昇っていたが、今では真上から照り付けてきている。
かなりの距離を移動した筈だが、人に会えないのは勿論、人がいた痕跡の発見すらなかなかできなかった。
この山の広さがイマイチわからないが、人にここまで会わないのは流石におかしくないだろうか?
川沿いの拠点にしやすく見晴らしのいいところだ。参加者は二十名ほどいたように思うが……
まさか、全員が脱落したという訳ではないだろう。それに、昨日の夜には人と遭遇していたのだ。
やはり偶然だと考えるべきだろう。
……しかし、嫌な予感がする。何とも言えない嫌な予感が……
「誰とも会わないな」
「うん、ちょっと不気味だよね。それとも鬼に……?」
「考えたくはないが、一番ありそうな線だな、とはいえ一夜で全滅するってことも無いと思うんだが」
「そうだよね、昨日少なくとも二人は生きてたし、西の集まりの話もあるからもっと生きてるはず」
「ただ、一応血鬼術が使えるような鬼がいるかもしれないって話だ、十分に警戒しよう」
「血鬼術?鱗滝さんは最終選別の鬼は基本的には術も使えない弱いものばかりだって言ってたけど」
「そうなのか?行楽さん……俺の育手にはそういった鬼がいるかもしれないしもし遭遇したら全力で逃げろって言われたんだが」
「どちらが正しいんだろう」
「わからないな……でも、警戒するに越したことはないと思う」
「まあ、それはそうかな」
でも冷静に考えるとおかしいよな、流石に隊員にもなってない人間に血鬼術が使えるような鬼を相手させるのはおかしい。普通ならその鱗滝さんの言うように弱い鬼を配置するはずだ。
でも行楽さんも嘘をついているようには見えなかった。心配のあまり過剰に脅かすようなことを言ったのか、それとも……
いずれにせよ、それが本当にしろそうでないにしろ、鬼には油断せず対峙しなければならない。
二人で戦うことによってそれなりに余裕を持って鬼一体なら斬ることができるが、複数の鬼を相手取るような形になった時、その数の優位は失われる。鬼は基本的に群れないが、
「あー、そういえば義勝の育手さんについての話、聞いてなかったね」
「育手についての?」
「どんな人だったの?」
「別に特に変わったことはないかなあ。育手になりたてなのもあって弟子は俺一人しかいなかったけど」
「えっ、義勝の育手さんって育手になって日が浅い人なの!?」
珍しく……というか俺の前では初めて声を乱す真菰。そんなに驚くことか?
「ああ、というか俺が出会ったときにはまだ鬼殺隊士だった」
「本当?」
目をぱちくりさせる真菰。かわいい。……じゃない、そこまで信じられないような表情をされても困る。
「本当だよ。俺と俺の家族を襲った鬼の頸を一瞬で斬り落とした凄い人だった」
「……そんな人がどうして引退を」
ぐっ、それを言われると……というか俺も教えてもらってないんだよな。漆原さんが言うにはもとから三十くらいの節目でやめたがっていたみたいだけど、どうしてそこで引退しようとしたんだろう。
「俺も知らない。でも……多分行楽さんはもともと戦うのが好きじゃなかったんだと思う。それでじゃないかな」
もちろん根拠なんてない。でも、多分そういうことなのではないだろうか。そうでもなければあの弱者を守るため戦っていたと言っていた行楽さんが自ら刀を置くとは思えない。戦うのは嫌だけど、その上で人のためになることをしたいと考えた結果なのではないか。少なくとも自分はそう思ったし、思いたかった。
「そっか」
イマイチ納得しきってはないようにも見える。まあそうだよな、俺も理解できてない中で必死に考えた結果出した考えだし。
「稽古はどんな感じのものだったの?」
「基本的に裏山の上り下りと、後は基礎の反復だな。途中からは行楽さんとの試合も毎日やってたけど」
「山……って言っても、罠が仕掛けてあったり……」
「しない。それは多分だけどやってる方が珍しいと思う」
岩を斬る話といい、鱗滝さんって人は超人の育成でもしてるのか?鬼殺隊士というのはある意味それで何の間違いもないが。
「私達にとってはそれが普通なんだけどね」
「凄まじいな。厳しそうな人だなあ」
「うん。とても厳しかったよ。でも、それと同時にとっても優しかった。だから、私たちはみんな鱗滝さんが大好きなんだ」
「そういえば、『私たち』ってことは、真菰には兄弟子や弟弟子がいるのか?」
「……うん」
ふと気になって聞いてみたことだったが、真菰の表情が暗く沈んだのを見て。すぐにそれが過ちだったと気付く。
「兄弟子は何人かいたけど……一人を除いてみんな最終選別から帰ってこなかった。その上の世代も、みんな」
「……すまない」
「別にいいよ、仕方のないことだとわかってるし」
家族や友人の話はご法度だと勝手に線引きをしていたが、鬼殺隊という仕事の関係上兄弟弟子などの話も危ない可能性を考慮していなかった。
「それに……みんな見ててくれてるから」
「見ててくれてる?」
「変なこと言ってると思われるかもしれないけどね、私、死んだはずの兄弟子……錆兎って言うんだ。その人に、稽古をつけてもらったの」
「……」
「信じられないよね?わかるよ、私も信じられなかったから」
「いや、自分は幽霊なんて見たことはないけど、いるかもしれないとは思ってるから」
「……みんなの魂はまだ、あちらに行かずこちらに残ってるんだって。鱗滝さんのもとに帰れなかった無念を持って」
正直、到底信じられる話ではない。だが、真菰は確かにちょっと掴みどころのないところはあるが、こういった類の冗談や嘘は言わない人間だというのは分かっている。
おそらくは本当なのだろう。しかし、それだけ厳しい修練を積んだ鱗滝さんの弟子達でも生き残れなかったのか。舐めていたつもりは全くないが、改めて最終選別の厳しさを認識した。
「真菰をその兄弟子たちの所には行かせない」
「えっ?」
「俺達は生きてお互いの育手の下に帰るぞ。絶対に」
気が付いたらそんな恥ずかしいことを口走っていた。何故かは自分でもわからない。だが、なんとなく言わなきゃいけない気がした。
「……そうだね」
しかし、どうしてそんなことに考えたんだか……確かに誰にも死んでほしくはないが……
答えは出ないだろう。
「さて、結構休んだし行くか」
「今度は何か見つかると良いんだけどね」
そして俺たちは再び歩き出す。他人を探すそのために。
「どうなってるんだ、これは」
結局あの後夜になるギリギリまで俺たちは歩いていたのだが、全く収穫はないのだ。
……にしても、外から見るよりずいぶんと広い山だ。これだけ歩いたってのに果ても見えなければ
「もしかして、同じところをグルグル回ってたりするのかな」
「いくら俺と真菰の方向感覚が壊滅的でも、川沿いに移動している以上同じところにいるはずはないんだ、川もちゃんと流れているから注ぐ先はあるはずだし」
「壊滅的って……まあ反論できないけど」
「……なあ真菰、明日は川を離れてみないか」
「えっ、でも、それで戻ってこれなかったら……」
「こんなに長く大きいんだ、ある程度道を覚えておけば見失うことはないと思う。もし見失ったらそれは俺たちの方向感覚が想像以上に壊滅的なのか、それとも……」
「鬼の血鬼術ってこと?」
「多分。血鬼術が昼にも使えるのかはわからないけど、これは流石に何かおかしい」
「確かにそうだね、あまりにも何もなさすぎる」
どんな理由であれ、一日歩いて駄目だったんだ。これ以上の進展は見込めないし、それならば別の道を行くしかない。
夜明けも近づいてきた。そろそろ少し眠って、今日の夜を無事に……!?
なんだ、今、
鬼に遭遇すれば、大小差はあれなんとなくの気配がするが、今感じてるそれは今まで出会ったどれよりもおぞましく、恐ろしい。
「真菰」
「うん。どうやら、向こうから来たみたい」
恐らくだが、この鬼が今の異常事態の元凶だろう。何かが近づいてくる。俺たちは刀を携え警戒する。
……いや、近づいてくるのは正面からだけじゃない。この感じ……!!
「真菰!横に跳べ!」
言うや否や、俺と真菰は左右それぞれに跳ぶ。確証はなかったが、おそらく……
「驚いたな。今まででそれを避けたのは鱗滝の弟子でも一人だけだ」
次の瞬間。俺たちのいた場所は鬼の手に叩き潰されていた。
「鱗滝さんの……!?」
真菰に明らかに動揺の色が見える。まずいな
「……地中からの攻撃か。不意打ちにはなるが一度見れば予測も回避も容易だな?」
俺も心臓はバクバクいってるし、この鬼が怖い。それでも、余裕を保ったように振る舞う。
のせられるな。ここで俺まで平常心を失ったらおしまいだ……!
「可愛らしい狐の面を見たから念入りにやってやったが……まさかもう一人の小僧の方に躱されるなんてなぁ、予想外だよ」
「そりゃどうも」
……その鬼は大量の腕を持つ異形のものだった。おそらくこいつが……
「……鱗滝さんの弟子って、どういうこと」
真菰が口を開く。その声には明らかな怒りが感じ取れた。
「ああ、その面。やはりお前も鱗滝の弟子だな」
そう言うと、何やら指で数を数え始める。
「……十二か」
「何がだ」
呼吸を整え尋ねる。今すぐ斬って捨てたいが、それができるほど甘い相手ではないだろう。
それなら機を見るためにも少しのお喋りに付き合おう。
「俺が喰った鱗滝の弟子の数だよ。アイツの弟子はみんな殺すって――」
『水の呼吸 参ノ型 流流舞い』
鬼が言い終わる前に真菰が鬼に飛び掛かるが……ダメだ、呼吸が乱れてる!
「真菰!止まれ!」
ダメか、俺の声が一切届いてない
「なかなかすばしっこいなぁ、遊び甲斐がある」
鬼は真菰の攻撃を余裕を持って回避しきっていた。あのままではいつ真菰が隙を突かれるか……!
仕方ない、どちらにしろ
こちらに向かってきていた数本の腕を回避し鬼と真菰に近づく。この間合いに入れば……!
『雷の呼吸 弐ノ型 稲魂』
本来であれば遠雷で削りたいところだが、真菰への誤射が怖い。
今は冷静さを失っているだろうから、近くでフォローしないと。
斬られかけたら、死ぬ気で回避すればいい!
鬼と真菰の隙間を縫った五連撃を放つ。真菰も俺の接近に気づいたようで、俺の攻撃に合わせてくれようとしてるみたいだった。呼吸はまだ乱してはいるが、これはありがたい。多少なりとも冷静になってくれれば、格段に戦いやすくなる。
「ちっ。流石に鬼狩り二人を同時に相手するのはは少し面倒だなぁ」
そう言って鬼は大きく後ろに飛びのく。まだ地中や背後、あるいは空中からの腕による攻撃も考えなければいけないため油断はできないが、少しはこちらに優位性を持ってこれただろうか。
「真菰、あの鬼の言葉に耳を傾けるな。そして考えるな」
「でも!」
「でもじゃない。怒りで戦うのは良いが、それで呼吸を乱して死んでちゃ仕方ない。相手の思うつぼだぞ」
……酷な事を言っているのは分かる。俺も親の仇の鬼と直接戦っていたら。冷静ではいられず怒りのままに刀を振るうと思う。
「……わかった。少し落ち着く」
口では真菰もこう言ってはくれたが、実際の内心は計り知れぬ怒りに覆われてることだろう。
あまり長く戦うのは得策ではないな。おそらくボロが出る。
「この藤の牢獄に閉じ込められてる間に
「錆兎……!」
ぐっ、まずい。あの鬼、やっぱり明らかにこちらを挑発してきている。しかも何だってんだ、百人近く参加者を喰った……?なんてことを!
「そっちの茶髪もやっと動揺したかぁ」
「なっ……!」
しまった。俺が怒りにつられてどうする……!四方から腕による攻撃が襲い掛かる。
『雷の呼吸 陸ノ型 電轟雷轟』
かろうじてすべて切り伏せる。だが明らかにあの鬼に翻弄されている。こちらの旗色が悪い。かくなる上は無理を押してでも逃走するか……?
そんな時、聞こえてきた一つの声、それは俺の物でも真菰の物でも、ましてや鬼の物でもなく――
『霞の呼吸 伍ノ型
この場にいないはずの、第三の剣士の物だった。